一人三役でスローライフを。

アケチカ

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どさくさに紛れて名を決める

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 大きめの水球がぼたぼたと上から落ちてくる。傘はないので自分の周囲に結界を張ってそれの直撃を防ぐが、さて、どうしたものか。

 グリーンドラゴンが行ってしまったすきに、広範囲結界を張った。
 自作の魔道具で、岩に偽装した装置に杭を追加したものだ。それを円になるように活動範囲に等間隔に地面に刺していく。どうせなら広くとって結果を見たかったので、森も含めて、台地の上部をほぼ全部カバーできるように設置してみた。
 効果としては、物理・魔法無効、許可のない侵入者は入れない。そもそも見つからないように不可視化し、近づいても自然に避けていくように幻惑魔法も追加。さらに防音も付けておいた。
 魔道具なので魔石がある限り常時起動していられる。燃費もだいぶ改善したし、たまにメンテナンスで見て回るだけで済むはずだ。

 とりあえず起動はうまくいって、中から見るとシャボン玉みたいな透明の膜で覆われているのが見える。こうして大きな半球を見ると、ちょっと自分ちとしては広すぎるなと思う。まあ、大は小を兼ねるともいう。

 それはともかく。

 見上げると、緑の巨体が結界に腹ばいに乗っかっているのが見えた。戻ってきたグリーンドラゴンだ。さすがにドラゴンには阻害系の魔法は効かなかったらしい。まっすぐ結界に突っ込んできて弾かれ、そしてへばりついた。

『ひどいではないか! 待っておれと言うたであろう!? この仕打ちはあんまりではないか。妾がいったいなにをしたというのじゃ!』

 なんだか喚いているので、防音を切ってみたらそんなことを叫んでいた。喚きながら結界をバンバン叩き、大泣きしている。

 そんな泣くほどのことか?

 とりあえず結界自体はちゃんと機能していて、ドラゴンの攻撃(と言っていいのかわからんが)も防げてはいるようだ。

 それにしても、雨風は大事にしようと、わざわざ雨や風は通るように設定したのが災いした。バンバン叩く攻撃は通らないのに、大粒の涙がぼたぼた降ってくる。避けると結界の上を這って追ってくるので、涙の雨もついてくる始末だ。

『近くにいい場所がなかったんで、わざわざムツアシベアを追い出して確保してきたんじゃぞ。ご近所さんが寂しかろうと、妾にはちと狭いが遊びに来れる距離じゃよ?』

 いや、別に頼んでないけど。

『人間も食えるアポカの実がなる木が生えとるぞ。食いたいじゃろ? 遊びに来たいじゃろ?』

 それは、ちょっと興味ある。アポカの実ってリンゴに似た果実で、生はもちろん、焼いても美味いんだよな。だいたいなにかの縄張り内にあるから、手に入れるの大変なんだ。

「アポカはともかく……なんでそこまで『ご近所さん』にこだわるんだ?」

 そこが引っかかるんだよな。人馴れした、もしくは人間に友好的なのだとしても、やけにその言葉を使う。
 首を傾げると、グリーンドラゴンは『うぐっ』と、喉に何かつまらせたような音を出した。

『そ、それはあれじゃ。今までご近所さんというのがおらんでな。人間も魔物も妾を見ると逃げるか武器を向けるかじゃ。じゃからの、これは逃してはなるまいと』

「えぇ……、ステーキにされるとかビビってたじゃん」

『ビビってなぞないぞ! あれはあれじゃ。ちょぴっとびっくりしただけでの? ど、どうしてもというなら、尻尾の先っちょをくれてやってもよいが。い、痛くせんでくれよ?』

「いや、いらないから」

 んーつまりなんだ。人恋しかったというか、しゃべったり遊びに行き来するような関係に憧れがあったということか。友達ではなくご近所さんなところが、グリーンドラゴンなりの距離感なのかなんなのか。

『それはそうと、入れてくれんかの。こう、寝そべった状態で話をするのは落ち着かんのだが……』

「はぁ。わかった」

 追い払ったところでまた来るだろうし、有益な情報源ということにしておこう。こいつが近くにいるなら、他のドラゴンが寄ってくることはないだろうし。
 興味を持ってくれるのも今のうちだけだろう。その間の生活基盤を整えることにしよう。

 えーと。通行許可か。設置した広範囲結界の一つに歩み寄る。ここの回路に登録しておけば問題なく通れるはずだ。しかし、いつでも勝手に出入りされるのも嫌なので、俺のところに通知が来て許可したら通れるようにするか。
 魔道具をいじっていると、結界の向こうにグリーンドラゴンが降り立った。べたりと結界に額をくっつけて俺の手元を覗き込んでくる。

「こういうのわかるのか?」

『いいや。全然わからん。人間は手先が器用じゃの。以前、木から剥ぎ取ったツタで大きなかごを作った人間を見たことがある。そなたも作れるのか?』

「まあ、かごぐらいなら」

『ほうほう。ならば人間、妾がすっぽり入れるくらいのかごを作ってくれんかの』

「なんでだよ」

『作れるとゆーたではないか!』

「作ってやるとは言ってない!」

 結界をバンバン叩くな。なんで俺が寝床を作ってやらないといけないんだよ。自分の家だって外見ボロテントなんだぞ。
 なぜかグリーンドラゴンは首を傾げている。

『うまくいかんのぉ。友好的な人間は貢いでくれると教わったんじゃが』

 誰だそんなこと教えたの。

 一旦結界を解除する。と、体重をかけていたのかグリーンドラゴンが前のめりにパタンと倒れた。自分で予想外だったのか、うつ伏せのままバシバシと尻尾が地面を打ち付けている。

『あんまりだぁ!』

「……悪かったよ、先に言っとくべきだった。ほら、ここのちょっと手を……いや、指置いて。壊さないようにそっとだぞ」

 広範囲結界の魔道具に触れるように促す。

『なんじゃ? ビリビリするのか?』

「違う」

 なんでビリビリ罰ゲームを知っているのか。

「あんたの魔力を登録するんだよ。あ、ついでに名前教えて。呼び名の方でいいぞ」

 むくりとグリーンドラゴンは体を起こした。ぱっぱっと腹についた土を払い落とす。直立型のドラゴンは前足が短いイメージだが、グリーンドラゴンはそうでもない。払う音は硬質だ。

『名か。適当につけてくれてよいぞ』

 名前というのはその存在の本質を表すもので、面倒なのになると契約だと言霊だのがついて回る。なのでここで本名的なのを聞いてしまうのはNGだ。

 グリーンドラゴンは慎重に指一本を伸ばし、爪が当たらないようにぴとりと指の腹を魔道具に押し付ける。読み取るのは一瞬で済むので、これでこのグリーンドラゴンの魔力が登録されたことになる。あとは名前を紐付けておく。

「じゃあ、ポチ」

『……』

「タマ。ドラドラ? グリ? びびり」

『シャント。面妖な名をつけられてはたまらん。シャントと呼んでおくれ』

 適当でいいって言ったのに。ポチは標準だと思うんだけどなぁ。まあ前世基準か。

「じゃあ、シャントな。俺は……」

 魔道具に『シャント』が登録された。
 そういえば、俺家を出たんだし、名前を変えようと思ってたんだ。家名を名乗れないのはもちろんだが、ジャンってガラじゃないし。
 えーとえーと。

「俺は『ゼロ』だ」

 厨二的でいいんじゃないんだろうか。どうせこの名前とこの容姿で人前に出るのは、ごくわずかだろうし。お出かけキャラはこの世界では馴染のある名前にしたつもりだけど。

『ジェロか』

「ゼロだっつの」

 やべ。ゼロって言いにくいのか……?



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