運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

文字の大きさ
73 / 79
第6章 王立ルミナス学院 5年目

第69話 反制度組織『UNLUX』

しおりを挟む
王都の街並みは、夏の陽射しに包まれていた。

白い石畳が光を反射し、遠くで鐘の音が静かに響く。
市場では人々の声が飛び交い、香辛料や果物の匂いが風に乗って流れてくる。

クラリスは、学院の門を抜けながら深く息を吸い込んだ。
(……久しぶりの王都。治安が悪化しているって噂、本当なのかしら)

隣には、冷静な表情で歩くカイと、腕を組んで退屈そうにしているルーク。
「で、なんで俺たちが付き合わされてるんだ?」

ルークがぼやくと、カイが淡々と答える。
「学院祭の準備のためにも、王都の空気を知っておく必要がある。合理的だ」

そのやり取りに、クラリスは小さく笑みを浮かべた。
「二人とも、ありがとう。すぐ終わるから」

その瞬間――背後から軽やかな声が響いた。
「ふふ、面白そうなことが起きそうだから、私もついてきちゃった♪」

振り返ると、栗色の髪を揺らしながらミレーユが立っていた。
涼しい笑みを浮かべ、まるで散歩にでも来たかのような軽やかさ。

「ミレーユ……どうして?」
クラリスが問いかけると、彼女は肩をすくめて答える。
「だって、あなたが行くのよ?退屈な学院より、ずっと面白そうじゃない」

ルークが呆れたように鼻を鳴らす。
「お前、ほんと自由だな」

ミレーユは、楽しげに笑いながらクラリスの隣に並んだ。
「さあ、案内してちょうだい。王都の“今”を見に行きましょう」

クラリスは、胸の奥にわずかなざわめきを覚えながら、視線を前に向けた。
(火のないところに煙は立たない――何かあるはず)

そして、4人は王都の賑わう通りへと歩みを進めた。

*

王都の通りを歩いていたクラリスは、ふと足を止めた。

視線の先――石壁に貼られた一枚の張り紙が、夏の光を受けて揺れている。
大きく書かれた文字は、黒く鋭い筆致でこう記されていた。

『UNLUX』
『運命に頼らない。自由な社会を目指す』

クラリスは、無意識に近づき、指先で紙の端をなぞった。
(……運命に頼らない?自由な社会?)

その言葉は、かつての自分なら胸を打っただろう。
だが――今は違う。
(昔なら、何も考えずに賛同していたかもしれない。でも……今は冷静に判断できる)

「なにそれ、面白いじゃない」
背後から軽やかな声が響く。ミレーユだ。

彼女はクラリスの肩越しに張り紙を覗き込み、唇に笑みを浮かべる。
「なんかクラリスが好きそうな組織ね。もしかして、あなたに関係してるんじゃない?」

クラリスは、即座に首を振った。
「無関係よ」
声は落ち着いていたが、胸の奥で小さなざわめきが広がる。

ルークが、腕を組んで張り紙を見上げる。
「UNLUX……なんだこれ?なんかの宣伝か?怪しいな」

クラリスは、視線を張り紙に戻しながら呟いた。
「……なんか危うい気がする」

カイが、冷静な声で情報を補足する。
「最近、急速に勢力を伸ばしている反制度団体らしい。創設者やメンバーは不明。王都でも噂になっている」

ルークが鼻を鳴らす。
「なるほどな。治安悪化の噂、これが原因かもな。でも騎士団が何とかするだろ」

クラリスは、張り紙から視線を外し、胸の奥で小さく息を吐いた。
(……制度を否定する声が、こんな形で広がっているなんて)

*

夕暮れ。

王都の街並みに淡い光を落としていた。
市場の喧騒も少しずつ静まり、石畳に長い影が伸びていく。

クラリスは、学院へ戻る道を歩きながら、ふと問いかけた。
「……今日見た中で、何か気になることはあった?」

ミレーユは、肩をすくめて笑う。
「特にはないわね。何も変わらないわ。張り紙以外は、退屈なほど普通だったわ」

ルークも、腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「俺もだな。騎士団が見回ってるし、変な感じはしなかった」

クラリスは、二人の言葉に小さく頷き、視線をカイに向ける。
「カイは?」

カイは、少しだけ歩みを緩め、静かな声で答えた。
「……雰囲気が違った」

クラリスは眉をひそめる。
「雰囲気?」
「前はもっと活気があった。それでいて、秩序も感じられた。王都らしい気品があったんだ」

カイの瞳が、遠くの街灯を映す。
「でも今は……そうだな、言葉を選ばずに言うと、品がない。そんな印象を受けた」

クラリスは、胸の奥に冷たいものが広がるのを感じた。
(……制度への不満が、こんな形で表れているの?)

