230 / 398
第九章
第201話 ナイルズへの報告
しおりを挟む◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(急がないと……)
北条の最後の抵抗によって、魅了状態を今度こそ完全に解除されたメアリーは、すぐ近くにある村へと急いで向かっていた。
移動の最中にも、迂闊に相手の術中に嵌ってしまい、北条を危険な目に会わせてしまった事に対する後悔の念が、次々とメアリーの心に押し寄せてくる。
だが、今ここで足を止める訳にはいかない。
そう歯を食いしばって、次々浮かび上がる自分自身からの言葉を振り切って走り続けたメアリーは、やがて自分たちの住んでいる家へと辿り着く。
息急き切ったメアリーは、彼女らしくなく少し乱暴にバタンッ、とドアを開く。
『女寮』の中にいたのは陽子だけであり、他のメンバーの姿は見えなかった。
勢いよく開けられた扉の勢いに。そして、目線を移し、荒々しく扉を開けたのがメアリーだと見て取った陽子は、二重の意味で驚いた表情を浮かべていた。
「メアリーさん、慌てた様子で一体どうしたんですか?」
「ここにいるのは陽子さんだけかしら?」
普段と違う様子のメアリーに、とりあえず話を聞いてみようと質問をした陽子は、逆にメアリーによる質問によって返されてしまった。
「え? はい、そうですけど……。他の皆は拠点で訓練でもしてると思いますよ」
その答えを聞いて、どうしたもんかと頭を悩ませるメアリー。そこへ、改めて陽子は先ほどと同じような質問を繰り返した。
「実は……」
すると、今度はメアリーからちゃんと返事が返ってきて、一安心した様子を見せる陽子。
しかし話を聞き進めるにつれて、そんな事言ってられない事態になってしまったと、陽子は顔を青ざめる。
「私はこの後ギルドの方に報告に行きますから、陽子さんは他の皆へこの事を伝えに行ってくれますか?」
「ええ、わかったわ!」
ここ最近の事態の推移に、気分のバロメーターが下降の一途を辿っていた陽子であったが、急変した事態に即座に対応しようとしていく。
それは信也襲撃事件以降に表れるようになってきた、陽子のここぞという時の対応力の賜物だった。
陽子への伝言を頼んだメアリーは、彼女に言ったようにその足で冒険者ギルドへと向かった。
だが生憎とナイルズは今忙しいようで、受付の女性も最初はすぐに取り合ってはくれなかったが、北条の仲間であり例の件に関する事だと伝えると、渋々ナイルズの下まで案内してもらえた。
北条などは何度か入室したことがある、《ジャガー村》支部のギルドマスターの執務室。
初めてこの部屋を訪ねるメアリーだが、今は緊張よりも焦りの方が強い。
室内に案内され、軽くナイルズと挨拶を交わすと、早速メアリーは本題について話し始めた。
「ホージョーが奴らの手に捕まったかのか……」
そう言って渋い顔をしているナイルズ。
「あの、それで彼を……それと魅了にかかっている二人も救出したいんですがが……」
「ふうむ。すまないが、それは今すぐには無理だね」
「何故ですか? 私や他の仲間から募って依頼料を出せば、そこそこの金額は出せます。それに、勿論私たちも一緒に行くつもりですし……」
メアリーはそう言っているが、勿論まだ他のメンバーの確認は取っていない状況だ。
一番反対しそうな連中が敵に回っている事から、恐らく反対はされないとは思われるが。
「実はね。もうじきグリークからの応援部隊が到着する頃なのだよ。その中には魅了を解除出来る"神聖魔法"の使い手も三名確保されている」
「それが、一体……?」
何の関係にあるのか? と問いかけようとするメアリーに先んじて、ナイルズが答えた。
「その応援部隊と、ここ《ジャガー村》にいる冒険者との合同で、今回の黒幕であるナガイらの下に乗り込む予定なのだ。であるので、今はDランク以上の冒険者に対する依頼は、取り下げるようにしてもらっている。……最もこの村で、Dランク冒険者を必要とする依頼人は、ほとんどいないがね」
「そ、れは……。到着は何時頃になる予定なのですか?」
「そうだな。応援部隊の方はじきに到着する頃だろうから、それから一日開けて次の日……と思っていたのだが、この様子だと中日を開けず、到着した次の日にでも乗り込むのでいいかもしれん」
この村は辺境の村ではあるが、街道は一応通っているし、強力な魔物が道中で現れるなどという事はない。
旅慣れた冒険者は勿論、神官たちの方も今回はレベルの高い者が多いので、この程度の旅は苦にもしないだろう。
流石に着いてそうそう向かうというのはしんどいだろうが、明けて次の日に出発する程度なら対応してもらえるだろう。
「明けて、次の日……。わかりました、それではその応援の方々が到着されましたら、私達も一緒に参加します」
