悪役令嬢と黒猫のスローライフ奮闘記。今まで本当にごめんなさい… 身分を捨て、婚約破棄して、辺境に隠居するので許してください!

十花アキ

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第一章

7. 旅立ち前夜

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 昼過ぎごろ。

 タイムリミットは刻々と迫っています。

 私は鏡の前に立ってナイフを握っていました。
 ギラリとした刃が緊張感を湧き起こすので手がプルプルと震えるのを必死に抑えなければなりません。

「よーし、やります。やりますよ! ちゃんと見ててください。分かりました!? 私の潔い武士道を見せてやります!」

「わかったわかった。見てる見てる」

「ここですか!? ここでいいです!? 変な感じになったら怒りますからね」

「おそらく、たぶん、めいびー」

「真剣に聞いてるんですか!」

「うるさいなぁ、さっさと切れ」

 シピはぞんざいに言いました。

 私たちは鏡の前で口論しながら髪を切ろうとしていたのです。

 ローゼリアの白銀の長髪は、通り過ぎた者が振り向かずにはいられない美しさを持っていました。性格は歪んでいても彼女の髪の美しさは、神から与えられたギフトなのでしょう。

 しかしながら、これから旅人になろうというのにこの髪が邪魔になることぐらい私にも分かっていました。

 なによりこの白銀の長髪の存在は身分証明の代わりとして王都中に広まっていました。『この王都に白銀の美少女あり』と知らぬものはいません。

 このままでは王都脱出さえ困難です。

 もっとも髪を褒め称えさせるためにローゼリアが自分で噂を流させ、事実をことさらに誇張していたことが原因なので、自業自得なのは否定できないのですが……。

 ──下賤な民どもよ、私の髪を讃えなさい! おーほっほっほ!

 澄ました顔で儚げな美少女を演じながら、私はかつてそう思っていました。黒歴史です。

 この髪はローゼリアの傲慢さの象徴でありこの際、短くすることに些かの後悔もありません。

 ……そんなこんな、な理由で断髪式を執り行うことになったのでした。

 ショートボブくらいがちょうどいいと思い、ハサミを探したのですが見つからず、仕方なく果物ナイフでバッサリいくことにしました。

 ですが自分で自分の髪を切ったことがないので悪戦苦闘中、というわけでした。

 シピに頼ろうにも猫にはハサミどころかナイフも使えません。精々、真後ろの髪の様子を見るくらいしか役に立ちません。

 何よりこの黒猫には真剣味が足りないと私は感じていました。

「なんで貴方……猫なんです? せめてロバだったら乗って逃げれたのに……」

 私が不満を隠さない態度で、文句を口にすると黒猫はわなわなと震え出しました。

 どうやら彼はブチ切れているようです。

「な、な、な、キミ……忘れたのか? キミが『絶対に黒猫がいい!』って女神様に言ったんだろうがっ!!」

 もちろん憶えていましたが、挑発のために私はわざとしらばっくれていました。

 天使見習いのくせに、この程度の挑発に乗って感情をコントロールできないとは未熟者なのです。情緒がジェットコースターの私に言えた義理はありませんが、この黒猫だけが冷静なのは納得いかないと思うのです。

「ふん! 本当は『猫かカエル』の2択で迷ったんですからね。逆に感謝して欲しいです!」

「カ、カエルだと……」

「使い魔と言ったら……黒猫かカエルでしょう? よかったですね。カエルだったら中庭の井戸の中に放り投げているところです!!」

 黒猫は絶句して震えていました。恐怖におののいているのでしょう。私の恐ろしさが分かったら2度と逆らわないことです。

「……ところで、貴方のことなんて呼べばいいんですか。天使の名前があるんでしょう?」

 ふと疑問に思いました。黒猫の名前はシピですが、中身は生意気なクソガキといったところでしょう。この数日でこいつがどんな性格なのか分かってしまいました。

 一応、天使なので敬語で喋っていますが、いつまで維持できるのか自信がありません。

「別に名前にこだわりはない。キミの勝手に呼べばいい」

「では、今まで通り私は貴方のことをシピと呼ぶことにします」

 黒猫は特に不満そうでも嬉しそうでもありませんでした。本当に興味がないのでしょう。

「……」

「……」

 それからシピは何も言いませんでした。沈黙の時間が流れました。私は痺れを切らして口を開きます。

「ここは、『じゃあ僕はキミのことをなんて呼べばいい?』って聞くところじゃありません?」

「聞いて欲しいんだろう?」

「よくぞ聞いてくれました!」

「聞いてないんだが……」

 黒猫を無視して私は宣言します。

「これからは私のことは、ロゼと呼んでください!」

「ロゼ?」

「身分を捨てるからにはローゼリアとは名乗れないでしょう? ローゼリアなんて贅沢な名前です。私はこれからロゼとして生きていきます!」

「ふぅん、まあ、確かにね」

「必要な時はロゼ・ノワールと名乗ります」

 かつてローゼリアが名付けた黒猫の苗字を使うことにしました。「貴方と同じ苗字を名乗ってあげることを感謝しなさい!」とシピに言いそうになりましたが、心の中にとどめました。

「分かった。ではロゼ、さっさと髪を切れ」

 黒猫はどうでも良さそうに、話を本題に戻しました。

「やっぱり、ナイフで髪を切ろうなんて無茶だったと思うのです……」

「おい、早くしろ」

「よ、よし。やりますよ!」

 これ以上、決意が揺らぎそうになるローテーションを繰り返すわけにはいきません。

 私はナイフを力強く握りしめて、髪を束ねました。

「てやぁぁ」

 私が間抜けな掛け声をあげて、髪を切ろうとした時でした。

 バコーン!!

 と、轟音がなりました。

 ナイフを持った人間を驚かせてはいけません。人間の反射運動は自分の意志とは関係なく働くのです。

 私は危うく自分で自分の首を切りつけるところでした。

 驚愕して音のした方に目が向きます。

 そこには、足を天井に向けて転がっているメイドのナターシャがいました。

 彼女は、扉をぶち破って私の部屋に入室してきたのです。
 ダイナミック入室でした。

 いててて……と頭をさすり、ずり落ちたメガネをなおして彼女は顔を上げました。私と目が合います。

 暫くの間、私たちは沈黙して見つめ合いました。そして、ナターシャは何かに気付いたように、はっとして私の側まで駆けてきました。

「おやめなさい!!」

 彼女が叫んだかと思うと、私の頬がジンジンと痛みました。

 ビンタされたのです。

「あ、あの……」

「そんなことをしてはいけません!!」

 一発目のビンタの痛みを認識する前に、二発目、三発目、四発目が次々と繰り出されています。

 ナターシャは必死の形相で胸ぐらを掴んで、私に往復ビンタをくらわせていました。

「死んではいけません!」

 なるほど……ぐちゃぐちゃの部屋とナイフを握っていた私をみて彼女は勘違いしたようです。

 ご、誤解なの! と彼女に弁明しようとしましたが、なぜだか言葉が出てきません。私を正気に戻そうと必死に歯を食いしばる彼女は泣いていました。

 自分が正気かなんて結局自分では分からないのかもしれません。

 いつのまにか頬をつたう大粒の涙が流れていました。私も彼女につられて号泣していたのです。

 そして私たちは床にへたり込んで抱き合い、疲れ果てて涙が枯れるまで泣き合いました。

「茶番だな……」

 シピのやれやれと達観するような物言いに、私は「コイツ、後で絶対◯す」と思いました。
 
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