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第三十一話 まるで人形だな!気持ち悪い!

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「お嬢様。」
自室で本を読んでいたリエルはリヒターに話しかけられ、本から顔を上げた。
「どうしたの?リヒター。」
「実は…、つい先程、リエルお嬢様にお会いしたいと招かれざる客が来まして…、」
「…招かれざる客?どなた?」
「白薔薇騎士です。」
リエルはギクリ、と身体を強張らせた。アルバートがここに?
「どうします?追い払いますか?」
「いいえ。会います。メリル。支度を手伝ってくれる?」
リエルは立ち上がると、傍に控えていたメリルに声をかけた。

『エドゥアルト。よく来てくれたな。』
『やあ。アレクセイ。元気そうで何よりだ。』
父と一人の紳士が再会を喜び合っていた。
『おや?この子がアルバートだね?…母親のグレースによく似ているな。将来が楽しみだ。』
凛々しくも、美しい紳士、エドゥアルトはアルバートを見て微笑み、連れてきた二人の娘を紹介した。上の娘は、父親に促され、臆することなく前に進み出た。黒髪に紫水晶の瞳を持つ神秘的な容姿を持つ美少女は愛らしい笑みを浮かべて、綺麗にお辞儀をし、挨拶をした。その姿は、幼いながらも堂々としており、立派な淑女の鏡である。アルバートは、こんな綺麗な女の子は初めて見たと思った。ふと、見ると下の娘は中々姿を見せない。父親の背に隠れてそこから、出ようとしなかった。
『リエル。きちんと挨拶しなさい。』
『おや。恥ずがしがり屋なのかな?可愛らしい…。』
父親に促されても嫌々と首を振る少女を黒髪の美少女は引っ張った。
『リエル!もう!そんな調子だからいつも男の子に苛められるのよ!ほら、ちゃんと挨拶しなさい!』
泣き出しそうになりながらも、姉に促され、おどおどと気弱そうに小さな声で挨拶をする少女。
『初めまして。リエル・ド・フォルネーゼと言います。』
小動物のようにぶるぶると震えながら姉の傍を離れようとしないリエル。人見知りが激しいせいか緊張している様子だ。緊張のせいかうるうると瞳に涙を浮かべていた。
―何だ。こいつ。
アルバートはこんな気が弱そうな奴始めて見た。と思った。アルバートはリエルに手を伸ばした。
『フニッ!?』
自分でも何故そうしたのか分からない。気が付けば、リエルの頬を摘んで引っ張っていた。途端に泣き出すリエル。当然だがその後、こっ酷く父親に怒られた。気が弱くて、泣き虫な奴…。アルバートがリエルに抱いた第一印象だった。

