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第百二十四話 必ずあなたを取り戻してみせるわ
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ビリビリ、と紙を破き、オレリーヌはそれを床に投げ捨てた。ハアハア、と肩で息をする。
「忌々しい!」
先程の手紙にはリエルとアルバートが想いを通わせ、両想いになったことが綴られていた。
あまつさえ、リエルは今までになく、幸せそうに笑ってアルバートと踊っていたらしいと…。
そして、この二人を引き合わせるきっかけを作ったのはあの子爵令嬢、ゾフィーの仕業であるとも…。
「あの小娘…!余計な事を…!」
この私が用意した縁談を断ったばかりではなく、こちらの邪魔ばかりして…!何て目障りな女なの!
アルバートもアルバートだ!何故、私に似たセリーナではなく、あんな醜くて、おぞましい傷を持つリエルを選ぶのだ!おまけに私を醜いと言い、リエルの方が綺麗などとふざけたことを口にして…!
オレリーヌは怒りが沸き起こった。ゾフィーやアルバートに対して怒りを覚えた。だが、それよりも許せなかったことは…、
「リエルが幸せそうに…、笑っていたですって?」
オレリーヌは反芻するように呟き、ギリッと爪を噛み締めた。
許さない!許さない!許さないわ!あの女が幸せになるなんて、許せるわけがない!
あの女は一生、苦しめばいいのよ!苦しんで苦しんでずっと不幸なままでいればいい!
それがあいつにはお似合いよ!なのに‥、どうしてあの女は‥!
『お義姉様…。私は今、とても幸せです。』
オレリーヌの脳裏に純白のウェディングドレスを着たかつての義理の妹の姿が浮かんだ。あの時のミュリエルはとても幸せそうに微笑んでいた。
思い出すだけで腹立たしい。
「冗談じゃないわ!誰がリエルを幸せになんかするものですか!こんな事になるなら、二年前のあの時に…!」
オレリーヌが何かを口走った。
すると、不意にどこからか声が聞こえた。
クスクス、とおかしそうに笑う声。
この声は…、オレリーヌは硬直した。
『あの子を殺すのですか?お義姉様。』
その声はあのミュリエルの声だった。振り返れば、そこには、白いドレスを着たミュリエルが立っていた。
『あの子を殺してまた罪を重ねるのですか?
リエルを手にかければあなたはもう人ではなくなるのよ?』
「…さい…。」
『実の娘を殺すなんて、母親のすることじゃない。
それは、もう人の皮を被った悪魔だわ。
あなたはリエルを化け物と言ったけど、どっちが化け物なのかしら?』
「うるさい!うるさい!」
耳を塞ぎ、オレリーヌは叫ぶがミュリエルは歪んだ笑みを浮かべ、オレリーヌに近付いた。オレリーヌは引き攣った声を上げて、ミュリエルに手当たり次第に物を投げつける。
『目を背けてはいけませんよ。お義姉様。
…あなたの罪はやがて白日の下に暴かれる。
そして、いずれあなたは裁きを受ける。
いつまでも隠し通せると思わない事ね。』
「うるさい!この…!亡霊が!
お前はとっくに死んでいるのよ!死人の癖にいつまでもわたしに付き纏わないで!」
『あら、まだ気付かないの?
お義姉様ったら。…私はあなたの近くにいるのですよ。』
不意にミュリエルの姿が掻き消え、背後から耳元に囁くような声が聞こえる。
『あなたの娘として…、リエルの中で私は生きているのですよ。お義姉様。いいえ。‥お母様。』
バッと勢いよく振り向いた。
そこに立っていたのはミュリエルではなかった。
ミュリエルそっくりの容姿に片目に傷を持った女‥、リエルが立っていた。
オレリーヌは叫びながら、リエルに壺を投げつけた。
すると、フッと女の姿が掻き消えた。
ハアハア、と荒い息を吐きながらオレリーヌは床に膝をつくと、蹲った。
「あ‥、あ‥!」
声にならない呻き声を上げる。
ガクガクと身体の震えが止まらない。
オレリーヌは思わず手を伸ばした。
「エド‥!エド‥!ああ‥!エド‥!」
二年前に死んだ夫の名前を呼ぶが答える声はない。
「どうして‥、助けてくれないの!?
