猫のランチョンマット

七瀬美織

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第十七話 真夜中のアーケード商店街

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 じっちゃんの不動産店は、アーケード商店街を含む駅前の地所の大半を所有してるらしい。天ヶ瀬さん談。
 駅に一番近い場所に、有名コンビニ店がテナントに入ったビルがあり、その隣の調剤薬局も、少し離れた総合クリニックの新築ビルだって、義理の祖父じっちゃんの会社の所有する物件だ。

 新築ビルのテナントは、小規模製造卸業の有名な会社とか、話題の建築設計事務所とか、堅実な弁護士事務所とかが入居している。空室無しで結構な事だと思う。

 ただ、アーケード商店街の中に、なんの事務所かわからない、気になるテナントがあった。

 そこは、位置的に家から離れている。一見ただの廃店舗なのに、監視カメラがこれでもかと、何台も設置されていて、出入り口と通路を厳重に見張っている。

 それなのに、入り口から滅多に人が出入りしているのを見ない。この商店街の建物は、同じ作りで裏からも出入り出来るからだろうか?

 何となく……警察から『指定』はされてないけれど、反社会的集団の拠点のような場所なのだ。屈強で眼つきの鋭い黒っぽい服の男たちを、時々見かけるから余計に怪しい。

 寿美ママさんや『雲雀』の常連客は、その場所について口を噤んでいるし、じっちゃんに聞いても、あそことは付き合いを控えるようにとだけ言われてる。……解せぬ。

 まあ、女子高生の一人暮らしなんて、もしも誰かにバレたら、何が起こるかわからないからね。家の出入り口の防犯対策はバッチリなのだ。
 ……バッチリって、なんかジジ様ババ様たちに、脳の言語中枢が感化されてる気がする……。



 ある晩、コンビニに切らした牛乳を買いに行った。中条先輩は、コンビニのアルバイトをとっくに上がってる。……深夜の零時だった。
 だけど、どうしても朝はカフェ・オ・レ派の私は、我慢ならなかった。
 つい、フラっと買い物に出てしまったのだ。

 アーケード商店街は深夜でも明かるい。防犯上の理由と、駅までの公道になっているので、街灯と同じで朝まで電灯がついているのだ。

 まだ電車が動いている時間だから、人通りは多少ある。疲れた顔のサラリーマンや酔って足取りの不安定なおじさん、若い女の人が家路を急ぐのと反対方向に歩く。

 煌々と明るい商店街と違って、わき道は真っ暗な空間が伸びていて不気味だ。そちらに迷い込んだら、別の場所に無理矢理引きずり込まれそうな、冷たい闇が広がっている。

 コンビニに入って、目的の牛乳を買って出たところで、町内の巡回パトロールの人たちに、バッタリ出会って怪訝そうな目を向けられたが、何も言われなかった。

 自分が、夜の街の空気の一部になっているような高揚感と、ここは自分の知ってるいつもの場所じゃないような違和感が心をザワザワさせる。

 どこかのわき道から、若い男女の集団の笑い声が聞こえてくる。蹴飛ばされた空きカンが転がる音が、闇の中に甲高く響いた。

 玄関の鍵をかけると、肩から強張りが抜けた。思ったよりも緊張していたのかもしれない。深夜の冒険から無事生還した……あはは、大袈裟だな。

ーーーーーーーー‼︎

 突然、スマホが鳴った。新垣さんからの着信だ。え⁈ 何があったの⁈

「もしもし、」
「彩奈さん! ご無事ですか⁉︎」

 新垣さんの慌てた大声に驚いた。

「……はい。無事です。えっと? 何か?」
「気づくのが遅くなりましたが、玄関の開閉アラームが鳴ったので、……こんな深夜に、誰か訪ねて来たのですか?」

 しまった。セキュリティバッチリなのを忘れていた! えっ、おやっ? 玄関の開閉アラーム? そんなのあったかな⁈

「……牛乳をきらして、コンビニまで買いに行ってました」
「……ああ、確認出来ました……。彩奈さん、若い女性の一人暮らしなのです。もっと、警戒心を持って下さい。今日は何事もなく無事で良かったですが、何かあったら遅いのですよ!」
「すみません……」
「まあ、彩奈さんだから、もう二度とこの様な事はないでしょうから、これ以上は何も言いませんが……」

 新垣さん、そんな言い方はズルい。私には、効果的な言い回しだ。

「はい。ごめんなさい」
「業務上、会長に報告しますが、もし必要な物があれば、私に連絡して下さい。二十四時間、いつでもお届けいたします。私の番号は、ご存知ですよね」
「いえいえ、新垣さんはじっちゃんの秘書なだけで、そんな事は頼めません! ごめんなさい、もうしないです!」
「…………わかりました。では、おやすみなさい」
「おやすみさい」

 翌朝、新垣さんが登校前の時間に訪ねて来たのに驚かされた。
 目を丸くしていた私に、新垣さんは玄関の開閉アラームの事を伝えていなかったお詫びを丁寧に告げてすぐに帰っていった。きっと、出勤前だったのだろう。
 玄関の開閉アラームは、夜の十時から朝の五時までだそうで、他にも警報装置があるのか、新垣さんに聞くと、ニッコリ笑顔で答えていた。……あるんだな。

 いつの間にか、門限が十時って事になっている。まあ、いいけど。

 その日は、みんなから叱られた。ごめんなさい。近所のコンビニでも、深夜は買い物に行きません。

 そんな事があってから、一週間も経たないある日、登校直後に沙保里からタックルをくらった。

「沙保里、おはよう! ドフッ!」
「彩ちん! 知ってる? 大丈夫?」
「大丈夫じゃない。内臓出そう……。何を知ってて、何が大丈夫なの?」

 沙保里の話だと、裏サイトで私の噂が、大盛りで広まっているらしい。

『榊原彩奈は、真夜中のアーケード商店街を歩きまわり、援交相手を探している』『榊原彩奈は、商店街の空き店舗を根城に、非行グループで飲酒をしている』

 大体、こんな噂が中心になっているそうだ。何それ、事実無根だし、裏サイトなんて見ないから気にならない。

「まあ、彩ちんだしね」
「気にしなきゃダメかな?」
「噂を信じるバカがいないか心配」
「えー。いるの? そんな人……よっぽどヒマかバカでしょう?」
「そうだよ! だけど、そんなヒマなバカはいるから、気をつけてね!」
「沙保里、ありがとう!」

 沙保里にギュウギュウ抱きついて、首元にグリグリしていたら、ほかの女子からも同じ内容で心配された。

「榊原さん、みんな榊原さんの味方だから、何かあったら言ってね!」
「裏サイトは、無視してればいいと思う」
「…………いっそ、裏サイトをウィルス感染させて閉鎖に追い込めば……」
「みんな、榊原さんのファ……味方だから!」

 このクラスには、天使しかいないと確信した。
 それにしても、裏サイトって、意外とみんな見てるんだなぁ。

 その日のホームルーム後、生徒指導室から呼び出しの放送があった。







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