怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第28話 マッチョマンでも想像してた?

「また森の中に戻ることになるとはな」

 黎一たちは、島の中央部に生い茂る森林地帯へと再び足を踏み入れていた。
 ゲーム開始から約二十時間。再び危険地帯へと足を踏み入れた理由は、脱出に必要な船のキーを手に入れるために他ならない。

 三十分前。運営側から事前に告知のあった、キーの所在が端末上へ表示された。
 場所は森林地帯のほぼ中心に位置する、旧日本軍が使用していたとされる研究施設。端末上に表示された説明文によると、この建物は戦時中に建造された研究施設で、当時の軍部と民間の製薬会社が、共同で何からの研究を行っていたらしい。

 夜間に多くの犠牲者を出したあの三階建ての建物は、この研究施設の関係者のための宿舎であり、二つの建物の距離はそこまで離れてない。そのため周辺には、昨晩地下から大量に湧きだしたゾンビが大量に蠢いている可能性が高い。

「島内の名所を巡らされている気分だ。さながら地獄のスタンプラリーだな」

 胴丸が辟易とした様子で溜息をつく。茶化していないとやっていられない。やるも地獄やらぬも地獄。生存の可能性が提示されている分、前者の方が万倍マシには違いないが。

「これで最後であってほしいですね」

 希望的観測を込めて玲於奈が言う。玲於奈の持つ矢の残数も決して多くはないし、胴丸の日本刀だって使い続ければ確実に刃こぼれを起こす。リーチの短い武器を扱う黎一に至っては長期戦自体が大きなリスクだ。これが最後でなければ、どのみち三人に未来はない。

「噂をすればご登場だ」

 いち早く不穏な気配を感じ取った黎一が後方の二人に合図する。まだ目的地まではそれなりの距離があるが、やはり森林地帯は海岸線沿いに比べてゾンビの数が多いようだ。ゾンビの数は五体。内訳は腐敗が進んだ個体が三、新鮮な個体が二。そしてその中には。

「あの女性のゾンビ。見覚えがありますね」
「確か序盤に脱落した中黒梓とかいう女だな」

 仕事柄記憶力が高く、脱落者として発表された際に、画面越しにゾンビとして彷徨っていた中黒梓の姿を黎一は覚えていた。

 外見から三十代くらいの女性だと一応は分かるが、その体は噛まれて欠損した箇所が多く、惨たらしいまでに人としての姿を失っている。死んでから一日も経っていない新鮮なゾンビとはいえ、あれではその身体能力をフルに発揮することは出来ないだろう。この島に連れてこられた以上、彼女にも何らかの戦いの心得があったのだろうが、それが活かされる機会はもう無い。気の毒には思うが、戦闘能力が削がれた中黒梓のゾンビと遭遇したことは黎一たちにとっては幸いだった。

「胴丸さん。接近戦で一気に片づけましょう。玲於奈の矢はいざという時のために温存しておきたい」
「私も同意見だ。右の二体は任せろ」

 役割分担が決まった瞬間には、二人はすでに駆け出していた。

「いったいこの島には、あと何体ゾンビが潜んでいるんですかね」

 動きの鈍いゾンビの頭部をネイルハンマーで吹き飛ばし、振り向きざまにもう一体のゾンビの首に鉈を見舞ったが、勢いが足りずに途中で刃が止まる。引き抜く時間が煩わしく、黎一はネイルハンマーで鉈を叩くことでノミのように打ち込み、ゾンビの首を両断した。

「百か千か、もしかたら思っているよりも数は少なくて、こいつらで最後かもしれない」

 冗談めかしながら、胴丸は居合で一体のゾンビの首を刎ね、その隙を狙って襲ってきた新鮮なゾンビの頭部を、左手に持った鞘で強烈に殴打し首をへし折った。残る一体、中黒梓を解放してあげるべく、胴丸は一度刀を鞘へと戻し、抜刀の構えを取るが、

「援護射撃?」

 唐突な風切り音と共に、中黒ゾンビの後頭部に一本の矢が突き刺さった。その一撃は頭蓋を完全に貫通し、額から矢の先端が突き出している。必殺の一撃を受け、ゾンビは物言わぬ死体という本来あるべき姿へと回帰した。

 玲於奈ではない。彼女は胴丸の後方に控えており、矢が飛んできたのは正面からである。第三者の介入と考えるのが自然だ。

「何者だ?」

 草木を踏みつける微かな足音を黎一が敏感に感じ取る。不覚にも矢が飛来した瞬間まで第三者の存在には気がついていなかった。殺し屋である黎一をも欺く隠密性。ただ者では無い。

「そんなに怖い顔をしなくても大丈夫。私たちは敵じゃないから」

 穏やかな笑みを浮かべて木々の間から姿を現したのは、タンクトップにカーゴパンツというアクティブな出で立ちのショートヘアの女性と、デニム素材のツナギを着た坊主頭の男性だった。