「ふうむ、本来は今回の参加者は、Dランク以上の冒険者に絞っているので、まだEランクの君たちに参加させる訳にはいかぬのだが……」
そこまで言った所でメアリーの目が鋭さを増してくる。
その思いのほか意志の強い瞳に気圧された、という訳でもないが、ナイルズは慌てて先ほどの言葉に補足を付け足した。
「まあ、君たちは当事者でもあるし、部分部分ではDランク冒険者にも引けを取らない腕前である事も知っている。ジッと村で待機してろとは言わんさ」
「ご配慮、ありがとうございます」
そう言ったメアリーは、今後の方針が立った事でようやく落ち着きを取り戻し始める。
そんなメアリーに、ナイルズは忠告の言葉を投げかける。
「だが、危険は覚悟しておいてくれたまえ。これはまだ不確定な情報なのだが、奴らの背後には……」
「悪魔がいる、というのですね?」
「……そうだ。どうやらすでに、ホージョーからその事は聞いていたようだね」
「いえ、北条さんから聞いたのではありません。というより、北条さんもご存じだったのですか?」
悪魔に関する件について、両者の間に疑問符が浮かび上がる。
メアリーからすれば、あの攫われた時に直接悪魔の話題をした訳でもないし、背後に悪魔がいる事を未だに北条は知らないでいると思っていた。
逆にナイルズとしても、北条以外から悪魔に関する情報を得たらしいメアリーに対し、興味を示す。
「ああ、最初に聞かされた時はまさかとは思ったがね。君の方はホージョーから聞いたのでないと言うなら、一体どこで知ったのだね?」
「あ、それは先ほどは詳細は伝え忘れましたが、私と北条さんが『流血の戦斧』の一人に襲われる前に、長井さんから直々に悪魔に支配されてしまったというような事を聞いていたんです。私はよく分からなかったんですが、彼女の右腕には入れ墨のようなものがあって、それが印だとかなんとか……」
「む、それは……。"悪魔の契約"による印かもしれん」
「ええ、確かに彼女はそのような事を言ってました。悪魔の契約とは一体どういったものなのですか?」
「詳しい事については知られていないのだが、その名の通り悪魔と契約するスキルだか儀式だかの一種と言われている。契約者には君の言ったような契約印が体のどこかに浮かびあがる」
そして、悪魔の契約者となった者達は、追い詰められると黒い光を発し、急に身体能力が強化されるのだという。
先日に村長らを略取しようとした連中も、一部の者が黒い光を発し抵抗してきたとの事だった。
だがそれは彼らにとっても最後の手段らしく、一度黒い光を発したら身体能力は強化されるが、理性が段々と失われていってしまう。
更に強化も一時的なものであり、徐々に全身を覆うような黒い光も弱まっていき、その光が完全に途絶えてしまうとそのまま死んでしまうらしい。
「…………そう、なのですか」
「彼らが心配かね?」
「それはっ、勿論そうなのですが……。あの、彼女が言っていたんです。『私はもうアイツに逆らいようがないのよ』って」
「ホージョー達の事だけでなく、ナガイという女の事も気にかけているのかね」
「はい……。こうなってしまったとはいえ、元は同郷の方ですから……」
「ふむ……」
腕を組んだナイルズは、そう言ってメアリーを見遣った。
その視線はまるで孫が娘に向けるような、慈しむようなものであった。
しかし同時に、このような性格をしていたら、冒険者としてこの先やっていけるのかという、親心のようなものも含まれていた。
この人ひとりの価値が現代日本より低い世界において、メアリーのような善性を維持している人というのは、いない訳ではないがそう多くはない。
仲間に対しては強固な団結を示すことはあっても、敵となってしまった者にまで情けをかけられる程、心に余裕や慈悲がある者というのは貴重なのだ。
「確かに彼女が言うように、一度契約を結んでしまった場合、相手の悪魔に逆らう事はできないだろう。ただ、その状況を免れる方法がない訳でもない」
「本当ですか?」
「本当だとも。なあに、契約が気に入らないのならば、契約を結んだ相手を倒してしまえばいいことだ」
「あっ! そうですね!」
ナイルズの言葉に嬉しそうに返事をするメアリーだが、ナイルズの方は言葉とは裏腹に、内心では心配事があった。
(確かに、解除はされるので従う相手はいなくなる。しかし……)
冒険者としてCランクまでたどり着き、引退後もギルド施設で働いてきたナイルズは、悪魔に対しての知識も若干持ち合わせていた。
そうした知識の中に、確かに『悪魔討伐によって解放された契約者の話』は存在するのだが、それには問題が含まれていた。
その少ない症例の中では、悪魔を倒し、契約が解除された瞬間から理性が失われてしまい、廃人となってしまったケースも存在していたのだ。
必ずしもそういう状態になるとは限らないようだが、恐らくは契約した悪魔と深く精神的に繋がっていた場合、契約主である悪魔が死亡した際に受ける衝撃が大きいのだろう、と研究者たちは予想していた。
(その事を彼女に伝えるのは忍びない……。もしかしたら影響もない場合だってあるのだし、言わずにおこうか)
今までの経緯からして、ナガイという女が悪魔と接触を持ったのは、そう何年も前の話ではない筈だ。
それならば、彼女が受ける衝撃も少なく済むかもしれん。
そう考えていたナイルズだったが、もう一つ彼女が抱いているであろう懸念については、気休めかもしれないが話しておくことに決める。
「ああ、それとだね。すでに敵の手に落ちている二名と、今回攫われてしまったホージョーなのだが、彼らに関しては、必ずしも捕まったからといってすぐに契約を結ばされるとは限らないようだ」
「それは……契約には時間がかかる、ということですか?」
「いや、契約に関してだけいえば、そう手間がかかることではないらしい。ただ悪魔側も気軽に契約を結ぶことはないのだ」
そう言って、ナイルズは吸血鬼の例を出して、悪魔の契約についての話を始める。
悪魔達の目的は、人間には一切窺い知れぬ事ではあるのだが、彼ら悪魔は吸血鬼と同じく無闇矢鱈と人間と契約を結ぶことはないらしい。
恐らくは、悪魔にも契約できる数の上限のようなものがあるのではないか? と学者たちの間では推測されていて、吸血鬼が眷属を増やすよりは多くの相手と契約を結べるが、その数は百を超えない程度では? と予想されている。
「それ故に、特に能力に優れている者でもなければ、わざわざ悪魔も契約を結ぶことはしない。そして能力的に優れている者ならば、悪魔の契約に対しても抵抗をすることが可能なのだ」
実際に悪魔に囚われて契約を迫られるも、ギリギリの所で救出に成功した例というのも、極僅かに存在するらしい。
「という訳だから、君も少し心を落ち着けて待っていてくれたまえ」
「はい……そうですね」
ナイルズの言うように、そう易々と心が鎮まるというものではなかったが、ここで色々を話を聞いて、メアリーは多少落ち着きを取り戻していた。
「あの、それでは私はみんなの所へ戻ります。お話を聞いて頂いてありがとうございました」
「うむ、元気でな」
こうしてギルドを後にしたメアリーは、陽子の向かった拠点へと足を向ける。
そこでは、陽子の話を聞いた龍之介らが今やれることはこれ位なのだと、真剣な表情で訓練に取り組んでいるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜
タナん
ファンタジー
オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。
その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。
モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。
温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。
それでも戦わなければならない。
それがこの世界における男だからだ。
湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。
そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。
挿絵:夢路ぽに様
https://www.pixiv.net/users/14840570
※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
才能は流星魔法
神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。
流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。
ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。
井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。
山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。
井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。
二日に一度、18時に更新します。
カクヨムにも同時投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる