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第13話 月を見上げて微笑む
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「ようやく片付いた」
ゾンビの死骸の山を築き上げ、黎一は大きな溜息を吐く。
圧倒的な物量で迫って来るゾンビの大群。一時は終わりなどなく、無尽蔵に湧いてくるのではと錯覚したが、新たに四名の戦力が加わったことで戦局は好転し、三十分もすれば活動を続けるゾンビの姿は存在しなくなった。
新たに参戦した四人の中でも、稲城と月彦の戦闘能力はずば抜けていた。
稲城の動きは戦場に慣れ親しんだ玄人のそれで、兜に匹敵する戦闘能力を有していると思われる。絶え間なく攻め続ける戦闘スタイルが特徴で、突破力だけなら兜にも勝るかもしれない。
対する月彦の立ち振る舞いは素人臭く、戦闘スタイルも自己流のようだが、それを補って余りある凶暴性が体から滲み出ている。彼は技術で殺すタイプではなく、センスで殺すタイプの人間だ。
「マチェーテのマッチョマンと違って体自体はそこまで大きくないのに、一撃一撃がとんでもなく重い。体の使い方が上手いね」
状況が落ち着いたことで、月彦が気さくに黎一に声をかけてきた。戦闘中の彼は黎一と会話をしたい一心で、なるべく早く戦いを終わらせようとしていた節さえある。彼にとっては好奇心の前では、ゾンビの襲撃さえも些末な出来事に過ぎないのだ。
「今時の大学生はこんなものだよ」
黎一の返事は連れないが、初対面でそうとう気に入ったのか、月彦は距離を詰めることを迷わない。
「大学生ってことは僕と同年代かな。今何歳?」
「十九歳」
「僕は二十歳だよ。誕生日が早いからもしかして同学年かな? 同い年の頑張りを見てるとこっちまで胸が熱くなるな。仲よくしよう」
愉快そうに黎一の肩に腕を回す月彦の視線は、黎一と行動を共にしていた玲於奈と兜の方にも向けられる。
「あの女の子。凄く綺麗だね」
「変な気は起こすなよ?」
黎一の忠告に、月彦は不敵な笑みを浮かべるだけだった。素気なかった黎一から感情を引き出せだけで今は満足だ。
「……稲城。何故お前がここにいる?」
戦闘が終了するなり、兜は稲城の元へと詰め寄った。これまでは大人の余裕を感じさせた兜が、この時ばかりはまるで幽霊でも見たかのように動揺している。
「置かれている状況はみんな同じだろう。妙な組織に拉致され、気が付いたらこの島にいた」
「そういうことじゃない! お前はあの時――」
「まあまあ。堅苦しい話は後にしようぜ。キャンプするために森にやってきたわけじゃないだろう」
兜の言葉を遮り、稲城はがその場にいる全員に聞こえるように声を張り上げた。
「辺りも暗くなってきたし、とりあえずここにいる全員で、アイテムのあるっていう建物まで行ってみようぜ。異論のある奴はいるか?」
稲城と行動を共にしている恋口蜜花と蛭巻惣吾は当然同意し、単独でこの場に現れた月彦もニタニタと笑い「異議なし」と挙手している。黎一と玲於奈は互いに目配せをして頷き合い、続けて兜に視線を送る。
「兜。お前はどうする?」
二人の視線を目で追った稲城が、兜に問い掛ける。
「異論はない。元より目的地は同じだ」
「嬉しいね。またお前と一緒に戦えるなんて」
稲城は友好の証にと握手を求めたが、兜はその手は取らずに黎一と玲於奈に合流した。非常時とはいえ、素直に稲城の手を取る気にはなれなかった。
「感じの悪い人ね」
「昔からあんな感じだ。言動こそ飄々としているが、根っこは生真面目な委員長タイプでな」
蜜花の問いかけに稲城は声を出して笑う。兜頼弘という男は昔から本当に変わっていない。そんな兜との再会が、稲城は本心で嬉しかった。兜頼弘はああでなくてはいけない。