「アルバート?」
ハッと気が付けばセリーナが顔を覗き込んでいた。赤い唇を蠱惑的に微笑ませ、セリーナはアルバートの手を握る。
「ごめん…。少しぼーとしてて…、」
「あら?私といるのに考え事?」
ムッとしたようにセリーナは唇を引き結んだ。美しい淑女に成長したセリーナは今では男性から非常に人気がある。社交界の花と名高いセリーナ。その美貌に惹かれ、求婚する男性は後を絶たない。当然、自分もその一人である。
「お嬢様。奥様がお呼びになられていますが…、」
「お母様が?何かしら…。」
せっかくいい所だったのにと言いたげに不服そうにしながらも立ち上がるセリーナ。アルバートにすぐに戻るわねと甘えるように言い、母親の元へ向かった。客間に残されたアルバートは出された紅茶に手を伸ばした。あの薔薇園でリエルと邂逅してから数日経たない内にアルバートはフォルネーゼ家を訪ねた。それは、リエルにある事を確かめる為だった。
「…。」
強い視線と沈黙にアルバートはカップをソーサーに戻すと、じろりとすぐ傍の人物を睨みつけた。
「何か言いたいことがあるなら、言え。リヒター。」
控えている執事を見やると、彼はにっこりと笑った。
「いいえ。一介の執事である私が白薔薇騎士であるあなたに物を申すなど…、恐れ多いことです。」
「…よく言う。」
アルバートは相変わらず、胡散くさい奴だと吐き捨てた。
「お前が腹の底で何を考えているのかは興味ないけどな。ずっとここで俺に不躾な視線ばかり寄越しやがって…、それを浴びる俺の身にもなれ。いい加減、うんざりなんだよ。」
「…よろしいのですか?私などがアルバート様に…、」
「御託はいいから、さっさと答えろ。」
上から目線の態度にアルバートは気分を害した様子もなく、笑みを浮かべたまま答えた。
「大したことではございませんよ。…ただ、何の約束も言付けもなく、当主の留守を見計らうかのように突然、こちらに押しかけ、リエルお嬢様にお会いしたいという難題を押し付けた挙句、セリーナお嬢様と戯れ合う所業…、さすがはアルバート様だと感心しているだけでございます。」
「なっ…、」
にこやかな笑みだがその内容はかなり辛辣である。
「う、うるさい!あいつが来ないのが悪い!そもそも、セリーナとどうこうしようが俺の勝手だ!もう婚約者でもないんだから、一々文句を言われる筋合いは無いだろう!」
「ええ。ありませんね。あなたとリエルお嬢様は今では全くの無関係ですから。」
さらりと答えるリヒターは「全く」を強調する辺りわざととしか思えない。アルバートはリヒターを殴りつけたい衝動を抑え、冷静に訊ねた。
「で?あいつはまだなのか?一体、どれだけ時間が経ってると思っている?」
「ああ。もしかして、リエルお嬢様をお待ちしているのですか?」
「当たり前だろう!何の為に来たと思っている!あいつが帰ってきているのは知ってるんだからな!居留守を使っても無駄だ。」
「そうでしたか。てっきり私は、アルバート様がリエルお嬢様を口実に、セリーナ様に会いに来られたのかと思いました。では、少々お待ち下さい。只今お嬢様に確認してきますので。」
「まさか…、お前、リエルに話を通してなかったのか?」
「はい。」
「き、貴様っ…、」
わなわなと震え、アルバートはリヒターを睨みつけた。
「ふざけるな!何なんだ!お前はいつもいつも…!」
「ふざけているのはどちらです?」
不意にリヒターは笑みを掻き消し、冷ややかな目を向けた。
「あの時に十分忠告したつもりですが…、いい加減にリエルお嬢様にかかわり合いになるのはお止め頂きたいと。まだ懲りていなかったのですか?」
「俺があいつに気があるみたいな言い方するな。好きで関わっている訳じゃない。」
「では、何故こうしてわざわざ屋敷まで赴くのです?…セイアス様に近づくな身の程知らずとでも仰るつもりで?」
「当たり前だ。同業者があんな女とつるんでいるなんて外聞が悪すぎる。大体、あいつが本気で相手にされるわけが…、」
「そんな事はあなたには関係ありません。それは、リエル様の問題です。部外者のあなたが首を突っ込まないで頂きたい。」
「っ…、」
「それより…、アルバート様。いつになったら、セリーナ様に求婚なさるおつもりで?」
アルバートは弾かれたように顔を上げた。
「私もルイ様も…、首を長くして待っているのですよ。あなたになら、セリーナ様を任せられるでしょう。…実に、お似合いですよ。あなた方、二人は。」
「…。」
褒め言葉の筈が何故かリヒターに言われると嫌味に聞こえる。いや、この含みのある言い方はわざとだとアルバートは思った。
「できれば、今年中にはご報告をお待ちしていますよ。フォルネーゼ家と白薔薇騎士が結ばれればお互いに利が叶いますし。…良かったではありませんか。アルバート様もずっと望んでいた結果だった訳ですし。ああ。それとも…、本当はリエルお嬢様が…、」
「言われなくてもそうする。…今は、黒猫の騒動で難しいだけだ。落ち着いたらすぐにでもセリーナと式を挙げるつもりだ。…間違っても、リエルが相手なんて御免だ。」
「そうでしたか。」
微笑むリヒターを無言で見やり、アルバートはさっさと呼んで来いと言いつけた。すると、
「おや。お嬢様…。」
「…。」
リヒターが客間を出ようと扉を開くと、そこには、リエルが立っていた。目を見開くアルバートにリエルが視線を合わせた。
「…お待たせして申し訳ありません。アルバート様。」
にっこりと微笑み、淑女の礼を取ってリエルはアルバートの前に進み出た。
人払いをさせ、リエルとアルバートは向かい合った。きまずい沈黙が続く中、リエルが訊ねた。
「お話とは何でしょう?」
「…。」
アルバートはリエルを見た。相変わらず、何を考えているか分からない目だ…。苛立ちを隠しながらアルバートは言った。
「リエル。セイアスの屋敷に行ったらしいな?本人から、聞いたぞ。」
「ええ。チェスをしたり、本を読ませて頂いたり…、楽しい一時でした。」
「…何を考えている?」
「別に何も。私はただ…、今後の為に、セイアス様と良好な関係を築こうと…、」
「何故、話した?」
「え?」
「話したんだろう。俺とお前の以前の関係やオレリーヌ殿のことを…。今まで誰にも話したことがなかったくせに何故セイアスに話した?…お前とセイアスは知り合って間もないだろう。なのに…、」
「…。分かりません。ただ…、そうですね。私は誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれません。…不思議と口が滑っていたのです。それに、セイアス様だからこそ、話したのかもしれません。」
「どういう意味だ?」
リエルは微笑んだ。そうして、明確な答えを口にしないリエルにアルバートは
「っ…、お前は…、いつもそうだ。そうやって…、笑って…、肝心な事は何も言わない…。」
「アルバート様?」
様子がおかしいアルバートにリエルは声を掛けるが…、
「言いたいことがあるならはっきり言え!何で、いつもお前はそうなんだ!あの時だって…、」
突然、立ち上がって激しく言い募るアルバートをリエルは見上げた。
「ほらな!そうやっていつも黙る!お前はいつだってそうだ!何も言わずに笑ってればいいと思ってんだろう!そうすれば、何でも許されると思ってんだろう!そういう所が俺は大っ嫌いだ!見ていて、苛々する!まるで人形だな!気持ち悪い!」
リエルは暫く黙っていたがやがて、口を開いた。
「私からは何もお答えすることはできません。申し訳ありませんがそれだけを言いにきたのでしたら、これで失礼します。」
リエルは立ち去る間際に一度だけ立ち止まると、「アルバート様。」と声をかけ、
「セイアス様の件…、決して薔薇騎士にご迷惑をお掛けする真似は致しません。ですので、どうかご安心下さい。」
それだけ言うとリエルはその場を立ち去った。

―気持ち悪い。
「…。」
客間を出て、廊下を歩いている途中で立ち止まると、リエルは眼帯を抑えた。悲しそうに目を伏せ、唇を噛み締める。だが、やがて、顔を上げると強い意思を宿した目で前を向いた。
―…立ち止まる訳にはいかない。私には、するべき事がある。その為には…、どんな事にも耐えてみせる。
弱々しく震える少女の姿はそこにはなく、強い信念を持って進もうとする少女の姿があった。
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