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第六章
第130話 闇術士デイビス
しおりを挟むやたらと顔色の悪い男が魔法を発動すると、その前方に一抱えほどもある闇の球体が生み出される。
それは石田の用いる【闇弾】など"闇魔法"とは呼べぬわ! と言い切れるほどに深い闇色をしており、見ているとどこまでも吸い込まれていきそうな錯覚すら覚える。
あまりに深いその闇は、自分たちのほうへ向かってきているはずなのに距離感がいまいち掴めなくなるほどだった。
「なんか……アレはヤベーぞ!!」
咲良が【フレイムランス】を放った時に見せた敵の反応を、今度は信也たちが味わう形になり、動揺を見せた龍之介が思わず叫ぶ。
「和泉ぃ!」
「……っ」
さらに続く北条の短い呼びかけに、信也は反射的にその漆黒の球へと突っ込んでいき、手にした剣を振るう。
それは北条の声に押されて咄嗟に出た行動ではあったが、頭のどこかでは瞬時にそうするべきだと判断がくだされたのかもしれない。
信也の"光剣"スキルと"光魔法"によって、二重に強化された光属性を帯びた剣は、闇の球体部分と接触するなり、接触部付近からは光と闇の火花が飛び散り始める。
「うおおおおおおおおおぉぉッッ」
何時にない信也の咆哮と共に、僅かに球体を押し返した瞬間もあったが、すぐに球体に押し返されて相手の魔法が着弾してしまう。
と同時に半球のドーム状に深い闇の空間が広がっていき、その内部にいた者達に等しく闇属性のダメージを与えた。
その効果範囲はかなり広く、前衛に接近していた陽子はおろか、後衛でも前のほうにいた咲良と芽衣のいる場所にまで効果は及んだ。
位置的に正反対の後衛の位置に下がっていた石田、メアリー、慶介には流石に届いていないが、中途半端な位置に吹き飛ばされたままの長井はギリギリ範囲内に入っている。
そしてそれは無論同じ前線で戦っていた敵方のヴァッサゴも同様だ。
合図の声と共に後ろには下がったものの、味方が撃った範囲魔法の範囲からは完全に抜け出せていない。
結果、ヴァッサゴを含む信也たちの多くが、敵の魔法使いが放った範囲魔法を食らうことになる。
「ヴヴゥゥッ……」
「アアアアアァァァァッッ!」
「クッ……」
範囲魔法だというのに、その魔法は無視できないほどのダメージを信也たちに齎す。
しかもこれで信也の光属性の剣との相殺によって、威力が弱められているはずなのだ。
レベル差というのを強く意識するのには、魔法使いの放つ、より上位の魔法はかなり効果的であると言えるだろう。
「咲良さん、そちらの回復はお任せします!」
その燦燦たる状況を見るなり声を張り上げるメアリー。
メアリーも"回復魔法"を使っていくうちに中級の魔法をひとつ使用できるようになっていた。
それは【癒しの群光】というもので、自身を含むパーティー全員に治癒魔法をかけるというものだ。
しかし、それは同じパーティーの人にしか効果がないものだ。
更に言うとパーティー外の人に対しては、単体治癒魔法ですら"神聖魔法"と同様に至近距離まで寄らないと使用することができなくなる。
もしパーティー外の人にまで効果を及ぼしたいなら、範囲指定タイプや遠距離の"回復魔法"を使わなければならない。
「わ、わかりましたっ!」
範囲ギリギリの近い位置ではあったが、範囲攻撃魔法によってそれなりにダメージを負っていた咲良は、少しだけ苦し気にメアリーに応える。
光属性や闇属性の攻撃魔法は、恐らくシステム的に存在しているであろうHPを直に削ってくる魔法だ。
そのせいか、見た目だけではどれほどのダメージを負ったのかが判別しにくい。
そして他の属性魔法にせいを出したせいであまり"神聖魔法"を覚えていない咲良にとって、回復手段は基本の【キュア】しかない。
咲良は手始めにまず自分に【キュア】をかけると、前衛のいるほうまで駆け寄っていく。
すでにヴァッサゴは同じ範囲魔法を食らった後とは思えない様子――まるでダメージを受けていないかのような動きで、仲間のいるほうへと一旦引き上げていった。
その状態をこれ幸いと、順番に仲間を回復させていこうとする咲良の耳に、ドヴァルグの荒々しい声が聞こえてきた。
「デイビス! もっぺんさっきのをぶちかましてやれ!
「キヒヒ、回復しても意味ねーほどに、強力なのをぶちかましてやればいいでヤスね」
「ワカリました。ではブーストしたワタシの魔法を食らいなさイ」
デイビスと呼ばれた陰気な雰囲気を纏う男が、独特なイントネーションで死の宣告を告げてくる。
すると、信也たちの中でも魔法を使える者たちは、突如デイビスの魔力が跳ね上がるのを感じた。
それは"魔力感知"などの魔力を精細に感じ取るスキルを所有していなくても、魔法使いならば感じ取れるほどの違いだった。
「マズイ……ぞ」
そう言いながらも少しでも状況を改善しようと、まずは手持ちのポーションをひとつ飲み干す信也。
それから先ほどと同じように、"光剣"スキルと"光魔法"でのダブル属性付与を開始する。
信也はさっき受けた範囲魔法攻撃のダメージを、体感的に全体の二、三割のダメージをもらっていたと感じていた。
――見た目でわかるようなケガであれば、痛みや体の損傷具合などで自分の具合はある程度はわかる。
しかしこの世界に来て戦いに明け暮れるようになってから、目には見えないダメージというものを、異邦人たちは徐々に感じられるようになってきていた。
特にダメージを受ける機会の多い前衛はその傾向が強い。
それは本当に感覚的なものでしかないのだが、この世界で戦いに身を置く者は誰しもがそういった感覚は持っている。
ソレがなければ、生き延びる可能性が少なくなっていくのだ。
最もそういった感覚を研ぎ澄ましていく段階で死んでいく者も多い。
今の信也達の状況もまさしくそうだろう。
とりあえず、信也のパーティーメンバーはメアリーの【癒しの群光】によって全員に回復効果が発揮され、更にポーションとの回復効果も併せてフル回復とまではいかないまでも、ほとんど回復することはできた。
一方、自分の治療を終えた咲良はすぐ傍にいた順に芽衣、陽子と治療していた。時間的余裕がないので【キュア】を一回ずつかけただけだが、あとはいざという時のために後衛用に渡されたポーションを使って、残りは各自補ってもらう。
「ハァッハァッ……」
それから咲良は大急ぎで前衛の元に向かうが、とてもじゃないが前線の北条と由里香のところまで行って、【キュア】をかける時間的余裕はなさそうだ。
二人とも各自ポーションを口にしてはいるが、フル回復には程遠い。
厄介なことに、この世界を構成するシステムにはゲーム的なクールタイムのようなものが設定されているようで、スキルが連続発動できなかったり、ポーションの連続使用が制限されていたりする。
この世界の人々にとってはそれが常識であるという認識だが、龍之介など日本でゲームをやっていた側からすると、「そういうゲームシステム」としか思えない。
「こぉんのおお!」
破れかぶれとばかりに、龍之介が風の魔剣で敵の術者を潰そうと風の刃を飛ばすが、距離が開きすぎていて効果はなかった。
その傍では信也が"光剣"スキルの発動に成功しており、"光魔法"による二重の属性付与は、この調子だとどうやらギリギリ間に合いそうだ。
「フムフム? 無駄なあがきはそこまでデス。さあ、死になさイ。そしてワタシの下僕となるのデス。【ダークネスボム】」
魔法はより高度でランクの高いものほど、発動までに時間がかかる傾向がある。中でも範囲魔法は単体魔法よりも時間がかかりやすい。
他にも攻撃魔法、回復魔法、支援魔法などの種類によっても発動までの時間に差が存在している。
熟練の冒険者ともなると、前衛であってもそうした発動時間について、なんとなくの感覚で把握しているものだ。
そうした魔法発動にかかる時間というものは、Cランク級の魔法使いでもそう変わらないらしい。敵の大技の魔法が来る前に、信也達は魔法を使う時間を得られはしたが、それもここまでのようだ。
デイビスが魔法の発動を終えると、先ほどのものより一回り大きい闇の球体が浮かび上がっていた。
それはデイビスがスキル"増魔"によって魔力を一時的に強化し、更に今回は味方を巻き込むこともないので魔力を多めに籠めた結果だった。
"増魔"スキルは"機敏"や"剛力"などと同じ系統の魔力を一時的に強化するスキルだ。
また【ダークネスボム】は中級の"闇魔法"であり、この二つを掛け合わして使えばFランクの冒険者程度ではまず耐えることはできないだろう。
「チッ、こうなったらバラバラんなって逃げんぞ!」
「ううー、しょうがない、ね」
そう叫びながらその場を離れようとする龍之介と、龍之介とは別の方向に駆け出そうとする由里香。
しかし覚悟を決めたのか、信也は逆に闇の球体のほうへと駆け出し、北条もその場を動こうとはしなかった。
「ウオオオオオォォォォッッ……」
突如響き渡る低くどこまでも轟く咆哮。
その発生源は、完全に仲間の元に合流したヴァッサゴから発されたものだった。
そして先ほどの大声は単なる咆哮ではなく、信也達にとっても馴染みのある類のものだった。
そう、《ドルンカークの森》で遭遇したテイルベアーと同じ系統の効果を持つ咆哮。聞く者の動きを縛る無形の恐怖の鎖。
理性の部分とは関係なく脳が、心が。そして体を動かすことを拒絶してしまう状態異常。
「くっそおおおお!」
今回もテイルベアーの時同様に、北条は効果を受けている様子が一切ない。
そして龍之介も相変わらず効果は薄いようだが、若干咆哮の影響を受けたようだ。
走り出すところだった龍之介は、突然体が動かなくなったことで地面へと体をこすりつける結果となった。
それは由里香も同様だ。
『流血の戦斧』が格下で敵の数が多い時に用いる、足止めと範囲魔法のコンボに、まんまとハメられてしまった信也達。
ヴァッサゴの"咆哮"はテイルベアーほどの持続時間はないようで、効きが弱かった龍之介などはすぐに動けるようにはなっていた。
だがそれでも迫る範囲魔法攻撃の前では、致命的な時間のロスには違いない。
信也は「最初から回避に専念してれば何とかなったかもしれない」などと考えてはみたものの、相手の手慣れた感じからして、それも果たしてどうだっただろうか。
濃厚な死の気配が異邦人達に漂い始めるが、中には必死に死神を追い払うかのように抵抗の意思を持つ者もいた。
「 【ライトr……」
「これ、で! 【魔法結界】」
それは、何か魔法を放とうとした北条と、その魔法を遮るように先に魔法を発動した陽子の二人であった。
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