50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十四章 鋼の誓いと禁断の火

第242話 鍛冶師グレンダとの再会

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 ドワーフの都グラムベルク。その巨大な城門をくぐると、俺たちの肌を懐かしい熱気が撫でた。

 谷底から響き渡るリズミカルなつちの音、石炭の燃える匂い、そして、鉄と汗にまみれて生きる者たちの屈強な活気。
 この街は相も変わらず、鋼と炎の魂で脈打っていた。

「……変わらないな、ここは」

 俺が感慨深くつぶやくと、カズエルは周囲の工房から漏れ聞こえてくる音に、興味深げに耳を澄ませていた。

「ああ。あらゆるものが目的をもって作られている。無駄のない機能美の街だ。……ある意味、俺の構築する理式と似ているかもしれん」

「お前の理屈っぽさとな」

「うるさい」

 軽口を叩き合いながら、俺たちは見覚えのある路地裏へと向かった。
 目指す場所はただ一つ。すすけた看板と無骨な鉄の扉が目印の、あの鍛冶工房だ。

 扉を開けると、カーン、カーン、という小気味良い槌の音と共に、炉の熱気が俺たちを迎えた。
 工房の主、グレンダ・ブレイズロックは革のエプロン姿で汗を光らせながら、赤熱した鉄塊と向き合っていた。
 彼女が振るう大槌の一撃一撃が、火花を散らし、鉄に新たな命を吹き込んでいく。その光景はもはや職人技というより、一種の厳粛な儀式のように神聖ですらあった。

「――おや、誰かと思えば。噂の新郎たちが揃ってご登場かい?」

 俺たちの気配に気づいたグレンダは手を止め、額の汗を拭いながら、からかうように言った。

「ぐっ……。耳が早いな」

「当たり前さ! ドワーフの都にも王家からの布告が届いてるよ。双冠そうかんの英雄と神授しんじゅ媒介者ばいかいしゃが、ついに身を固めたってね。街じゃその話題でもちきりさ」

 グレンダはニヤニヤと笑いながら、作業台にハンマーを置いた。

「おめでとうと言いたいところだけど、わざわざここまで来たってことは……あの嬢ちゃんたちへの贈り物かい? 首飾りか、それとも髪飾りか? 記念の品なら腕によりをかけて派手なヤツを作ってやるよ」

 彼女はこの世界で一般的な「女性へのプレゼント」だと思っているようだ。俺は少しだけ言い淀んだ後、首を横に振った。

「いや、違うんだ。もっと小さくて……特殊なものを作ってほしい」

「特殊?」

 グレンダがいぶかしげに眉をひそめる。

 カズエルが俺の隣で咳払いを一つする。彼は眼鏡の位置を直すと、いつもの調子で説明を始めた。

「我々が依頼したいのは、パーティ内の連携を強化し、相互の信頼関係を物理的に証明するための、対となる装飾品だ。形状は円環状。素材は魔力伝導率が高く、かつ、永続的な加護を付与できる耐久性のあるものが望ましい」

「円環状? ……腕輪かい?」

「いや、もっと小さい」

 俺は左手を差し出し、薬指を示した。

「指輪だ。それも、俺たちと彼女たち、互いの左手の薬指にはめるための、お揃いの指輪を作ってほしい」

「はぁ? 指輪ぁ?」

 グレンダはすっとんきょうな声を上げた。

「指輪なんて魔術師が魔力増幅のために着けるか、大金持ちが権力をひけらかすために着けるもんじゃないか。そんなもん、嬢ちゃんたちに贈ってどうするんだい?」

 やはり、この世界には結婚指輪という概念がない。俺は真剣な眼差しでグレンダに告げた。

「俺たちの故郷では……生涯を共にすると誓った男女が、左手の薬指に同じ指輪をはめる風習があるんだ。心臓に繋がる血管があると言われるその指に誓いを結ぶことで、離れていても、互いの心を繋ぎ止める……契約の証としてな」

 俺の説明を聞き、グレンダは目を丸くした。
 しばらく俺とカズエルの顔を交互に見つめ、やがて、呆れたように、しかしどこか嬉しそうにため息をついた。

「なんだい、そりゃあ……。首飾りよりもずっと地味で、ずっと重たい意味があるってわけか」

 彼女は、くしゃりと頭をかいた。

「王都の布告じゃ、政治的な婚約なんて小難しいことが書かれてたけどね……。ふん、やっぱり書面だけの話じゃなかったってことか」

 グレンダは、俺たちの背後にいるはずのエルンとセリスの姿を思い浮かべるように目を細めた。

「あの気高くて腕の立つ嬢ちゃんたちに、そんな契約の輪をはめようだなんて……あんたたちも、とんだ独占欲だねぇ」

「……笑いたければ笑ってくれ。だが、俺たちは本気だ」

 俺の言葉にカズエルも無言で深くうなずく。

 すると、グレンダは次の瞬間、腹の底から豪快に笑い出した。

「あっはっは! 誰が笑うもんか! 最高じゃないか! 英雄様と神官様が、揃いも揃ってそんな不器用な誓いを立てるために、わざわざここまで来たってのが気に入ったよ!」

 彼女の笑い声が工房の鉄骨をビリビリと震わせる。

「いいだろう! その、誓いの指輪とやら、あたしが引き受けた! 金なんて二の次さ。朴念仁どもがようやく見せた男気に応えてやらなきゃ、ドワーフの名折れだ!」

 グレンダは再び炉に火を入れ、奥の棚から布に包まれた最高級のミスリル鉱石を取り出した。
 その瞳には最高の職人だけが持つ、揺るぎない誇りと、そして、二人の不器用な恋路を応援する、温かい光が宿っていた。

「最高の仕上げにしてやるよ。一生外れないくらいの、重たいヤツをね!」

 俺たちの、不器用で、そして真剣な想いを形にするための鋼と炎の調べが、この工房に響き始めようとしていた。
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