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第百十話 逃げずに俺の話を聞いてくれ

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「うわあ…。凄い人達…。」

仮面祭り当日、ゾフィーは賑やかなお祭りの雰囲気にはしゃいだ。
リエルはゾフィー達が見立ててくれた雪のように白いドレスに身を包み、レースと花で飾りつけされた銀色の縁取りの白い仮面を被った。
二人は普通の夜会とは違う雰囲気に感嘆の溜息を吐いた。

「私、仮面祭りなんて初めて来たわ。凄い新鮮。」

「ここだと、身分とか気にしなくていいから、気が楽だよね。」

ゾフィーの言葉にリエルは頷いた。
ここでは、身分を隠しているため自分が五大貴族の娘として見られることもない。
そんな解放感にリエルはワクワクした。
これなら、いらぬやっかみも媚を売る貴族達に絡まれることもない。

「あ、ゾフィー!あそこに美味しそうなお菓子がたくさんあるよ。一緒に食べに行かない?」

そう言って、リエルはゾフィーの手を握り、屋台を指さした。

「そういえば、リエル。この前貸して貰った本、とっても面白かったわ。」

「本当?良かった。
ねえ、ゾフィーはあの本の中でどの言葉が好き?」

「私は考古学者の…、あら?」

リエルとゾフィーは甘い砂糖菓子を食べながら話していると、女性陣が浮足立ち、少しざわついた様子にリエルは思わず注目した。

「あ…、リエル。私、知り合いの友人を見つけたの。ちょっと挨拶してくるわね。」

「えっ!?」

そう言って、ゾフィーはさっさとその場を離れて行ってしまう。

「ちょ、ちょっとゾフィー!?」

リエルは慌ててゾフィーを引き止めようとするが…、不意に誰かとぶつかった。

「あ…、申し訳ありません。」

「いいえ。お気になさらず。」

ふわり、と漂う甘い香りとぞくり、とさせる官能的な美声にリエルは思わず見上げた。
そこにいたのは金色の仮面を被った一人の男だった。男はフッと怪しく笑うと、くるり、と背を向けた。
背中で結んだ長い金髪の毛先が宙に舞った。

―あの香り…。どこかで…、

リエルはあの甘ったるい酔いそうな程に強烈な香りをどこかで嗅いだことがあった気がした。
それに、一瞬だけ仮面越しに見えた黄金と真紅の瞳…。なんだか初めて会った気がしない。
何だろう。あの香りはもっと前から知っている気がする。
リエルは必死に記憶を思い起こそうとした。

「おい。」

「え…?」

リエルは聞き覚えのある声に振り返った。
そこに立っていたのは、黒を基調とした軍服を身に纏い、白金の髪に黒い仮面を被った長身の男が立っていた。
仮面越しに空色の瞳と目が合う。
顔を隠していても分かる。
目の前の男性は…、アルバートだ。

リエルは思わず目を逸らした。
今は彼に会いたくなかった。
あの時、ゾフィーとの会話をきっかけにアルバートと向き合う事ができず、気持ちの整理がついていなかった。

ここは仮面祭り。
多少の無礼が許される場だ。
リエルはその場から無言で逃げ出そうとしたが…、

「ッ!?きゃ…!?」

パシッと手首を掴まれ、強引に手を引かれた。
乱暴に見える動作だが触れる手は優しくて、リエルは振り払う事が出来なかった。
そのまま無言で彼はリエルの手を引っ張り、歩き出した。

「え、あの…、ちょっと!?」

リエルはそのまま引かれるがままに彼について行くしかない。
どうしよう。
ゾフィーもいるのに…。
不安げに辺りを見回すがゾフィーの姿は見つからない。
そうして戸惑っている間に彼は広場からリエルを連れ出した。

