どこかで見たような異世界物語

PIAS

文字の大きさ
169 / 398
第七章

第146話 ダンジョンの洗礼

しおりを挟む

 その・・魔物は機会を窺っていた。
 用を足している時というのは気が緩みがちだが、由里香は未探索の場所に少し足を踏み入れていた事で、いつも以上に周囲を警戒しながら用を足していた。

 その事に気づいた魔物は、あえて最中ではなく用も終わって帰り始めようとした瞬間に仕掛けることにした。
 完全に気配を消していた魔物――隠密猿コバートエイプは、パッシブスキル"木隠森"と特殊スキル"隠密"によって、気配を消すことに長けた魔物だ。
 体長は一メートル半近くあるというのに、その隠密能力の高さのせいですぐ目と鼻の先にいた由里香らにも気づかれなかった。

 そこに、攻撃を察知されにくい闘技スキルである"隠拳"と、相手に気づかれずに攻撃に成功した場合、ダメージが大きく跳ね上がる"フイダマ"というスキルの併用でもって、先制大ダメージを与えてくるコンボが凶悪だ。

 完全に不意を食らった由里香は、アゴの部分を人より少し大きい隠密猿コバートエイプの拳によって強打され、あごの部分の骨が砕けてしまう。
 しかし、アゴを強打されたことで軽い脳震盪を起こした由里香は、苦痛の声を上げる事もなくそのまま地面へと倒れていく。

 その様子を見守っていたかのように、由里香が倒れると同時に奥の方から更にワラワラと猿系の魔物が姿を現し始めた。
 どうやらこのT字路の横道の少し先には、部屋状の空間と繋がっている場所があったらしく、その中に待機していた魔物達が一斉に出てきたようだ。

 それらの魔物達の中には先ほどの隠密猿コバートエイプの姿も二、三見受けられたが、大抵は別種の猿系の魔物だった。
 その大部分が体長二メートル程もある剛力猿パワーエイプであり、これらの魔物は冒険者ギルドによってDランクに指定されている魔物だ。

 そして、僅か二匹しかいないが剛力猿パワーエイプとは体格が同じながらも、体毛の色が異なる猿系の魔物も混じっている。
 淡藤色の体毛をしたその魔物は狡猾猿スライエイプというCランクの魔物で、猿系の魔物の中でも指揮官系統の能力を持つ。

 もし狡猾猿スライエイプがいなかったら、不意を突いて攻撃をしかけるだとか、規律的に一斉に襲い掛かるといった事は出来なかっただろう。
 フィールドの場合はともかく、ダンジョンの魔物の場合は侵入者に対する敵対心が強いのだ。

「ウィヒイイ! ウキキイィー!」

 今も狡猾猿スライエイプの鳴き声に従ってか、一先ず意識を失った由里香を放置し、すぐ近くにいた陽子へと剛力猿パワーエイプ達が群がっていく。

「ちょ、ちょっ……」

 剛力猿パワーエイプはその自慢の腕力で陽子に殴りかかろうとするも、常時張っていた陽子の【物理結界】によって防がれてしまう。
 しかし、その後はタコ殴りの状態になっており、全力で結界の補強に魔力を費やしている陽子であったが、補強が間に合わず遂に結界が完全に破れてしまう。

 近くにいた隠密猿コバートエイプは、愉悦の表情を浮かべながらその様子を観察していた。
 最初の方は、結界で防げるだろうという安心感からまだ余裕のあった陽子。しかし結界が持たなくなると悟って、陽子の顔色が悪くなっていく。
 そうした一連の表情の移り変わりは、隠密猿コバートエイプの嗜虐心を満足させる。

 そして、今。

 まだ完全に絶望した様子ではない陽子に対し、狡猾猿スライエイプは闘技スキル"指突"でもって、陽子の頭部に向けて凶器と化した、指を立てた状態の拳を打ち込む。

「キィア"ア"アァァッ!」

 狡猾猿スライエイプの打ち込んだ拳は、慌てて回避行動を取っていた陽子の右目部分に当たり、眼球がギュウゥっと押しつぶされてしまう。
 余りの痛みに吐き気を催して吐瀉物をまき散らす陽子。
 そんな陽子に更に絶望を与えるため、狡猾猿スライエイプが今度は反対の目に同じように"指突"を仕掛けようとしていると――

「いくわっ! 【エアーハンマー】」

「っ! っとぉ。【エアーハンマー】」

 咲良と北条の"風魔法"が放たれる。
 "風魔法"は"火魔法"に比べると比較的発動時間が短いものが多いので、一刻を争う時などに咄嗟に使うには便利だ。

 そのため二人とも同じ魔法を使う事になったのだが、北条は咲良の【エアーハンマー】が陽子に攻撃しようとしている狡猾猿スライエイプを狙っている事に気づくと、咄嗟に別の近くにいた魔物へとターゲットを器用に変える。
 こういった魔法が被った場合には、上手くタイミングを合わしたりしないと、魔法が上手く発動しないこともあるのだ。

「由里香ちゃん! 【ライトニングボルト】」

 少し遅れて発動が遅めの芽衣の"雷魔法"が飛んでいく。
 それは陽子のいる場所の更に奥で、未だ倒れたままの由里香の近くにいた魔物へと命中する。
 しかし、Eランク程度の魔物なら一撃でかなりダメージを与えられる芽衣のこの魔法でも、そこまで効果がなかったようだ。
 猿の魔物たちは、魔法を放った芽衣に向けて威嚇の叫び声を上げる。

 更に先ほどの魔法攻撃に対する意趣返しだろうか。
 奥の方にいたもう一体の狡猾猿スライエイプは、床に倒れ伏していた由里香の右腕を無造作に掴んで持ち上げる。
 そして、上腕部と前腕部を徐に掴むと、曲がってはいけない・・・・・・・・・方向に力づくで腕を曲げる。

「ッッ!?」

 その余りの痛みに失神していた由里香は意識を取り戻す。
 だが同時に襲い掛かって来た痛みによって、事態がつかめずに混乱状態に陥る。
 見れば、自分の右腕が反対方向に折れ曲がっており、皮膚の一部からは骨が飛び出していて白日の下に晒されていた。

「あ、あ、アアアアアァァァァッ!」

 実際に目で見たことによって、自分がどういう状況に置かれているか理解した途端、ようやく由里香は激痛の原因が右腕にある事を認識した。
 同時に、恐怖という感情が心の奥から徐々に形を成して、由里香の精神へと襲い掛かる。

 壮絶な表情を浮かべる由里香に満足げな様子の狡猾猿スライエイプは、更に折れた方・・・・の腕を掴み、無造作に壁や床などに小柄な由里香の体ごと叩きつける。
 まるでツルハシのように扱われる由里香は、体のあちこちに打撲や骨折などが生まれていく。

 親友の余りの凄絶なさまに、咄嗟に"雷魔法"を放とうとした芽衣だったが、それを察した狡猾猿スライエイプは盾にするように由里香を自分の前に翳す。

「このッ、クソッがあああぁぁッ!!」

 普段の間延びした口調とは正反対のドスを聞いた声が、芽衣の口から洩れる。
 歯ぎしりをして、血走るような眼で盾にされている由里香を見る事しかできない芽衣。
 そんなご主人様の気持ちを察したマンジュウが、魔物の群れへと突っ込んでいく。

 そこでは先ほど魔法を放った後に走り出していた北条が、先行して魔物達と戦闘を繰り広げているが、多勢に無勢といった状態だった。

「もう! お願いっ! 発動して……」

 後衛としての適正的な一定距離まで近づいていた咲良は、この状態での魔法攻撃は危険と判断し、"神聖魔法"による回復を発動しようとしていた。
 しかし、"神聖魔法"の初歩である【キュア】では遠く離れた相手に使うことはできない。
 その為、咲良は必死にパーティー治癒魔法である【キュアオール】を発動しようとしていた。

「キュアオール! ……キュアオールっ!」

 だがそう簡単に魔法が発動することはなかった。
 焦燥からか、髪をワシワシと撫でながらやはり攻撃魔法に切り替えるべきかという考えが浮かんでくる。
 その時、咲良の迷いを見越したかのような北条の声が聞こえてきた。

「咲良ぁ! そのまま、そのままチャレンジしてくれぃ。想いを……成功するイメージを!」

 戦闘を行いながらの途切れ途切れの北条の声は、咲良を激烈に後押しした。

「想い……イメージ! 【キュアオール】」

 咲良が先ほどまでと同じく『キュアオール』と唱えた瞬間、自身の体に訪れるあたたかな感覚と共に、薄っすらと体全体が光り輝くのを咲良は知覚した。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜

タナん
ファンタジー
 オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。  その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。  モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。  温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。 それでも戦わなければならない。  それがこの世界における男だからだ。  湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。  そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。 挿絵:夢路ぽに様 https://www.pixiv.net/users/14840570 ※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

処理中です...