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第6章 王立ルミナス学院 5年目
第63話 曖昧な記憶
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王都から離れていく一台の馬車。
その中には、窓から景色を眺めているクラリスがいた。
石畳の上には柔らかな陽射しが降り注ぐ。
また、遠くで鐘の音が静かに響いていた。
馬車の中は、暖かな光と静寂に満ちていた。
隣には、昨日まで広げていた分厚い本と、閉じられた資料の束。
(……行こう。フォルセの森へ)
図書館で調べても、何もわからなかった。
英雄レイモンド・カスティール――制度を作るきっかけとなった人物。
名前と功績ばかりで、肝心なところが抜け落ちている。
なぜ?もっとも重要な人のはずなのに――。
クラリスは、本に視線を落とす。
ページの隙間から覗くのは、同じ言葉の繰り返し。
「制度のきっかけとなった英雄」「王国を守った剣」――
どれも知っていることばかり。
(だから、レイナ様に聞いた。師匠なら、何か知っていると思った)
クラリスは、マントを手に取り、静かに肩に掛ける。
その瞬間、記憶がよみがえる――。
~~~
剣術場の片隅に、レイナが立っていた。
鋭い剣を手入れする指先は、無駄のない動きで、光を受けて淡く輝いている。
クラリスは、静かな足音を響かせながら、その背に近づいた。
「レイナ様」
呼びかける声は、わずかに緊張を含んでいた。
レイナは、剣を鞘に収め、振り返る。
深い紅の瞳が、クラリスをまっすぐに捉えた。
「どうした、クラリス。剣の稽古なら、今日は休みのはずだが」
クラリスは、胸の奥で言葉を整え、静かに切り出した。
「……いえ、今日はお聞きしたいことがあって」
レイナの眉がわずかに動く。
「聞きたいこと?」
クラリスは、机の上に置かれた古い記録帳に視線を落としながら言った。
「英雄――レイモンド・カスティールについてです」
その名を口にした瞬間、空気がわずかに張り詰めた。
レイナの瞳が、深く沈むように揺れる。
「……英雄について、か」
低く呟いた声には、複雑な響きが混ざっていた。
クラリスは続ける。
「図書館で調べました。でも、どれも同じことばかり。『きっかけとなった英雄』『王国を守った剣』――肝心なところが、まったくわからないんです」
レイナは、ゆっくりと椅子に腰を下ろし、深紅のマントを整えた。
「……無理もない。彼についての記録は、私も見ることができない」
クラリスの瞳が揺れる。
「師匠でも……?」
「そうだ。私は同じ戦場にいた。だが――なぜか、英雄に関する記憶が曖昧なんだ」
レイナの声は、静かでありながら、どこか遠くを見ていた。
「あの頃の光景は今でも鮮明に覚えている。血の匂いも、剣の重みも。だが、彼の姿だけが、霧のようにぼやけている」
クラリスは、息を呑んだ。
「そんなことが……」
レイナは、しばらく沈黙した後、低く続けた。
「――ただ、一人だけ心当たりがある」
クラリスは、身を乗り出す。
「心当たり……?」
「フォルセの森だ」
レイナの声が、静かに空気を震わせた。
「お前が演習で獣に襲われたとき、助けた剣士を覚えているか?」
クラリスの胸に、あの日の記憶がよみがえる。
獰猛化した獣の咆哮、血の匂い、そして――闇の中で剣を振るい、獣を斬り伏せた影。
「……はい。顔は見えませんでした。でも、あの剣は――」
「私の兄弟子。かつてあの戦場で英雄と共に戦い、そして戦争終結後に行方不明になった一人」
クラリスの瞳が、強く光を帯びる。
「その剣士が、レイモンドと関係していると?」
レイナは、深く息を吐き、クラリスを見つめた。
「断言はできない。無駄骨になるかもしれない。でも――おそらく何か知っている。行ってみる価値はある」
クラリスは、静かに頷いた。
「……わかりました。フォルセの森へ行ってみます」
レイナの瞳が、わずかに柔らかくなる。
「気をつけなさい、クラリス。あの森は、何か重大な秘密を隠している」
~~~
「――あの日、私は師匠に尋ねた。英雄レイモンド・カスティールについて、何か知っているかと」
師匠から返ってきた答えは、期待していたものではなかった。
だが、同時に驚くべき答えだった。
”王国騎士団副団長ですら知らない”
”英雄に関する記録、記憶があいまい”
これらの事実はクラリスの想定を遥かに上回っていた。
「いったい、どうなっているの?」
