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暗躍編
犬神遣い鵯透子の邪悪なる奉仕 3
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翌日。
顔や首、手の怪我をガーゼなどで覆っていたが、それ以外は何事もなかったかのように強羅が登校した。
その姿を見て、数人の女子が強羅に取りついて質問攻めにする。
プロスポーツみたいにトレード制があればいいのに、と涌井は嘆息した。強羅など喜んで差し上げるので、掃除を真面目にするキモくない男子と交換してくれ、という溜め息だ。
失明したとか、腱が切れたなどの部活に障るようなことはなかったと本人が説明するのが、涌井の耳にも入った。
昨日の数学の時間に暗い情念を燃やしていた鮫島が、舌打ちしていた。
強羅が部活で活躍できなくなれば、今、強羅に取りついている女子たちが去って行く。そこを自分がかっさらい、ハッピーエンド。鮫島は、そんな青写真を描いているのかもしれない。
果たして、そんな強羅の心を手に入れて嬉しいだろうか、と涌井には疑問だった。
そんなの、チャラい諸見沢と付き合うようなものだ、と胸中で涌井が唾棄していたときだ。
しん、と教室が静まり返った。
「いつもサボっているくせに、昨日の今日でよく来れたな」
浴びせられた嫌味をものともせず、悠然と席に着いたのは諸見沢だった。
険悪な空気は、しかし諸見沢が小物を無視したお蔭で霧散した。
強羅も言いたいことのありそうな顔をしていたが、行動は起こさなかった。
そして、行動を起こせない者が四班にもう一人。
諸見沢の背を盗み見るように視線を泳がせては、結局その視線を足元に戻す不審な女子。
無論、涌井である。
スマホさえあれば、と涌井は下唇を噛んだ。
それなりにクラスでスマホは普及しているのだが、涌井は親の意向で持たせてもらえていない。
スマホがないから自分はクラスで疎外されているし、諸見沢をこっそり励ますこともできないのだ。
ずぶずぶと、涌井は自らの胸の裡にある暗い沼へと沈む。
「知らん。間抜けの自傷行為だ」
「ウソ言うな。お前のせいで俺は、こんな大怪我を!」
「部活に支障はないのだろう。それ以上に何を求める」
「お前っ!!」
「やめなさい!!」
朝のHRを急いで切り上げた担任が、諸見沢と強羅を教員机まで呼び出して聴取していた。
しかし超然とした諸見沢と、被害者意識全開でそれに食って掛かる強羅の主張では真実にたどり着けないようだった。
「ケンカは売る、怪我はする、公共物は壊す。さすがバスケ部のエース、学校の誉れだな」
「殺す」
「やってみろ。俺は怪我人だろうと忖度しない」
「いい加減にしな……っ!?」
諸見沢が担任の顔を片手で掴む。アイアンクロウだ。
「教職課程ってのは、怒鳴り方の講習しかしねぇのか」
「は、放しなさい! こらっ!」
「手に負えないから感情任せに、いや臆病な自尊心を守りたいから怒鳴るだけ。他の生徒の迷惑とか考えられないのか」
担任は諸見沢のアイアンクロウを振り解いたが、睨むだけだった。
返す言葉もないのだろう。
涌井は、諸見沢にスタンディングオベーションを送りたい気分だった。
「頭から俺が悪いと決めつけて、声を荒げて従わせようとする、見せしめにする」
ばんっ、と諸見沢が手のひらを黒板に叩きつける。
その音に驚いて肩が跳ねたが、涌井は何事もなかったかのように装い、諸見沢の一挙手一投足に注目する。
「いらねぇよ。ウソで塗り固めた仲良しクラスも、事なかれ主義の担任も」
煮え湯を飲まされた顔で、沸き上がる激情を堪える担任を背にして諸見沢は席に戻った。