「二人とも、怪我はしてないか?」
「見ての通り五体満足ですよ。痛いのは肩こりぐらいです」
「私も問題ありません。黎一さんに作って頂いたブラックジャックは駄目にしていましましたが」
「気にするな。元々ありあわせで作ったものだし、武器なんて戦闘で使ってなんぼだからな」
やはりこの三人が一番落ち着くなと誰もが思った。たったの数時間行動を共にしただけではあるが、視線を潜り抜けた者同士の絆は旧知の仲にも勝る。少なくとも、登場したばかりの四人よりも信頼をおけることだけは間違いない。
「……二人にも忠告しておく」
他の者に聞こえないように、兜が黎一と玲於奈にそっと耳打ちする。
「……稲城には気をつけろ。あいつは何を仕出かす分からない」
この状況では込み入った話しは出来ないが、いつになく真剣な兜の眼差しは、それだけで大きな説得力を持っていた。深く追求することも、疑念を抱くこともせず、黎一と玲於奈は兜の言葉をそのまま飲み込み、深く頷いた。
「俺からも一つ。あのパーカーの男ですが、たぶん鞍橋月彦です」
「鞍橋月彦って、あの鞍橋月彦ですか?」
「有名な男なのか? 確かにあの立ち振る舞いは堅気とは思えないが」
兜だけがその名前に覚えがないようだった。海外にいる期間が長く、日本に帰国したのもつい最近のことなので、日本で報道される犯罪者の顔と名前を知らないのも無理はない。
「人間を殺すことに快感を覚えた殺人鬼です。昼間の兜さんの言葉を借りるなら、この島でバカンスを楽しむいかれた野郎ですよ」
「そうか。あいつが」
二人の視線の先の月彦は、空に輝き始めた月を見上げてニタリと笑っていた。その仕草だけでは殺人鬼の頭の中を読み取ることは叶わない。
「鞍橋にも気をつけた方がいい。突発的にとんでもないことをやらかすかもしれない」
距離的に聞こえてはいないはずだが、月彦が黎一の方を見て笑ったような気がした。
ゾンビの死骸の山を築き上げ、黎一は大きな溜息を吐く。
圧倒的な物量で迫って来るゾンビの大群。一時は終わりなどなく、無尽蔵に湧いてくるのではと錯覚したが、新たに四名の戦力が加わったことで戦局は好転し、三十分もすれば活動を続けるゾンビの姿は存在しなくなった。
新たに参戦した四人の中でも、稲城と月彦の戦闘能力はずば抜けていた。
稲城の動きは戦場に慣れ親しんだ玄人のそれで、兜に匹敵する戦闘能力を有していると思われる。絶え間なく攻め続ける戦闘スタイルが特徴で、突破力だけなら兜にも勝るかもしれない。
対する月彦の立ち振る舞いは素人臭く、戦闘スタイルも自己流のようだが、それを補って余りある凶暴性が体から滲み出ている。彼は技術で殺すタイプではなく、センスで殺すタイプの人間だ。
「マチェーテのマッチョマンと違って体自体はそこまで大きくないのに、一撃一撃がとんでもなく重い。体の使い方が上手いね」
状況が落ち着いたことで、月彦が気さくに黎一に声をかけてきた。戦闘中の彼は黎一と会話をしたい一心で、なるべく早く戦いを終わらせようとしていた節さえある。彼にとっては好奇心の前では、ゾンビの襲撃さえも些末な出来事に過ぎないのだ。
「今時の大学生はこんなものだよ」
黎一の返事は連れないが、初対面でそうとう気に入ったのか、月彦は距離を詰めることを迷わない。
「大学生ってことは僕と同年代かな。今何歳?」
「十九歳」
「僕は二十歳だよ。誕生日が早いからもしかして同学年かな? 同い年の頑張りを見てるとこっちまで胸が熱くなるな。仲よくしよう」
愉快そうに黎一の肩に腕を回す月彦の視線は、黎一と行動を共にしていた玲於奈と兜の方にも向けられる。
「あの女の子。凄く綺麗だね」
「変な気は起こすなよ?」
