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第5章 王立ルミナス学院 4年目
第48話 王国の影
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朝、王立ルミナス学院の正門前。
視察用の馬車が静かに待機している。
銀の装飾が施された車体には学院の紋章が刻まれ、陽光を受けて淡く輝いている。
「クラリス様、準備は整いました」
ロジーナが、資料の束を抱えながら駆け寄ってきた。
その顔には緊張と期待が入り混じっている。
「ありがとう、ロジーナ。頼りにしているわ」
クラリスは微笑みながら答えた。
そのとき、軽やかな足音が近づいてきた。
「ふふ、やっぱり来て正解ね」
ミレーユ・クローディアが、栗色の髪を揺らしながら現れた。
彼女は涼しい笑みを浮かべ、馬車の装飾を一瞥する。
「地方視察なんて、正直行きたくなかったけど……あなたが行くなら話は別ね。象徴が動けば、王都中がなんかいい感じにざわつくわ」
「これは旅行じゃないわ。ちゃんとした視察よ」
クラリスは、少しだけ硬い声で答えた。
「数字だけじゃ見えないものを、私は見たいの」
ミレーユは肩をすくめて笑った。
「分かってるわ。でも、あなたが行くってことは、そこはどんな場も“舞台”になるのよ。それを利用しない手はないでしょう?」
クラリスは、懐中時計の蓋を閉じながら静かに言った。
「……注目されるのは構わない。でも、仰々しいものにはしたくない。ありのままを見たいの」
ロジーナは、二人のやり取りを聞きながら、資料を整えていた。
「最初の訪問地は南部の農村です。制度導入後、婚姻や職業に影響が出ている地域だと報告されています」
クラリスは頷き、馬車に乗り込んだ。
「行きましょう。この目で確かめるために」
*
馬車の車輪が石畳を静かに転がり、学院の門を抜ける。
春風が窓から吹き込み、クラリスの銀髪を柔らかく揺らした。
遠くに広がるのは、王都の喧騒とは違う、穏やかな農村の景色。
緑の野原、風にそよぐ麦畑、そして小さな家々。
(制度は、この場所に何をもたらしたのだろう)
馬車の影を、遠くからじっと見つめる視線があったことに、クラリスはまだ気づいていなかった。
*
馬車が農村の広場に入る。
土の匂いと春風が頬を撫でる。
石畳の王都とは違う、素朴な景色。
木造の家々、干し草の山、遠くで牛の鳴き声が響いている。
クラリスは、外套の裾を整えながら馬車を降りた。
視線の先には、村長と思しき初老の男性が立っていた。
彼は深々と頭を下げる。
「ようこそ、クラリス様。王都からわざわざ……」
「こちらこそ、突然の訪問を受け入れてくださってありがとうございます」
クラリスは、丁寧に一礼した。
その背後で、ロジーナが記録用のノートを取り出す。
ミレーユは視線を周囲に走らせ、周りを見渡している。
広場には、村人たちが集まっていた。
だが、その表情は一様ではない。
笑顔を浮かべる者もいれば、遠巻きに無言で見つめる者もいる。
その視線に、クラリスはわずかな緊張を覚えた。
(歓迎されている……でも、どこか違う。現実が、ここにある)
村長に案内されるまま、クラリスたちは農家の一角へと歩みを進めた。
途中、ロジーナが小声で言う。
「クラリス様……みなさん、少し距離を取っているように見えます」
クラリスは、視線を横に流した。
若い女性が、幼い子を抱きながらこちらを見ている。
その目には、羨望と――わずかな怯えが混ざっていた。
「制度が導入されてから、婚姻や職業は数字で決まるようになりました」
村長の声が、静かに響く。
「高い運命力を持つ者は、王都へ呼ばれ、良い仕事に就きます。ただ残った者は……」
クラリスは、足を止めた。
「残った者は?」
村長は、わずかに目を伏せた。
「畑を耕すしかありません。数字が低ければ、未来は限られる。それが制度だと、皆、心の中では分かっています」
その言葉に、クラリスの胸が締めつけられた。
(数字が秩序を作る。でも、その秩序の中で、誰かが取り残されている)
ミレーユが、涼しい声で言った。
「でも、それが制度の目的でしょう?秩序を守るために、選ばれた者が上に立つ。それで国は安定する」
クラリスは、ミレーユを見つめた。
