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第三章
第63話 悪魔
しおりを挟む「――それで、途中までは私がおぶってきたんだけど、帰り際に和泉さんが意識を取り戻したから、肩を貸しながらギルドへと向かっていた所で中から北条さん達がでてきたのよ……」
陽子が一通り話を終えると、大人しく聞いていた他の仲間達は雑多な反応を見せていた。
龍之介や由里香などは、信也達を襲った男達に対して強い憤りを覚えており「そいつら見かけたら俺がぶっとばしてやる」などと息巻いている。
楓や咲良、メアリーなどの女性陣は身内に起こった理不尽な暴力沙汰に、どうしようもない不安感を抱いているようだ。
一番の被害者である信也は途中で意識を失っていたので、その間に何があったのかを把握する為に、陽子の話を聞きながら運ばれてきた食事を口にしていた。
"回復魔法"の治癒力は地球の医学ではありえない回復力であり、すでに食事を取っても大丈夫な位に信也は回復している。
というよりも、大分出血していた為に体内の血液が不足しており、それを補うためにも体は食べ物を欲していた。
実は、"神聖魔法"には存在しないが、"回復魔法"には【ヘマトポイシス】という血液を作り出す魔法がある。
だが、メアリーはまだ使用する事ができなかったので、とりあえず【癒しの光】と【ボーンリジェネレーション】という骨に対してより回復効果を発揮する魔法だけを使用してある。
【ボーンリジェネレーション】はシディエルに教わった基本魔法のひとつで、こちらは何度か試したところ無事発動してくれたので、信也に対して数か所使用されていた。
なおこの骨部分に有効な治癒魔法というのも"回復魔法"特有のものだ。
「護衛のつもりでついていったのに、この様だ。面目ない」
鎮痛な面持ちで謝罪する和泉。
その顔色は未だにかなり悪いが、意識もはっきりし言葉も問題なく発音できるようにはなっていた。
「そんなことないよ! あの時も和泉さんは僕らを守ろうとしてくれてたし」
慶介の目を見れば、他意がないことは明らかで、純粋に和泉に対して感謝しているようだった。
「そうよ! 元はといえば私が能天気に街を歩きたいなんて言わなければ……」
「だが、しかし……」
今回の場合、早い段階で意識を失っていた信也より、それを間近で見ていた陽子と啓介の方が感じるものは多かった。
信也が痛めつけられるのを目にするたびに、陽子は己自身の軽挙さを呪った。
慶介も信也が痛めつけられている状況よりも、その状況で何も動けない自分自身に絶望を感じていた。
「はいはい、そこまでだぁ。委員長気質の真面目な和泉には、そう簡単にその気持ちを払拭できるもんでもないだろぅ。それよりは、今後同じような事態が発生したときどうするべきかを話し合った方が建設的じゃないかぁ?」
言い募ろうとする信也を遮って北条がそう口にすると、さしもの信也も言いかけていた言葉を奥に飲み込んだ。
「でも……そういう連中に絡まれちゃうのはどうしようもなくない?」
この街の治安レベルは日本のソレとは比べるべくもないほど悪い。
陽子達がからまれたのも、裏路地ではあったが付近には住宅や宿屋なども立ち並ぶ、この街ではありふれた通りのひとつ。
別にスラム街に足を踏み入れた訳でもないのだ。
「今回の件は不幸でしたが、あの辺りでそういったたちの悪いのが出没するとは……。これはギルドを通して新人達に注意を促したほうがいいかもしれません」
この街の生まれであるジョーディとしても今回の件はやりすぎという判定だったようだ。
この街では喧嘩程度なら日常茶飯事ではあるが、地面に倒れた意識のない相手を更に痛め続けるような喧嘩はそう頻繁に起こるものではない。
というか、そこまで行ったら喧嘩ではなく最早暴行事件だ。下手すれば殺人事件にも発展しかねない。
その後もあーでもない、こーでもないと話を続けた結果、結局これといった策が浮かんで来る事はなかった。
今まで通りスラム街などの危険な場所は避ける、複数人で行動する、それからひとつ追加で、助けてくれたエルフの助言に従って、すぐに人通りの多いところまで逃げる、といった所だろうか。
「そういえばその助けてくれたという女エルフですが、もしかしたら『氷の魔妖精』かもしれませんね。だとすると、相手の男達はこの街の者ではないのかも」
「んー? こおりのまよーせー? なんかどっかで聞いたことあんなー」
龍之介が右手を顎にあて首を傾げながら考え事をしているようなしぐさを取る。
それは少しコミカルさが感じられ、暴行事件で沈んでいた彼らにとって、曇りの日の厚い雲から覗く、僅かな晴れ間のようでもあった。
もちろん意図してそういう態度を取った訳でもない、って辺りが龍之介らしいといえばらしい。
「ほら、あのハ……ギルドマスターが言ってたでしょ。確かこの街唯一のAランクの冒険者だって」
一瞬何かを言いかけて慌てて言い直した咲良。
それを聞いて龍之介もようやく思い出したようで「あー、そーいえばあったなあ。そんな話」と、耳掃除していたら大きい塊が取れたみたいなスッキリ顔で頷いていた。
「話を聞いた感じ、三人組の男も今の私達が一対一で戦って勝てるか分からない感じだったのに、それを軽くひねるように倒すなんて凄いわね」
咲良の声を聞きながら、メアリーはやはり自分も何か近接系の戦闘方法を持つべきだと考えていた。
そしてそれは陽子も同様だった。
特に今回はせっかくの魔法も使用することなく終わってしまった。
"結界魔法"だけでも使えていたら結果は変わっていたかもしれないのに、と陽子は強く反省している。
多くの反省点や課題を浮き彫りにした信也暴行事件であったが、幸いにも死者が出る事はなかった。
もしこれが、街への移動の最中に山賊などに襲われていた場合、下手すれば死者が何人か出ていたかもしれない。
この苦い体験も糧とし、彼らは今日の一番の目的であったダンジョン報奨金を受け取るため、ゴールドルの執務室へと移動するのであった。
▽△▽△▽△
「オラオラアアッ!」
「フッ! ハッ!」
ギルドの訓練場では、幾人もの冒険者達が訓練している声が聞こえてくる。
ゴールドルから無事ダンジョン報奨金である十金貨――ひとり八十銀貨で分配し、残り四十銀貨を共用資金とした――を受け取った彼らは、信也暴行事件の事を踏まえ、予定を変更して各々訓練場で訓練をしていた。
また全員揃ってもいたので、全体で共有すべき情報などもこの場で話し合われ、レベル上限の話や転職の話を龍之介や咲良が興味深そうに聞いていた。
そして午前中とは打って変わって訓練用の武器置き場から杖を持ってきて、えいやあと振り回している芽衣や「これが良さそうですね」と言いながら、メイスを振り回しているメアリー。
苦無は流石に置いてなかったので、木製の短剣を両手にひとつず持ち由里香と模擬戦をしている楓。
術者なので前にでて戦う事が少ないだろうと思われる陽子と慶介は、とりあえず接敵された時用に短剣を持って、お互いへっぴり腰ながらも模擬戦をしていた。
対して咲良と石田は杖を手に芽衣と同じく振り回したり、突いてみたりと具合を確かめている。
そんな中、そんなのもおいてあったのか、というような武器を使っている者がいた。
鞭を手にしてご機嫌な様子で振りまくっている長井だ。
持ち手の部分は革で覆われた棒状になっていて、その先からは練習用に柔らかい素材で作られた百五十センチ程の紐状になっている。
誰しも口には出さなかったが鞭を振り回す長井をみて、
『似合ってるなあ……』
などと内心思われていた。
あとは、午前中に槍士のロゥと戦って少し自信を付けていた龍之介が、北条に模擬戦を挑み、その結果あっさり負けてしまったりと全員自らを鍛える事に注力した午後となった。
ちなみにジョーディは再びゴールドルとお話中で、体調がまだ完全ではない信也は、それでも軽く素振りなどをしていた。
その表情は厳しく、未だに自分の不甲斐なさを責めている様子が見受けられた。
あれだけの暴力を受けて、心が折れていないのは、相手の理不尽さに対する強い憤りがあったためだ。
でなければ、今頃は怯えて宿屋の隅で震えていたに違いない。
それと信也は魔法を使うだけなら大丈夫だろうと、魔法の練習にも参加していた。
慶介も同様に【水弾】を放っているが、周囲の人の反応を見る限り、どちらも威力が高いようだ。
最初の頃、ジョーディが言っていた"天恵スキル"という生まれながらに保有しているというスキル。
あの時は職業に就いていないのにスキルを持っている事への言い訳として、みんな天恵スキルを持っているという話に持っていったのだが……信也や慶介の魔法の威力を見た感じ、最初に選んだ二つのスキルに関しては実際に天恵スキルと同じ効果なのかもしれない。
『ええ、極僅かな選ばれた人は、生まれた時からスキルを持って生まれる事があるんです。しかも、同一のスキル持ちと比べても、天恵スキルの方が効果も強く、まさに神に愛された方達です』
信也も慶介もまだレベルは低いし、咲良の"エレメンタルマスター"のような魔法の威力が上がるスキルも所持していない。
この発見については異邦人達の間で情報が共有され、「つまりオレは剣の天才って訳だな!」と龍之介が調子こいた発言をしたりしていた。
その後も訓練は続き、数時間が経過して夕日も大分落ちかけてきた頃、ようやく訓練を止めて家路へとつくこととなった。
なおジョーディはまだゴールドルと話しがあるようで、後で直接宿に戻って来るとのことだ。
そして宿へたどり着き、夕食までの短い間を小話などをして過ごしていると、ジョーディもようやく帰ってきたので、みんなでまとめて夕食を取る事になった。
その夕食の最中、資料室で読んだ本の事へと話題が移る。
主にメアリーがメインとなって話を進めていたが、ふと北条がみかけたという昔話に出てくる"悪魔"についてへと話が変わる。
"悪魔"とは何を考えているか分からないが、人間に仇なす高い知能を持った魔物の種族として知られており、その恐ろしさは各地で幾つも伝えられている。
現に今でも『パノティア帝国』では定期的に悪魔が人々の住む村や町を襲い甚大な被害が出ているとの事で、ただの昔話では済まない。
その話に興味を覚えた龍之介が更にジョーディに詳しく話を聞いていると、なんでも『パノティア帝国』では数十年前から『ゴドウィン・ホールデム』と名乗る高位の悪魔が暴れており、その度に討伐軍や腕利きの冒険者が討伐に向かうのだが、全て返り討ちにされているらしい。
過去に討伐に向かった者の中には、Sランクの冒険者までもが含まれており、それでも倒す事ができなかったその悪魔は帝国の大きな悩みの種のひとつだ。
ただ、完全に帝国を滅ぼそうとするような動きはせず、ある程度暴れたらまたしばらく大人しくなるので、今の所は臭いものに蓋をしているような状況だ。
「Sランクの冒険者というのは職業を三つ持っている……つまり、レベル百一以上という超人ですからね。そんな人でも敵わない悪魔なんて最早誰の手にも負えないんじゃないですかねえ」
あくまで帝国での話なので対岸の火事といった所だが、悪魔は別にそれ一体だけではない。
帝国にいるのはかなり高位の悪魔と推定されているが、それと同等か近しい強さの悪魔は別にどこにいてもおかしくはない。
「ん? Sランクになるにはレベル百一以上にならねーといけねーのか?」
先ほどのジョーディの話で気になった、ふとした疑問をぶつける龍之介。
「はい、そうですね。それだけが条件ではありませんが、必須条件のひとつではあります」
「かー、まじかあ。オレがSランクになるのは一体いつのことやら」
随分と気の早い事だが、目標を大きく持つのはそう悪い事でもない。
その後も雑談を交えながら夕食を終えた彼らは、部屋へと戻り日本で暮らしてた頃よりも早い時間に就寝を取る事になった。
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