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第百五十五話 あの女が憎い

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「はあ…。」

アガットは溜息を吐きながらトボトボと道を歩いていた。
あれから、アガットはアルバートに会うために村を出て、王都まで辿り着いた。
薔薇騎士である彼の職場は王城。しかし、平民の自分がそう簡単に入れるわけもない。なので、アルバートの住む屋敷に行き、侍女として雇ってくれるように頼みこんだ。が、今は人手が足りているし、推薦状もないアガットを侍女としては雇えないと断られた。諦めきれずに必死に懇願したが薄情にも追い払われた。何て冷たい門番だ。こんなに可愛いあたしが頼んでいるのに。アルバート様に一目会えれば…、そんな歯痒い思いをしながらもその場は引き下がった。が、あれからアガットの顔と名前を門番に覚えられてしまい、要注意人物として出禁になってしまった。そのせいで彼に会う方法も接触する方法も思いつかず、途方に暮れていた。

とりあえず、住まいと仕事を見つけないといけない。そう思い、アガットは働き口を探した。運良く、アガットは宿屋の従業員として雇ってもらえることになった。住み込みなので住まいも確保できた。
王都にいれば、その内アルバート様と会える機会があるかもしれない。巡察中で見かけることもあるかもしれないし、その時に…。
そうアガットは希望を抱いた。それでも、すぐに会える訳ではないのでやはり、気落ちしてしまう。
ああ。早く会いたい。私の愛しい騎士様…。
仕方がないのでアガットはお給料で買った白薔薇騎士の絵姿やポスター等のグッズを集めてそれで気を紛らわしている。薔薇騎士は町娘達の憧れの的。一種のアイドル的存在なので薔薇騎士関連の商品が売り捌かれているのである。

アガットは目的もなく、歩きながら彼との数少ない思い出を脳裏に浮かべる。
そういえば、王都でパレードがあった時に薔薇騎士が警護に当たっていた。その時に、白薔薇騎士の姿を見かけたことがある。遠目だったが彼は私に気付いてくれた。目が合い、微笑んでくれたのだ!
ああ!やっぱり!彼もあたしに惹かれているんだわ!そう確信したのだ。だから、きっと大丈夫!
運命の女神の力で私と白薔薇騎士は再び巡り合える筈だ。アガットはそんな未来を想像し、フフッと微笑んだ。

『君とアルバートは…、運命の赤い糸で結ばれているんだ。二人は結ばれるべき運命にある。』

あの人もそう言っていた。あの方の言葉なら間違いない!アガットは強く確信を抱いた。

―ああ!早く…!早くその時が来ればいいのに!アルバート様…。早くあなたにお会いしたい…!

そうアガットが心の中で思っていると、ふと視界の隅に大きな建物が目に入った。そこは、博物館だった。確か、期間によって、展示されている物が変わるという…。
博物館から出てくるのは、研究者っぽい男や学者肌、教授といった年配の男ばかり。
文字は読めないが看板の雰囲気からすると昆虫が展示されているみたいだ。
アガットは顔を顰めた。あんな気持ち悪い虫をわざわざ見たいなんて、どうかしているわ。
陰険で変人の奴らの集まりね。アガットは鼻で笑い、馬鹿にした。
集まる客も容姿の冴えない陰気な男達ばかり…。そう何気なくアガットは視線をやり、侮蔑した表情を浮かべた。

ふと、建物の少し離れた所にもう一つ売店らしきものがあった。どうせ、あそこも虫関係の気持ち悪い物が売っているのかしら?そう思って目を向ければ、太陽の光の反射でキラリ、と金色に輝いた物が見えた。そこには…、壁に背を預け、手帳らしきものを覗き込んで憂い顔を浮かべている一人の男性の姿があった。アガットは目を見開いた。忘れもしない。それは、アガットが会いたくて会いたくて、捜し求めた彼…、アルバートだったからだ。金髪碧眼の美貌の騎士…。間違いない。彼だ。アガットは思わず口元を手で押さえ、瞳を潤ませた。喜び勇んで声を掛けようとした。その時、

「あ、アル、」

「アルバート!ごめんね。遅くなって!店の中、広いし、たくさんあったからついつい時間かかってしまって…、」

が、突然アルバートに会えた嬉しさで声は震えてしまい、細く、弱弱しい物だった。
その時、アガットの声に被せるように一人の女がアルバートに近付いた。
アルバートはパッとすぐに顔を上げると、サッと手帳をしまった。

「もう買い物はいいのか?時間はあるから、ゆっくりしてても良かったんだぞ。」

「大丈夫!もう十分だよ。ありがとね。アルバート。」

「結構買ったな。」

アルバートは重たそうな物をひょい、と受け取り、半分以上持ってくれた。

「あ、ありがとう。でも、いいの?そんなに持ってもらって…?」

「何、言っているんだ。女に重い物持たせられないだろ。ただでさえ、お前華奢なんだから骨でも折れたらどうするんだ。」

「折れるなんて、そんな大袈裟な…。本なら、持ち慣れているから大丈夫だよ。」

アルバートの言葉に女はフフッと笑った。アガットは愕然と目を見開いた。アルバートと一緒にいる女には見覚えがあった。忘れる筈がない。あの忌々しい眼帯の女は…、リエルだった。

―あの女…!

アガットは目の前が怒りで真っ赤に染まった気がした。
あの女ののほほんと幸せそうな笑顔が憎らしい。リエルの服装はアガットが想像する貴族の娘が着るような宝石で縫いつけられた煌びやかなドレスではない。淡い水色の生地に白い小花が無数に散ったワンピース。一見、他の町娘達と変わりなく見えるが服の生地は上等で平民では決して手が届かない物であることがよく分かる。…妬ましい。アガットはギリ、と苛立たし気に爪を噛んだ。

「ねえ、あの人凄いかっこよくない?あたし、超タイプ!」

「でも、恋人といるみたいだよ。」

アルバートとリエルは店を出てどこかに向かって歩いている。すると、アルバートの容姿に通りすがりの女が興奮したように声を上げた。

「えー、妹とかそういうオチじゃないの?」

女はそう願望めいたことを口にしたが、不意にアルバートがリエルの肩を抱いて、歩道の脇に誘導した。少し真ん中寄りに歩いていたリエルを脇道に寄らせて、自分は馬車が通る側の道沿いを歩いた。リエルが顔を上げて、何かを言うと、アルバートが目を細めてそれに答えた。そして、アルバートはリエルの手を取り、恋人繋ぎした。それは誰がどう見ても仲睦まじい恋人同士のようだった。

「ほらね。やっぱり、恋人で間違いないじゃん。」

「ええー。残念…。」

そんな風に会話をする少女達の声が徐々に遠ざかっていく。

「…どうして…。」

アガットは低い声で呟いた。アガットは愕然とした。リエルにではない。アルバートの表情にだ。
彼は…、幸せそうに笑っていたのだ。アガットが見たこともない位に幸せそうな顔で。リエルに向ける目はとても優しくて、愛おしそうに見つめていた。全身でリエルが愛おしいと表している様だった。アガットは思わず心の中で叫んだ。

―どうして…!どうしてですか!?アルバート様!どうして、そんな女なんかに…!?
何故、あいつなの!?あたしの方がずっとずっと可愛いのに!あのワンピースだってあたしが着たらもっと綺麗に見られるのに!あんな女…、貴族という身分しか取り柄がない癖に!片目を失明した傷物の女なんかにあたしが負けるわけないのに…!何であんな女ばっかり…!

アガットはわなわなと手を握り締めた。

―憎い!憎い!あの女が…、リエルが憎い!ああ!妬ましい!あいつさえ…、あいつさえいなければ…!

アガットの握り締めた手からは血が滴り落ちた。
逆恨みにも似たリエルへの激情はやがて、殺意に変わった。だが、リエルはそれに気付かないまま、束の間のデートを楽しんでいた。



「美味しい!」

「良かったな。」

リエルとアルバートは屋台で売っている料理を買って食べていた。

「このじゃがバター、じゃがいもがホクホクしてる。」

「へえ。一口貰っていいか?」

「ええ。勿論。熱いから気を付けてね。」

そう言って、リエルはアルバートにスプーンで掬ったじゃがバターを口に運んだ。

「お前も食べるか?」

「うん!」

魚の串焼きを差し出され、リエルも一口貰った。

「お店で食べるのもいいけど、こうやって屋台で食べるのも楽しいね!」

「そ、そうか…。」

リエルの言葉にアルバートはホッとした。食事のセレクトは外れていなかったみたいだ。

屋台での食事を終えた後は大通りにあるレトロな外観の雑貨屋に入っていた。

リエルは貝のブレスレットや天空をモチーフにした水色の髪留めを手に取った。

「それ、買うのか?」

「うん!これ、メリルとサラに似合いそう!」

そう言って、リエルはパタパタと会計に向かった。
…あれ、自分にじゃないのかよ。アルバートは呆れつつ、あいつらしいなと笑った。

雑貨屋を出た後は本屋や菓子屋を見て回る。貴族向けのお店ではないがこういった庶民向けのお店の空気がリエルは好きだった。意外にもアルバートはこういった場での買い物にも慣れている様子だった。
リエルに合わせて無理をさせてしまったかなと少し心配したがその必要はなかったようだ。彼もきっと、リエルと同じようによくお忍びで町を下りていたのかもしれない。そんな気がした。

私は、まだそういう私生活も知らないんだな。ふと、リエルはそれに気が付いた。
つい最近まではアルバートの気持ちも知らなかったし、あの秘密の部屋で新たな彼の一面も知った。
きっと、私はまだまだ彼の知らない所があるかもしれない。私達は二年間すれ違ってしまった期間があるのだから、それも当たり前かもしれない。失った過去は取り戻せない。でも…、それならこれから彼の事を知っていけばいい。リエルはそう思い直した。キュッと握っている手に力を籠めた。

「リエル?」

不思議そうなアルバートにリエルはニコッと笑った。
私はもっと彼を知りたい。たくさんの思い出を作っていきたい。そうリエルは願った。
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