229 / 398
第九章
第200話 囚われの北条
しおりを挟む
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(フフフッ。上手くいったわね)
山小屋のアジトへと帰還する最中、ご機嫌な様子の長井は口角を上げてあの時の事を思い返していた。
(まさか、あの状態のままだとは思わなかった。けどお陰で話を上手く進めることが出来たわ)
長井がメアリーと対面して気づいた事がひとつあった。
それは、今まで長期に渡って徐々に徐々にかけていたメアリーへの魅了が、解除されていなかったのだ。
いや、正確に言うならば、これまでのメアリーは魅了にはかかってはいなかった。
ただその前段階として、これまで刷り込んで馴染ませていくように、少しずつ長井の魔眼の力は浸透してはいたのだ。
それは長井自身が、魔眼使用時に感じる手ごたえのようもので判断できる事柄だった。
相手が男性で、自分よりレベルの低いものならば、比べ物にならない位あっさりと魅了は成功してしまうのだが、メアリーや他の女性陣に関しては、長期戦のつもりでそうやって機会を窺っていた。
この世界では、高度な鑑定のマジックアイテムでも、その人のかかっている状態異常までは表示することが出来ない。
それ故に、これまでメアリーの中に蓄積されていった魅了の種は、気づかれる事はなかった。
種状態では、全く魅了がかかっていない状態と同じだという事なのだ。
なので北条が魅了解除を行おうと、元々魅了されていないから無駄という事になって、効果も現れない。
だというのに、メアリーの中に仕込まれた種はその状態のまま残り、いつか芽吹く日を待っている。
この状態の時に、もし"精神魔法"によって詳しく調べられていたら、メアリーが魅了の兆候にある事も判明したであろうし、その状態を解除する事も可能だったろう。
しかし北条の魅了解除は、「『状態異常:魅了』にかかった相手を解除するだけ」の効果でしかなかったのだ。
(相手を魅了状態にしても性格が邪魔をして、完全に言う事を聞かせられないのは面倒だけど、こうして多少工夫をして話を盛れば、そこはある程度補える)
「明日が楽しみね」
最後にそう一言小さく呟くと、長井は再びアジトへと戻っていくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日の朝。
北条はメアリーから話があると切り出されていた。
すでにこの時のメアリーは長井の魅了状態にあったが、軽く接した程度ではその違いは分からない。それが「状態異常:魅了」の怖い所でもあった。
約束自体は昼食の後にでも、という事だったので、それまでの間北条はナイルズの所へ顔を出したり、村長の下へ訪れたアウラらと話をしたりして過ごした。
そして昼食を終えた北条は、約束場所に指定された場所へ歩いていく。
(また、あの場所で密談をすることになるとは)
以前同じ場所でツヴァイ……頼人と話した時の事を思い出す北条。
(あの時は、初めに想像していた内容を一歩踏み超えた話をされてしまったが、果たして今回はどうなることやら)
頼人に呼び出しされた時も、そして今回のメアリーの呼び出しも、北条の中ではどういった話をされるのか、予想するアテがあった。
そして、メアリーからその話を切り出された場合、どう対処するかについて、未だに北条自身、決めかねていた。
(ん……誰、だ?」
北条が向かう先、あの一本の大木がある小さな崖付近には、人の反応が二つあった。
片方はメアリーなのは間違いなさそうだが、もう一つの気配。隠形系のスキルで身を隠していると思われる者の正体が分からなかった。
ただ、悪意を持って潜んでいることは分かったので、北条は待ち合わせ場所へと急いだ。
そして待ち合わせの場所まで到着した北条は、潜んでいる何者かがメアリーを狙ったとしても助けられるように、メアリーとの直線状に立ちはだかるように位置取りする。
それから少し息を整えた北条は、メアリーへと話しかける。
「どうやらぁ、待たせちまったみてえだなぁ」
「いえ、私も先ほど来たばかりですよ」
まるで、デートの待ち合わせの時のようなセリフを交わす二人。
北条は背後にいる謎の人物に気を使いながら、早速要件を切り出す事にした。
「それでぇ、話ってのはなんだぁ?」
「実は北条さんにお渡ししたいものがあるんです」
「……渡したいもの?」
「はい」
これまた頼人の時のように、想定外な話が割り込んできた事に、北条は一瞬思考が停止する。
しかしそんな北条の事など露知らずといった感じで、メアリーは話の先を続ける。
「少し……後ろを向いてもらえませんか?」
「んああ? あぁ……」