私がこんなに苦しんでいるのに!私、私がこんなに‥!」
オレリーヌはずるずると床を這うようにして奥の戸棚に手を伸ばした。縋るように引き出しの取っ手を掴むがそこには鍵がかかっていた。急くような手つきで胸元から鍵を取り出し、オレリーヌは鍵を開ける。引き出しの中から取り出したのは…、エドドゥアルトの肖像画だった。
「エド…!ああ…!エド…!」
狂ったように夫の名を呼びながらオレリーヌは肖像画をうっとりと眺めた。
こうして夫の肖像画を見ているだけで安心する。手の震えも止まっていた。
愛おしそうにキスを落とし、頬擦りする。
「愛してる‥!愛しているわ。エド‥。どんなあなたでも私はあなたを愛している‥!」
肖像画に語りかけ、オレリーヌは夢見心地な眼差しを向ける。
肖像画に描かれた夫はこちらに優しい笑みを浮かべている。
笑っている。エドが私を見て笑っている。そっと肖像画に手で触れる。
「足りない‥。こんなのじゃ物足りないわ‥。」
オレリーヌはそう呟き、肖像画を掻き抱いた。
「ああ!エド‥!もう一度‥、もう一度あなたに会いたい!会って私を抱きしめて欲しい!私に触れて、私を求めて欲しい!あの時のように‥!」
まるで天使の像に息が吹き込まれたかのような俗世離れした美しさを持ち、繊細さと凛々しさを兼ね備えた夫の姿を思い浮かべてオレリーヌは甘い吐息を洩らした。あの神々しく、美しい夫が生身の人間であることは自分が誰よりも知っている。彼が見かけによらず、逞しい身体をしていることもあの指や唇が熱く燃える様な快感を与えてくれることも…。
オレリーヌははあ、と息を吐きだした。
思い出す。エドと過ごした夫婦の甘い時間を…。忘れもしない夫に抱かれた最高の夜の日々を…。
夫以上に自分を満足させてくれる男はいなかった。どれだけ美しくて、女に慣れている手練手管な男に抱かれても夫のように満足したことは一度もなかった。身も心も満足した夜を過ごしたのは夫に抱かれた時だけ…。
愛しているのはあの人だけだった。他の男なんて、夫の代わりでしかない。
ああ。またあの情熱的な夜を過ごしたい。夫の温もりに包まれて眠りたい。あの世界に二人っきりしかいないかのような空間を…、幸福に満たされた思いを…、もう一度味わいたい。夫の愛を感じたい。
もう一度…、もう一度…!
「もうすぐよ…。もうすぐだからね…。待ってて。エド…。必ず、あなたを取り戻してみせるわ。」
オレリーヌは爛々と輝いた目で肖像画を見つめた。
「フフッ…、ねえ。覚えている?この宝石…、あなたが私に初めて贈ってくれたの。」
オレリーヌは肖像画を自分の見える位置に置くと、コツコツと靴音を立て、棚から宝石箱を手にした。宝石箱から取り出したものは紅玉の宝石…、黒猫が盗んだ筈の『真紅の皇帝』だった。
「これがあなたと私を導いてくれるわ。」
うふふ、と怪しい笑みを浮かべるオレリーヌは愛おしそうに紅玉を撫でた。
その時、扉をノックする音がした。オレリーヌはすぐに肖像画と宝石を仕舞った。
「…お入りなさい。」
「失礼します。奥様。あの…、奥様にお手紙でございます。」
「手紙?」
「青薔薇騎士、レノア卿からです。」
「セイアスが!?」
オレリーヌはパッと顔を輝かせた。侍女から手紙を奪い取るように手にすると急いで封を切った。
「あらあら…。セイアスったら…。
そんなに私に会いたかったなんて…。」
薔薇騎士として多忙だったために最近はオレリーヌに碌に手紙や贈り物ができず、会う時間すらも作れなくて申し訳なかったという謝罪から始まり、少しだけ時間に余裕ができたので是非、オレリーヌに会いたいと書かれていた。そして、久しぶりにオレリーヌと一緒に時間を過ごしたいという誘いの手紙だった。オレリーヌは手紙に目を通して笑みを浮かべた。
「フフッ…、ああ。セイアス…。あなたも私を求めてくれるのね…。嬉しいわ…。」
オレリーヌは目を細め、ぺろり、と唇を舌で舐め上げた。
「…逃がさないわ。決して…。」
ぞっとする程の低い声でオレリーヌはそう怪しげに呟いたのだった。
「忌々しい!」
先程の手紙にはリエルとアルバートが想いを通わせ、両想いになったことが綴られていた。
あまつさえ、リエルは今までになく、幸せそうに笑ってアルバートと踊っていたらしいと…。
そして、この二人を引き合わせるきっかけを作ったのはあの子爵令嬢、ゾフィーの仕業であるとも…。
「あの小娘…!余計な事を…!」
この私が用意した縁談を断ったばかりではなく、こちらの邪魔ばかりして…!何て目障りな女なの!