言い過ぎだなんだと言い募る女子がいたが、諸見沢はどこ吹く風。
涌井も言いすぎだとは思ったが、かといって諸見沢を責める気持ちにはなれない。
多少言い方がキツくても、自分の思っていることをキッパリと言う諸見沢が涌井には眩しかったのだ。
毎日真面目に登校しないにも拘わらず、あんなことがあった翌日に来るのも凄い。
自分がいることで、強羅とその取り巻きが嫌な気持ちになるかもしれない。
涌井だったらそういう卑屈なことを、当然の配慮だと自分に言い聞かせて欠席してしまう。
だが諸見沢はそうではない。
どっしりと構えて、いつも通り気に入らない物言いにはNOを突きつける。
そんな諸見沢に涌井は痺れてしまうし、そんな諸見沢だから今日は一日学校にいるかもしれない。
つまり涌井の頭は、諸見沢と仲を深められるかも、という淡い期待でいっぱいだった。
皮脂のせいか、化粧のせいか。
黒板には諸見沢の手形がべったりと残っていた。
今は行きにくい空気だけど、一時間目が終わったら涌井は自分の手と比べに行こうと心に決めた。
担任が諸見沢を悪と断じて裁いてくれないと見切りをつけたのだろう、強羅も席へと戻る。
やがて、担任は教室を出て行った。無言で、肩をいからせて、足早に。
涌井は、どれだけ見ても振り返らない諸見沢の背を、穴が空くほど見つめた。
みっともなく敗走する無力な担任の背中を、見ないようにするために。
授業が始まっても、諸見沢は教科書を机に置きこそすれ、それを開かなかった。
出席しているので偉い、と諸見沢を褒めてクラス全体も褒める数学教師。授業でやった範囲を完全網羅した宿題が出たのは、諸見沢に原因があるかもしれない。
諸見沢の態度を挑発と受け取って難問を出題し、あっさり諸見沢に答えられて「図書室で本でも読んでろ」と不貞腐れる理科教師。諸見沢のかっこよさに、涌井はワクテカした。
国語では小説単元の音読を迫る教師が泣き落としに走ったことで、さすがの反骨諸見沢も折れた。諸見沢の貴重な女言葉セリフを聞けて、涌井は感無量、危うくオタク泣きするところであった。
三時間目の休み時間。
心に決めた通り涌井は一時間目の休み時間、諸見沢の手形に自分の手を重ねた。
しかし手形を教師たちも無視していたので、それが今もまだ残っていた。
せっかくなので、とまた重ね合わせる。
涌井の友達で、地味仲間の美堂理美(みどう‐りみ)もやってきて「おっきいよね」と二人してはしゃいだ。
四時間目の後、給食と昼休みが終われば掃除の時間がやってくる。そうなれば、黒板の雑巾がけで今度こそ消えてしまうのだ。
「理美、スマホ持ってるよね」
「え、写真撮っていいの? 私のフォルダにずっと諸見沢君の手形が残ることになるよ」
「う、それは複雑な気分」
「スマホ買ってもらったら言いな。送ったげる」
「ら、来年のお年玉で宝くじ買おうかな」
「年末のやつ、終わってるね」
「いや、常時開催の数字選択式のやつをですね」
「そもそも、あれって未成年、買えなくない?」
「くぅ、優しくて私を可愛がってくれるアメリカの巨大企業を経営するイケメンの二十歳越え従兄弟さえいればっ!」
「それはもう、宝くじじゃなくてその従兄弟にせびればいいよね」
「確かに」
「おい。そこをどけ」
頭から水をぶっかけるような尊大な要求をされ、涌井がおそるおそる振り向くと諸見沢がいた。
その手には、濡らした雑巾が握られている。
「なぜに、諸見沢君が雑巾を?」
諸見沢の貴重な掃除シーンはいいのだが、まだそのときではない。
「お前ら、それ恥ずかしいからやめてくれ」
雑巾を持った諸見沢の手が黒板に伸びる。
