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第一章
第14話 信也の相談
しおりを挟む部屋の入口部分に陽子が【物理結界】を張り、蓋をする。
今の所、目の前で急にモンスターが沸いてきた、ということはなかったので、とりあえずこれでこの室内は安心といった所だろう。
最初の検証時に確認できた訳ではないが、本人の感覚によるとこの結界は数時間どころか一日位は持ちそう、との事だ。
ちなみに展開した結界に攻撃が加えられると、離れていてもそれを察知できるらしい。
もちろん、この結界が破られれば中まで侵入される恐れはあるが、少なくとも破られるまでの間に迎撃体勢をある程度は整えられるだろう。
それと、部屋内にモンスターが沸いてきた時の為に、就寝する際には交代で見張りを行うことが決まった。
ようやく一息ついた彼らは、学校にある視聴覚室ほどの大きさの部屋にまばらに散って、話しをしたり一人体を休めていたりと様々だ。
だが途中までリーダー的役割だった信也は、先ほどのゴブリン戦から物憂げな表情のままで、周囲に向けて無自覚に近寄るなオーラを発している。
幾人かはそんな信也にも話しかけたのだが、返事は返って来るものの一本調子なその様子にすぐに去っていく。
即席グループなので仕方ない事ではあるが、そういった人間関係の齟齬は随所に見受けられた。
信也が万全な状態であれば、それぞれの内心はともかく表面上だけでも今よりはマシになっていたかもしれない。
しかしゴブリン戦で信也の代わりに指示をしていた北条は、とくにそういったグループを纏めるとか、コミュニケーションを積極的に取っていくという事はしていない。
石田と楓は基本部屋の隅で背景と化しているし、長井は一歩下がった場所から他の面子をじっと見つめている。
陽子はその長井の視線から逃れるように、慶介に積極的に話しかけていた。
唯一社交的な行動をしていた大人はメアリーひとりだけという有様だ。
逆に子供側は順応性が高いのか、昨日までとは打って変わった今の状態に少しずつ馴染みつつあるようだ。
そんな中、メアリーは龍之介や咲良らからファンタジー小説での定番や、昨今の異世界もの作品についてのレクチャーを受けている。
「つまり、"鑑定"ってスキルがあれば他人の能力なんかも確認できたりするんだよ! もう異世界ものでは定番って言えるスキルじゃねーかな。あの最初のスキル一覧に"鑑定"があったら、真っ先に選んでたんだけどなあ」
「でも、作品によって結構扱いも違ったりするわよ? 『修哉物語』では途中から"鑑定妨害"とか"鑑定遮断"とかが出てきて、結局戦ってみないと強さが分からくなっていったし」
これまでの口ぶりから自分には"鑑定"のスキルがないと明かしてしまった事に、気付いていない様子の龍之介。
そんな彼に少し離れた所から視線を送った者もいたが、龍之介はその事に気づく様子もない。
「いやー、そうとも限らねーぜ? 『鑑識課に配属されたと思ったら異世界に飛ばされちゃいました!?』なんて、まさに"鑑定"のスキルだけで成り上がっていくし、『転生したら魔法の才能があったので、もう好き勝手に生きる事にした!』だって…………アレ? タイトルは憶えてるんだけど中身がでてこねーな」
奥歯にものが挟まったような表情を見せて必死に思い出そうとする龍之介だが、結局思い出せなかったのかとりあえず話を続けた。
「……まあ、ちょっとさっきのは思い出せなかったけどよ。オレが言いたいのは、割合で見たら鑑定スキルが重要な扱いされてる作品のが多いっちゅー話なわけよ」
「まあ、確かにそれはそうかもしれないけど……。って、アンタが言ってた奴、私も気になってきたわね。あれよね? 書籍化も漫画化もされてて、『好き魔!』とか略されてた奴で……」
今度は咲良がうーんうーん唸りだしたが、記憶の引き出しをひっ繰り回しても臨んだ記憶が見つからなかったようだ。
三人の近くでは由里香と芽衣も大人しく話を聞いており、他に話す人もいなかったので、彼らの声は余り広くない部屋中によく響く。
「お腹減ったぁーー」
小一時間程そういった話が続き、少し話がとぎれた所に由里香の空腹を訴える声が響く。
「あ、すいません。僕もお腹すいてきました」
なんだか妙に陽子に絡まれている慶介のその声を皮切りに、皆ごそごそと袋の中から食料と水を取り出し、味気ない食事の時間となった。
その食事は、ただでさえよく動いていたというのに、飽食の日本で暮らしていた彼らにとっては到底満足できる量ではなかった。
かといって道中で獲たネズミや蝙蝠の肉を食べる気にはなれなかった彼らは、食事後は夜の見張り当番について話し合ってから、すぐにも就寝時間となった。
▽△▽△▽△▽△
深夜遅く、見張り番の交代時間となり引き継ぎが行われていた。
陽子と信也に変わり、北条と石田へと交代しようとしていたが、そこに思いつめたような信也が話しかける。
「……里見さん。申し訳ないが、ちょっと通路で北条さんと話したい事があるんだ。一時的に結界を解除してもらってもいいかな?」
「え、でも……」
「頼む、そんなに時間はかけないようにするので……」
と頭を下げる信也に、押しに弱い所がある陽子はつい了承してしまう。
「北条さんはどうだろうか?」
尋ねられた北条は、同じく交代予定だった石田の方をちらっと見て反対意見がなさそうなのを確認すると、
「まあ……少しならなぁ」
と短く答える。
本来防衛線である結界を外すのも、二人だけで通路に出向くのも危険な行為だ。
信也の提案に他の三人は苦い顔をしてはいたが、結局押し通られる形で二人は通路の少し奥、会話が部屋まで届かなくなる所まで移動した。
「…‥で、何だぁ?」
移動はしたもののすぐに話しかけてくる様子のない信也に、早くしてくれとばかりに北条が問いかける。
「……要件は想像出来ているかもしれないが、あのゴブリン戦の事だ」
そう語るその表情は辛そうなものへと変わる。
「貴方はあの状況でもぶれる事なく指示を出し、接近戦になってからも積極的に動いていた。貴方だけじゃない、まだ年若い中学生の女の子ですらそうだ!」
段々と感情的になっていくのを抑えられない信也。
「それに比べて俺は……思っていた以上に人型という事に衝撃を受けた。もちろん奴らの見た目は人間のソレとは違っていた。しかし、まだ忘れられないんだ……。あいつを斬った時の感触が、今も残ってるんだ!」
そうしてじっと手を見つめる。
信也の瞳はその手に返り血を幻視していたのかもしれない。
「それなのに、何で貴方や他の皆は平気で奴らと戦えるんですか? 俺には……到底真似できそうにない」
そう言って沈鬱な表情のまま俯いてしまう。
これまで黙って聞いていた北条はそんな信也に、
「別にぃ皆平気で戦っていた訳でもないだろぅ。剣術ボーイは明らかに力が入り過ぎていたし、鉄拳娘も最初のゴブリンに強烈な一撃を放った後に、少し動きが止まっていたぁ。俺だって素手で武器を持った相手に突っ込んでいくのは怖かったぞぉ」
北条は"ライフドレイン"が一番の武器なので、短剣は基本腰に差したまま魔物と戦っている。
また相手が人型となれば、もし短剣を奪われてしまった場合には厄介な事にもなってしまうだろう。
「まぁ、お前さんの言いたいのはーそれとはちょっと違うかもしれんが……。結局の所は、気の持ちようとしか言えんなぁ。要は慣れるしかないだろう。ゴブリンなんてこの手の世界では定番だぞぉ? これから何度も戦闘を繰り返していけば、嫌でも多少は慣れていくさぁ」
「慣れ……ていきますかねぇ?」
内にため込んでいたものを幾らか放出できたのか、若干生気を取り戻してきた様子の信也。
「出来なきゃー、この世界を生き抜いていくってのは難しいかもなぁ。ゴブリンもそうだが、この手の世界では他にも定番な奴らもいるだろうしなぁ」
「定番……ですか?」
「あぁ、もっともこの世界に限らず俺たちの世界でも昔はよくいたし、今でも存在しないってことはないだろうが……」
訝しんだ表情の信也はその「定番」について思い至らないようで、疑問符を浮かべている。
そんな信也に北条が答えを告げる。
「山賊だよ。貧しい村でくいっぱぐれた奴らや兵隊崩れなんかのなれの果てだな。ゴブリン相手にあの調子だと、実際に人間と敵対した時に使いもんにならんぞぉ? 今のうちにゴブリン相手に少しでも慣れておくことだな」
………………。
…………。
……。
▽△▽
北条との話を終え部屋まで戻ってきた信也は、改めて見張り番の引継ぎをしてから横になる。
北条のあの言葉は気にかかるものではあったが、ゴブリン問題について考えた時に無意識にその可能性は気づいていた。
(何時かこの手で人を殺す時も来るかもしれない)
その思いがあったからこそ、信也はあそこまで取り乱してしまったといえるだろう。
それに魔法で遠距離から攻撃するだけの後衛に比べ、刃物で人型の生物を切り刻むというのは受ける衝撃も異なる。
「しかし、慣れていかないとな……」
ぼそりと呟くその声を耳にする者はなく、やがて睡魔に襲われた信也は意識を閉じていく。
密かに向けられていた視線に気づくことなく……。
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