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第八章
第192話 もうひとつの事件
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「ムムムッ?」
一仕事を終えて《鉱山都市グリーク》にある、イドオン教会の自室に戻ってきたシュトラウス司祭は、そこで一人呟き声を上げる。
周囲には他に人の姿はなく、部屋は静謐に満ちている。
その静かな部屋の中、シュトラウス司祭は手荷物を部屋に置くこともなく、佇立した姿勢のまま、ジッとどこか遠くを見つめていた。
そして十分程そのままの姿勢でいたシュトラウス司祭は、彼にだけ聞こえる、声なき声を確かに聞き取っていた。
『ホージョー。キケン。魅了解除スキル、所持』
その声は、肉声とはまた違っていたのだが、その声に秘められた感情をもシュトラウス司祭は感じ取ることが出来た。
それは、シュトラウス司祭への敬愛の念によって大部分を占められていたが、幾分かの恐怖の感情――恐らくは『ホージョー』とやらに対する恐れをも含まれていた。
魅了解除のスキルとやらを持っている事に対しての恐れではなく、『ホージョー』本人に対して抱いたと思われる、強い恐怖感。
それから数舜後、先ほどの単語の羅列に続き、新たな声なき声が発信されようとする気配をシュトラウスは敏感に感じ取る。
しかしその声が発せられる直前、相手の反応が消滅したことをシュトラウスは知覚した。
「…………オー。リアクションがベリーアーリーね。ヒーのメッセージに気づいた? ケド……ハウ? どのようにして気づいたね?」
そのまましばし考え込むシュトラウス司祭。
ガタイのいい、禿頭の男が一人室内でブツブツと言っている様子は不気味であった。
やがて考えがまとまったのか、シュトラウスは口を開いた。
「フーム、とりあえずナガイに連絡を取るとするね」
そこでようやくシュトラウス司祭は、手荷物をベッドの傍へと置き、部屋の片隅に無造作に置いてあった、通信用の魔法道具をほじくり返す。
「アー、アー、アー。ヘロー、ナガイ。ちょっとユーに話がアルね」
こうして、シュトラウス司祭と長井の秘密の通話が行われた結果、長井は新たな指令を直々に賜ることになった。
事態はまた一歩、新たな局面を迎える事となる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コツッコツッと小さく足音を響かせ、一人の女性が騒々しいギルドの中を歩いていく。
すると、辺りの人々は途端に話すのを止め、彼女に注目の視線を浴びせ始める。
その女性はエルフであり、大半のエルフがそうであるように、とても整った顔をしていて、まるで美術品のような顔をしている。
その氷のような相貌に浮かぶ瞳は、氷のように透き通った水色をしており、一度その視線に射止められたら、そのまま凍ってしまうのではないかと錯覚させられた。
女性としては身長は高めで、腰まで届くプラチナブロンドの髪が、陽の届かぬ建物の中でも、一際強く存在感を主張している。
その流れるような髪は、同じ女性の目すらも思わず奪ってしまう。
しかし彼女が人々の注目を浴びているのは、その美貌からくるものだけではない。
勿論その美しさに見とれてしまった者も多くいるだろうが、彼女がここまで注目を浴びているのは、《鉱山都市グリーク》の冒険者の中で彼女が唯一のAランク冒険者であるからだった。
昨今は『ロディニア王国』内だけでなく、他国からも冒険者がここ《鉱山都市グリーク》へと集まってきてはいるが、今のところ最高でもBランクの冒険者が流れてきた位で、未だにこの辺りで活動しているAランク冒険者は彼女のみだった。
まだダンジョンが公開されてからそう日にちが経っていないというのも原因であるが、高ランク冒険者が活動場所を変えるとなると、その足はどうしても遅くなりがちだ。
冒険者の中には活動拠点から大きく動かない者も多いし、王都など人が多く、利便性のある場所からは動かない者も多い。
人々の注目を一身に浴び、周囲の喧騒をも奪い去った彼女は、ギルドの奥の部屋から一直線に出口へと向かう。
内心のイライラが少し表に出てしまっているのか、普段よりその双眸は厳しさを増しているようだった。
Aランク冒険者、エスティルーナ・ラ・メラルダは、ギルドの建物を出てからそのまま真っすぐ、定宿としている高級宿へ向けて歩いていく。
彼女の脳裏には、先ほどギルドで受けた依頼の事と、その依頼を受けざるを得ない自分の立場に、遣る瀬無さを感じていた。
その依頼の内容とは、以下のようなものだった。
このグリーク辺境伯領の南に位置する、ベネティス辺境伯領。その北部にある都市、《シンガリア》の冒険者ギルドからの依頼であり、エルドールのエルフとの仲介を頼みたいというものだった。
ベネティス辺境伯領の周辺には、エルドール士族を名乗るエルフが住まう広大な森が広がっている。
西側と南側にはベネティス辺境伯領、北側にはグリーク辺境伯領。そして東にはガリアント山脈を抱くこの森は、『エルドール自治領』として『ロディニア王国』より自治を認められた領地だ。
建国当初、両者の関係性は良好であったのだが、時が流れるにつれ、両者の関係性は悪化の一途を辿った。
今では森付近の村々が細々と交流をしている程度で、冷戦状態と言っていい状態だ。
この不仲の原因は主に王国側の……というより、ベネティス辺境伯領を治める領主の傲慢さが原因となっていた。
このベネティス辺境伯領の領都《サルディニア》は、かつて『ロディニア王国』が建国された頃は、王都としてにぎわっていた都市だった。
二百年ほど前に、現在の王都へと遷都することにはなったが、それ以降も《サルディニア》に暮らす者たちの間には、自分たちこそがこの『ロディニア王国』の真の民であり、《サルディニア》こそが王都に相応しい。という認識が強く残っている。
それは領主も例外ではなく、代を重ねるにつれ、そうした選民思想のエッセンスが凝縮されていった。
そして、領主にとって目障りなのが、自分たちの領土を不当に占拠しているエルフ達の存在であった。
これまでもベネティス辺境伯には、国王直々にエルフ達への対応を改めるよう勅令が下されており、その結果大きな争いになる事まではなかったのだが、ちょっとした小競り合いは何度か発生していた。
特に、ここ最近は国王の権勢が弱まってきたこともあり、ますますベネティス辺境伯の所業が止められなくなってきている。
エスティルーナはこの《エルドールの森》出身のエルフであり、これまでも数度ロディニアとエルドールの間の揉め事を、仲介したことがあった。
今回も、その仲介役を求められたのだが……。
(もう今更私が何を言ったとて、同胞は聞く耳を持つまい……。とはいえ、今回の話が事実なら、放っておく訳にもいかぬ)
ギルドで聞いた話によると、なんでも森に不法に侵入した人間達がエルフの村を襲撃し、数名のエルフ達を奴隷として持ち帰ったというのだ。
ここ最近ベネティス辺境伯領では、『パノティア帝国』の人族至上主義が台頭しているとは囁かれていた。
だがまさかこのような蛮行を行うとは、エスティルーナも想定外であった。
(ゴールドルには申し訳ない事をしてしまったな)
不意にかつての冒険者仲間である、あの暑苦しい男の事を思い出すエスティルーナ。
彼からはこの依頼を受ける前に、ある頼み事をされていたのだが、今回の件でそちらには参加できなくなってしまった。
事情を聞いたゴールドルは「仕方ない、そう気にするな」とは言ってくれたものの、Aランク冒険者であるエスティルーナを必要とするような事態だ。
代用を探すにしても、大変であろう。
パーティーを組み始めた当初は、まるで珍獣を見るような目でゴールドルを見ていたエスティルーナであったが、今では長年冒険者として連れ添った、かつての大事な仲間の一人だ。
その仲間の頼みに応えられない事に、忸怩たる思いをエスティルーナは抱きつつ、宿へと辿り着く。
そして手早く旅の準備を整えていったエスティルーナは、宿を出た後に、街中で必要な物資を補充しながらも、足早に《鉱山都市グリーク》を立ち去るのだった。
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