猫のランチョンマット

七瀬美織

文字の大きさ
20 / 35

第十八話 校内放送

しおりを挟む

 ホームルームの直後に、校内放送か響き渡った。

『一年生の榊原彩奈さん。放課後、生徒指導室までお越シ下さい。繰り返します。一年生の榊原彩奈さん。放課後、生徒指導室までお越シ下さい』

 我が校は、生徒を校内放送で生徒指導室に呼び出すような事はしない。生徒のプライバシーを守るため、コンプライアンス法令遵守で、担任を通して生徒個人に伝達すると決められているからだ。

 私立八木橋高等学校は、地域の中で有名な進学校の一つに数えられる。各中学校の優等生が、受験で集まっているので、露骨なイジメもなければ不良生徒もいない。

 生徒の自主性、自由、自立を重んじる校風で、アルバイトの許可制度があるのも、何代か前の生徒会が頑張って作った制度なのだという。

 もちろん、校則違反をすると厳しい処分が科せられる。 新入生のオリエンテーションで、徹底的に校則について学ばされるのだ。

 昔むかしの生徒指導室は、腕っぷしの強い体育教師が、不良生徒を呼び出して、教育的指導の名の下に、密室の不適切な暴力行為が行われた時代もあったようだ。現在では、もしもそんな教師がいたら、逮捕されて社会から袋叩きにされるだけろう。

 先生は、担任を無視した呼び出しに、怒りをあらわにしていた。私に職員室で確認するから、ここで待機するように指示して教室を出ていった。

「彩ちん……」
「沙保里が呼び出されたみたいな顔してるよ。大丈夫、何かの間違いだよ」

 沙保里は、眉をこれでもかと下げて、私を心配してくれている。天使なクラスメイトが、私の周りに集まってきた。

「榊原さん、先生の指示に従って待っていればいいよ」
「担任を通さずに、放送で呼び出すなんて誰だよ?」
「二年担当の英語の……ほら、今年から教員になったっていう……。日本語の発音に特徴がある……」
「あ、知ってる。部活の先輩が、グチってた。授業中に、英語の発音をやたらと訂正してきて、授業が嫌味ばっかりで、中身がないんだって。人に教える前に、お前の日本語の発音を直せよ! って、キレてた」
「私も聞いた。その教師、理事の息子らしいよ。いわゆる、コネ採用らしいって……」
「あー。何でも志願して、生徒指導になったらしいよ」

 私は、みんなからの情報提供に感心した。部活に入ってないから上級生の情報なんて知らない。理事の息子のコネ採用……どっからその情報を仕入れたのだろう?

「榊原さん、何か悪い遊びでもバレたんじゃないの?」

 数人の女子が一斉に笑いながら、こちらを見ている。クラスの中心で華やかな雰囲気を醸し出してるけど、彼女らは、男女共にあまり好かれていない。

「悪い遊びって何かしら?」
「えー、そんなの教室で言えないわよ。ねぇ……」
「「ねぇ~」」

 沙保里が言い返したけど、私がケンカを売られたんだよね? 沙保里の肩を、ポンと叩いて前に出る。ここは、私に反論させてね。

「私、人前で話せないような事をした覚えはないよ」
「裏サイトで榊原さん、大変なインランになってるのよ。知らないの?」
「ごめんね。裏サイトに興味ないし、見たことないから知らない。だって、生徒の成りすましを、排除出来ないんでしょ? 信用して話してたら、中身オッさんとか、犯罪に引き込もうとする悪人だったりするような、そんな怖いサイト、見る気になれないよ」

 犯罪の入口は、スマホのアプリやSNSにだって潜んでいる。友だちに勧められて、興味本位に交際アプリをダウンロードして、入力ガイドに誘導されて、本当のプロフィールを公開しちゃった話は、自分じゃなかっただけで、笑えない怖い話だ。

「良い子ぶったって、本性は隠せてないんじゃないの? 証拠の写真だってあるのよ」
「証拠の写真? 何それ?」
「えー、まだ知らないの? 裏サイトから画像が拡散してるかも~」
「ほら、これよ!」

 差し出されたスマホの画像は、夜の雑踏の中の小さな二人の人影だ。一人は背の高い細身のスーツ姿の男性。もう一人は、腰まで届く髪の長い制服の女生徒。どちらもそこまで判断するのが精一杯の荒い画像だった。

 私だけが知っている……これは、カオスな食事会から帰宅する為に、駐車場まで歩いている新垣さんと私だ……。

「……誰だかわからないよね」
「コスプレしてるバカップルかもしれないよ」
「こんな荒い画像、誰だかわからないし、夜景モードで撮れよ」
「榊原さんは、こんな貞子じゃない!」

 ごめん。みんな、その貞子は強風の中の私だ。これに関して、肯定も否定もしない。でも、これ盗撮だから! 心の中だけで怒っていいよね!

「生徒会の先輩方の周りを、うろちょろしないでよね! このインラン!」

 なるほど、理由はそれか……。そっち絡みでヘイト集めてる自覚はあったけど、私は無実だ……。ウロついてるのは、八木橋先輩で、中条先輩と真栄田先輩はオマケだ!

「その写真だけで、何の証拠になるの?」
「他にも榊原さんが、深夜のアーケード商店街をウロついてるって、町内の巡回パトロールしてる人が、何度も見たらしいじゃない!」

 ゲッ! それは、心当たりが……ある。怖っ! たった一度の過ちが、こんなに後を引くの? 頑張れ表情筋! 動揺を顔に出したら負けだ……!

「……町内パトロールの人って、誰なの? 匿名希望の裏サイトの人?」
「違うわよ! お父さんから聞いたんだから!」
「私、あなたのお父さんなんか知らないよ? 町内の巡回パトロールは、当番制じゃないの? それなのに、何度も見たの?」
「それは、……私がお父さんに聞いたのは、一度だけだけど……。他の人も言ってるかもしれないじゃない⁈」
「それって、ただのウワサとどう違うの?」
「それは……」

 私を攻撃していた女子たちは、黙り込んだ。悔しそうに睨んでくるけど、これ以上はネタ切れらしい。
 …………勝った! あー。疲れた。表情筋がめちゃくちゃ鍛えられてる……。

「榊原、榊原彩奈はイるか?」

 やっと静かになった教室に、調子っ外れの呼び声が響いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...