運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

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第5章 王立ルミナス学院 4年目

第49話 危険な芽

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夕陽が、麦畑を黄金色に染めていた。
馬車の車輪が、乾いた土を静かに踏みしめる音だけが、広場に響いている。

クラリスは、窓辺に手を添え、遠ざかっていく農村を見つめていた。
視線の先には、素朴な家々と、遠巻きに立つ村人たちの影。

村には笑顔を浮かべる者もいたが、その奥に潜むもの――羨望、諦め、そして恐れ――を、彼女は見逃さなかった。

机の上に置かれた帳簿の記憶が、脳裏に焼き付いている。
「婚姻不可」「職業選択不可」――冷たい赤い印。

それは、秩序の名のもとに、人の未来を奪うものだった。

(運命力だけですべてが決まるわけじゃないことを、私は示さなきゃ。秩序のために誰かを切り捨てる制度――それを、このまま見過ごすわけにはいかない)

夕陽に染まる畑が、ゆっくりと遠ざかっていく。

馬車の影を、遠くの丘から、またもじっと見つめる黒い外套の影があった。
風に揺れる外套の裾、光を反射する銀の紋章――王宮直属の騎士団の印。

クラリスは、その視線に気づかないまま、窓の外に目を向け続けていた。

*

馬車の中は、静かな揺れと車輪の音に包まれていた。
窓の外には、夕陽に染まる畑が流れていく。

クラリスは、膝の上に置いた帳簿を見つめていた。

「クラリス様」
ロジーナの声が、静寂を破った。

彼女は記録用のノートを抱え、緊張した面持ちで言う。
「記録は全部残しました。婚姻の制限、職業選択の除外……。でも、これを公にするのは――」

クラリスは、帳簿から目を離し、ロジーナを見つめた。
「正直難しいわね。分かってる。でも、知らなければ、何も変わらない」

その言葉に、ロジーナは強く頷いた。
「クラリス様……私、怖いです。これを公にしたら、きっと反発が――」

「それでも、私はやる」
クラリスの声は、静かでありながら、確かな決意を帯びていた。

「数字だけじゃない価値を、示したい。制度の中で生きる人たちが、何を感じているのか――それを、無視したくない」

そのとき、涼しい声が割り込んだ。

「あなたらしいわね」
ミレーユ・クローディアが、窓辺に肘をつきながら笑みを浮かべていた。
「でも、現実は残酷よ。あなたがそれを変えられると思う?」

クラリスは、ミレーユの瞳をまっすぐに見つめた。
「変える。必ず」

ミレーユは、肩をすくめて笑った。
「その理想、嫌いじゃないわ。でも、あなたが動けば、王都はざわつく。制度の象徴が“疑問”を持つなんて、王宮は許さない」

クラリスは、懐中時計を握りしめた。
「許さなくても、私はやる」

ロジーナは、震える声で言った。
「クラリス様……王宮が、黙っているでしょうか」

クラリスは、窓の外に視線を向けた。
夕陽に染まる王都の塔が、遠くに見えている。

(黙っていないでしょうね。でも――私は、もう迷わない)

馬車の外、遠くの丘で黒い外套の影がじっと馬車を見つめていた。
風に揺れる外套の裾、光を反射する銀の紋章――王宮直属の騎士団の印。

その影は、低く呟いた。

「報告は王妃へ。クラリス・ヴェルディア――危険な芽は、早めに摘む必要があるが…」

馬車は、夕闇に向かって走り続ける。
王都の塔が、ゆっくりと近づいていた。

*

宮の奥、重厚な扉に囲まれた一室。

厚手のカーテンが光を遮り、燭台の炎がわずかに揺れている。
赤いワインが、血のようにグラスの中で静かに揺れた。

エレオノーラ・グランフェルドは、金糸の刺繍が施された椅子に腰掛け、指先でグラスを回していた。
その瞳は、遠く王立ルミナス学院の塔を見下ろすように、冷たく光っている。

「クラリスが地方視察に向かったようね」  
その声は甘やかでありながら、氷の刃のように鋭かった。

宰相ヴィクトル・ハインツが、資料を手にして答える。  
「報告によれば、農村で制度への疑問を示唆する発言があったそうです。記録を残し、王都に持ち帰る意図もあるとか」

エレオノーラは、グラスを机に置き、ゆっくりと立ち上がった。  
「制度の象徴が、制度に疑問を持つ?……それは許されないわ」

ヴィクトルは、冷静な声で続ける。  
「秩序は揺らいではならない。だが、摘む方法は静かでなければならない。彼女は第一王子の婚約者。失敗すれば王国全体が揺らぐ」

エレオノーラは、窓辺に歩み寄り、王都の灯りを見下ろした。  
「危険な芽は、早めに摘む。それが秩序を守る唯一の方法よ」

その言葉に、部屋の奥で控えていた騎士団長グレイ・ヴァルハルトが、無表情のまま膝をついた。  
「命令とあらば、影の中で処理します」

その声には、感情の欠片もなかった。

エレオノーラは、冷たい笑みを浮かべた。  
「そうね、静かに――誰にも気づかれないように」

燭台の炎が、赤いワインの影を壁に映し出していた。  

*

黒い外套をまとった人影は、王都へ消えゆく馬車を見つめていた。
その手には、通信端末が握られている。
画面には、王室からの命令が淡く光っていた。

「計画通り進める。接触は禁止。事を荒立てる必要はない、か」

低く呟き、端末を閉じた瞬間――背後に、異様な気配が走った。

風が止み、空気が張り詰める。
振り返ると、そこには一人の剣士が立っていた。
フードを深くかぶり、顔は影に隠れている。

「止まれ」  
外套の男は、冷徹な声で警告する。

剣士は立ち止まり、ゆっくりと口を開いた。  
「そちらこそ、何をするつもりだ。返答次第で――」

その手が剣の柄に触れた瞬間、外套の男の瞳が冷たく光った。  
「何もするな。引き返せ。こちらも今、お前とやりあうつもりはない」

風が一瞬吹き抜け、視界が揺れる。  
次の瞬間、剣士の目の前から男の姿は消えていた。

残された剣士は、静かに呟いた。  
「まさか……師匠が。英雄が生きていたなんて……」  
その声には、驚愕と、言葉にできない感情が混ざっていた。

「でも、生きていたなら……今まで何を――」

風が再び吹き、丘に残ったのは冷たい沈黙だけだった。


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