いつ本題を切り出してくるか身構えていた北条は、予想外のメアリーの言葉になすがままにメアリーへと背を向ける。
「これ、なんです」
そっと近寄ってきたメアリーは、そう言って北条の首に、何かチェーン状のモノを巻き付けてうなじ部分で留め具をはめる。
ひんやりとした金属の感触に思わず北条が「うひゃあ」と小さく声を上げる。
「こいつぁ一体……」
『其は楔。暗黒の淵より立ち昇りし黒炎よ。戒めとなれ』
北条が何か言いかけるのと同時に、呪文めいた言葉を発するメアリー。
突然のメアリーの行動に北条がハッとした表情を浮かべた瞬間、北条の全身を、黒い炎で出来た鎖のようなものが巻き付く。
と同時に、近くに潜んでいた謎の人物が急接近してきて、北条の肩口に手にしたナイフを深く突き刺した。
「ぐ、ぐあああ!」
ナイフはすぐに潜んでいた人物……『流血の戦斧』の盗賊であるコルトによって引き抜かれる。
反射的に北条は刺された箇所を手で押さえようと試みるが、思ったように体が動かない事に気づいた。
この黒い炎は、見た目に反して熱は感じないのだが、縄か何かで体を縛られたような状態にされていたようだ。
「へっ、無駄だぜ。その呪具〈黒縛呪〉は、相手の身体能力を著しく奪って、その奪った力でもって体の動きをも束縛させる。おまけに、俺のナイフには強力な麻痺毒がたっぷりと塗ってあるんだ」
「ぐぐぐぐっ……。 【が……」
「おおっと、そいつはさせねえよ」
コルトは北条が魔法を発動させようとしたのをいち早く察知し、手早く慣れた手つきで北条の口に縄を噛ませた。
「むううううううっ! ぬぐうううう!」
口を塞がれてしまっては呪文名を唱える事もできず、体の自由も奪われてしまっては北条に為す術はなかった。
「さあ、そっちの女もさっさと姐御のとこに帰んぞ」
コルトがメアリーにそう話しかけるが、メアリーは目の前の出来事にショックを受けているのか、「あ、あっ……」と狼狽えるばかりで、一歩も動こうとはしなかった。
「チッ、そーいやこいつは『とんでもない良い子ちゃん』だったな。魅了の方も|
奴《・》と違ってかかりが浅いから、ショックでも受けてやがんのか」
コルトがそう独り言ちていると、ゆっくりとした動きで北条の右腕が上げられていき、メアリーの事を追い求めるように右腕を構えた。
すると次の瞬間、メアリーから白い光が立ち上がり、朦朧としていたメアリーは心の内から晴れ渡っていくような感覚を覚えた。
「ふへろっ!」
そこに掛けられた北条の必死な声が、メアリーの意識を一気に覚醒させていく。
「んんっ……。北条、さん!」
「チッ、余計な事を」
慌ててコルトがメアリーの下へ向かおうとするも、全力を振り絞ったかのような、横からの北条の体当たりによって、二人は地面へと押し倒されてしまう。
ほんの一瞬。
北条と目を見合わせたメアリーは、コルトに背を向けて走り出した。
「ぐ、くそが! 待ちやがれ!」
小柄な体格のコルトが、北条を押しのけるのに時間をかけている間に、メアリーとの距離はどんどんと広がっていく。
そこに更に、
「おいっ、こっちで何か声がしなかったか?」
「もしかしたら、また村長を狙ってきた賊かもしれん。様子を見に行くぞ!」
という村の自警団だか、見回りの冒険者らしき者達の声が聞こえてくる。
「……仕方ねえ。とりあえずコイツだけでも」
そう言って、コルトは自身より重い北条を背負いながら、一目散にその場を離れていく。
幸いにも見回りの者達は更に追ってはこなかったようで、コルトは少し離れた場所に待機している長井らの下へと急いだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……あの女はどうしたの?」
盗賊職とはいえ、常人より遥かに優れた筋力を持つコルトであっても、自分より体格の大きい相手を背負って移動するのは、少し骨の折れる作業だった。
そして苦労して運んできた挙句の長井の第一声がこれだ。
しかし、魅了状態にあるコルトは、その事に不満を抱くことはない。
「それが、途中で狼狽えはじめやして……」
そう言ってコルトは一連の流れを報告した。
眉を顰めて話を聞いていた長井だったが、
「まあ、とりあえずコレを確保出来たからいいわ。コレが実際に魅了を解除したのを、その目で確認出来たってのも悪くないわ」
そう言って労いの言葉をかける長井。
当人は全くと言っていいほど、労いの気持ちなど持ち合わせていないのだが、言われたコルトの方は満足気だった。
「さあ、それじゃアジトに戻るわよ」
「あ、それならまずコイツの手足をふん縛っておきやしょう」
「どういうこと? コレにはあの呪具を付けてあるのよね?」
「それが……。ソイツはその状態でも若干動くことが出来るようでして……」
