運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

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第4章 王立ルミナス学院 3年目

第36話 届けたい言葉

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王立ルミナス学院の朝は、いつもより華やかだった。
石畳の中庭には色とりどりの旗が掲げられ、学院の紋章が刺繍された幕が風に揺れている。

生徒たちは制服の上に式典用のマントを羽織り、来賓を迎える準備に追われていた。

学院祭――三年に一度、王族・貴族・学術関係者・市民が一堂に会する、王国最大の学術と文化の祭典。

今年は、制度導入から5年を迎える節目でもあり、王国中の注目が集まっていた。

講堂前の特設ステージには、銀の装飾が施された演台が設置されている。
その背後には、王国旗と学院旗が並び、空高く掲げられていた。

クラリスは、控室の鏡の前に立っていた。

銀髪は丁寧に編み込まれ、制服の襟元には王族推薦の証である紋章が輝いている。
胸元には、いつもの懐中時計――秒針の音が、静かに彼女の鼓動と重なっていた。

「……今日から学院祭。まずはスピーチ…」
鏡の中の自分を見つめながら、クラリスは深く息を吸った。

制度の象徴として、王国の未来を語る役目。
けれど、彼女の胸には、もう一つの思いがあった。

(私は、数字だけじゃない。私自身の言葉で、伝えたい)

控室の扉がノックされ、ロジーナが顔を覗かせた。
「クラリス様、準備ができたそうです。まもなく始まります」

クラリスは頷き、懐中時計の蓋をそっと閉じた。
「ありがとう、ロジーナ。行きましょう」

*

講堂前の広場には、すでに数百人の来賓と生徒が集まっていた。

王族席には、国王グレゴール、王妃エレオノーラ、そしてレオニス、ユリウスが並び、宰相ヴィクトルも控えている。

生徒たちは整列し、特別選抜クラスの面々は最前列に立っていた。

ゼノは無言で空を見上げ、ミレーユは涼しい顔で周囲を見渡している。
ルークは腕を組み、カイは資料を手にしている。

レオニスは、クラリスが登壇するのを見つめながら、静かに目を細めた。
(君が、制度の象徴としてふさわしいか――今日、見定めさせてもらう)

鐘の音が鳴り響き、開会式が始まった。

生徒会長アリステアが登壇し、開会の辞を述べる。
続いて、副会長リュシアが紹介の言葉を添える。
「それでは、制度の象徴、そして学院の代表として――クラリス・ヴェルディアさん、お願い致します」

拍手が広がる中、クラリスはゆっくりと演台へと歩みを進めた。

*

ステージに立ったクラリスは、深く一礼し、マイクの前に立った。

風が銀髪を揺らし、彼女の瞳はまっすぐに前を見据えていた。

「皆さま、本日は王立ルミナス学院の学院祭にお越しいただき、誠にありがとうございます」
その声は、澄んでいて、よく通った。

*

前列の生徒たちが静かに耳を傾け、王族席ではエレオノーラが微笑み、ヴィクトルは無表情のまま腕を組んでいる。

クラリスは、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「私は、制度の象徴として、ここにいます。運命力に選ばれた者として、皆さまの前に立てることを誇りに思っています」

拍手が起こる。だが、クラリスは続けた。
「ですが、私は思うのです。数字は、確かに一つの指標です。けれど、それだけで人の価値を決めてしまっていいのでしょうか?」

その瞬間、王族席でレオニスがわずかに眉を動かした。
彼は静かに立ち上がり、アリステアに歩み寄る。

「制度を揺るがす可能性がある。今、止めるべきだ」
レオニスの声は低く、冷静だった。

アリステアは一瞬だけ迷ったが、すぐに技術担当に目配せを送る。
「マイクの出力を制限しろ。最低限の前列だけに届くように」

技術担当が操作盤に手を伸ばす。
クラリスの声は、その瞬間から、前方の生徒にしか届かなくなった。

クラリスは気づかず、スピーチを続けていた。
「私は、制度の中で生きることに誇りを持っています。ですが、制度の恩恵を受けていない人々の声にも、耳を傾けるべきだと思うのです」

前列の生徒たちは、静かに聞き入っていた。
ゼノは目を閉じ、ミレーユは腕を組みながら頷いている。
ロジーナは、クラリスの言葉に聞き入っていた。

だが、後方の生徒たちはざわついていた。

「え?何て言ってるの?」
「声が小さくなった?」
「聞こえない……」

王族席では、エレオノーラが満足げに微笑み、ヴィクトルは何も言わずに頷いた。
レオニスは、クラリスの姿を見つめながら、静かに席に戻った。
(君の声は、国を混乱させかねない。だが、届かない)

クラリスは、最後の言葉を口にした。
「数字だけが全てではありません。そして、数字に縛られる必要もないのです。今ここにいるのは、私自身が選んだことのです。だからこそ、私は――一人の人間として、この国で生きるすべての人に、声を届けたい」

前列の生徒たちから拍手が起こる。
だが、後方では困惑の声が広がったままだった。

クラリスは一礼し、ステージを降りた。
その顔には、やり切ったという達成感に溢れていた。

*

開会式が終わり、学院の中庭は再びざわめきに包まれていた。

生徒たちはそれぞれの出展準備に向かい、来賓たちは控室へと移動していく。

クラリスは、ステージ裏の控室に戻り、深く息を吐いた。
胸の奥には、やり切ったという確かな手応えがあった。

(伝えられた……私の言葉で)

そのとき、控室の扉が勢いよく開いた。
「クラリス様!」
ロジーナが駆け込んできた。顔には焦りと戸惑いが浮かんでいる。

「どうしたの、ロジーナ?」
クラリスは驚きながらも、落ち着いた声で問いかける。

ロジーナは息を整えながら言った。
「さっきのスピーチ……後ろのほうには、ほとんど聞こえなかったそうです。『声が小さくて何を言っているのか分からなかった』って……」

「……え?」
クラリスの表情が一瞬で凍りついた。

「でも、マイクは正常に動いていたはず。前のほうにいた人たちは、ちゃんと聞こえていたって……」
ロジーナは言葉を選びながら続けた。

「……もしかして、意図的に……」
(私の声は……届いていなかった?)

*

その頃、生徒会室では、別の緊張が走っていた。

「……あのタイミングで“機材の不調”?偶然で済ませるつもり?」
リュシアが、机を挟んでアリステアを睨みつけていた。

アリステアは、冷静な表情のまま資料を閉じる。
「王国を守るための判断だった。彼女の発言は、今、この国の根幹を揺るがしかねなかった」

「だからって…。それでいいと思ってるの?」
リュシアの声には怒りと悔しさが滲んでいた。

「制度はこの国の秩序だ。秩序を乱す言葉は、混乱を生む。君も分かっているはずだ」
アリステアは静かに言った。

「……決められたルールの中で生きることは正しいわ。でも、その中で“考える”ことを止めさせるのは、違う」
リュシアは拳を握りしめた。
「クラリスさんは、制度を否定したわけじゃない。どう生きるかを語っただけよ」

アリステアは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「制度の象徴は、制度を体現する存在でなければならない。彼女が“象徴”として、相応の言葉を語らなければならない」

リュシアは、静かに言った。
「……それでも、彼女の考えを、みんなに聞いてほしかった」

*

セレナは会場の後方にいた。
姉が立っていたステージが、遠くに見えた。

開会式は終わったが、まだ周りはざわついている

「……姉様、何を話していたの?」
彼女はぽつりと呟いた。

「前のほうの人たちは、聞こえていたみたい。でも、私には……何も聞こえなかった」
その声は、誰にも届かないほど小さかった。
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