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第三章
第58話 通りすがりのエルフの女
しおりを挟む「っち、なんだ次から次へと。てめーもこいつらの関係者かー?」
「いや、違う。偶々居合わせただけだ」
「なら、さっさと失せな!」
ガングズがエルフの女に忌々しそうに尋ねるも、エルフの女からは素っ気ない返事が返ってきた。
その返事を聞いたガングズは脅しをかけながらエルフの女に立ち去るように警告するが、全く取り合おうともせず寧ろこちらへと歩み寄ってきた。
「何しれっと近づいてきやがる。てめーには関係ねー話のはずだ。痛い目に会いたくないなら――」
「確かに私には関係ない話だが、話自体はよく聞こえていた。そして彼らの言い分に二つほど同意出来たのでこうして干渉している」
そう言い放ち、陽子達を守るように位置取るエルフの女。
見た目はエルフだけあって非常に整っていて、ロングに降ろしたプラチナブロンドの髪は腰まで届いており、陽の光を浴びて透き通るような輝きを放っている。
身長は陽子からみて少し高そうに見えることから、百七十センチ以上はあるだろう。
痩身でスラッとした体型をしており、その全体的な美しさはまるで芸術品のようでもあった。
ただ、肉感というものはほとんど感じられず、水泳の選手だったならば胸の部分の抵抗が少なくて、好タイムを出しやすい事だろう。
エルフ特有の笹穂型に尖った耳も健在で、平時であればファンタジーのド定番であるエルフに出会ってテンションも上がっていたはずだ。
しかし今はそんな余裕は陽子にはなく、エルフの女はその蒼い切れ長の目と冷たい表情で男達三人を見つめている。
特に何をしたという訳でもないが、エルフの女が醸し出す雰囲気に呑まれて男達は二の句が継げないらしい。
「ひとつ目は、お前達の方から彼らにぶつかっていったという点だ。……ケガをしたと主張するそこの男の動きを見れば、本当はケガなどしていない事はすぐに分かる。そしてもうひとつ。お前達が最低な人間であるという事も全くの同意見だ」
「っっ、黙れこのクソエルフがああ!!」
先ほどまで信也を執拗に痛めつけていたモブスターがエルフの女の言葉に激高し、加減など一切ない拳を放ってくる。
しかしエルフの女は放たれた拳を躱し、左手で相手の前腕を掴むと強引にねじり上げた。
「ぐっ、ぐうああああああ」
たったそれだけで男の右腕は前腕部分で不自然に折れ曲がっていた。
苦しそうな声を上げながら、左手で具合を確かめるようにその折れ曲がった部分に触れるモブスター。
途端、激痛が彼を襲い、再び大きな叫び声があがった。
しかしそんな事をしてる間にも、更にエルフの女の追撃の蹴りが腹部へと命中しモブスターはあっさりと意識を手放した。
「て、てめええええっっ!」
その様子を見ていたガングズが慌てた様子でエルフの女に殴りかかってくる。
その動きは、百九十センチの大柄で体重も軽く百キロは超えているであろう巨漢の男とは思えない程素早い動きであった。
しかし、女エルフの影を踏むことすらできずさらりとかわされる。
直後その狙いやすい横っ腹に蹴りが突き刺さると、ガングズは胃の内容物を盛大にまきちらしながらくずおれた。
その一発の蹴りでガングズの意識をも刈り取ったらしく、その後動く様子は見せない。
ガングズへと近寄り、意識の有無を確認しているエルフの女。
「…………」
そんな彼女に向けて、ケガをしたと喚いていた男三人組の最後の一人、デリンクが腰に佩いていた短剣を投擲してくるが、エルフの女は無言でその短剣を人差し指と中指で挟んで受け止めると、そのままの勢いで投げ返した。
「ってえええ!」
ナイフはデリンクの右太ももに深く刺さっており、体重を右足の方にかけるだけで体の内部を走る痛みがデリンクを襲う。
だがそんな痛みを忘れる位の痛みが更にデリンクを襲った。
いつの間にか目の前に移動していたエルフの女が、デリンクの腹部に向けて突きを放っていたのだ。
明確に狙ったかのように何発か放たれたその突きは、確実にデリンクのあばら骨を一本ずつ砕いていった。
