50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十六章 生命の理と世界の天秤

第276話 生命の再生、新たな火種

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 学術都市アーカイメリアの清浄な空気に満ちた生命科学研究室。
 その中央に巨大な理式りしきの魔法陣が淡い光を放ち、儀式の始まりを告げていた。

 俺たちは固唾を呑んでその光景を見守っている。
 石の台座に横たわるレオナルドとセリス。そのかたわらで、白衣の神官エリアーデがこれから行われる奇跡の術者として、静かにたたずんでいた。

「……始めます」

 エリアーデはそう告げると、保管されていたドラグハートの欠片かけらから、さらに米粒ほどの、ごくわずかな一片を慎重に採取した。

「まずは、レオナルド殿から」

 彼女はその小さな赤い欠片かけらをレオナルドの失われた右腕の付け根に、そっと置いた。

 次の瞬間、エリアーデの瞳が研究者としての鋭い輝きを放つ。

「――理式起動。魂情報ソウルデータ、読み取り開始。対象:レオナルド・ヴァルディス。部位:右腕。再構築、実行」

 彼女の宣言に呼応し、床の理式が眩い光を放ち、そのエネルギーがドラグハートの欠片かけらへと注ぎ込まれていく。
 欠片かけらは力強く脈動し、圧倒的な生命エネルギーを解放した。

 光の奔流がレオナルドの肩口に集束し、そこから信じられない光景が繰り広げられた。

 光の粒子が骨を、筋肉を、血管を、そして皮膚を、寸分の狂いもなく、完璧な形で再構築していく。まるで、時間を巻き戻すかのように、彼の右腕がその場所に織り上げられていくのだ。
 後遺症も、傷跡も、何一つない。失われる前と全く同じ、鍛え上げられた戦士の腕がそこにはあった。

「……嘘、だろ……」

 俺はその奇跡を前に、ただ呆然とつぶやくことしかできなかった。

 続いて、セリスの儀式も同様に執り行われた。
 彼女の黒く炭化していた右腕もまた、元の美しい、しなやかな腕へと完璧に再生された。

 二人はゆっくりと台座から身を起こすと、信じられないといったように、自らの、新しく、そして懐かしい腕を見つめている。
 指を一本一本、確かめるように動かし、やがて強く拳を握りしめた。

「……動く。……以前と何も変わらずに」

「この感触……。剣がまた振るえる……!」

 リハビリの必要など、まるでなかった。戦士としての感覚が魂の情報と共に完全に蘇っている。

 その光景に、張り詰めていた空気が一気に喜びと安堵に変わった。

「やったーっ! 治った! 二人の腕が本当に治ったよ!」

 ルナが歓声を上げ、二人に飛びつく。
 エルンもまた、瞳に涙を浮かべ、心からの笑みを浮かべていた。

 エリアーデも、自らが確立した理論が完璧に実証されたことに、研究者として深い喜びと満足感をその表情に浮かべている。

 儀式が終わり、俺たちはエリアーデに改めて深く頭を下げた。

「エリアーデ様、本当にありがとうございました」

「……私の生涯の研究がようやく形となった。礼を言うのはこちらの方だわ」

 彼女は穏やかに微笑むと、一つの重い忠告を俺たちに与えた。

「ですが、賢者カイン。覚えておきなさい。今回、私が証明してしまったこの技術……これはあまりにも危険なものです。ドラグハートの欠片かけらはまだ何十人という人間を救えるほどの力を残している。その事実が世界に知れ渡れば、この奇跡の触媒はいずれ大きな争いの火種となりかねません。……その扱い、くれぐれも気をつけるのですよ」

 その言葉の重みを受け止め、俺たちは研究室を後にした。

 ヴァレリウスに仲間たちの腕が再生したことを報告すると、彼は心の底から安堵したように、そして友の偉業を誇るように、静かに微笑んだ。

 俺たちは翌日にも学術都市アーカイメリアを離れ、グラムベルクへと戻ることを決めた。
 王が用意してくれた堅牢な馬車が、都市の外で俺たちを待っているはずだ。

 その夜、宿舎で俺たちはささやかな祝杯を上げていた。
 二人の仲間が絶望の淵から生還した。その喜びに誰もが酔いしれていた。
 だが、その中で、ふとカズエルが重い口を開いた。

「……なあ、カイン。今回の件、少し上手く行き過ぎているとは思わないか?」

 その一言で、祝宴の空気が静かな思索のそれへと変わる。

「俺たちがドラグハートを使って、この都市で腕を再生させることも、まるで最初から誰かに筋書きを描かれていたような。そんな気さえもするくらいに……」

「……まさか」

 俺は、はっとした。

 セイオンの真の狙い。それは俺たちを妨害することではなかった。

「……俺たちに、この肉体再生技術を世界で初めて実証させること、だったんじゃないのか……?」

 俺の言葉に仲間たちの顔から喜びの色が消え、重い沈黙が部屋を支配する。
 混沌の使徒は俺たちを利用して、世界に新たな、そして最も厄介な火種を生み出させたのだ。ドラグハートという奇跡の触媒を巡る、終わりのない欲望と争いの種を。
 その底知れないセイオンの思惑を前に誰もが言葉を失い、うつむいた。

 だが、その重苦しい空気を俺の声が吹き飛ばした。

「……それがどうした!」

 俺はあえて大きな声で笑い飛ばすように言った。驚いて顔を上げた仲間たちに俺は続ける。

「セイオンの目論見もくろみがどうだろうと、そんなことはどうでもいい! レオナルド、セリス。お前たちの腕が戻ったんだ。また二人が剣を振るう姿が見られる。俺はそれが何よりも嬉しいんだ!」

 俺の言葉にハッとしたようにレオナルドとセリスが顔を上げる。

「先のことを心配して、今この奇跡を素直に喜べないなんて馬鹿げてるだろ。俺たちの勝ちは勝ちだ。今はまず乾杯だ!」

 俺は杯を高く掲げた。そのあまりにも真っ直ぐで不器用な言葉。だが、それこそがこの場の誰もの本心だった。

「……うん! カインの言う通りだよ! 乾杯! 乾杯!」

 一番にルナが元気よく杯を打ち鳴らす。

 その声に導かれるように、エルンも、セリスも、そしてレオナルドも、ようやく心の底からの笑みを浮かべた。

「ええ、そうですね。今はただ、喜びましょう」

「はい……!」

「……ふっ、違いない」

 最後にカズエルが、やれやれといったように肩をすくめ、そしてどこか嬉しそうに俺の杯に自らの杯を、カチン、と合わせた。

「……お前には敵わないな。リーダー」

 セイオンの思惑など今はどうでもいい。
 目の前にある仲間たちの笑顔。それこそが俺たちが勝ち取った何物にも代えがたい真実の勝利なのだから。

 俺たちの笑い声がアーカイメリアの静かな夜に、温かく、そして力強く響き渡っていた。
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