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第七話 お前と踊る権利をくれてやる
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「鈍い女だな。用があるのはお前にだ。リエル。」
「私?」
「俺は今夜、十八人の女と踊る約束をしている。だが、今夜は特別に一番初めにお前と踊る権利をくれてやる。」
「…。」
いらないですと言いかけたがさすがにそれは失礼と思い直した。いつの間にか取り巻きの女もいない。彼女たちがいてくれればダンスを踊らせまいと阻止してくれるのにとリエルは思った。
「何だ。その嫌そうな表情は…、俺だってお前みたいな芋女と踊りたくない。だが、父上と母上がうるさくてな。リエルと踊って来いと言って聞かないのだ。」
「おじ様とおば様が…。」
アルバートの両親は幼い頃からリエルを可愛がってくれている恩人だ。リエルはそれならば…、とアルバートに向き直った。
「では…、アルバート様。僭越ながらお相手させて頂きます。よろしくお願いしますね。」
リエルは膝を折り、優雅に一礼した。その完璧な動作は淑女の鏡ともいえる礼だった。アルバートは不機嫌そうな表情を隠しもせずにふん、とつまらなそうに笑い、リエルの手を取った。すると、
「おや。アルバート殿。何故貴殿がこちらに?招待した覚えはないのですが?」
声変わり前の高い声にリエルは顔を向けた。貴族の方々と商談の話をしていたはずのルイがいつの間にか目の前に立っていた。表情は笑顔だが目が笑っていない。リエルはルイが怒っているのだと理解した。いつの間にかルイがこちらに来てアルバートとリエルの間に割り込んだ。アルバートは眉をひそめる。
「ルイか…。」
「次のダンスは僕と約束しているので。ご遠慮下さい。アルバート殿。」
「ふん。相変わらずだな。お前は昔からそいつにだけは異常に溺愛しているな。一体、その女のどこがいいのかさっぱりだが。セリーナ嬢の方が余程魅力的な姉君だというのに…。」
「物の価値が分からない男とは哀れですね。白薔薇騎士とはいえ、君は全く変わっていない。…昔から同じ節穴男だ。」
「幾つになっても姉離れしない貴様に言われたくはないな。」
バチバチと二人の間に火花が飛び散り合うかのように険悪な雰囲気を醸し出している。ルイとアルバートも昔馴染みの仲であるが幼い頃から仲が悪く、犬猿の仲であった。
「アルバート殿。今日はどういう御用向きでこちらに?大方の検討はつきますが…、どうせ姉上が目的でしょう?」
「分かっているではないか。そうだ。俺はセリーナ殿に会いに来たのだ。リエルには元婚約者としてついでに声をかけただけだ。曲がりなりにも五大貴族の当主の姉だからな。」
「では、どうぞ好きなだけ愛しのセリーナの所にいればいいではありませんか。僕は止めませんから。何なら、すぐにでもセリーナに求婚なさってはいかがですか?僕は諸手を挙げて歓迎しますよ。二人は実に、お似合いだと思いますよ。…ね?姉上。」
「え、ええ…。」
にっこりと微笑む弟にリエルも困惑げに頷いた。二人が仲の悪いのはいつものことだが毎度この空気の中に身を置くのは居た堪れない。
「言われなくてもそのつもりだ。…邪魔をしたな。俺はセリーナに用があるので失礼する。」
アルバートは二人を睨みつけ、立ち去った。リエルはその後ろ姿をじっと見つめた。
「姉上。大丈夫ですか?」
「ルイ。ごめんなさい。気を遣わせてしまって…。」
「いいのですよ。それにしても、アルバートの奴…、セリーナを目当てに姉上に近づくなど…、そもそもあの婚約だってそうです。セリーナ狙いだったくせに姉上を使って婚約するなど…、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのやら…、」
「ルイ。」
「どうせ、セリーナを手に入れるために姉上を踏み台にする気だったのです。…許しがい男だ。」
忌々しそうにアルバートを睨みつけるルイをリエルは苦笑した。
「お姉様はお母様に似て昔から綺麗ですから…、アルバート様が夢中になるのも仕方がありません。」
アルバートは昔からセリーナがお気に入りだった。両親と姉の前では礼儀正しかったがリエルに対してはあの通り事あるごとに突っかかり、意地悪をたくさんされてきた。成人した今では落ち着いたが代わりに言葉でリエルを貶めるようになったのだ。リエルとの婚約の時も期待はずれといった目で見られ、つまらなそうにしていた。婚約解消した今ではアルバートは不特定多数の女性と遊び歩いているが中でも熱心に続いているのがセリーナである。セリーナの信奉者である男性は数多くいるが中でもアルバートは姉のお気に入りだ。姉の好みは容姿が第一である。その次が地位や財力…、アルバートは姉の好みに一致した男性なのだ。金髪碧眼のアルバートは孤高でありながらも凛とした容姿だ。加えて五大貴族の家柄で薔薇騎士の一人である。姉が惹かれるのも当然だ。現にアルバートが姉の傍に来ると姉はそれまで傅いていた男達には目もくれずに一目散にアルバートの元に駆け寄っている。ルイはそれをせせら笑った。
「まるで蜜に群がる羽音のうるさい虫のようですね。…あのお色気厚化粧女にはお似合いの男だ。…さ。姉上。あんなのは放っておいて僕と一緒に踊りましょう?」
「え、でも…、ルイは大丈夫なの?」
「平気ですよ。いつまでも狸爺どもの話には付き合いきれませんから。」
実の姉をお色気厚化粧女と称し、商談の相手を爺呼ばわりする弟の相変わらずな毒舌にリエルは苦笑しながらもルイの手を取った。
「私?」
「俺は今夜、十八人の女と踊る約束をしている。だが、今夜は特別に一番初めにお前と踊る権利をくれてやる。」
「…。」
いらないですと言いかけたがさすがにそれは失礼と思い直した。いつの間にか取り巻きの女もいない。彼女たちがいてくれればダンスを踊らせまいと阻止してくれるのにとリエルは思った。
「何だ。その嫌そうな表情は…、俺だってお前みたいな芋女と踊りたくない。だが、父上と母上がうるさくてな。リエルと踊って来いと言って聞かないのだ。」
「おじ様とおば様が…。」
アルバートの両親は幼い頃からリエルを可愛がってくれている恩人だ。リエルはそれならば…、とアルバートに向き直った。
「では…、アルバート様。僭越ながらお相手させて頂きます。よろしくお願いしますね。」
リエルは膝を折り、優雅に一礼した。その完璧な動作は淑女の鏡ともいえる礼だった。アルバートは不機嫌そうな表情を隠しもせずにふん、とつまらなそうに笑い、リエルの手を取った。すると、
「おや。アルバート殿。何故貴殿がこちらに?招待した覚えはないのですが?」
声変わり前の高い声にリエルは顔を向けた。貴族の方々と商談の話をしていたはずのルイがいつの間にか目の前に立っていた。表情は笑顔だが目が笑っていない。リエルはルイが怒っているのだと理解した。いつの間にかルイがこちらに来てアルバートとリエルの間に割り込んだ。アルバートは眉をひそめる。
「ルイか…。」
「次のダンスは僕と約束しているので。ご遠慮下さい。アルバート殿。」
「ふん。相変わらずだな。お前は昔からそいつにだけは異常に溺愛しているな。一体、その女のどこがいいのかさっぱりだが。セリーナ嬢の方が余程魅力的な姉君だというのに…。」
「物の価値が分からない男とは哀れですね。白薔薇騎士とはいえ、君は全く変わっていない。…昔から同じ節穴男だ。」
「幾つになっても姉離れしない貴様に言われたくはないな。」
バチバチと二人の間に火花が飛び散り合うかのように険悪な雰囲気を醸し出している。ルイとアルバートも昔馴染みの仲であるが幼い頃から仲が悪く、犬猿の仲であった。
「アルバート殿。今日はどういう御用向きでこちらに?大方の検討はつきますが…、どうせ姉上が目的でしょう?」
「分かっているではないか。そうだ。俺はセリーナ殿に会いに来たのだ。リエルには元婚約者としてついでに声をかけただけだ。曲がりなりにも五大貴族の当主の姉だからな。」
「では、どうぞ好きなだけ愛しのセリーナの所にいればいいではありませんか。僕は止めませんから。何なら、すぐにでもセリーナに求婚なさってはいかがですか?僕は諸手を挙げて歓迎しますよ。二人は実に、お似合いだと思いますよ。…ね?姉上。」
「え、ええ…。」
にっこりと微笑む弟にリエルも困惑げに頷いた。二人が仲の悪いのはいつものことだが毎度この空気の中に身を置くのは居た堪れない。
「言われなくてもそのつもりだ。…邪魔をしたな。俺はセリーナに用があるので失礼する。」
アルバートは二人を睨みつけ、立ち去った。リエルはその後ろ姿をじっと見つめた。
「姉上。大丈夫ですか?」
「ルイ。ごめんなさい。気を遣わせてしまって…。」
「いいのですよ。それにしても、アルバートの奴…、セリーナを目当てに姉上に近づくなど…、そもそもあの婚約だってそうです。セリーナ狙いだったくせに姉上を使って婚約するなど…、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのやら…、」
「ルイ。」
「どうせ、セリーナを手に入れるために姉上を踏み台にする気だったのです。…許しがい男だ。」
忌々しそうにアルバートを睨みつけるルイをリエルは苦笑した。
「お姉様はお母様に似て昔から綺麗ですから…、アルバート様が夢中になるのも仕方がありません。」
アルバートは昔からセリーナがお気に入りだった。両親と姉の前では礼儀正しかったがリエルに対してはあの通り事あるごとに突っかかり、意地悪をたくさんされてきた。成人した今では落ち着いたが代わりに言葉でリエルを貶めるようになったのだ。リエルとの婚約の時も期待はずれといった目で見られ、つまらなそうにしていた。婚約解消した今ではアルバートは不特定多数の女性と遊び歩いているが中でも熱心に続いているのがセリーナである。セリーナの信奉者である男性は数多くいるが中でもアルバートは姉のお気に入りだ。姉の好みは容姿が第一である。その次が地位や財力…、アルバートは姉の好みに一致した男性なのだ。金髪碧眼のアルバートは孤高でありながらも凛とした容姿だ。加えて五大貴族の家柄で薔薇騎士の一人である。姉が惹かれるのも当然だ。現にアルバートが姉の傍に来ると姉はそれまで傅いていた男達には目もくれずに一目散にアルバートの元に駆け寄っている。ルイはそれをせせら笑った。
「まるで蜜に群がる羽音のうるさい虫のようですね。…あのお色気厚化粧女にはお似合いの男だ。…さ。姉上。あんなのは放っておいて僕と一緒に踊りましょう?」
「え、でも…、ルイは大丈夫なの?」
「平気ですよ。いつまでも狸爺どもの話には付き合いきれませんから。」
実の姉をお色気厚化粧女と称し、商談の相手を爺呼ばわりする弟の相変わらずな毒舌にリエルは苦笑しながらもルイの手を取った。
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