黎一の忠告に、月彦は不敵な笑みを浮かべるだけだった。素気なかった黎一から感情を引き出せだけで今は満足だ。
「……稲城。何故お前がここにいる?」
戦闘が終了するなり、兜は稲城の元へと詰め寄った。これまでは大人の余裕を感じさせた兜が、この時ばかりはまるで幽霊でも見たかのように動揺している。
「置かれている状況はみんな同じだろう。妙な組織に拉致され、気が付いたらこの島にいた」
「そういうことじゃない! お前はあの時――」
「まあまあ。堅苦しい話は後にしようぜ。キャンプするために森にやってきたわけじゃないだろう」
兜の言葉を遮り、稲城はがその場にいる全員に聞こえるように声を張り上げた。
「辺りも暗くなってきたし、とりあえずここにいる全員で、アイテムのあるっていう建物まで行ってみようぜ。異論のある奴はいるか?」
稲城と行動を共にしている恋口蜜花と蛭巻惣吾は当然同意し、単独でこの場に現れた月彦もニタニタと笑い「異議なし」と挙手している。黎一と玲於奈は互いに目配せをして頷き合い、続けて兜に視線を送る。
「兜。お前はどうする?」
二人の視線を目で追った稲城が、兜に問い掛ける。
「異論はない。元より目的地は同じだ」
「嬉しいね。またお前と一緒に戦えるなんて」
稲城は友好の証にと握手を求めたが、兜はその手は取らずに黎一と玲於奈に合流した。非常時とはいえ、素直に稲城の手を取る気にはなれなかった。
「感じの悪い人ね」
「昔からあんな感じだ。言動こそ飄々としているが、根っこは生真面目な委員長タイプでな」
蜜花の問いかけに稲城は声を出して笑う。兜頼弘という男は昔から本当に変わっていない。そんな兜との再会が、稲城は本心で嬉しかった。兜頼弘はああでなくてはいけない。
「二人とも、怪我はしてないか?」
「見ての通り五体満足ですよ。痛いのは肩こりぐらいです」
「私も問題ありません。黎一さんに作って頂いたブラックジャックは駄目にしていましましたが」
「気にするな。元々ありあわせで作ったものだし、武器なんて戦闘で使ってなんぼだからな」
やはりこの三人が一番落ち着くなと誰もが思った。たったの数時間行動を共にしただけではあるが、視線を潜り抜けた者同士の絆は旧知の仲にも勝る。少なくとも、登場したばかりの四人よりも信頼をおけることだけは間違いない。
「……二人にも忠告しておく」
他の者に聞こえないように、兜が黎一と玲於奈にそっと耳打ちする。
「……稲城には気をつけろ。あいつは何を仕出かす分からない」
この状況では込み入った話しは出来ないが、いつになく真剣な兜の眼差しは、それだけで大きな説得力を持っていた。深く追求することも、疑念を抱くこともせず、黎一と玲於奈は兜の言葉をそのまま飲み込み、深く頷いた。
「俺からも一つ。あのパーカーの男ですが、たぶん鞍橋月彦です」
「鞍橋月彦って、あの鞍橋月彦ですか?」
「有名な男なのか? 確かにあの立ち振る舞いは堅気とは思えないが」
兜だけがその名前に覚えがないようだった。海外にいる期間が長く、日本に帰国したのもつい最近のことなので、日本で報道される犯罪者の顔と名前を知らないのも無理はない。
「人間を殺すことに快感を覚えた殺人鬼です。昼間の兜さんの言葉を借りるなら、この島でバカンスを楽しむいかれた野郎ですよ」
「そうか。あいつが」
二人の視線の先の月彦は、空に輝き始めた月を見上げてニタリと笑っていた。その仕草だけでは殺人鬼の頭の中を読み取ることは叶わない。
「鞍橋にも気をつけた方がいい。突発的にとんでもないことをやらかすかもしれない」
距離的に聞こえてはいないはずだが、月彦が黎一の方を見て笑ったような気がした。
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