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第百三話 仮面祭へのお誘い

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「姉上は?いないのか?」

屋敷に戻ったルイはいつもは出迎えてくれるリエルの姿がないことに気がついた。

「お嬢様は本日はお出かけになっています。」

「どこに…、ああ。そうか。今日は確か…、」

ルイはどこに行ったのだと訊ねかけたが今日が何の日か思い出し、納得したように頷いた。

―もうあれから、十年以上が経つのだな…。

窓の外を見れば空は快晴の青空だった。
あの日は、空が真っ赤に燃えているかのようだったのに…。
月日が流れるのは早い。
姉はどんなに忙しくても、毎年この日だけは欠かさずに時間を作り、出かけている。
姉にとって、あの日は未だに忘れられない出来事なのだろう。



「もう…、あれから十年も経つんだね…。」

リエルは石碑の前に佇んだ状態でぽつりと呟いた。
石碑の前に黄色い薔薇を供えた。

「どう?綺麗でしょ?
これ、あたしが育てた薔薇なんだよ。
あなたと同じ色にしてみたんだ。」

返事は返ってこないと分かっていてもリエルは微笑んで墓に語りかける。

「最近ね…、色んなことがあったの。
何から話せばいいのか分からない位。」

墓の前に座り込んでリエルは今までの近況を報告した。そして‥、アルバートのことも。

「もし、あなたが生きていたら…、今の私に何て言うのかな?」

答えは返ってこない。小鳥のさえずりと風の音が遠くの方で聞こえた。

いつだって…、真っ直ぐで強い子だった。
弱虫で臆病な私の背を押してくれた。
私の知らないことをたくさん教えてくれた。
私に…、外の世界を教えてくれた。
時には怯えて立ち止まってしまう私の手を力強い手と言葉で引っ張ってくれた。
でも…、それはもう…、叶わない。

「そうだ。今日も歌を歌うね。」

自分の歌を綺麗だと褒めてくれたことを思い出しながら、リエルはすう、と息を吸い込んで歌を紡いだ。

透き通るような綺麗な歌声が森に木霊した。
それは、レクイエム。
物悲しいが優しいメロディーの印象を与える歌だった。
歌い終えると、リエルは目を細め、そっと墓に手を置いた。

「私は…、あなたとの誓いを…、少しは果たせているかな?」

答えはない。
それを分かっていても聞かずにはいられなかった。

「また…、来るね。」

そう言って、リエルは墓に背を向けた。



「お待たせ。ペトラ。」

リエルは森の入り口で待たせていた愛馬に近付き、優しく触れた。
光沢のある栗毛の愛馬、ペトラは嬉しそうに鳴くと、甘えた声で擦り寄った。

「さ、そろそろ行こうか。…ん?」

リエルは数メートル先に人影を見かけた。
遠目にしか見えないのでよくは見えない。
だが、遠くからでも見事な金髪をしていると見てわかる。
日の光に反射して、黄金の髪が輝き、まるで光の粒を集めたかのような美しさを放っていた。

不意に人影がこちらに目を向けた。
リエルはその人と目が合った。
目が合ったその人は口元に笑みを浮かべた。
思わず背筋がぞくりとした。
謎の人物は意味深に笑うとそのまま背を向けた。
リエルはそこから暫く動くことができなかった。

―何…?今のは…、得体のしれない何かに呑み込まれそうな感じがした。





「仮面祭り?」

「ええ。私一度も行った事ないの。
一度でいいから行ってみたいなって。
良かったら、一緒に行かない?」

リエルはゾフィーの誘いに目をぱちくりした。
そういえば、もうそんな時期なんだ。

仮面祭りとは、この国で毎年行われる伝統的なお祭りのひとつである。
元々は、戦争に勝利した人々が勝利を祝い、踊ったのが始まりだとされている。
その習わしを取り入れ、様々な形を経て、変化し、この国の歴史と文化を定着させる一つとしてこの祭りが誕生したといわれている。
そして、平民も貴族も身分関係なく平等に楽しむことができるようにと、素性を隠すために顔に仮面をつけるようになったらしい。その為、仮面祭りに参加する者は仮面をつけて参加するのが鉄則だ。
仮面だけでなく、皆が皆、ドレスアップをして着飾り、めいっぱいのお洒落をして祭りを楽しむのだ。
仮面祭りは城下町で行われ、出店や露店も開かれ、たくさんの参加者が集う為、とても賑やかで楽しいお祭りである。
リエルもルイやリヒター達と毎年行くがとても楽しかった。
何より、仮面祭りでは素性を隠しているため、面倒臭い貴族のしがらみとか作法や人目を気にする必要がないのだ。断る理由もないのでリエルは頷いた。

