228 / 398
第九章
第199話 悪魔の契約
しおりを挟む◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ……。どうしたものかしら」
朝食を終え、一人所在なく村を散歩していたメアリーは、昨日北条に告げられた内容について考え、ため息を漏らしていた。
確かに思い返してみれば、ここ最近のパーティーの雰囲気は妙な所が多かった。
実際そういった不安を慶介も抱いていたようだったが、まさかこのような事態になっているとは、メアリーとしては想定外の出来事であった。
「私も彼女と距離を取ろうとしないで、もっと親身になって話をしていれば……」
ついついそうした仮定の話を考えてしまっているメアリーは、出口のない思考の迷路を漂っていた。
そんなメアリーに話しかけてくる者がいた。
それは同胞の者でもなく、冒険者関連の人でもない……この《ジャガー村》の村民の一人だった。
「あっ、め、メアリーどん。お、おはようごぜえますだ」
その男は身長百九十センチ程もある巨漢の男で、麻の服の上に動物の皮を鞣して作ったチョッキ姿という、シンプルな衣服を身にまとっている。
「……あら、ゴラッサさんおはようございます」
このゴラッサという男は、異邦人達が初めてこの《ジャガー村》に訪れた際に、ビッグボアの討伐戦で重傷を負って臥せっていた、狩人の一人だった。
その後、村人の治療の依頼を受けたメアリーと咲良が、まず重症の者からという事で村長に案内されたのが、ゴラッサの家だった。
そして"回復魔法"でゴラッサの負傷を治したメアリーは、それ以来ゴラッサに好意を抱かれてしまい、普段は接触を避けるようになっていた。
メアリーが幾ら「私はすでに結婚しているので……」といっても、ゴラッサは納得できず……いや、想いが強すぎて諦める事が出来ない様子だった。
その様子を見ていた当初は、咲良も軽くメアリーにひやかしを入れてきたものだが、その度にメアリーが懇切丁寧に諭したお陰で、今ではそういった事はまったく口にしないようになってもらえていた。
「あ、あの、その……」
メアリーに対する想いは強いのだが、素朴でシャイなゴラッサは、強引に迫ったりする事はなく、その点だけはメアリーもほっとしていた部分でもあった。
しかし、今朝のゴラッサは何か神妙な顔つきである。何か嫌な予感を感じたメアリーは、このまま挨拶だけで通り過ぎようと思い口を開きかける。
「あの、私これから家に戻る所な――」
「こ、これっ! 受け取って欲しいだ」
しかしメアリーが言い終わる前に、ゴラッサが話に割り込んでしまう。
頭を下げ、両手で持った手紙らしきものを差し出しながら……。
「あの、ゴラッサさん。何度も言ってますけど、このような事は困ります……」
「あ、え、いやっ! 違うだ! おいどんからの手紙じゃなくて、これはメアリーどんに渡してくれと頼まれたもんだっ」
てっきり状況的に、ラブなレター的なものだと誤解していたメアリーは、 己の勘違いに恥じ入った。
思えば、識字率がそう高くない世界、それも農村に暮らしている者が、手紙のやり取りをする習慣などはないと、冷静に考えれば分かる事だった。
「そうでしたか。それでは、受け取っておきますね」
そう言って、ゴラッサの差し出した手紙を受け取るメアリーであったが、差出人が誰なのかまったく見当がつかなかった。
「そ、それじゃあ、おいどんはこれで失礼するだ」
そう言って、ゴラッサは肩で風を切らせて走り去っていってしまった。
ゴラッサの後ろ姿を見送っていたメアリーは、何とはなしに周囲を見回した後に、ゴラッサから受け取った手紙に目を通しはじめる。
会話だけでなく、この世界の文字の情報まで転移時にインプットされているので、彼ら異邦人は全員が『ヌーナ語』で読み書きが可能だ。
しかし、メアリーが受け取った手紙は、そういった知識が必要ない内容であった……。
▽△▽△▽
その日の夜遅く。
こっそりと部屋を抜け出したメアリーは、そのまま家を出て外へと向かう。
ダンジョンに行く訳でもないのに完全装備をしたメアリーは、村の北門から続く丘陵地帯を登っていき、やがて一本の大木がある低い崖の場所に辿り着く。
すると、メアリーの到着を察したのか、大木の裏から人影がひとつ躍り出てくる。
今日は雲のせいで月明かりもほとんど届かず、周囲は薄暗い。
ほのかに雲の隙間から差す微かな光だけが、辺りを照らしていた。
「どうやらちゃんと一人できたようね」
「……長井、さん」
そこで待っていたのは、現在進行している事件の大本である長井であった。
彼女もメアリーと同様に、完全武装スタイルでこの場に訪れていた。
手紙に書いてあった通り、この場には長井の他には誰もいなかった。……少なくとも、メアリーの感知できる範囲に人気配は感じられなかった。
そう、あの手紙は長井から送られたものであり、日本語で記されていたものだった。
大まかな内容は、話があるから夜この場所に来てくれ。危害を加えるつもりはないし、一人で会いにいく、というような事が記されてあった。
「やっぱ、その様子だと状況は大体掴めてるようね」
「ええ。北条さんが説明してくれました」
「……そう」
北条の名を聞いた時、ほんの一瞬だけ長井の顔に苦虫が這ったような表情が浮かんだが、この暗い中、少し離れた場所に立っているメアリーには、気づくことが出来なかった。
「ちなみに興味本位なんだけど、私の能力の事はどうやって知ったの?」
「それは……」
一瞬言いよどむも、あの時北条が語っていた根拠を語り出すメアリー。
メアリーの話を黙って聞いていた長井は、ふとある事に気づく。
(これは……、いけそうね)
「なるほど、ね。あの坊やにはまったく効果がないと思ってたけど、そんな裏があったと」
ダンジョンを探索する時以外に、パーティーメンバーと行動する事の少なかった長井は、慶介の耐性スキルについてはきちんと把握していなかったようだ。或いは単に興味がなかっただけかもしれない。
攻撃スキルならダンジョンの中で使う場面も出てこようが、耐性スキルとなるとわざわざ申告するなり話題に出るなりしないと、知る機会がないものだ。
「長井さん。あなたは何をしようと……何を考えてこのような事をしているのですか?」
