運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

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第2章 王立ルミナス学院 1年目

第8話 初めてのホームルーム

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入学式が終わり、クラリスは案内係に導かれて、自分の所属するクラスへと向かった。
廊下の窓から差し込む光は柔らかく、壁に飾られた王家の紋章が静かに輝いていた。

「こちらが、クラリス様の教室です。」

扉が開くと、教室内のざわめきが一瞬で止んだ。
生徒たちの視線が、一斉にクラリスへと向けられる。
すぐにまた、教室内は再びざわめいた。

クラリスは席を探す。
教室の窓際の席。
周囲の生徒たちは、わずかに距離を取るように座っていた。

クラリスが席に着くと、隣の席の少女がちらりと彼女を見た。
その目は、好奇心と警戒心が入り混じっていた。

「王子の婚約者って、本当にあの子なの?」
「測定免除って、ずるくない?」
「でも、レオニス様も同じ学年だし、私たちにもチャンスがあるんじゃ……」

囁きは、声にならない風のように教室を流れていた。
クラリスは窓の外を見つめた。
庭のチューリップが風に揺れている。
その揺れが、彼女の心のざわめきと重なっていた。

「私は王子の婚約者。気を抜いちゃダメ」
彼女の中では、すでに静かに燃え始めていた。

そして、鐘の音が静かに鳴り響き、教室の扉が閉じられた。
新入生たちはそれぞれの席に座り、緊張と期待の入り混じった空気が教室を満たしていた。

クラリスは窓際の席に座っていた。
隣の席との距離は、ほんの少し広く空いている。
それは偶然ではなく、意図的な“間”だった。

教壇に立ったのは、担任の教師――ミス・カレナ。
黒髪をきっちりとまとめた、厳格そうな女性だった。

「皆さん、このクラスを担当するカレナです。今日からこの教室が、あなた方の学びの場になります。これから、運命力にふさわしい知識と振る舞いを身につけていただきます。」
その言葉に、クラリスは背筋を伸ばした。

“ふさわしい”という言葉が、重く響いた。
「まずは、自己紹介をしていただきましょう。順番に前へ出て、名前と測定結果、そして学院での目標を述べてください。」

ざわめきが起こる。

クラリスは、順番が最後に回されていることに気づいた。
それは配慮か、それとも試練か。

一人ずつ、生徒たちが前に出ていく。

「運命力72です。王国法学を学びたいです。」

「運命力81です。王室近衛隊を目指しています。」

数字が、名前よりも先に語られる。
クラリスは、手のひらに汗がにじむのを感じていた。

そして、最後の順番が来た。

クラリスは静かに立ち、教壇へと歩いた。
教室の視線が、一斉に彼女に向けられる。

「クラリス・ヴェルディアです。運命力は……94です。」

一瞬、教室が静まり返った。
その数字は、誰もが知っていた。

けれど、本人の口から語られると、空気が変わった。
「私は……この学院で、将来の夢を見つけたいと思っています。」

その言葉に、教師はわずかに眉を動かした。
生徒たちの反応は、まばらだった。
拍手はなかった。
ただ、沈黙があった。

「さて、自己紹介は全員済んだな。これで午前中のホームルームは終わりだ。最後に、これから色々なことが起こるだろうが、クラスで協力するように。以上」
カレナはそう言い、教室を後にした。

そして、ホームルームは静かに終わった。

*

ホームルームが終わり、学院の食堂は新入生たちで賑わっていた。
長いテーブルが並び、銀の食器が整然と並べられている。
窓から差し込む春の光が、白い皿の縁を柔らかく照らしていた。

クラリスは、食堂の隅の席に一人で座っていた。
周囲にはすでにグループができ始めており、笑い声や囁きが飛び交っていた。

「王子の婚約者って、あの子?」
「測定免除って、ずるくない?」
「数字だけで偉そうにしてるけど、どうせ親の力でしょ。」

声は直接ではない。
けれど、確実に彼女に向けられていた。

クラリスは、スープに静かにスプーンを入れた。
食欲はなかった。
けれど、それを周りに悟られてはいけない。
“数字にふさわしい者”として。

そのときだった。

「ここ、空いてますか?」
クラリスは顔を上げた。

目の前に立っていたのは、栗色の髪を三つ編みにした少女。
制服は少し大きめで、袖口を丁寧に折り返していた。
同じクラスにいた気がする。

「……ええ、どうぞ。」

少女はにこりと笑って、クラリスの向かいに腰を下ろした。
「ロジーナ・エルスです。よろしくお願いします、クラリス様」
クラリスは少し驚いた。
こんな周りから好奇の目にさらされるところに自分から来るとは。

「…同じクラスの方でしたわよね。クラリス・ヴェルディアと申します。こちらこそどうぞよろしくお願いします。」
ロジーナはパンをちぎりながら、さらりと言った。

「みんな、クラリス様のことが気になっていらっしゃるようですわ。」
クラリスは、スプーンを止めた。
「ええ、私の“数字”が気になっているのでしょう。あなたは?」
少し苛立ちを覚えつつ、彼女に言った。

「私ですか?気にはなりますけれど、重要なのでしょうか?」
クラリスは少し驚いた。
その言葉は、今日初めて“人”として自分に向けられたものだった。
「……そう。あなた、いい人ね。」

ロジーナは笑った。
クラリスは、少しだけ笑った。

それは、今日初めての、心からの笑みだった。
スープの味は、ほんの少しだけ温かくなった。


*

夕暮れが近づく頃、クラリスは学院の寮棟へと案内された。

石造りの廊下を歩く足音が、静かに響く。
壁には王家の紋章が刻まれ、窓からは中庭のチューリップが見えた。

「こちらがクラリス様の部屋です。」
案内係が扉を開けると、そこには整えられた個室が広がっていた

白いカーテン、木製の机、銀縁の鏡。
ベッドの上には、学院の紋章が刺繍された制服が丁寧に畳まれていた。

「特待生用の個室です。必要なものはすべて揃っております。」

クラリスは静かに頷き、部屋に足を踏み入れた。
扉が閉まると、外の喧騒はすっと遠ざかった。

彼女は窓辺に立ち、外を見つめた。
講堂、食堂、教室――今日一日で通った場所が、遠くに見える。

「頑張らなくちゃ。」
ただ、自分自身に確認するように呟いた。

机の上には、入学式の式次第と、学院生活の心得が並べられていた。
その文字は整っていて、まるで制度そのもののようだった。

ベッドに腰を下ろすと、静けさが部屋を満たした。

それは、今日一日で初めて訪れた“誰にも見られていない時間”だった。

クラリスは、制服の刺繍を指でなぞりながら、そっと目を閉じた。

運命に選ばれた者として。

彼女の学院生活は、静かに、そして確かに始まった。
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