どこかで見たような異世界物語

PIAS

文字の大きさ
176 / 398
第七章

第153話 特訓開始!

しおりを挟む

 陽子の質問を聞いて、思わず由里香が顔を歪める。
 しかし由里香の示した反応はそれだけだった。話を聞く分にはそこまで大きな反応を示す程ではないらしい。

「ああ? 猿の魔物ぉ?」

 何のことか分からない龍之介はハテナ顔を浮かべている。
 信也も同様の顔をしているが、陽子が話題を出した途端に北条達に流れた空気は察していた。

「あぁ……。体長は人間と同じくらいで、茅色をしたパワータイプの猿と、白銅色の隠密タイプの猿。それと、数は少なかったがぁ淡藤色の奴もいたなぁ」

「む、それは……」

 北条の説明を聞いてすぐさま何の魔物かを把握したらしい。
 ナイルズはそれら三種の魔物のランクや特徴などを説明してくれた。

「そいつらは単独でもC~Dランクの魔物だ。しかも単独では出没せず、大抵は集団で行動しているので、Cランクの冒険者パーティーでも厄介な相手だね」

 ナイルズは、そんな魔物相手に無事帰って来れた事に驚いているようだった。

「必死に逃げ帰ってきたから……ね」

 しおれた様子でそう呟く咲良を見て、龍之介も茶々を挟む事はなかった。

「それで、何か弱点はないの?」

「弱点、ねえ。特にこれといった弱点は聞いたことないが、狡猾猿スライエイプについては相手の嫌がる事を喜んでやる傾向があると聞く。こちらの命をすぐに狙ってこないという点は弱点かもしれん」

 言われてみると、確かにあの時の由里香はそのように弄ばれていたように見えた。
 あれが真っ先に命を奪おうとしてたらどうなっていたことか……。

「よーするに、レベルアップしてリベンジっちゅーことだな!」

 実際に魔物と接していない龍之介は気楽にそうのたまっているが、逆に龍之介の言葉で由里香たちの肩の力も抜けたようだ。
 その後、ギルドを後にした一行はそれぞれの用事を済ませた後に、拠点予定地に集合することになった。


 一方その頃、信也達とは別行動をしていた長井は、「チッ、誰もいないか」と、ひとり誰もいない山小屋の中で呟いていたのだった。





▽△▽△▽




 ギルドで一度解散してから少しして、拠点予定地に先ほどの面子が全員集合していた。
 そして各自思い思いの時を過ごし始める。といっても、その大半は自身の鍛錬に充てられていた。
 なんだかんだで、こうして私生活の部分でも鍛錬をかかしていない辺り、日本のブラック企業勤務とそう変わらない気もしてくるが、自分の命がかかっているのでそれも仕方ないだろう。

「よーし、じゃあ由里香ぁ。の特訓、いくぞぉー」

「オォーッ!」

 メンバーが揃い、準備を整えて一息していると、北条と由里香のやり取りが他の人にも聞こえてくる。
 軽く準備体操をしていた由里香は北条の元に駆け寄っていくが、さりげなくその後を芽衣も付いていく。
 その様子を見て更に咲良が……さらに龍之介が、と客引きでもしたかのように北条の下に集まってくる。
 密かに気配を消した楓もすでに待機済だった。

「お、おおう? なんか皆集まってきたがぁ……。ついでだから、お前らも一緒に特訓するかぁ?」

「おう、なんだか知らんがいいぜ!」

「特訓……? なにかしら」

 何の特訓をするかも提示していないのに、集まった面々は妙にやる気のようだ!

「特訓というのは~、恐怖に対する耐性を身に着けるというモンだぁ。《流血の戦斧》の連中も言っていたらしいがぁ、この世界ではベクトルごとの刺激を過度に受ける事で、耐性スキルを身に着けられる」

 そこまで説明をした北条は、視線をメアリーへと向ける。

「そこでまずは『状態異常:恐怖』になってもらい、ビビリはじめた所に細川の"回復魔法"、【平穏】で治してもらう。あとはこれを繰り返して耐性取得を目指す」

 黙って北条の説明を聞いていた一同だが、ひとつ大きく気になる点があった。
 その疑問点を、手を上げた慶介が尋ねる。

「あのー、まずその『状態異常:恐怖』ってどうやってなるんですか? 驚かしてもらう、とか?」

「ああ、そうか。その点の説明がまだだったな」

 時折、自分にとっては既知の事を前提として他人と話してしまうのは、北条の小さな欠点のひとつだった。
 またやってしまったな、と思いつつ説明に入る北条。

「《マグワイアの森》でテイルベアーと戦った事は覚えているよなぁ? あん時、奴の使った咆哮のスキルを体感して、自分でも使えたらいいなと、俺ぁ密かに練習をしていたぁ」

 "魔力操作"スキルがあれば、体内の魔力を移動させることが可能だが、それを口元に集めて声として発したらどうか? とか、ひたすら気迫を籠めて、相手を威圧するつもりで叫んでみたらどうか、だとか。
 傍から見ると「この人大丈夫か?」と思われるような、実のある行為かも分からない事を続けた結果、最近になって"咆哮"というスキルを取得出来たらしい。

「猿戦の時に使ってみた感覚としては、恐怖に竦んで動けなくなる……って感じだったなぁ」

「あ……。あの時の、ですか……」

 猿戦ではみんな余裕がなかった中で、楓は比較的周囲の状況が見えていた方だった。なので、北条の叫び声の後に、猿達の動きが止まっていたのをよく覚えていた。

「そうだぁ。そいつをこれからお前たちにぶち当てる。なあに、肉体的なダメージは心配ないぞぉ」

 北条はそう言うが、強制的に恐怖の感情を呼び起こさせられるというのは、進んで体験してみたい事ではない。
 しかし、戦闘中に恐怖の為に動けなくなった時の事を考えると、そちらの方がより恐怖を感じるし危険だ。

「なるほど、なら俺も参加した方がよさそうだな」

 いつの間にか信也までもが近くに移動しており、結局マンジュウを含む全員が一か所に集っていた。

「よおし。では早速いくぞぉ。ア"ア"ア"ア"ア"ア"アァァァッっ!」

 せっかちなのか、返事を聞く間もなく放たれた北条の"咆哮"は、北条自身と回復役のメアリー以外を一斉に恐怖のどん底へと突き落とす。

「あ、あ、あ……」

 恐怖の余りひきつった顔をしている面々に、魔法で治癒するように指示した北条は、全員の治癒が終わると躊躇なく、

「次、いくぞぉ。イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"ィィィィッッ!」

 と濁音混じりの"咆哮"を浴びせていく。
 やがて、北条の叫び声が「ドオオオオオッ!」になった時点で参加者全員が息も絶え絶えになり、今日の訓練はひとまず終わりとなった。

「…………次からは特訓前にトイレに行くことにするっす……」

「あ、あはははははははは」

「…………まいった」

 心情的な面を無視すれば、効率的な耐性トレーニングだったかもしれないが、参加者の様子を見ると「そうだね」と素直に頷けない、ひどい状況となっていた。

「あの……北条さん。これで本当によかったのかしら?」

「仕方ない、命には代えられんさぁ。まあ今回は恐怖への耐性という事でこんな事・・・・になってしまったがなぁ……」

 思わずメアリーがそう呟いてしまうが、これも犠牲だと北条は割り切る。
 こうして《鉱山都市グリーク》からの派遣部隊が到着するまでの間、定期的にこの特訓は続けられた。
 そして、途中からは回復役であるメアリー自身も参加をし始める。

 これには特訓をしていくうちに、北条が"咆哮"スキルの加減の仕方を覚えてきたという点もあるが、もうひとつ改善点を見出したからだ。
 それは、予め陽子の"付与魔法"のひとつ、【精神増強】で精神力を強化しておくというものだ。

 耐性スキルというのは、今回のような"恐怖耐性"の場合、別に状態異常にまでなる必要はない。
 あくまで恐怖を抱かせる現象に対して抵抗しようとする事で、"恐怖耐性"のスキル熟練度が磨かれているのだ。

 これは例えば"火耐性"だとかでも同じで、予め火属性に対する耐性を高める魔法なりスキルなりを使用してから、火属性の攻撃を受けることで、ダメージを軽減しつつ"火耐性"のスキルを磨くことが出来る。
 もっとも、こんな苦行みたいな事をする者は普通はいないし、こうした手法も一般的に知られている訳でもない。

 そもそも耐性スキルというのはそう簡単に生えてくるものではない上に、人によって相性も存在する。
 実際、効率的な特訓とはいえ、数日程度の特訓では由里香らも"恐怖耐性"のスキルを取得することは出来なかった。

 従って、今後もこの訓練は続けられる事となるのだった。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

転移したらダンジョンの下層だった

Gai
ファンタジー
交通事故で死んでしまった坂崎総助は本来なら自分が生きていた世界とは別世界の一般家庭に転生できるはずだったが神側の都合により異世界にあるダンジョンの下層に飛ばされることになった。 もちろん総助を転生させる転生神は出来る限りの援助をした。 そして総助は援助を受け取るとダンジョンの下層に転移してそこからとりあえずダンジョンを冒険して地上を目指すといった物語です。

処理中です...