その痛みに思わず足をジタバタさせてもがき苦しむデリンク。
「そうだ。あばら骨が折れると普通はそういった反応を見せるものだ」
冷酷に言い放つその声に、デリンクは背筋をゾーッとした怖気に襲われる。
そして今も常に襲い続ける痛みとも合わさって、猛烈な吐き気を催してきたデリンクは、ガングズ同様に今日の朝食だか昼食だかを吐き出し始める。
そんな七転八倒しているデリックに対し、エルフの女は丁度つかみやすい位置にあるデリックの首根っこを掴んだ。
すると、ゲーゲー言っていたデリンクはそれだけでパタンっと地面へと倒れ込んだ。
あっという間に三人の男をのめしてしまったエルフの女に、陽子も慶介も唖然とした表情を崩せない。
だがエルフの女性は流れ作業のように、次は倒れ込んで以来反応もなくなっている信也へと近づいていく。
そして、
「生きとし生けるもの全てに宿る生命の精霊よ。この者のケガを癒し、再び生命の脈動を取り戻して」
そう口にすると、信也の体の周辺が微かに光を放ち始める。
『生命の精霊』とやらの姿を見る事はできないが、"回復魔法"や"神聖魔法"と同じように、その光が放たれた部分の傷が徐々に癒えていくのが、傍目でも理解できた。
その回復効果は信也が重傷だったせいなのか、或いは『生命の精霊』の治癒は他の治癒魔法とは違うのか、少しゆっくりとしたように陽子には思えた。
しかし一分ほど経過した頃には、ほとんど聞こえなくなっていた信也の吐息が再び聞こえ始め、どうやら信也は無事に助かったようだった。
「これで……命に危険はないわ。出来るならヒーラーにも見てもらうことね。それと、ああいった輩に絡まれた場合は、即座に人通りの多いところに逃げることをお勧めするわ」
とだけ口にすると、エルフの女は後ろを振り返りもせず、すたすたと路地の奥へと歩いていく。
その様子はまるで先ほどの出来事が些事であったかのように余裕綽々としていた。
やがて二十メートル以上も離れた所でようやく陽子も我に返ったのか、
「あ、あのおおお! ありがとおおございましたあああ!」
と大きな声で感謝の意を伝える。
その声が聞こえているのかいないのか、エルフの女はそのまま路地を抜けその姿は遠く見えなくなっていった。
「ふうぅ……」
陽子はようやく危機が去ったという実感を感じる事ができ、重く、長い溜息を吐いた。今回の件については衝撃的過ぎて、色々な考えが頭に浮かんでは消えていく。
だが、意識を失っているとはいえまだ三人の男達は目の前で倒れており、まずはこの場所から離れる事が先決だった。
「和泉さん、和泉さん」
魔法で治癒してもらった信也の肩を、半泣きの状態で軽く叩きながら呼びかけていた慶介は、生命反応はあるものの目覚める様子がない信也に困り果てた顔を見せていた。
慶介は陽子同様に、自分の無力さを嫌というほど味わっており、危機を脱したとはいえ未だにその顔には悲痛そうな表情が消えることはない。
そこに同じような表情を浮かべた陽子が近づいてくる。
陽子は一先ず離脱を優先させようと、信也を抱え起こそうとする。
それからおんぶするような体制に移行してから、その場を立ち去ろうとした。
しかし、ただでさえ女性である陽子からしたら、男性の信也の体は重く大きい。
それに加え、意識を失った人間の重さというのは厄介だ。
そこで陽子はようやく"付与魔法"の事を思い出し、自分自身に【筋力増強】の魔法をかけた。
その効果は大きく、先ほどまでよれよれといった感じで引きずっていたような状態だったのが、しっかりとおんぶして歩けるようにまでなっていた。
「はぁ……。せっかく魔法を覚えても肝心な時に使えないようではダメね」
小さく陽子はそう呟くと、次はもっとうまく立ち回ってみせる! と固く心に誓う。
陽子の呟いた小さな声は、しっかり慶介にも届いていたようで、その瞳に小さな決意の炎が微かに灯った。
そして苦い経験を味わった二人は、信也を背負いながら大通りへと抜けていくのだった。
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