「うん。いいよ。」

「本当!?良かった!」

ゾフィーは嬉しそうに破顔した。

―そんなに行きたかったのかな?
そういえば、私もいつもルイ達とお祭りに行ってたからなあ…。
家族以外とお祭りに行くなんて初めてかもしれない。
家族と一緒に行くのもいいけど、友達とお祭りに行くなんてすごく楽しそう。

リエルは、仮面祭りが待ち遠しくなった。



「これはどうかしら?」

「お嬢様には派手ではありませんか?
私としましては、こっちのドレスの方が…、」

「うーん。でも、リエルには子供っぽくないかしら?」

「では、こちらは?」

「悪くはないけど、デザインが少し物足りない気が…、」

ここは、ドレスルーム。
ゾフィーを中心にリエルのドレスをどうするかでメリル達が議論している。ちなみに本人は蚊帳の外だ。
どうもリエルが選ぶドレスはゾフィーたちにとっては地味に映るらしく、全て却下された。
何だか、メリル達はいつも以上に気合が入っている。

ー仮面祭りなら、身分を隠して参加するわけだし、そこまで気を張らなくてもいいのに…。

「あら…?」

ゾフィーはふと一着のドレスに目を留めた。

「これ!このドレス何てどうかしら?」

ゾフィーは目を輝かせて、純白のドレスを手に取った。

「デザインはシンプルだけど、上品で落ち着きがあってとっても素敵だわ!」

「わあ…!綺麗な色です…!
こんなドレス、あったのですね!」

「お嬢様には原色よりもこういった淡い色が似合いそうですし…、いいですね!」

「え…、でも…、真っ白のドレス何て私には似合わな、」

リエルがそう言って、断ろうとしたが…、

「いいえ!この際、白にしましょう!
お嬢様が白のドレスを着れば、きっと喜びますわ!」

「?誰が喜ぶの?」

リエルは首を傾げた。
あ…、とメリルが口を手で覆った。
すかさず、メリルを押し退けてサラが焦った口調で言った。

「だ、旦那様ですよ!
お嬢様が仮面祭りに着るドレスは何を着るのか楽しみにしてて…、ね?メリル?」

「そ、そうですわ!
旦那様は今年は忙しくて、参加できないからお嬢様とお祭りに行けないって大層悔しがってて…!」

いつも冷静なサラが取り乱しているのは珍しい。
メリルもどこか不自然な様子で慌てて言い募った。

「そう、なの?」

二人に気を取られてリエルは気付かなかったが陰でゾフィーが額に手を当て、溜息を吐いていた。

「大丈夫ですわ!
清楚なお嬢様には白がぴったりです!」

「というか、白にしましょう!白しか有り得ません!」

サラやメリルに詰め寄られ、力説された。
あまりの勢いにたじたじになり、思わず頷いてしまう。

その後、試着の為に席を外したリエルとメリルを見送り、ゾフィーははーと溜息を吐いた。

「あ、危なかった…。」

安堵の溜息を吐くゾフィーにサラが申し訳なさそうな口調で謝った。

「すみません。メリルは昔っから抜けている所があって…、」

「まあ、でも、何とか誤魔化せたみたいだし…。
後は、当日にかかっているわ。」

ゾフィーはグッと拳を握り締め、

「サラ。あなた達も手間をかけるけど、協力してくれる?」

「勿論です。お嬢様の為でしたら、私は何でもします。…他の皆も同じ気持ちです。」

ゾフィーの言葉にサラは頷き、微笑んだ。



「…という訳ですので、ウォルター。よろしくお願いしますよ。」

「畏まりました。」

「よろしくお願いしますね。」

リヒターはにっこりと微笑んだ。
ふと、リヒターはゾフィーとの会話を思い出した。
リヒターに話があると深刻な表情で現れたゾフィーはあることをリヒターに問い詰めた。

『リヒター様。
私は…、今のリエルを見ていられない。
私は彼女に幸せになって欲しい。
それはフォルネーゼ伯爵もあなたも同じだと思います。』

『では、これがお嬢様の幸せだと?
あの愚弟が同じ過ちを犯さないと確信が?』

『そんなものありません。
リエルの幸せは彼女自身が見つけるもの。
私達はそれを手助けするだけ。
きっかけを作るだけです。
先の未来なんて、私には分からない。
でも、あの二人を見ていれば分かります。
あの二人は…、きっと大丈夫。』

ゾフィーはそう言って、力強く頷いた。
その目は…、片目の気高い一人の令嬢を思い起こさせた。
彼女も…、リエルも同じ目をしていた。
これは、誰かの為、他人の為に何かを成し遂げようとしている者の目だ。
だからこそ、リヒターはゾフィーに協力したのだ。
それに…、リヒターにはリエルがどんな答えを出すのかも分かっていた。
リエルは薔薇を育てている時、いつも白い薔薇を愛おし気に見つめ、優しく触れていたからだ。

「…さて、祭りが終わったらあの愚弟がどんな顔をするやら…、楽しみですね。」

リヒターはそう呟いて、フッと笑った。
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