「秩序のために、人の心を切り捨ててもいいの?」
ミレーユは肩をすくめ、笑みを浮かべた。
「あなたらしいわね。でも、現実は残酷よ」
そのとき、遠くの丘の上で、黒い外套を纏った影がじっとこちらを見ていた。
風に揺れる外套の裾、光を反射する銀の紋章――王宮直属の騎士団の印。
*
一方そのころ。
王宮の一室。
エレオノーラ・グランフェルドは、窓辺に立ち、遠くの王都を見下ろしていた。
「クラリスが地方視察?……面白いわね」
彼女の声は、冷たく、甘やかだった。
宰相ヴィクトルが、資料を手にして答える。
「監視はつけてあります。必要なら、介入させますが?」
エレオノーラは、ワインのグラスを指先で回しながら微笑んだ。
「数字だけじゃない価値を探す?……そんなもの、この国には必要ない」
窓の外では、春風が王都の旗を揺らしていた。
だが、その風は、静かに嵐の前触れを運んでいた。
*
農村の奥、古びた納屋の前でクラリスは足を止めた。
案内してくれた村長が、ためらうように扉を開ける。
中には、粗末な机と帳簿が積まれていた。
「これは……?」
クラリスが問いかけると、村長は深く息を吐いた。
「制度導入後、婚姻や職業は数字で決まるようになりました。先ほども言ったように高運者は王都へ呼ばれ、良い仕事に就きます。残った者は……」
彼の声は低く、重かった。
「ここに記録があります。数字が低い者は、結婚の機会すら減り、働き口も限られる。中には、家族から見放された者もいる」
クラリスは帳簿を手に取り、震える指でページをめくった。
そこには、名前と数字、そして赤い印が並んでいた。
「婚姻不可」「職業選択除外」――冷たい文字が、現実を突きつける。
(秩序のための制度。でも、その秩序の中で、誰かが切り捨てられている)
ロジーナが、記録用のペンを握りしめながら声を震わせた。
「クラリス様……これ、王都ではこんなこと誰も知らない。こんな現実……」
「全部記録して。一つ残らず」
クラリスの声は、静かでありながら、確かな決意を帯びていた。
ミレーユが、涼しい笑みを浮かべながら言った。
「あなたらしいわね。でも、公にしたところでどうにもならないと思うわよ。あなたもただじゃ済まないんじゃない」
クラリスは、ミレーユを見つめた。
「それでも、私はやる。数字だけじゃない価値を、示したい」
その言葉に、ロジーナは強く頷いた。
視察用の馬車が静かに待機している。
銀の装飾が施された車体には学院の紋章が刻まれ、陽光を受けて淡く輝いている。
「クラリス様、準備は整いました」
ロジーナが、資料の束を抱えながら駆け寄ってきた。
その顔には緊張と期待が入り混じっている。
「ありがとう、ロジーナ。頼りにしているわ」
クラリスは微笑みながら答えた。
そのとき、軽やかな足音が近づいてきた。
「ふふ、やっぱり来て正解ね」
ミレーユ・クローディアが、栗色の髪を揺らしながら現れた。
彼女は涼しい笑みを浮かべ、馬車の装飾を一瞥する。
「地方視察なんて、正直行きたくなかったけど……あなたが行くなら話は別ね。象徴が動けば、王都中がなんかいい感じにざわつくわ」
「これは旅行じゃないわ。ちゃんとした視察よ」
クラリスは、少しだけ硬い声で答えた。
「数字だけじゃ見えないものを、私は見たいの」
ミレーユは肩をすくめて笑った。
「分かってるわ。でも、あなたが行くってことは、そこはどんな場も“舞台”になるのよ。それを利用しない手はないでしょう?」
クラリスは、懐中時計の蓋を閉じながら静かに言った。
「……注目されるのは構わない。でも、仰々しいものにはしたくない。ありのままを見たいの」
ロジーナは、二人のやり取りを聞きながら、資料を整えていた。
「最初の訪問地は南部の農村です。制度導入後、婚姻や職業に影響が出ている地域だと報告されています」
クラリスは頷き、馬車に乗り込んだ。
「行きましょう。この目で確かめるために」
*
馬車の車輪が石畳を静かに転がり、学院の門を抜ける。
春風が窓から吹き込み、クラリスの銀髪を柔らかく揺らした。
遠くに広がるのは、王都の喧騒とは違う、穏やかな農村の景色。
緑の野原、風にそよぐ麦畑、そして小さな家々。
(制度は、この場所に何をもたらしたのだろう)
馬車の影を、遠くからじっと見つめる視線があったことに、クラリスはまだ気づいていなかった。
*
馬車が農村の広場に入る。
土の匂いと春風が頬を撫でる。
石畳の王都とは違う、素朴な景色。
木造の家々、干し草の山、遠くで牛の鳴き声が響いている。
クラリスは、外套の裾を整えながら馬車を降りた。
視線の先には、村長と思しき初老の男性が立っていた。
彼は深々と頭を下げる。
「ようこそ、クラリス様。王都からわざわざ……」
「こちらこそ、突然の訪問を受け入れてくださってありがとうございます」
クラリスは、丁寧に一礼した。
その背後で、ロジーナが記録用のノートを取り出す。
ミレーユは視線を周囲に走らせ、周りを見渡している。
広場には、村人たちが集まっていた。
だが、その表情は一様ではない。
笑顔を浮かべる者もいれば、遠巻きに無言で見つめる者もいる。
その視線に、クラリスはわずかな緊張を覚えた。
(歓迎されている……でも、どこか違う。現実が、ここにある)
村長に案内されるまま、クラリスたちは農家の一角へと歩みを進めた。
途中、ロジーナが小声で言う。
「クラリス様……みなさん、少し距離を取っているように見えます」
クラリスは、視線を横に流した。
若い女性が、幼い子を抱きながらこちらを見ている。
その目には、羨望と――わずかな怯えが混ざっていた。
「制度が導入されてから、婚姻や職業は数字で決まるようになりました」
村長の声が、静かに響く。
「高い運命力を持つ者は、王都へ呼ばれ、良い仕事に就きます。ただ残った者は……」
クラリスは、足を止めた。
「残った者は?」
村長は、わずかに目を伏せた。
「畑を耕すしかありません。数字が低ければ、未来は限られる。それが制度だと、皆、心の中では分かっています」
その言葉に、クラリスの胸が締めつけられた。
(数字が秩序を作る。でも、その秩序の中で、誰かが取り残されている)
ミレーユが、涼しい声で言った。
「でも、それが制度の目的でしょう?秩序を守るために、選ばれた者が上に立つ。それで国は安定する」
クラリスは、ミレーユを見つめた。
「秩序のために、人の心を切り捨ててもいいの?」
ミレーユは肩をすくめ、笑みを浮かべた。
「あなたらしいわね。でも、現実は残酷よ」
そのとき、遠くの丘の上で、黒い外套を纏った影がじっとこちらを見ていた。
風に揺れる外套の裾、光を反射する銀の紋章――王宮直属の騎士団の印。
*
一方そのころ。
王宮の一室。
エレオノーラ・グランフェルドは、窓辺に立ち、遠くの王都を見下ろしていた。
「クラリスが地方視察?……面白いわね」
彼女の声は、冷たく、甘やかだった。
宰相ヴィクトルが、資料を手にして答える。
「監視はつけてあります。必要なら、介入させますが?」
エレオノーラは、ワインのグラスを指先で回しながら微笑んだ。
「数字だけじゃない価値を探す?……そんなもの、この国には必要ない」
窓の外では、春風が王都の旗を揺らしていた。
だが、その風は、静かに嵐の前触れを運んでいた。
*
農村の奥、古びた納屋の前でクラリスは足を止めた。
案内してくれた村長が、ためらうように扉を開ける。
中には、粗末な机と帳簿が積まれていた。
「これは……?」
クラリスが問いかけると、村長は深く息を吐いた。
「制度導入後、婚姻や職業は数字で決まるようになりました。先ほども言ったように高運者は王都へ呼ばれ、良い仕事に就きます。残った者は……」
彼の声は低く、重かった。
「ここに記録があります。数字が低い者は、結婚の機会すら減り、働き口も限られる。中には、家族から見放された者もいる」
クラリスは帳簿を手に取り、震える指でページをめくった。
そこには、名前と数字、そして赤い印が並んでいた。
「婚姻不可」「職業選択除外」――冷たい文字が、現実を突きつける。
(秩序のための制度。でも、その秩序の中で、誰かが切り捨てられている)
ロジーナが、記録用のペンを握りしめながら声を震わせた。
「クラリス様……これ、王都ではこんなこと誰も知らない。こんな現実……」
「全部記録して。一つ残らず」
クラリスの声は、静かでありながら、確かな決意を帯びていた。
ミレーユが、涼しい笑みを浮かべながら言った。
「あなたらしいわね。でも、公にしたところでどうにもならないと思うわよ。あなたもただじゃ済まないんじゃない」
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