 女性の手にはポピュラーな洋弓であるコンパウンドボウが握られ、背には金属製の矢が収納された矢筒を背負っている。どうやら彼女は遠距離からの攻撃を得意とするアーチャーのようだ。

 坊主頭の男性の手には、護衛などが使用する硬質な特殊警棒が握られている。本来の用途が工具や素材であるバールや鉄パイプと違い、最初から打撃武器として設計されている特殊警棒はより実践向きだ。事実、ゲーム開始から二十時間が経過しても、目立った損傷もなく存在を堅持している。

「あなたは?」
「私の名前は一文字季里。見ての通り、あなた達と同じ生存者の一人よ」
「同じく、鍬形了嗣だ。一文字とは序盤に知り合い、以降行動を共にしている」

 周辺にゾンビの姿が無くなったことで一同は戦闘態勢を解き、季里と鍬形が三人の元へと駆け寄った。季里は社交的な笑みを浮かべ、強面の鍬形はぎこちなく柔和な表情を作ろうとしているが、その慣れていない感じが逆に好印象だ。少なくとも初見の印象では、二人に悪意の気配は感じられなかった。

「さっきの矢は君か」

 中黒ゾンビと対峙していた胴丸が、季里の持つコンジットボウに視線を向けた。

「ピンチを救ってあげたんだから、もっと私を敬ってくれてもいいんだよ」
「あれがピンチに見えたのか? どちらかというと出番を奪われた気分だよ。私の得物は刀だから、余計な損耗を防げたという意味では感謝しているが。良い腕だ」
「素直な男は嫌いじゃないよ。もっととっつきにくそうなタイプだと思ってた」
「そういう君はよく舌が回るな。失礼ながら、女性の生存者というのは驚いた。歴戦の猛者も次々と脱落する過酷な夜だったからな」
「あら、相方の鍬形くんみたいな、マッチョマンでも想像してた?」
「まあそんなところだ」
「可愛い女性で驚いたでしょう」
「自分で言うのか」

 困惑気味に胴丸は苦笑する。一見すると季里はノリの軽い女性のように見えるが、それでいて心の内までは上手く読み取れない。ひょっとしたらこの明るい雰囲気すらも演技なのではと想像させる。

「他の生存者がまとまって行動してくれていて助かった。おかげで捜す手間が省けたよ。鍬形くんと二人だけでキーを取りに行くのは、流石に無謀かなと思ってたから」

 季里の考えはもっともだ。ここまで生き残っている季里と鍬形の実力は相当なものだが、キーの所在は旧日本軍の施設、すなわち屋内なので、遮蔽物など季里が本領を発揮出来ない懸念がある。そうなれば鍬形の負担が大きい。協力者を求めるのは自然な流れだった。

「俺らと一緒に行動したいということですか?」
「君たちが受け入れてくれるならだけどね。もちろん実力は保証するよ」

 何が起きるか分からない以上、戦力は多いに越したことはないし、たった二人でここまで生き残ってきた季里と鍬形は間違いなく即戦力だ。利害が一致している以上、断る理由はない。黎一が玲於奈と胴丸に同意を求めて目配せした。

「私は賛成です。矢も残り少ないですし、射手が増えることはありがたいです」
「私もだ。これ程の逸材と共闘しない手はないだろう」
「決まりだな」

 満場一致で季里と鍬形を仲間に加えることとなった。もちろんまだ完全に信用したわけではないが、現状では二人が何か不利益な行動を取る理由は存在しないはずだ。鞍橋や蛭巻のような、危険な本性でも秘めていなければの話だが。

「ありがとう。これからよろしくね。えっと」

 まだ三人の名前を聞いていなかったことを思い出し、季里が小首を傾げた。コミュニケーションの第一歩は相手の名前を知ることからだ。

「綿上黎一です」
「私は胴丸甲士郎」
「百重玲於奈。百に重なるで百重です。よろしくお願いします」

 三者三様に簡潔に名乗った。玲於奈の挨拶はやっぱり定番らしい。

「ひゃくじゅうのレオか。ライオンみたいな名前だな」
「よく言われます。ちなみに獅子座ですよ」

 鍬形の反応は、初対面の時の黎一の再放送のようだった。その時のことを知る黎一と玲於奈だけが、思わず笑みをこぼしていた。

「改めまして一文字季里よ。よろしくお願いします――」

 深々と頭を下げた季里が顔を上げると、それまでの愛嬌たっぷりの笑顔が、眼光鋭い職人のような表情に変わっていた。突然の変わり身に、黎一たちに緊張が走る。

「早速で恐縮だけど、みんなに伝えておきたいことがあるの」
「伝えたいことですか?」
「まずは場所を変えましょう」

 そう言うと、季里はカーゴパンツのポケットからメモ帳を取り出し筆記しった。

『このゲームの実体について、私が知っている限りの情報を教えてあげる。だから、今は黙って私についてきて』

 メモ帳にはそう記されていた。
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