「あの…、アルバート様?どこに行くんですか?」

アルバートは無言だった。
リエルはアルバートに手を引かれるがままに歩き続けた。
どんどん人気のない所へ歩いていく。
街灯も少なく、暗い場所まで来てしまっている。

やがて、辿り着いた先は小さな教会だった。
中には誰もいない。薔薇をモチーフにしたステンドグラスが月の光で反射して、幻想的で美しい。

不意にアルバートは立ち止まった。
だが、未だにリエルから手を離さない。

「あの…、手を…、」

「こうでもしないと、お前また逃げるだろ。」

「‥⁉︎」

「まあ…、そうさせたのは俺なんだが。」

そう自嘲するように笑うと、アルバートはスッと仮面を外した。
飾りつけもされていない単調な造りの黒い仮面からアルバートの素顔が晒された。

「えっと…、それにしても、よく私だって分かりましたね。仮面で顔を隠していたのに。」

「仮面をつけていようが人混みに紛れていようがお前相手なら、どこででも見つけ出せる。」

「えっ…?」

アルバートの言葉にリエルは思わず彼の顔を見上げた。
そこには真剣な表情をした彼がじっとリエルを見下ろしていて…。
リエルは思わず気恥ずかしさを感じてしまい、それを誤魔化すように明るい口調で言った。

「で、でも知りませんでした。
アルバート様もお祭りに参加していたなんて。
凄い偶然ですね。」

「お前が参加するって聞いたから来ただけだ。」

リエルはピタッと固まった。
ど、どういう意味?それは…?
それじゃあ、まるで…。

「リエル。」

「は、はい。」

「俺が参加したのはお前に会うためだ。
会って、話がしたかった。」

「私に?」

真剣な表情…。何だろう。
何だか思い詰めたような…。

「リエル。今から、逃げずに俺の話を聞いてくれ。」

「…はい。」

何だろう。もしかして、五大貴族の間の何か重要な秘密でも明かされるのだろうか?
そう思っていると、
スッと手を差し出された。

「とりあえず…、座って話をしないか。」

こ、これってエスコートをしてくれるということだろうか?
昔だったら、絶対にこうやって手を差し出してくれずに自分だけさっさと先に行って置いてけぼりにしてしまう彼だったのに…。
リエルはおずおずと手を差し出した。
リエルの手をそっと包み込むように握ると彼はリエルを席まで誘導してくれた。

「…?」

アルバートはリエルを座らせるが自分は立ったままだ。
伏し目がちになった彼の表情は深刻そうな表情をしていた。

「あの…、アルバート様?」

様子が変だ。何だか、今日の彼はいつもと違う。
そう思っていると、

「仮面…、外してもいいか?
お前の目を直接見て、話がしたい。」

「あ…、」

リエルはその言葉に自分が仮面をつけたままだと気が付いた。
確かに彼も仮面を外しているのに自分だけがつけているのは失礼だ。
リエルは仮面を外した。
アルバートと仮面越しではなく、直接目が合う。
彼と目線を合わせるのは決して、初めてじゃないのにリエルは何だか緊張してしまう。
アルバートは決意を込めた表情を浮かべる。
そのままリエルの手を握ったまま、地面に膝をついた。

「えっ!?ちょ、アルバート様?な、何して…、」

そのままリエルの手首から手の上へアルバートは自分の手を重ね合わせた。

「お前はそのままでいい。そのまま聞いてくれ。
…こうしないと、俺が懺悔をできないだろう。」

「ざ、懺悔…?」

何の?リエルは首を傾げた。
リエルを見上げると、アルバートは口を開いた。

「ずっと…、お前に謝りたかった…。
あの二年前のあの日から…、」

リエルは目を見開いた。それって…、

「俺はお前と婚約を交わしたあの時から、子供だった。どうしようもない程、愚かで浅はかだった。
あの頃の俺はお前にどう接すればいいのか分からなかったんだ。
いや。こんなのは言い訳だよな。
お前はあの時、俺に謝っていたけど…、お前は悪くない。悪いのは…、俺なんだ。
あそこまでお前を傷つけて追い詰めたのも…、全部俺のせいだ。」

「…。」

リエルは呆然と彼の顔を見つめた。
こんな表情初めて見る。
彼はいつだって堂々としていた。
自信に溢れていて、眩しくて…、遠い存在。
だが、今は頼りなげで弱弱しささえ感じる。

「お前の気を引く為に冷たい態度と言葉を取った。
お前の関心を得る為にわざと他の女と親しくしたんだ。正直に言う。俺は別に他の女なんて興味がなかった。
けど、そいつらに優しくするとお前が悲しそうにしているのを見て、わざと女には優しくした。
そこで、止めれば良かったのに、俺は完全に馬鹿だった。結果、一番してはいけないことをした。
そして、最悪な形でお前を傷つけた。
…あの頃の俺を殴れるものなら殴ってやりたいとすら思う。」

そう言って、目を伏せるアルバートの表情は後悔の色に染まっていた。

「俺はお前に取り返しのつかないことをした。
…婚約解消の話を聞いた時は、焦った。
あんな状況でも俺はお前の婚約者気取りだった。
俺に傷つけられて、父親を亡くして、その上片目を失って…。
精神的にぼろぼろだったお前に俺は酷い言葉を吐いた。
…ずっと、後悔していた。
何で、もっと素直に気持ちを伝えなかったのか。
どうして、あんな態度をとってしまったのか…。
そんな思いばかりだ。
我ながら、滑稽すぎて笑える。」

自嘲するように笑うアルバート。初めて知る事実にリエルは驚きを隠せない。
…じゃあ、今までの態度って…。

「ここで俺が謝っても俺の罪が消えることはない。
お前が傷ついた心が癒えるわけでもない。
それでも…、言わせてくれ。リエル。
お前を酷い言葉と態度で傷つけた挙句に泣かせてしまったこの俺を…、許してくれるか?」

まるで裁かれる前の罪人のような打ち震えた表情をしている。彼はずっと…。

「アルバート様…。」

「俺がこんな事を言う資格がないのは分かっている。全て俺の自己中心的な思いだ。
けど、それでも…、どうしてもお前に謝りたかった。本当に…、悪かった。お前を傷つけたりして。」

一旦、言葉を切り、そのまま彼は続けて話した。

「俺はお前に取り返しのつかないことをした。
それなのに…、俺は未だにお前を諦められないんだ。お前を…、誰にも渡したくない。離したくないんだ。…リエル…。」

「アルバート…。」

リエルは昔の様に敬称をつけずに、彼の名を呼んだ。リエルの手に額を押し付け、許しを求めるアルバート。リエルは信じられなかった。
これでは、まるで…、

「…なの?」

リエルはぽつりと呟いた。

「どうして…?だって、それじゃあまるで…、私を好きだと言っているみたいじゃない。
どうして、そんな事を言うの?
そんな事を言われたら…、私は勘違いしてしまうよ。」

アルバートは弾かれたように顔を上げ、叫んだ。

「勘違いじゃない!リエル。俺はお前が好きだ!
子供の頃からずっとずっと好きだった!」

「嘘!」

リエルは思わず否定した。

「だって、あなたはお姉様が好きなんでしょう?」

「違う!セリーナのことは、昔も今もただの幼馴染としてしか見てない!
俺はただの一度もセリーナを女として見たことはない!」

「なら、どうして、あんなにお姉様と親しくしていたの?私とは数える位しか会ってくれなかったのにどうして、お姉様とは頻繁に会っていたの?」

「っ、それは…、」

アルバートはグッと言い淀んだように唇を噛み、やがて口を開いた。

「そうすれば、お前が妬いてくれるんじゃないかって。お前の気持ちを聞けるんじゃないかって思って…。だから、セリーナに誘われるがままに…、
けど!俺はあいつとは何もない!本当だ。」

「じゃあ、どうして、あの時、一緒にいたの?
あの時…、あなたはお姉様とキスをしていたわ。あれは何だったの?」

リエルは確かに見たのだ。
彼が姉とキスをしている瞬間を…。
アルバートは表情を曇らせた。
その表情は彼が傷ついているかのようでリエルはあ…、と思わず口を覆った。
どうしよう。昔と違って婚約者でもない自分が彼を責める資格はないのに。
なのに…、どす黒い嫉妬心を止めることができずに今まで我慢していたものが一気にこみ上げてきてしまった。

「違うんだ…。あれは…、ただの事故だったんだ。」

そう言って、アルバートはあの時の真相を語った。
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