「マジかよ!? そいつは凶悪な魔獣でも一発で大人しくさせられるって聞いたのによお」
コルトの話に驚きの声を上げたのはドヴァルグだった。
この場には長井の他にも、『流血の戦斧』からドヴァルグと奴隷ドワーフのドランガランも一緒に付いて来ていた。
この呪具〈黒縛呪〉はシュトラウス司祭より貸与された呪具だ。
呪具とは、マジックアイテムの中でも呪われているものや、使用者に害をもたらすものなどの総称である。
等級としては、魔法道具ではなく、魔導具クラスの能力を持つ〈黒縛呪〉は、ドヴァルグの言ったように、凶悪な魔獣を生きたまま捉える際などに用いられることもある。
長井の、"魅了の魔眼"の能力の事を知ったシュトラウス司祭が、自分よりレベルの高い、使えそうな男を見つけた場合、これで動きを封じてからジックリ魅了をかけてくれ、と言われて手渡されていたものだった。
「まさか、コレに使う事になるとは思わなかったけど」
「ん? 何か言いやしたか、姐御?」
「なんでもないわ。さ、もう終わったようだし、さっさと行くわよ」
北条の手足をキッチリと縛り、〈黒縛呪〉と麻痺毒のトリプルで縛られ、一人で歩くことも出来なくなった北条。
それからは、コルトよりも更に背丈の低いドランガランによって、北条は乱雑に運ばれる事になるのだった。
(フフフッ。上手くいったわね)
山小屋のアジトへと帰還する最中、ご機嫌な様子の長井は口角を上げてあの時の事を思い返していた。
(まさか、あの状態のままだとは思わなかった。けどお陰で話を上手く進めることが出来たわ)
長井がメアリーと対面して気づいた事がひとつあった。
それは、今まで長期に渡って徐々に徐々にかけていたメアリーへの魅了が、解除されていなかったのだ。
いや、正確に言うならば、これまでのメアリーは魅了にはかかってはいなかった。
ただその前段階として、これまで刷り込んで馴染ませていくように、少しずつ長井の魔眼の力は浸透してはいたのだ。
それは長井自身が、魔眼使用時に感じる手ごたえのようもので判断できる事柄だった。
相手が男性で、自分よりレベルの低いものならば、比べ物にならない位あっさりと魅了は成功してしまうのだが、メアリーや他の女性陣に関しては、長期戦のつもりでそうやって機会を窺っていた。
この世界では、高度な鑑定のマジックアイテムでも、その人のかかっている状態異常までは表示することが出来ない。
それ故に、これまでメアリーの中に蓄積されていった魅了の種は、気づかれる事はなかった。
種状態では、全く魅了がかかっていない状態と同じだという事なのだ。
なので北条が魅了解除を行おうと、元々魅了されていないから無駄という事になって、効果も現れない。
だというのに、メアリーの中に仕込まれた種はその状態のまま残り、いつか芽吹く日を待っている。
この状態の時に、もし"精神魔法"によって詳しく調べられていたら、メアリーが魅了の兆候にある事も判明したであろうし、その状態を解除する事も可能だったろう。
しかし北条の魅了解除は、「『状態異常:魅了』にかかった相手を解除するだけ」の効果でしかなかったのだ。
(相手を魅了状態にしても性格が邪魔をして、完全に言う事を聞かせられないのは面倒だけど、こうして多少工夫をして話を盛れば、そこはある程度補える)
「明日が楽しみね」
最後にそう一言小さく呟くと、長井は再びアジトへと戻っていくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日の朝。
北条はメアリーから話があると切り出されていた。
すでにこの時のメアリーは長井の魅了状態にあったが、軽く接した程度ではその違いは分からない。それが「状態異常:魅了」の怖い所でもあった。
約束自体は昼食の後にでも、という事だったので、それまでの間北条はナイルズの所へ顔を出したり、村長の下へ訪れたアウラらと話をしたりして過ごした。
そして昼食を終えた北条は、約束場所に指定された場所へ歩いていく。
(また、あの場所で密談をすることになるとは)
以前同じ場所でツヴァイ……頼人と話した時の事を思い出す北条。
(あの時は、初めに想像していた内容を一歩踏み超えた話をされてしまったが、果たして今回はどうなることやら)
頼人に呼び出しされた時も、そして今回のメアリーの呼び出しも、北条の中ではどういった話をされるのか、予想するアテがあった。
そして、メアリーからその話を切り出された場合、どう対処するかについて、未だに北条自身、決めかねていた。
(ん……誰、だ?」
北条が向かう先、あの一本の大木がある小さな崖付近には、人の反応が二つあった。
片方はメアリーなのは間違いなさそうだが、もう一つの気配。隠形系のスキルで身を隠していると思われる者の正体が分からなかった。
ただ、悪意を持って潜んでいることは分かったので、北条は待ち合わせ場所へと急いだ。
そして待ち合わせの場所まで到着した北条は、潜んでいる何者かがメアリーを狙ったとしても助けられるように、メアリーとの直線状に立ちはだかるように位置取りする。
それから少し息を整えた北条は、メアリーへと話しかける。
「どうやらぁ、待たせちまったみてえだなぁ」
「いえ、私も先ほど来たばかりですよ」
まるで、デートの待ち合わせの時のようなセリフを交わす二人。
北条は背後にいる謎の人物に気を使いながら、早速要件を切り出す事にした。
「それでぇ、話ってのはなんだぁ?」
「実は北条さんにお渡ししたいものがあるんです」
「……渡したいもの?」
「はい」
これまた頼人の時のように、想定外な話が割り込んできた事に、北条は一瞬思考が停止する。
しかしそんな北条の事など露知らずといった感じで、メアリーは話の先を続ける。
「少し……後ろを向いてもらえませんか?」
「んああ? あぁ……」
いつ本題を切り出してくるか身構えていた北条は、予想外のメアリーの言葉になすがままにメアリーへと背を向ける。
「これ、なんです」
そっと近寄ってきたメアリーは、そう言って北条の首に、何かチェーン状のモノを巻き付けてうなじ部分で留め具をはめる。
ひんやりとした金属の感触に思わず北条が「うひゃあ」と小さく声を上げる。
「こいつぁ一体……」
『其は楔。暗黒の淵より立ち昇りし黒炎よ。戒めとなれ』
北条が何か言いかけるのと同時に、呪文めいた言葉を発するメアリー。
突然のメアリーの行動に北条がハッとした表情を浮かべた瞬間、北条の全身を、黒い炎で出来た鎖のようなものが巻き付く。
と同時に、近くに潜んでいた謎の人物が急接近してきて、北条の肩口に手にしたナイフを深く突き刺した。
「ぐ、ぐあああ!」
ナイフはすぐに潜んでいた人物……『流血の戦斧』の盗賊であるコルトによって引き抜かれる。
反射的に北条は刺された箇所を手で押さえようと試みるが、思ったように体が動かない事に気づいた。
この黒い炎は、見た目に反して熱は感じないのだが、縄か何かで体を縛られたような状態にされていたようだ。
「へっ、無駄だぜ。その呪具〈黒縛呪〉は、相手の身体能力を著しく奪って、その奪った力でもって体の動きをも束縛させる。おまけに、俺のナイフには強力な麻痺毒がたっぷりと塗ってあるんだ」
「ぐぐぐぐっ……。 【が……」
「おおっと、そいつはさせねえよ」
コルトは北条が魔法を発動させようとしたのをいち早く察知し、手早く慣れた手つきで北条の口に縄を噛ませた。
「むううううううっ! ぬぐうううう!」
口を塞がれてしまっては呪文名を唱える事もできず、体の自由も奪われてしまっては北条に為す術はなかった。
「さあ、そっちの女もさっさと姐御のとこに帰んぞ」
コルトがメアリーにそう話しかけるが、メアリーは目の前の出来事にショックを受けているのか、「あ、あっ……」と狼狽えるばかりで、一歩も動こうとはしなかった。
「チッ、そーいやこいつは『とんでもない良い子ちゃん』だったな。魅了の方も|
奴《・》と違ってかかりが浅いから、ショックでも受けてやがんのか」
コルトがそう独り言ちていると、ゆっくりとした動きで北条の右腕が上げられていき、メアリーの事を追い求めるように右腕を構えた。
すると次の瞬間、メアリーから白い光が立ち上がり、朦朧としていたメアリーは心の内から晴れ渡っていくような感覚を覚えた。
「ふへろっ!」
そこに掛けられた北条の必死な声が、メアリーの意識を一気に覚醒させていく。
「んんっ……。北条、さん!」
「チッ、余計な事を」
慌ててコルトがメアリーの下へ向かおうとするも、全力を振り絞ったかのような、横からの北条の体当たりによって、二人は地面へと押し倒されてしまう。
ほんの一瞬。
北条と目を見合わせたメアリーは、コルトに背を向けて走り出した。
「ぐ、くそが! 待ちやがれ!」
小柄な体格のコルトが、北条を押しのけるのに時間をかけている間に、メアリーとの距離はどんどんと広がっていく。
そこに更に、
「おいっ、こっちで何か声がしなかったか?」
「もしかしたら、また村長を狙ってきた賊かもしれん。様子を見に行くぞ!」
という村の自警団だか、見回りの冒険者らしき者達の声が聞こえてくる。
「……仕方ねえ。とりあえずコイツだけでも」
そう言って、コルトは自身より重い北条を背負いながら、一目散にその場を離れていく。
幸いにも見回りの者達は更に追ってはこなかったようで、コルトは少し離れた場所に待機している長井らの下へと急いだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……あの女はどうしたの?」
盗賊職とはいえ、常人より遥かに優れた筋力を持つコルトであっても、自分より体格の大きい相手を背負って移動するのは、少し骨の折れる作業だった。
そして苦労して運んできた挙句の長井の第一声がこれだ。
しかし、魅了状態にあるコルトは、その事に不満を抱くことはない。
「それが、途中で狼狽えはじめやして……」
そう言ってコルトは一連の流れを報告した。
眉を顰めて話を聞いていた長井だったが、
「まあ、とりあえずコレを確保出来たからいいわ。コレが実際に魅了を解除したのを、その目で確認出来たってのも悪くないわ」
そう言って労いの言葉をかける長井。
当人は全くと言っていいほど、労いの気持ちなど持ち合わせていないのだが、言われたコルトの方は満足気だった。
「さあ、それじゃアジトに戻るわよ」
「あ、それならまずコイツの手足をふん縛っておきやしょう」
「どういうこと? コレにはあの呪具を付けてあるのよね?」
「それが……。ソイツはその状態でも若干動くことが出来るようでして……」
「マジかよ!? そいつは凶悪な魔獣でも一発で大人しくさせられるって聞いたのによお」
コルトの話に驚きの声を上げたのはドヴァルグだった。
この場には長井の他にも、『流血の戦斧』からドヴァルグと奴隷ドワーフのドランガランも一緒に付いて来ていた。
この呪具〈黒縛呪〉はシュトラウス司祭より貸与された呪具だ。
呪具とは、マジックアイテムの中でも呪われているものや、使用者に害をもたらすものなどの総称である。
等級としては、魔法道具ではなく、魔導具クラスの能力を持つ〈黒縛呪〉は、ドヴァルグの言ったように、凶悪な魔獣を生きたまま捉える際などに用いられることもある。
長井の、"魅了の魔眼"の能力の事を知ったシュトラウス司祭が、自分よりレベルの高い、使えそうな男を見つけた場合、これで動きを封じてからジックリ魅了をかけてくれ、と言われて手渡されていたものだった。
「まさか、コレに使う事になるとは思わなかったけど」
「ん? 何か言いやしたか、姐御?」
「なんでもないわ。さ、もう終わったようだし、さっさと行くわよ」
北条の手足をキッチリと縛り、〈黒縛呪〉と麻痺毒のトリプルで縛られ、一人で歩くことも出来なくなった北条。
それからは、コルトよりも更に背丈の低いドランガランによって、北条は乱雑に運ばれる事になるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜
タナん
ファンタジー
オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。
その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。
モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。
温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。
それでも戦わなければならない。
それがこの世界における男だからだ。
湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。
そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。
挿絵:夢路ぽに様
https://www.pixiv.net/users/14840570
※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
才能は流星魔法
神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。
流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。
ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。
井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。
山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。
井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。
二日に一度、18時に更新します。
カクヨムにも同時投稿しています。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる