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第四章
第76話 旅立ちの準備
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「私、この世界で上手くやっていけるのかな……」
夜、人々が寝静まった頃、トイレの為に起きた陽子は思わずそう呟いてしまう。
信也が襲われた時も、目の前で惨殺死体を見た時も、まるで夢でも見ているかのように現実感がなかった。
どこか自分には関係のない世界で起こった出来事だ、そう思い込もうとしていたのかもしれない。
しかし、昼間の光景は今もこうしてハッキリと思い出せる。
無残に食い殺された鉱夫達の残骸。それらは皆恐怖に怯えた表情をしており、暗い瞳が生者を妬んでいるようにも見えた。
それらの後継を思い出す度に、気持ちの悪さと同時に、現実という目に見えない壁が迫ってくるように陽子には感じられた。
それは感情とは別の、論理的な思考を司る部分が、必死にこの世界での生き残る道を示そうとしているかのようでもあった。
『呑まれているだけで何もしなければ、お前もいずれこうなるぞ』、と。
陽子は現状では、直接攻撃に関係するスキルを得てはいない。
だが例え攻撃魔法や攻撃スキルを持っていたとしても、実際にその場面で使えていたかどうかは怪しい。
いや、恐らくは何もできずにいただろう。
しかしそのままではマズイのだ、という思いが日に日に高まっている。
「意識を変えていかないと、ね。私が慶介君を守るんだから」
トイレから戻り、部屋の扉を開ける前に最後にそう呟くと、部屋へと戻り鍵を閉め、陽子は眠りへとつくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
人々が寝静まる夜遅く、床に就きながらもいつものように快眠する事もできずに考え込んでいる少年がいた。
しかしすでに考える事が尽きてきたのか、或いは頭が余りよくないのか、さっきから同じような事を堂々巡りで考えてを繰り返している。
「要するにオレが強くなりゃーいいんだけどよ……」
これまで常に、出どころ不明の自信に溢れていた龍之介であったが、ここの所はその自信にも陰りが見え始めていた。
魔法を使う事を抜きにすれば、同じ剣を扱う者同士としては、信也より剣の腕は上だという確固たる自信はあった。
それは元々の才能というよりは、スキル"剣神の祝福"の効果が、相当大きな理由であるのだが、今では剣の腕というのが、龍之介にとってのアイデンティティーのひとつとも言える程に膨らんでいた。
「オッサンだって熊公とあそこまで戦えたんだ。オレだってあの咆哮が無ければっ……」
そう、龍之介の自信を揺らがせているのは、同じ剣の使い手である信也や他のメンバーではなく、北条であった。
剣と槍という得物の違いはあるが、模擬戦でもまったく太刀打ちができず、実戦でも自分は文字通り手も足もでなかった。
若者特有の傲慢さのようなものでもって、当初北条に対して無意識に下に見ていた龍之介にとって、現状は耐えがたいものだ。
「今すぐは無理かもしれねぇ。けど、幸か不幸かオッサンとは別パーティーだ。ダンジョンに潜るようになったら、オッサンの見てない所で鍛えまくって、いつか追い越してやるぜ。そしてあの熊公にリベンジを――」
結局自分が為すべきことを見出したのか、それまであったあせりのようなものも薄らいでいき、代わりに抗いがたい眠気が龍之介を襲いはじめる。
各人の意識を変化させる事となった、最初の依頼を達成した日の夜は、こうしてそれぞれの想いと共に、更けていくのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
明けて翌朝、既に《鉱山都市グリーク》に来てから五日目となった。
明日には信也らの、調整が必要だった装備も仕上がっているだろう。
それを受け取ったらその足でこの街を出て、《ジャガー村》へと帰る予定だ。
その為にも、今日中に食料や旅の支度などを、整えておかないといけない。
「という訳で、今日の午前中は二パーティーに分かれて買い出しだ。恐らく今回の街の滞在期間では最後になるだろうから、何か入用なものがあったら忘れないようにな」
信也自身もそう言いながら色々細かいものなどを物色するつもりであった。
身近なものでいえば、予備を含む各種着替えから歯ブラシや爪切りなどの生活用品。
とにかく《ジャガー村》になくて不便したようなものを、片っ端から買って置く必要がある。
また今後のダンジョン探索に備えて、マッピング用に羊皮紙も数を揃えておきたいし、今は買えないかもしれないが魔法道具にも興味津々だ。
「私も、もう少しお洒落な服が欲しいところなんだけど……」
咲良がそう口にするも、お洒落な服どころかそもそも服自体が結構な値段するので、今回はとても買っている余裕はなさそうだった。
あくまで中古品ではなくて、新品で買い揃えようと思っている辺り、この世界の一般的な生活レベルの人からすれば、十分贅沢な考えだったろう。
「あ、あとは北条さんがどっかの露店で買ったっていう、あのリングみたいなので良いのないかしらね」
陽子も最後のショッピングとあって、大分気分は上々だ。
「あー、俺が買った所は別に装飾品専門って所でもなかったからなぁ。店舗を構えてる所なら勿論売ってるだろうがぁ、そういう所は高いだろぅ」
「えー、じゃああっちこっち見て回らないとだめね、これは」
逆にやる気を見せたような陽子の発言に、北条はすでに今の段階から生気を失ったような顔になっていく。
楓は特に自己主張してくることはないのだが、他の四人のパーティーメンバーのいつまでも続く買い物に付き合う辛さはすでに一度体験済だ。
「みんな食事も終わったようだし、そろそろ行動開始しようか」
こうして信也の号令を機に、異邦人達は今日も人が多く行き交う街へと繰り出したのだった。
▽△▽△
「ふー、ごちそーさまー」
三人前はあろうかという量を一人で食べきった由里香が満足そうに挨拶の言葉を口にする。
あれから死んだ魚の目をした北条は、五人の女性陣達にあちこち連れまわされ各種買い物――大半は店舗を回って商品を見るだけだったが――を終えて、ようやく食堂で休憩を取る事が出来ていた。
「んふふー、今日はいいもの買えてよかったわ」
いつになく上機嫌な咲良は、右手の人差し指に嵌められている銀の指輪を何度も見つめていた。
その指輪には宝石が付属していて、なんと種類はダイヤモンドだった。
カラット数でいえば一カラット以下のものなのだが、カット技術がまだまだ未熟な為、現代人がイメージするダイヤモンドの輝きというものは見られない。
この世界では特にダイヤモンドが宝石の中で高級とされている訳ではなく、真珠や琥珀などのほうが価値としては高かったりする。
しかしこの指輪に関しては使われている宝石の種類よりも、身に着けた者の魔力を僅かに増幅させるという効果の方が重要だろう。
といっても、増幅されるのはほんの僅かなものなので、一見それと分かりにくかったりするのだが、試しに北条が身に着けた所、間違いなく魔力増幅効果はあると太鼓判を押していたので、咲良は購入を決意した。
未だに何でそこまで北条が言い切れたのかは謎だったが、そもそも指輪に使われてる透明な石を、ダイヤモンドだと断言したのも北条だったので、何となくその強い物言いに押された感は否めない。
もしかしたら日本ではそういったセールスマンでもしていたのかしら、などと思いつつも、最終的には咲良自身が気に入っていたので問題はないだろう。
……とにかく買い物を早く終わらせたいという北条の気持ちは、女性陣には全く伝わっていないのだった。
「それで、この後はどうするのかしら?」
手にした杖を眺めていた陽子が今後の予定を尋ねてくる。
この杖は今回の買い物で購入したもので、既に咲良などが購入していたものと基本は同じで、魔術士向けに魔法の効果が上昇するとされる木製の杖だ。
攻撃系の魔法を使う訳ではない陽子は、当初購入するつもりはなかったのだが、昨日のゴブリン討伐戦を経て考えを変えたらしい。
「どうするといっても、選択肢はあまりないのよねえ」
「あたしはギルドで訓練したい!」
「ではわたしも由里香ちゃんと同じで魔法の訓練かな~」
結局の所、陽子の言う通りギルドに行くか、宿に戻るか。
或いは引き続きショッピングを続けるか。
娯楽施設が充実してる訳でもなし、選択の幅はそう多くはない。
「そいじゃあ、まずはギルドにむかうかぁ」
「そうね、そうしましょう」
姦しい女性たちとの買い物から解放された北条は、この昼食の間に多少元気を取り戻している。
ギルドへ戻るという案が承認されると、北条は先頭を切って先に進み始めるのだった。
▽△▽
人の賑わう通りをえっちらおっちらと歩き、ギルドへとたどり着いた北条達は、ここで別行動をすることになった。
別行動といっても北条が一人で街中をぶらついてくるだけで、他の女性陣達はギルドの訓練場と資料室に分かれて移動するだけだ。
具体的には咲良と陽子の二人は資料室に、残りの三人は訓練場でそれぞれ時間を過ごす事になる。
途中信也達のパーティーも結局行くところがなかったようで、ギルドで合流。
各自資料を色々調べたり、武器や魔法の訓練を行い、思い思いの時間を過ごした。
夕方には北条もギルドへふらりと顔を出し、軽く龍之介と模擬戦などをした後に宿へと帰還を果たした。
夕食の場では、ジョーディとも明日の出発に関して話し合いをして、まずは朝に宿をチェックアウト。
その後は北の商店街エリアまで調整した装備を受け取りにいき、そこから街の南にある大門から《ジャガー村》への帰路につく。
少し遠回りになってしまうが、北条達のパーティーは街の北の方には行ったことなかったので、ついでに最後に軽く買い物をしつつ、昼前にはグリークを発つという予定を立てた。
そして最後の夜は静かに更けていく……。
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