狙いは、諸見沢の手形だった。
「やめてーっ! 私のささやかな楽しみを壊さないでーっ!」
両手で手形を覆い、それが本人に消されるのを涌井は必死で防ぐ。
「そんなもん楽しみにするな」
「いいじゃん! 誰にも迷惑かけてないし」
「俺が恥ずかしいんだよ」
「いいよ~、とてもいい。美桜ちゃん、とってもイキイキしてる」
「「撮るな!!」」
手形をめぐる攻防をスマホで動画撮影する理美に涌井が叫ぶと、諸見沢のそれと重なってしまう。
その事実を認識して体温が上がってしまった涌井に「仲いいねぇ」と理美がさらに畳みかけた。
「べ、別に~?」
照れ隠しで防御がおろそかになってしまったのが、運の尽き。
ひょいっ、と涌井の手はあっさり剥がされ、諸見沢に手形を拭き取られてしまった。
「あー、ずるい! 卑怯者! 女の敵! 木綿豆腐のすまし汁!」
「なんとでも言え」
力強い腕で丹念に拭き取られた手形は、もはや跡形もなく黒板から消え去った。
「暴力が、圧政が表現の自由を……!」
「うるせぇ。創作物じゃねぇし。つか、その理屈だと俺が作者だろ」
「テロリストが、遺跡を、世界遺産を……!」
「あぁ、めんどくせぇ」
すっ、と黒板を拭いたのとは別の手を出す諸見沢。
「そんなに手の大きさを比べたきゃ、直接やれよ」
「んひっ、そんな! 畏れ多い!」
「意味がわからん」
「せめて半紙に墨汁で手形を」
「魚拓かよ」
懇願も虚しく涌井は手首を掴まれ、その手を諸見沢のものと重ね合わせることになった。
節くれ立った指、厚い皮。何より伝わってくる熱が諸見沢の体温である、事実。思ってもみなかった幸運だ。
二回り以上大きな手に涌井は感動を覚え、興奮を言葉にした。
「な、ナマだぁ!」
「言い方が気持ち悪いぞ」
「美桜ちゃん、ホントいい顔してるよぉ」
「お前はまだ撮っていたのか」
直接、諸見沢の手を感じられた歓喜に涌井が震えているうちに、四時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。
顔や首、手の怪我をガーゼなどで覆っていたが、それ以外は何事もなかったかのように強羅が登校した。
その姿を見て、数人の女子が強羅に取りついて質問攻めにする。
プロスポーツみたいにトレード制があればいいのに、と涌井は嘆息した。強羅など喜んで差し上げるので、掃除を真面目にするキモくない男子と交換してくれ、という溜め息だ。
失明したとか、腱が切れたなどの部活に障るようなことはなかったと本人が説明するのが、涌井の耳にも入った。
昨日の数学の時間に暗い情念を燃やしていた鮫島が、舌打ちしていた。
強羅が部活で活躍できなくなれば、今、強羅に取りついている女子たちが去って行く。そこを自分がかっさらい、ハッピーエンド。鮫島は、そんな青写真を描いているのかもしれない。
果たして、そんな強羅の心を手に入れて嬉しいだろうか、と涌井には疑問だった。
そんなの、チャラい諸見沢と付き合うようなものだ、と胸中で涌井が唾棄していたときだ。
しん、と教室が静まり返った。
「いつもサボっているくせに、昨日の今日でよく来れたな」
浴びせられた嫌味をものともせず、悠然と席に着いたのは諸見沢だった。
険悪な空気は、しかし諸見沢が小物を無視したお蔭で霧散した。
強羅も言いたいことのありそうな顔をしていたが、行動は起こさなかった。
そして、行動を起こせない者が四班にもう一人。
諸見沢の背を盗み見るように視線を泳がせては、結局その視線を足元に戻す不審な女子。
無論、涌井である。
スマホさえあれば、と涌井は下唇を噛んだ。
それなりにクラスでスマホは普及しているのだが、涌井は親の意向で持たせてもらえていない。