そんな思いを巡らせながら、クラリスを乗せた馬車は森へと向かっていった。
その中には、窓から景色を眺めているクラリスがいた。
石畳の上には柔らかな陽射しが降り注ぐ。
また、遠くで鐘の音が静かに響いていた。
馬車の中は、暖かな光と静寂に満ちていた。
隣には、昨日まで広げていた分厚い本と、閉じられた資料の束。
(……行こう。フォルセの森へ)
図書館で調べても、何もわからなかった。
英雄レイモンド・カスティール――制度を作るきっかけとなった人物。
名前と功績ばかりで、肝心なところが抜け落ちている。
なぜ?もっとも重要な人のはずなのに――。
クラリスは、本に視線を落とす。
ページの隙間から覗くのは、同じ言葉の繰り返し。
「制度のきっかけとなった英雄」「王国を守った剣」――
どれも知っていることばかり。
(だから、レイナ様に聞いた。師匠なら、何か知っていると思った)
クラリスは、マントを手に取り、静かに肩に掛ける。
その瞬間、記憶がよみがえる――。
~~~
剣術場の片隅に、レイナが立っていた。
鋭い剣を手入れする指先は、無駄のない動きで、光を受けて淡く輝いている。
クラリスは、静かな足音を響かせながら、その背に近づいた。
「レイナ様」
呼びかける声は、わずかに緊張を含んでいた。
レイナは、剣を鞘に収め、振り返る。
深い紅の瞳が、クラリスをまっすぐに捉えた。
「どうした、クラリス。剣の稽古なら、今日は休みのはずだが」
クラリスは、胸の奥で言葉を整え、静かに切り出した。
「……いえ、今日はお聞きしたいことがあって」
レイナの眉がわずかに動く。
「聞きたいこと?」
クラリスは、机の上に置かれた古い記録帳に視線を落としながら言った。
「英雄――レイモンド・カスティールについてです」
その名を口にした瞬間、空気がわずかに張り詰めた。
レイナの瞳が、深く沈むように揺れる。
「……英雄について、か」
低く呟いた声には、複雑な響きが混ざっていた。
クラリスは続ける。
「図書館で調べました。でも、どれも同じことばかり。『きっかけとなった英雄』『王国を守った剣』――肝心なところが、まったくわからないんです」
レイナは、ゆっくりと椅子に腰を下ろし、深紅のマントを整えた。
「……無理もない。彼についての記録は、私も見ることができない」
クラリスの瞳が揺れる。
「師匠でも……?」
「そうだ。私は同じ戦場にいた。だが――なぜか、英雄に関する記憶が曖昧なんだ」
レイナの声は、静かでありながら、どこか遠くを見ていた。
「あの頃の光景は今でも鮮明に覚えている。血の匂いも、剣の重みも。だが、彼の姿だけが、霧のようにぼやけている」
クラリスは、息を呑んだ。
「そんなことが……」
レイナは、しばらく沈黙した後、低く続けた。
「――ただ、一人だけ心当たりがある」
クラリスは、身を乗り出す。
「心当たり……?」
「フォルセの森だ」
レイナの声が、静かに空気を震わせた。
「お前が演習で獣に襲われたとき、助けた剣士を覚えているか?」
クラリスの胸に、あの日の記憶がよみがえる。
獰猛化した獣の咆哮、血の匂い、そして――闇の中で剣を振るい、獣を斬り伏せた影。
「……はい。顔は見えませんでした。でも、あの剣は――」
「私の兄弟子。かつてあの戦場で英雄と共に戦い、そして戦争終結後に行方不明になった一人」
クラリスの瞳が、強く光を帯びる。
「その剣士が、レイモンドと関係していると?」
レイナは、深く息を吐き、クラリスを見つめた。
「断言はできない。無駄骨になるかもしれない。でも――おそらく何か知っている。行ってみる価値はある」
クラリスは、静かに頷いた。
「……わかりました。フォルセの森へ行ってみます」
レイナの瞳が、わずかに柔らかくなる。
「気をつけなさい、クラリス。あの森は、何か重大な秘密を隠している」
~~~
「――あの日、私は師匠に尋ねた。英雄レイモンド・カスティールについて、何か知っているかと」
師匠から返ってきた答えは、期待していたものではなかった。
だが、同時に驚くべき答えだった。
”王国騎士団副団長ですら知らない”
”英雄に関する記録、記憶があいまい”
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「いったい、どうなっているの?」
そんな思いを巡らせながら、クラリスを乗せた馬車は森へと向かっていった。
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