気功だけで世界を変える:クラスも勇者もいらない

佐藤祐騰久兵衛

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ミュンツフルト編

レオン・ノンジ対魔族の女

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「そうだね。本格的な尋問の時間だね。」
 ウイルヘルムは緩やかな歩調で魔族の女の方へと歩み寄る。
 その後ろには、汗だくのレオンが突っ立っている。放心状態に陥っているようだ。

 全身の筋肉が悲鳴を上げていたはずなのに、ウイルヘルムから注ぎ込まれた気が、それを一瞬で洗い流していった。
 疲労は消え、代わりに体の奥から火が灯るような感覚が広がる。
 ――これが、戦うということなのか。
 今まで拳を振るうことは、ただ能力を反映するものだと思っていた。力と速度、反応と経験、それを磨いていけばいいものだと。
 だが違った。
 ウイルヘルムの動きは、まるで舞のように滑らかで、無駄が一つもなかった。戦いがこんなにも洗練され、純粋なものだとは――夢にも思わなかった。
 この一時間、目の前で起きたことすべてが、宝石のように頭の中で輝いている。一つでも多く吸収しようと、脳が熱を帯びる。
 この世界には、こんなにも高みがあったのか。

「……っ!」
 突如、地面を蹴る音。気配が変わる。
 「おお、これなら僕もすぐ使えるかも」
 点穴を受けたはずの魔族の女が立ち上がり、足元の石製の床タイルがウイルヘルムの顔面向けて殺到する。ウイルヘルムが感心して発した言葉を置き去りにして、彼女は逃げ出した。
 レオンの意識は、瞬時に研ぎ澄まされた。
 考えるより早く、身体が反応する。
『連続ボディブースト』
 足元の空気が弾け、レオンの体は風のように駆け出した。

 ソファから飛び上がると、魔族の女は一目散に隠れ家のドアへと駆け出した。足が床に触れるたび、石のタイルへ微量のマナを流し込み、反発力を高めて跳ね返りを加速に変える。加えて、踏み跡とその周辺をすべて流砂に変え、追っ手の足を絡め取ろうとする。

 だが、レオンは流砂をものともせず、『連続ボディブースト』で何倍にも強化された脚力をもってそれを走破した。ウィルヘルムが見せた気の流れを、スキルという形で再現している。隠れ家のドアを抜けた瞬間、ナックルダスターに『ライト』をかけた。

 夜目の利く魔族の女は、暗い地下水路をひた走る。土地勘がない彼女にとっては、ウィルヘルムたちに案内されたときのルートを辿るしか道がない。

 『ランナー』のクラス補正があっても、レオンより地力が優れている魔族の女の方が早い。魔族の女は走りながら何回も振り返り、やっと追手の姿が見えなくなったと安心した瞬間……

「後ろにはいないぜ。」

 声とともに、レオンが進行方向を塞ぐ。自分より遅いはずの男に、先回りされたのだ。

 レオンたちにとって、ミュンツフルトの地下そのものが隠れ家のようなものだ。魔族の女と移動する際はわざと遠回りし、追う時には近道を使う。──スピードの差など、初めから問題にならない。

 前方から聞き覚えのある声がした瞬間、魔族の女は下水道の床を蹴り、泥水を奔流のように巻き上げてレオンに浴びせかけた。

 ──先手を譲れ。八卦の歩法で攻撃の外側を取れ。──
 ウイルヘルムの教えどおり、敵が攻撃を仕掛けようと右足を踏み出した瞬間、八卦の歩法でその側面に回り込む。脇腹に向け、手刀を振り下ろした。

「くっ……」
 逃走を優先した牽制の一撃が仇をなし、魔族の女は敵の接近を許した。とはいえ──目の前の男が、自分より遅いはずの人間が、一瞬だけ爆発的な加速と奇妙な歩法を見せなければ、牽制とはいえあの一撃は十分に有効だったはずだ。しかし逆に脇腹に一撃を喰らってしまった。

 右足は蹴り上げたまま、右後ろに回り込まれ、両手の間合いから外れたレオンに対して、何かが彼の顔面目掛けて襲いかかる。

 ──魔族にも種族の違いはあるが、尻尾がある奴はだいたい武器として使ってくる。気を抜くでないぞ──

 今までスカートに隠れていた尻尾による一撃。

ゴッ。

 かかとを軸に低くしゃがみ込むと、尻尾が頭上を掠めていった。炭素をまとわせた一撃だった。もし一瞬でも反応が遅れていたら、首ごと吹き飛ばされていたかもしれない。

 ──隠れていた尻尾こそ、殺しの一手──

 ウィルヘルムの声が脳裏に浮かぶ。

「尻尾は盲点から来る。隠してる時ほど危ない。屈め、そして叩け。」

 レオンの掌が閃く。

 カウンターの手刀。全体重を乗せた、正確無比の一撃。

 ピシッ!

 尻尾の付け根を捉えた。

「ッ……!」

 少女が声を漏らし、前に倒れそうになって、体勢を立て直した。

(効いた……けど、決定打にはなってねえ。)

 油断はできない。

 彼女が地面に片手をつき、魔力を注ぎ込む。

 ドォン!!

 地面が爆ぜ、石柱がせり上がる。土と石の嵐。レオンのフットワークを封じようとする面の攻撃。

 だが、レオンの足は止まらない。

 八卦の歩法。足に込める『連続ボディブースト』の密度をさらに高め、風のように滑り込み、石の嵐の中を回り込む。

 再び距離を詰め、手を伸ばした。

 がしっ。

 組み付く!

 一気に足を交差させ、体ごと少女を旋回させる!

(——今だ!)

 彼女がさっき創り出した石柱のひとつ。その角へ、膝を向けて——

 ガキィン!!

 鈍い音と共に、魔族の膝が石に叩きつけられる。悲鳴は出なかったが、明らかに膝の皿が砕けた音だった。

「っ……!」

 レオンの口元に安堵の色が浮かんだ——その刹那。

 ゴギッ!

 少女の拳が、炭素をまとってレオンの太腿に炸裂した。

「が……ッ!!」

 激痛。骨の軋む音がはっきりと聞こえた。

(……折れた……!?)

 視界が歪む。それでも、彼の腕は離れない。

 ──極め手は一瞬で極限までマナを連続に全身に注げ──

 ウィルヘルムの教えが、頭の奥で光る。

 残ったマナを全て、秒に何十発の密度の『連続ボディブースト』によって全身に叩き込む。

(終わらせる——!)

 筋肉が悲鳴を上げる。関節がきしむ。折れた足を身体強化でどうにか動かす。

 ただその先にある勝利に全てを賭けて。

「鶴駕……西帰!」

 レオンの身体が渦を巻く。鶴掛拳の中でも最大の攻撃力を誇る投げ技。

 彼女の重心を奪い、勢いのまま投げ飛ばす!

 ドガン!!

 地面に頭から叩きつけられた女は、そのまま動かなくなった。

 レオンもまた、膝を折り、片手で自分の足を押さえながら崩れ落ちる。

「……ふぅっ……」

 呼吸が乱れ、汗が目に入る。

「これで……タチの悪いデートも、終了ってところか……」

 意識が闇に沈む寸前、彼はそう呟いた。
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