運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

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第6章 王立ルミナス学院 5年目

第62話 消えた英雄

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重厚な扉に囲まれた生徒会室は、午後の柔らかな光に包まれていた。

窓から差し込む春の陽射しが、机の上の資料を淡く照らし、外では若葉が風に揺れている。

クラリスは、その資料を指先でめくりながら、深く息を吐いた。
「自分で調べるとは言ったものの……、一体どうしたら…」

小さな声が、静かな空気に溶けて消える。
ページをめくる手は、すぐに止まった。

王宮の管理下にある装置。学院には、仕組みも記録も残されていない。
もちろん、いち学生がどうこうできるものではない。

その現実が、胸に重くのしかかる。
焦りが胸を締めつけ、苛立ちが指先に宿る。

(どうしようもないのなら……いつかチャンスは来るかもしれない。その時のために、今できることをする。)

懐中時計を開き、秒針の音に耳を澄ませる。
その規則正しい響きが、乱れそうになる思考を静かに整えていく。

「……先に制度について、調べるかな」

数字の意味、英雄たちの始まり――すべてを知る必要がある。
装置の謎を追う前に、土台を固めなければならない。

クラリスは、机の上の資料を閉じ、立ち上がった。
窓辺に歩み寄り、春の光に染まる学院の塔を見つめる。

その瞳には、迷いではなく、決意の光が宿っていた。
「図書館に行こう。始まりを知るところから」

マントの裾を整え、重厚な扉に手をかける。
冷たい金属の感触が、彼女の決意をさらに強くした。

扉が静かに開き、クラリスの足音が回廊に響く。

*

学院の回廊は、春の光に包まれていた。

高い窓から差し込む陽射しが、石畳に淡い影を落とし、外ではチューリップが風に揺れている。

クラリスの足音だけが、広い廊下に響いていた。

(制度の始まり……英雄たちの記録……)
心の中で繰り返す言葉が、柔らかな空気に溶けていく。

やがて、重厚な扉の前に立つ。

学院図書館――知識の殿堂。

扉を押し開くと、紙の香りと春の風がふわりと漂ってきた。
高い天井まで届く本棚が並び、陽光が静かに本の背表紙を照らしている。

まるで時間が止まったような静寂。
クラリスは、マントの裾を整え、奥へと歩みを進めた。

指先が古びた革表紙をなぞり、やがて一冊の分厚い本を引き抜く。
机に本を置き、ページをめくる。

紙の匂いと、淡いインクの跡。
クラリスの瞳が、文字を追う。

(……授業で習ったことと、同じ。)

「制度の基盤を築いた英雄」「運命力の概念を確立」――
どれも知っている言葉ばかり。

まるでおとぎ話のように、ずっと同じ言葉が並ぶ。

ページをめくる手が、次第に速くなる。
だが、どこまで読んでも、核心には触れない。

(じゃあなぜ、彼は今、“象徴”ではないのか…)

胸の奥の小さな疑問。
英雄レイモンド――制度を築いた人物なのに、なぜ歴史の表舞台から消えたのか。

クラリスは、深く息を吐いた。
「……これだけじゃ何もわからない」

声は、誰にも届かないほど小さかった。
(もっと深い記録が必要。学院にはないなら――王国騎士団。戦争の記録ならあるいは…)

クラリスの脳裏に、鋭い剣と深紅のマントが浮かぶ。
「……師匠なら、何か知っているかもしれない」

クラリスは、本を閉じ、立ち上がった。
図書館の静寂を背に、重い扉を押し開く。

春風が頬を撫で、決意をさらに強くした。
(師匠に会いに行こう)

*

王都から離れた療養施設。

窓の外には、春の花が咲き始め、庭園に淡い色を添えていた。
暖炉の炎が、柔らかな光を部屋に落とし、静寂の中で時計の音だけが響いている。

ユリウスは、椅子に腰を下ろし、窓の外を見つめていた。
その瞳には、何かを待つような影が宿っている。

ノックの音が、静けさを破った。

「どうぞ」
ユリウスはそう言い、扉の前の人物に中に入るよう促す。

スッと音もなく入ってきたのは、老齢の男性。
「ユリウス様。例の件について、先方から返事がございました」

「向こうはなんていってるの?」

「近いうちに直接会って話したいと…。こちらに来るよう伝えますか?」

「うん。ここなら、大丈夫だと思う。来るように伝えて」

「承知しました。では」
そう言うと、老齢の男性はまたスッと姿を消した。

ユリウスは力を抜くかのように、息を吐き、手元を見つめる。
そこには、学院からの手紙があった。

その手紙を握りしめる指が、わずかに震えている。

「急がないと……手遅れになる前に」
その声は、暖炉の炎にかき消されるほど小さかった
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