その時――

「……待て」
ルークが突然立ち止まった。

クラリスは驚いて振り返る。
「ルーク?」

周囲を見渡すと、異様な静けさが広がっていた。
路地裏でもないのに、人影が消えている。
さっきまで賑わっていた通りが、まるで人払いされたかのように――音がない。

クラリスの心臓が、強く脈打った。
「……何、この感じ」

ルークは低く呟く。
「何だこの気配……王都で感じていいものじゃない」

彼は、剣の柄に手をかけながら、仲間たちに視線を送る。
「合図したら学院まで走るぞ。……3、2、1!」

その瞬間、4人は一斉に駆け出した。
石畳を蹴る足音が、静寂を切り裂く。

クラリスも走りながら、背後に漂う異様な気配を感じ取った。
(……何かが、追ってきている?)

胸の奥で、冷たい恐怖が膨らむ。
だが、振り返る余裕はない。

ただ――走る。
学院まで、わき目も振らずに。

*

4人は、息を切らしながら学院の門へと駆け込む。
胸の奥で脈打つ鼓動が、耳にまで響いてくる。

クラリスは、門をくぐった瞬間、ようやく足を止めた。
冷たい風が頬を撫で、汗に濡れた髪を揺らす。
「……はぁ、はぁ……何だったの、今の……」

ミレーユは、肩で息をしながらも、まだ笑みを崩さない。
「まるで追いかけられてるみたいだったわね……でも、何も見えなかった」

ルークは、剣の柄に手をかけたまま、鋭い視線を王都の方へ向ける。
「いや……何かいた。気配だけじゃない。あれは――獣だ」

クラリスの胸に、冷たいものが走る。
(獣……?まさか……)

彼女は、ゆっくりと振り返った。

学院の門の向こう、遠くに霞む王都の影。
その暗がりの中――一瞬だけ、何かが動いた。

街灯の光を反射する、異様に光る瞳。
そして、闇に溶ける黒い影。
その姿は、あの森で見た獣と――酷似していた。

クラリスは、息を呑む。
(……どうして、王都に?)

だが、次の瞬間には、その影は消えていた。
まるで、最初から何もなかったかのように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜

みおな
恋愛
 転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?  だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!  これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?  私ってモブですよね? さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

元社畜悪役令嬢、辺境のボロ城を全自動ボタニカル美容スパに大改造して引きこもる ~前世コスメで冷徹公爵を完治させたら溺愛されました~

季未
恋愛
「貴様のような悪逆非道な女は、極寒の辺境へ追放だ!」 建国記念の夜会で王太子から婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢シャルロッテ。 しかし、彼女の中身は前世でブラック企業に殺された過労で過労死したマーケターだった! (激務の王妃ルート回避!? しかも辺境は誰にも邪魔されないブルーオーシャン! 最高のフリーランス生活の始まりじゃない!) 理不尽な追放を究極のホワイト・スローライフへのパスポートだと歓喜した彼女は、あてがわれた辺境のボロ城を、前世の「DIY・スマートホーム知識」と「土・水魔法」を駆使して爆速で大改造! 隙間風の吹く部屋は、一瞬で「床暖房完備の全自動温水スパ」へ。 辺境に自生する雑草からは「極上ボタニカルコスメ」を開発し、自らも絶世の美女へと変貌していく。 さらに「お前には干渉しない」と白い結婚を突きつけてきたはずの、呪いで顔に火傷を負った氷の公爵に特製マッサージと美肌治療を施したところ……。 「お前が作ったこの空間と、お前自身が……俺のすべてだ」 冷徹だったはずの公爵様が、極上の癒やし空間と彼女の手技で完全に骨抜きにされ、異常なまでの過保護・溺愛モードに突入!? 現代マーケティングと美容チートで辺境を超高級スマート・リゾートへと再生させ、かつて自分を追放した王太子たちを大後悔させる! 爽快&極甘な、異世界リゾート経営×溺愛ファンタジー、堂々開幕!

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...