アルバートもアルバートだ!何故、私に似たセリーナではなく、あんな醜くて、おぞましい傷を持つリエルを選ぶのだ!おまけに私を醜いと言い、リエルの方が綺麗などとふざけたことを口にして…!
オレリーヌは怒りが沸き起こった。ゾフィーやアルバートに対して怒りを覚えた。だが、それよりも許せなかったことは…、
「リエルが幸せそうに…、笑っていたですって?」
オレリーヌは反芻するように呟き、ギリッと爪を噛み締めた。
許さない!許さない!許さないわ!あの女が幸せになるなんて、許せるわけがない!
あの女は一生、苦しめばいいのよ!苦しんで苦しんでずっと不幸なままでいればいい!
それがあいつにはお似合いよ!なのに‥、どうしてあの女は‥!
『お義姉様…。私は今、とても幸せです。』
オレリーヌの脳裏に純白のウェディングドレスを着たかつての義理の妹の姿が浮かんだ。あの時のミュリエルはとても幸せそうに微笑んでいた。
思い出すだけで腹立たしい。
「冗談じゃないわ!誰がリエルを幸せになんかするものですか!こんな事になるなら、二年前のあの時に…!」
オレリーヌが何かを口走った。
すると、不意にどこからか声が聞こえた。
クスクス、とおかしそうに笑う声。
この声は…、オレリーヌは硬直した。
『あの子を殺すのですか?お義姉様。』
その声はあのミュリエルの声だった。振り返れば、そこには、白いドレスを着たミュリエルが立っていた。
『あの子を殺してまた罪を重ねるのですか?
リエルを手にかければあなたはもう人ではなくなるのよ?』
「…さい…。」
『実の娘を殺すなんて、母親のすることじゃない。
それは、もう人の皮を被った悪魔だわ。
あなたはリエルを化け物と言ったけど、どっちが化け物なのかしら?』
「うるさい!うるさい!」
耳を塞ぎ、オレリーヌは叫ぶがミュリエルは歪んだ笑みを浮かべ、オレリーヌに近付いた。オレリーヌは引き攣った声を上げて、ミュリエルに手当たり次第に物を投げつける。
『目を背けてはいけませんよ。お義姉様。
…あなたの罪はやがて白日の下に暴かれる。
そして、いずれあなたは裁きを受ける。
いつまでも隠し通せると思わない事ね。』
「うるさい!この…!亡霊が!
お前はとっくに死んでいるのよ!死人の癖にいつまでもわたしに付き纏わないで!」
『あら、まだ気付かないの?
お義姉様ったら。…私はあなたの近くにいるのですよ。』
不意にミュリエルの姿が掻き消え、背後から耳元に囁くような声が聞こえる。
『あなたの娘として…、リエルの中で私は生きているのですよ。お義姉様。いいえ。‥お母様。』
バッと勢いよく振り向いた。
そこに立っていたのはミュリエルではなかった。
ミュリエルそっくりの容姿に片目に傷を持った女‥、リエルが立っていた。
オレリーヌは叫びながら、リエルに壺を投げつけた。
すると、フッと女の姿が掻き消えた。
ハアハア、と荒い息を吐きながらオレリーヌは床に膝をつくと、蹲った。
「あ‥、あ‥!」
声にならない呻き声を上げる。
ガクガクと身体の震えが止まらない。
オレリーヌは思わず手を伸ばした。
「エド‥!エド‥!ああ‥!エド‥!」
二年前に死んだ夫の名前を呼ぶが答える声はない。
「どうして‥、助けてくれないの!?
私がこんなに苦しんでいるのに!私、私がこんなに‥!」
オレリーヌはずるずると床を這うようにして奥の戸棚に手を伸ばした。縋るように引き出しの取っ手を掴むがそこには鍵がかかっていた。急くような手つきで胸元から鍵を取り出し、オレリーヌは鍵を開ける。引き出しの中から取り出したのは…、エドドゥアルトの肖像画だった。
「エド…!ああ…!エド…!」
狂ったように夫の名を呼びながらオレリーヌは肖像画をうっとりと眺めた。
こうして夫の肖像画を見ているだけで安心する。手の震えも止まっていた。
愛おしそうにキスを落とし、頬擦りする。
「愛してる‥!愛しているわ。エド‥。どんなあなたでも私はあなたを愛している‥!」
肖像画に語りかけ、オレリーヌは夢見心地な眼差しを向ける。
肖像画に描かれた夫はこちらに優しい笑みを浮かべている。
笑っている。エドが私を見て笑っている。そっと肖像画に手で触れる。
「足りない‥。こんなのじゃ物足りないわ‥。」
オレリーヌはそう呟き、肖像画を掻き抱いた。
「ああ!エド‥!もう一度‥、もう一度あなたに会いたい!会って私を抱きしめて欲しい!私に触れて、私を求めて欲しい!あの時のように‥!」
まるで天使の像に息が吹き込まれたかのような俗世離れした美しさを持ち、繊細さと凛々しさを兼ね備えた夫の姿を思い浮かべてオレリーヌは甘い吐息を洩らした。あの神々しく、美しい夫が生身の人間であることは自分が誰よりも知っている。彼が見かけによらず、逞しい身体をしていることもあの指や唇が熱く燃える様な快感を与えてくれることも…。
オレリーヌははあ、と息を吐きだした。
思い出す。エドと過ごした夫婦の甘い時間を…。忘れもしない夫に抱かれた最高の夜の日々を…。
夫以上に自分を満足させてくれる男はいなかった。どれだけ美しくて、女に慣れている手練手管な男に抱かれても夫のように満足したことは一度もなかった。身も心も満足した夜を過ごしたのは夫に抱かれた時だけ…。
愛しているのはあの人だけだった。他の男なんて、夫の代わりでしかない。
ああ。またあの情熱的な夜を過ごしたい。夫の温もりに包まれて眠りたい。あの世界に二人っきりしかいないかのような空間を…、幸福に満たされた思いを…、もう一度味わいたい。夫の愛を感じたい。
もう一度…、もう一度…!
「もうすぐよ…。もうすぐだからね…。待ってて。エド…。必ず、あなたを取り戻してみせるわ。」
オレリーヌは爛々と輝いた目で肖像画を見つめた。
「フフッ…、ねえ。覚えている?この宝石…、あなたが私に初めて贈ってくれたの。」
オレリーヌは肖像画を自分の見える位置に置くと、コツコツと靴音を立て、棚から宝石箱を手にした。宝石箱から取り出したものは紅玉の宝石…、黒猫が盗んだ筈の『真紅の皇帝』だった。
「これがあなたと私を導いてくれるわ。」
うふふ、と怪しい笑みを浮かべるオレリーヌは愛おしそうに紅玉を撫でた。
その時、扉をノックする音がした。オレリーヌはすぐに肖像画と宝石を仕舞った。
「…お入りなさい。」
「失礼します。奥様。あの…、奥様にお手紙でございます。」
「手紙?」
「青薔薇騎士、レノア卿からです。」
「セイアスが!?」
オレリーヌはパッと顔を輝かせた。侍女から手紙を奪い取るように手にすると急いで封を切った。
「あらあら…。セイアスったら…。
そんなに私に会いたかったなんて…。」
薔薇騎士として多忙だったために最近はオレリーヌに碌に手紙や贈り物ができず、会う時間すらも作れなくて申し訳なかったという謝罪から始まり、少しだけ時間に余裕ができたので是非、オレリーヌに会いたいと書かれていた。そして、久しぶりにオレリーヌと一緒に時間を過ごしたいという誘いの手紙だった。オレリーヌは手紙に目を通して笑みを浮かべた。
「フフッ…、ああ。セイアス…。あなたも私を求めてくれるのね…。嬉しいわ…。」
オレリーヌは目を細め、ぺろり、と唇を舌で舐め上げた。
「…逃がさないわ。決して…。」
ぞっとする程の低い声でオレリーヌはそう怪しげに呟いたのだった。
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