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第九話 怪盗、黒猫参上

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広間に戻るとリエルはそのまま礼を言ってすぐに彼から離れようとした。すると、

「リエル嬢。よろしければわたしと踊って頂けないか?」

「えっ?」

リエルは驚いた。青騎士がリエルを誘ってくれるとは思わなかった。

―この方何を考えて…、だって、彼はお母様の…、ん?そうか。これは…、

リエルはある考えを思いついた。改めて微笑み返すと

「ええ。私でよろしければ…!」

その時、広間の中央でざわざわと騒がしい音がした。目を向けると、母が用意させたある物が披露されている。

―あれは…。お父様の…、

「ほお…。確かあれは『真紅の皇帝』か…。噂には聞いていたが…、」

『真紅の皇帝』とは紅玉である。ただの紅玉とは違い、フォルネーゼ家が所有する家宝の一つだ。父が母に求婚する際に贈った一級品であるとも聞いている。母はそれをとても大切にしていた。

「セイアス様!さあ、こちらへ…、来て頂戴。」

セイアスを呼ぶ母の声に彼は言われるがまま近寄った。母はセイアスの手を取ると、何やら耳元に囁いている。そんな母の姿から、リエルは目を逸らした。

先代が生きていた頃、母は『真紅の皇帝』をとても大切にしており、誰の目にも触れさせようとはしなかった。娘であるリエルですらも、『真紅の皇帝』を目にした機会は数少ない。それだけ大切にしていたにも関わらず、この夜会で『真紅の皇帝』をお披露目するという言い出した母親の提案にリエルは驚いた。

―あれだけ、お父様が贈って下さった物を大切にしていたのに…。やはり、お母様はもうお父様のこと…、

すると、突然、ガシャーンと音が鳴り、辺りが暗くなった。

「お嬢様!」

明るかった広間が暗くなっている。執事のリヒターに手を引かれ、リエルは暗闇の中、目を凝らした。女性の悲鳴やざわめく声がする。

「お嬢様。大丈夫ですか?」

「ええ。私は大丈夫。それよりも…、一体何が…、」

「分かりません。只今、明かりをお持ちします。」

そう言って執事が離れようとした瞬間に明かりが戻った。安心したのも一瞬だった。

「きゃああああ!」

会場に響き渡るような悲鳴がした。それは、母の悲鳴だった。

「わ、私のルビーが!『真紅の皇帝』がないですわ!」

「!?」

リエルは目を見開いた。ガラスケースに入れられ、赤いベルベッドの上に載せられた『真紅の皇帝』は跡形もなく消えていた。

「何が、起こって…、」

呆然と呟くリエルに「やられましたね…。」と執事が呟いた。

「リヒター。一体、何が…、」

「怪盗『黒猫』の仕業だな。」

不意に現れたのはアルバートだ。手には一枚のカードが握られている。赤いカードに黒文字で『黒猫参上。』と書かれており、黒い猫の形が端に描かれている。怪盗『黒猫』とは最近巷で有名な義賊の名である。貴族や金持ちの商人を相手に盗みを働き、貧しい市民に金を分け与えている。おかげで上流貴族の間では憎まれているが市民からは莫大な人気がある怪盗だ。しかも、この怪盗は正体不明の謎の人物で素顔を見た者は誰ひとりとしていないのだ。そして、盗んだ後は必ずカードを残して鮮やかに華麗に獲物を奪うという手段を取っている。黒猫というのは、残していくカードに黒い猫型が描かれていることからそう呼ばれている。『黒猫』の姿形も全身を黒一色で包んだ人物であり、その闇夜に紛れるほどの漆黒の衣装も一つの由来だ。

「黒猫が何故…、」

「私のルビーが…!」

泣き喚く母を見てリエルはリヒターに目配せで母を落ち着かせるようにと命じた。リヒターはオレリーヌに近づき、すすり泣く母に慰めの言葉を掛けながら別室へと移動した。漸く静かになったと溜息をついた。

「リエル嬢。」

「セイアス様。」

「大変な事になりましたね。怪盗『黒猫』が出たとか?」

「え、ええ…。どうやら、そうみたいです。」

「ならば…、我が青薔薇騎士の名にかけてご協力をしよう。」

―厄介なことになった。

リエルは次から次へと起こる問題に頭を抱えたくなった。

「成程…。それで?我々に協力してくださると?セイアス殿。」

「そうだ。悪い話ではないだろう?」

カチャリ、と紅茶のカップをソーサーに戻し、ルイはセイアスとアルバートに目を向ける。あの後、舞踏会はお開きになり、リエルとルイは事務処理に追われることになった。そして、薔薇騎士の二人がこの場に居合わせたことにより、二人が協力すると言うので落ち着いた頃に客間へと案内し、その事について話し合っているのだ。

「セイアス殿のご好意には感謝します。しかし、これは我がフォルネーゼ家の問題…。薔薇騎士の手を煩わせる程でもありません。」

「フォルネーゼ伯爵。黒猫をあまり甘く見ない方がいい。今まで薔薇騎士の面々で逮捕に当たったが未だに尻尾を掴ませない曲者だ。ただ者ではないのは確かだ。五大貴族とはいえ、あなただけでは黒猫を捕まえられないだろう。」

「ご安心を。フォルネーゼ家の力を持ってすれば黒猫など容易に捕まえられますよ。それに…、失礼ですが薔薇騎士は今まで黒猫の捕縛を命じられているにも関わらず、何の手がかりも掴めていないのでしょう?」

言外に薔薇騎士を無能だと言い切るルイの言葉に、室内の空気が冷え冷えとしている。薔薇騎士二人とルイの応酬にリエルは紅茶を飲みながら傍観している。張り詰めた空気が流れるがリエルにとってよく見る光景だ。ふと、視線を感じて顔を向けると、アルバートと目が合った。彼はリエルと目が合うと、苛立たしげに顔を背けた。

「そういえば、セイアス殿はあの黒猫が現れる前は姉上にダンスを申し込んでいたそうですね?もしかして、今回の協力を依頼したのも関係が?」

「職務を公私混同するつもりはない。リエル嬢にダンスを申し込むのに不都合でもあるのか?そもそも、あの場に伯爵はいなかった筈だが?」

「僕がいなかったからといって知らないと?僕は姉上の事は何でも知っていますから。ああ。別に不都合はありませんよ。ただ、母上とあれだけ親しくしていながら姉上をダンスに誘うとは思っておらず。」

母の愛人でありながら姉のリエルに手を出すなど牽制するルイとそれを無表情で受け流すセイアスの攻防をリエルはそっと目を逸らした。

―どんな思惑があるにしろ、セイアス様は協力を依頼してくれた。黒猫の正体を突き止めなければ…、そして、あの『真紅の皇帝』を返してもらわなければならない。セイアス様が私に今回近づいたのはただの気まぐれかも知れない。母の娘だから気を遣ったのか…、どちらにしろ、これは好機だ。駒は有効に使わなければチェックメイトできない。ならば…、

「ルイ。」

紅茶を戻し、弟の名を呼んだ。そして、言った。

「セイアス様とアルバート様…、お二人にご協力をお願いしませんか?」
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