一頻り長井の能力の根拠について話し終えたメアリーは、次に私の番とばかりに質問を返してくる。
その質問を聞いた長井は、ここがチャンス! とばかりに大仰に語り始めた。
「別に……最初はただ、気に食わない奴を私のいいなりに出来たらいいなって位だったのよ。でも、あの時『アイツ』に出会ってしまってからは…………」
そこで一端意味深に言葉を止める長井。
こっそりメアリーの反応を確認しながら、眼に力を籠めて感情的に話し出す長井。
それは名演と呼ぶ程ではないかもしれないが、素人目線では十分通用する演技だった。
「『アイツ』、ですか?」
「そうよ。あの悪魔のような……いえ、違うわね。『アイツ』は悪魔そのものだった。聞いたことない? この世界には実際に悪魔と呼ばれる存在が跋扈しているって」
その話はメアリーも聞いたことはあった。
なんでもとても恐ろしい存在で、昔から悪魔に関する物語や言い伝えなどは、どこの地域にも伝わっている、だとか他にも色々と話を耳にした事はあった。
長井の問いかけに首をコクンと振って答えるメアリー。
この暗い夜では見落としがちになりそうな仕草であったが、長井はしっかり見えていたようで、そのまま話の続きを進める。
「その悪魔に執拗に耳元で囁かれたのよ。勿論初めは聞く耳なんて持ってなかったんだけど……。フッ、それで無事で済むならここまで恐れられてもいないわよね」
そう話しつつ、自嘲気味に笑いながら長井が一歩ずつ距離を詰めてくる。
その長井の動きにメアリーも警戒を高めていく。
「そう、構えないでいいわよ。……ホラ、見て。この右腕のところ」
ある程度の距離で停止した長井は、そう言って腕をまくり、右上腕部に刻まれた紋様なものを見せる。
距離が縮まったせいで、微かにだがメアリーにもその紋様のようなものが確認できた。
「これは、いわば……悪魔との契約の印、ね。これがあるから、私はもうアイツに逆らいようがないのよ。逆らえばその時は私の魂ごとアイツに奪われるだけ」
「それは、もうどうしようもないのですか? 魔法か何かで契約を解除するだとか……」
「無理ね。少なくとも奴はそう言っていたし、私も調べた限りでは契約の解除に成功した例は見つからなかったわ。あるとしたら契約に逆らって魂を奪われ、契約から解放されるくらいよ」
「そう、ですか……」
「そうよ。だから、私はこうせざるを得ない訳なのよ」
話をしている最中、更に徐々に距離を詰めていた長井は、そこで一気に"魅了の魔眼"に力を注ぎこむ。
確かに少しずつ使用時の負担は減ってきてはいるが、それでもこうした場面では全力で扱わないといけなくなるので、結局負担に関しては変化がない。
絶対に慣れる事のない苦しみを味わいながら、少し呆けているメアリーの下にさっと近寄り、その顎に指を当ててクイッと自分と目線を合わせるようにする長井。
そしてしばし見つめ合う二人。
「……はぁ、はぁ。私もね、本当はこんなことはしたくはないんだけど、仕方がないのよ。今回は和泉が人質に取られているからね」
話しかける長井に対し、メアリーは反応をほとんど見せていない。
聞いていない訳ではないようだが、"魅了"のかかり始めで少し意識がボーッとしてるようだ。
「だからね。あなたも仕方ない事なのよ」
そう言いつつ〈魔法の小袋〉から何か取り出す長井。
「いい? 明日の昼、この場所に北条を連れてきて。そして、これをこっそりとあいつの腕に着けてもらえる? そうすれば和泉も無事で済むわ」
長井が手渡したのは、金属の腕輪状の装飾具で、表面には何か文字らしきものが刻まれている。
しかし、刻まれている文字は『ヌーナ語』ではないようで、読むことはできなかった。
「これを……北条さんに…………」
心神喪失のような状態に陥っていたメアリーは、夢遊病者のようにそう何度か呟いた。
「大丈夫。これも危険のあるものではないわ。あなたが気に病むことはないのよ。これしかあなたも北条も和泉も、助かる方法はないのよ」
そうメアリーの耳元で囁く長井の口元は、歪に歪んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜
タナん
ファンタジー
オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。
その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。
モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。
温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。
それでも戦わなければならない。
それがこの世界における男だからだ。
湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。
そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。
挿絵:夢路ぽに様
https://www.pixiv.net/users/14840570
※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
才能は流星魔法
神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。
流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。
ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。
井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。
山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。
井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。
二日に一度、18時に更新します。
カクヨムにも同時投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる