気功だけで世界を変える:クラスも勇者もいらない

佐藤祐騰久兵衛

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ミュンツフルト編

一時間で覚える拳法教室

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「ボス……いや、師匠、よろしくお願いします!」
「余の弟子になるなら今より10倍以上強くならぬとな。まずは余の形を真似てみろ。」

 ウイルヘルムは深く息を吐き、片足を引いて鶴のような構えをとった。両腕を弧を描くように広げ、指先と手刀に鋭い気を集める。その姿は、まるで鋼の羽を持った白鶴が舞い降りたかのようだった。

「これは《鶴掛拳》──敵と正面からぶつかる技ではない。円を描き、流れを断ち、隙を穿つ拳法だ。」
 彼は静かに、しかし確実に足を運び始めた。八卦の歩法に則り、絶えず円を描きながら室内を舞うように巡る。歩は軽く、だが一歩ごとに大地とのつながりを感じさせる。床板がきしむほどの重さと、風に舞う羽のような軽やかさが同居していた。
 右手が弧を描きながら振り抜かれ、空を裂くような手刀が生まれる。左手は逆方向に添えられ、相手の攻撃をいなす盾となる。その一撃一撃はまるで鶴の翼が刃と化して斬りつけてくるようで、優美でありながらも一分の容赦もない。
 背後を取るように滑り込み、虚を突いて放たれる逆手の一閃。足元は円を保ったまま、踏み込みも後退もまるで踊るように連動する。それは技というより、呼吸と意思が形になったかのようだった。
「動き続けろ。止まれば斬られる。虚の動きで相手を誘導し、斬撃の軌道を意識させずに捻じ込む。型をなぞるのではなく、敵の裏を取る意志を持て。」

「それからもう一つ、レオン。」
 ウイルヘルムは円の動きを止めずに言った。「《身体強化》を詠唱魔法のように使っているうちは、お前の拳も足もただの力任せに過ぎぬ。全身を一度に強くするな。大事なのは、気の流れをスキルで再現することだ。」

 彼は片脚を静かに踏み込み、指先で空をなぞるようにして続けた。「たとえば歩くときは、気を股関節から踵まで、地を押し返すように流せ。拳を撃つなら、まず《丹田》に意識を集め、そこからみぞおち、肩、そして腕を通って手刀の先まで、一息で流し込むんだ。筋肉の動きと呼吸に合わせて、気が奔流のように巡ってこそ、真に《身体》が《強化》される。」

「うーん、つまり……《身体強化》の発動を一回分を丸切り体の一部にだけ使って、筋肉の動きに沿って一回、一回と《身体強化》を連発する……ってこと?」

「おお、普段の振る舞いから想像できぬほど筋がいいな。気の流れをスキルで再現するなら、そのやり方で合っているぞ。そして細かく分けられる分だけ動きの切れも鋭くなる。」
「いや待って、なんで俺正解言ったのにディスられてんの……いや、それより、そんな使い方したらマナの消費ヤバくね……?」

「うぬがかの魔族の女相手に長期戦を挑もうものなら勝機は万に一つもあるまい。だが逆に考えてみぬか?この使い方なら、うぬの18万以上あるマナを造次顛沛ぞうじてんぱいの間に相手に叩きつけることが出来る……違うか?」

「ゾウジテンパイという呪文の意味はおいといて、一回の攻撃に《身体強化》を何回も発動すると、単純計算で攻撃力は何倍にもなる……かな?」

「攻撃力だけでなく、移動も数倍早くなり、今よりずっと小回りがきくようになる。」
 ウイルヘルムが話を締めくくったかと思われたとき、さらに一言を追加した。
「これから《鶴掛拳》と《身体強化》連発の稽古をつけてやる。1時間でどこまで学べるかが魔族への勝利の鍵ぞ。」
「でも……タリンゴスは食事を持ってくるって……」
「むろん食事抜きだ、当たり前であろう?」
「え~~~」

(筋肉の動きに沿ってスキルを局部的に発動させる……影も体に染み込ませてこのように使うと、新しい技が出来る気が……)
 ティージは顎に指を添えたまま、無意識にもう一本の腕を動かしてみる。肩から手首へと意識を巡らせながら、まるで何かを組み立てているように小さく動作を繰り返していた。

 タリンゴスが、近くにある「安くて、ギリギリ食中毒にならない」屋台から、肉巻きポテトなどの料理を買って戻ってきた。
 レオンとウィルヘルムを除く四人は、さっそく昼食を始める。自称・メディナは点穴を受けたまま、ソファに沈んでいた。

「メディナさんの分も買ってきたけど……どうする?」
 タリンゴスが口に肉を運びながら尋ねる。
「こんな粗末なメシ、魔族様のお口に合うわけないだろ。俺たちで分けて食おうぜ。」
 スリハンは、あまりの勢いで料理をかき込んでいた。
 うまくない飯を食うときの癖だ。

 ティージはまだ新しいスキルの開発に頭を悩ませていて、食事がほとんど進んでいなかった。

「早く食べないと、俺がティージの分まで食っちまうぞ。」
「えっ……あ、ああ、ごめん。考え事してた。」
 食べ物にうるさいスリハンが珍しくそんなことを言うので、ティージは一瞬意表を突かれて瞬きをした。
 ソファの方にちらりと目をやってから、彼の意図を察したように、慌てて食べるペースを上げた。

 ポマニもタリンゴスもスリハンの言おうとしたことに気づいたらしく、黙々と料理を口に詰め込む。

 慌ただしい食事が終わって、一息つく四人。隣の部屋にはウイルヘルムとその指導の下で訓練に励んでいるレオンがいるが、スリハン以外になんの音も聞こえてこない。余計に大きい廃屋を隠れ家にしたことがかえって幸いした。

「……タリンゴス。俺ら、今1000万持ってて、これから9000万稼ぐんだよな?」
 安物のシードルで料理を流し込むスリハン。

「え?ああ、そうだが、どうした?」
 首を傾げるタリンゴス。

「だったらもっとマシなところから食べ物買ってくれよ。俺、見張り担当で買い出しに行けなくて悪いけど」
 とあんまり悪く思っていなさそうなスリハンが文句を垂れる。

「そういえば、死んだ扱いされてるリナさんは偽名を使ってこの近くでパン屋をやるらしいぞ。店出来たら食べに行ってみよう」
 ティージはヨルビクに言われた婚約者自慢を思い出した。

「リナさんを執拗に追っていた『黄小町』の背後には確か『月下美人会』がいるんだよな?……あそこも影魔石流通会に出てくるんだろ?」
 ポマニが言葉をこぼした。
「俺らはこれからそんなやつを敵に回すんだぜ?」

「ふん。そんな女の敵みたいな組織、流通会の後でぶっ潰す!そしたら、ヨルビクとリナさんの死亡認定も無意味になるけどな、プハハ」
 何がツボったか、ティージは軽く笑い出した。

 しばらく駄弁っていると、スリハンは立ち上がりながら、欠伸の息と共に言葉を吐き出した。
「そろそろ時間か。」

 それが合図だったかのように、レオンが居間と食堂を隔てるドアを開けて、ウイルヘルムと前後して食堂に入ってきた。

「そうだね。本格的な尋問の時間だね。」
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