スマホがないから自分はクラスで疎外されているし、諸見沢をこっそり励ますこともできないのだ。
ずぶずぶと、涌井は自らの胸の裡にある暗い沼へと沈む。
「知らん。間抜けの自傷行為だ」
「ウソ言うな。お前のせいで俺は、こんな大怪我を!」
「部活に支障はないのだろう。それ以上に何を求める」
「お前っ!!」
「やめなさい!!」
朝のHRを急いで切り上げた担任が、諸見沢と強羅を教員机まで呼び出して聴取していた。
しかし超然とした諸見沢と、被害者意識全開でそれに食って掛かる強羅の主張では真実にたどり着けないようだった。
「ケンカは売る、怪我はする、公共物は壊す。さすがバスケ部のエース、学校の誉れだな」
「殺す」
「やってみろ。俺は怪我人だろうと忖度しない」
「いい加減にしな……っ!?」
諸見沢が担任の顔を片手で掴む。アイアンクロウだ。
「教職課程ってのは、怒鳴り方の講習しかしねぇのか」
「は、放しなさい! こらっ!」
「手に負えないから感情任せに、いや臆病な自尊心を守りたいから怒鳴るだけ。他の生徒の迷惑とか考えられないのか」
担任は諸見沢のアイアンクロウを振り解いたが、睨むだけだった。
返す言葉もないのだろう。
涌井は、諸見沢にスタンディングオベーションを送りたい気分だった。
「頭から俺が悪いと決めつけて、声を荒げて従わせようとする、見せしめにする」
ばんっ、と諸見沢が手のひらを黒板に叩きつける。
その音に驚いて肩が跳ねたが、涌井は何事もなかったかのように装い、諸見沢の一挙手一投足に注目する。
「いらねぇよ。ウソで塗り固めた仲良しクラスも、事なかれ主義の担任も」
煮え湯を飲まされた顔で、沸き上がる激情を堪える担任を背にして諸見沢は席に戻った。
言い過ぎだなんだと言い募る女子がいたが、諸見沢はどこ吹く風。
涌井も言いすぎだとは思ったが、かといって諸見沢を責める気持ちにはなれない。
多少言い方がキツくても、自分の思っていることをキッパリと言う諸見沢が涌井には眩しかったのだ。
毎日真面目に登校しないにも拘わらず、あんなことがあった翌日に来るのも凄い。
自分がいることで、強羅とその取り巻きが嫌な気持ちになるかもしれない。
涌井だったらそういう卑屈なことを、当然の配慮だと自分に言い聞かせて欠席してしまう。
だが諸見沢はそうではない。
どっしりと構えて、いつも通り気に入らない物言いにはNOを突きつける。
そんな諸見沢に涌井は痺れてしまうし、そんな諸見沢だから今日は一日学校にいるかもしれない。
つまり涌井の頭は、諸見沢と仲を深められるかも、という淡い期待でいっぱいだった。
皮脂のせいか、化粧のせいか。
黒板には諸見沢の手形がべったりと残っていた。
今は行きにくい空気だけど、一時間目が終わったら涌井は自分の手と比べに行こうと心に決めた。
担任が諸見沢を悪と断じて裁いてくれないと見切りをつけたのだろう、強羅も席へと戻る。
やがて、担任は教室を出て行った。無言で、肩をいからせて、足早に。
涌井は、どれだけ見ても振り返らない諸見沢の背を、穴が空くほど見つめた。
みっともなく敗走する無力な担任の背中を、見ないようにするために。
授業が始まっても、諸見沢は教科書を机に置きこそすれ、それを開かなかった。
出席しているので偉い、と諸見沢を褒めてクラス全体も褒める数学教師。授業でやった範囲を完全網羅した宿題が出たのは、諸見沢に原因があるかもしれない。
諸見沢の態度を挑発と受け取って難問を出題し、あっさり諸見沢に答えられて「図書室で本でも読んでろ」と不貞腐れる理科教師。諸見沢のかっこよさに、涌井はワクテカした。
国語では小説単元の音読を迫る教師が泣き落としに走ったことで、さすがの反骨諸見沢も折れた。諸見沢の貴重な女言葉セリフを聞けて、涌井は感無量、危うくオタク泣きするところであった。
三時間目の休み時間。
心に決めた通り涌井は一時間目の休み時間、諸見沢の手形に自分の手を重ねた。
しかし手形を教師たちも無視していたので、それが今もまだ残っていた。
せっかくなので、とまた重ね合わせる。
涌井の友達で、地味仲間の美堂理美(みどう‐りみ)もやってきて「おっきいよね」と二人してはしゃいだ。
四時間目の後、給食と昼休みが終われば掃除の時間がやってくる。そうなれば、黒板の雑巾がけで今度こそ消えてしまうのだ。
「理美、スマホ持ってるよね」
「え、写真撮っていいの? 私のフォルダにずっと諸見沢君の手形が残ることになるよ」
「う、それは複雑な気分」
「スマホ買ってもらったら言いな。送ったげる」
「ら、来年のお年玉で宝くじ買おうかな」
「年末のやつ、終わってるね」
「いや、常時開催の数字選択式のやつをですね」
「そもそも、あれって未成年、買えなくない?」
「くぅ、優しくて私を可愛がってくれるアメリカの巨大企業を経営するイケメンの二十歳越え従兄弟さえいればっ!」
「それはもう、宝くじじゃなくてその従兄弟にせびればいいよね」
「確かに」
「おい。そこをどけ」
頭から水をぶっかけるような尊大な要求をされ、涌井がおそるおそる振り向くと諸見沢がいた。
その手には、濡らした雑巾が握られている。
「なぜに、諸見沢君が雑巾を?」
諸見沢の貴重な掃除シーンはいいのだが、まだそのときではない。
「お前ら、それ恥ずかしいからやめてくれ」
雑巾を持った諸見沢の手が黒板に伸びる。
狙いは、諸見沢の手形だった。
「やめてーっ! 私のささやかな楽しみを壊さないでーっ!」
両手で手形を覆い、それが本人に消されるのを涌井は必死で防ぐ。
「そんなもん楽しみにするな」
「いいじゃん! 誰にも迷惑かけてないし」
「俺が恥ずかしいんだよ」
「いいよ~、とてもいい。美桜ちゃん、とってもイキイキしてる」
「「撮るな!!」」
手形をめぐる攻防をスマホで動画撮影する理美に涌井が叫ぶと、諸見沢のそれと重なってしまう。
その事実を認識して体温が上がってしまった涌井に「仲いいねぇ」と理美がさらに畳みかけた。
「べ、別に~?」
照れ隠しで防御がおろそかになってしまったのが、運の尽き。
ひょいっ、と涌井の手はあっさり剥がされ、諸見沢に手形を拭き取られてしまった。
「あー、ずるい! 卑怯者! 女の敵! 木綿豆腐のすまし汁!」
「なんとでも言え」
力強い腕で丹念に拭き取られた手形は、もはや跡形もなく黒板から消え去った。
「暴力が、圧政が表現の自由を……!」
「うるせぇ。創作物じゃねぇし。つか、その理屈だと俺が作者だろ」
「テロリストが、遺跡を、世界遺産を……!」
「あぁ、めんどくせぇ」
すっ、と黒板を拭いたのとは別の手を出す諸見沢。
「そんなに手の大きさを比べたきゃ、直接やれよ」
「んひっ、そんな! 畏れ多い!」
「意味がわからん」
「せめて半紙に墨汁で手形を」
「魚拓かよ」
懇願も虚しく涌井は手首を掴まれ、その手を諸見沢のものと重ね合わせることになった。
節くれ立った指、厚い皮。何より伝わってくる熱が諸見沢の体温である、事実。思ってもみなかった幸運だ。
二回り以上大きな手に涌井は感動を覚え、興奮を言葉にした。
「な、ナマだぁ!」
「言い方が気持ち悪いぞ」
「美桜ちゃん、ホントいい顔してるよぉ」
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