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第十章
第248話 アウラの町案内
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《ジャガー村》の北、一キロほどの辺りには《マグワイアの森》から流れてくる一本の川がある。
水量は少なく、川幅や水深も大したものではないこの小川からは、村人によって作られた水路によって分岐が設けられている。
分岐の先はため池になっているが、基本的に《ジャガー村》では天水農業を行っている。
そのため池の水が使用されるのは、干ばつが起こった時や火災が発生した時くらいだ。
川の本流はそのまま西へと続いていて、《ジャガー村》へと続く街道とぶつかっている。
そこにはしっかりと橋が築かれていて、石で作られたその橋は相応の頑丈さを発揮する。
今も大きな二頭立ての馬車がその橋の上を通過しているが、まったく問題はないようだ。
その馬車は屋根のない荷馬車でもなく、幌で覆われた商人がよく使うようなタイプでもない。
箱型のどっしりとした構えの作りをしており、中には最大で四人までが座れるように椅子が設置されている。
といっても、四人がきっちりと座ってしまうと中は大分窮屈になるくらい、広さはそれほど広くはない。
その窮屈さを嫌ったのだろうか。
この馬車の中には最大定員の半分、二人しか乗っていない。
ダンディーな髭を携えた中年の男と、冷たい印象があるエルフの女性の二人だ。
馬車の前後には騎乗した護衛の騎士がいるが、その数はそれほど多くはない。
護衛やお供の者を合わせても、全部で二十名くらいだろう。
馬車に乗っている二人の人物は、ここに来るまでの旅路の間でいくらか会話を重ねてはいたが、両者共に不必要な会話をするタイプではない。
主賓たる二人がそのような態度のせいか、周囲の護衛の者たちまで無駄口を叩くことをせず、厳かな行進が続いていた。
だがそれもようやっと終わりが見えてきたようだ。
「アーガス様。《ジャガー村》が見えて参りました。直に到着するかと思います」
「承知した。まずは本村の方へ向かわせてくれ」
「ハッ! かしこまりました」
御者の男からの報告を受け、指示をだす馬車内の男。
それから間もなくして、グリーク辺境伯領領主「アーガス・バルトロン・グリーク」は《ジャガー村》へと到着し、すぐさま村長であるジャガー・スパイクマンと面会する事になるのだった。
▽△▽△
「……それでは汝、ジャガー・スパイクマンの村長の任を解き、これよりジャガー町西地区の区長の任を与える。心して励め」
「ハ、ハハァ! 身命を尽くして任に就きますじゃが」
ここ《ジャガー村》は、つい数か月前までは田舎の村であり、領主を招くような立派な建物や場所などは存在していない。
現在建築中の町長宅が完成していれば、それなりの饗応もできたであろうが、生憎とまだ完成には時間がかかりそうだ。
そこで村長宅の応接間にてアーガスと謁見する事になった。
グリーク辺境伯領内にある町や村の領有権は、領主であるアーガス辺境伯に帰属する。
領主は各地の町村に代官を派遣、もしくは現地の者から選定し、徴税などの権限を与える。
特に町以上の規模の場所には、領主より準男爵や騎士爵といった爵位を与えられたものが代官として派遣される。
これら準男爵や騎士爵といった身分は、『ロディニア王国』の貴族としては認められていないが、準貴族といった扱いを受ける。
子爵以上の貴族は準男爵と騎士爵を、男爵家は騎士爵を任命することが可能で、世襲は出来ず一代限りとなる。
余り例は多くないが、こうした身分のものが何らかの功を上げ、王から正式に男爵へと叙爵されるケースもある。
そのため騎士爵や準男爵で野心のある者は、いずれは自分の家を持とうと職務に励む。
ジャガー村長はこの《ジャガー村》を興した本人であり、本来なら職務が滞るほど衰えない限りは、そのまま村長として過ごすはずであった。
しかしダンジョン発見から続く目まぐるしい村の変化によって、村は町へと急成長を遂げる。
そしてダンジョンが傍にあるという事で、重要拠点となった《ジャガー町》には、アーガスの娘であるアウラ・グリークが騎士爵に任命され、町長に就任する事が決まった。
その際に旧村長であるジャガー・スパイクマンが、こうして西地区の区長となる事が決定したのだが、当初ジャガーはこれを固辞していた。
それは先日にアウラが誘拐されてしまった件や、魅了状態になり村に混乱をもたらしたという理由からだ。
しかしアーガスは、悪魔をのさばらしにしていた事が根幹にあるとし、ジャガーの申し出を一蹴し不問とした。
この温情に感激したジャガーは、残り短い人生をアーガスへと捧げる決心をする。
「うむ。其方の事は我が父『ザイガス・ドーン・グリーク』より話は聞き及んでいる。任せたぞ」
「ハッ、有難きお言葉!」
膝をついたジャガーがアーガスに頭を垂れる。
そこへジャガーへの区長任命が終わったのを見計らって、同席していたアウラが父に話しかける。
「父上。それで本日はこれから如何なされるのですか?」
公式な場や任命を受ける際などには、アウラはアーガスの事を『グリーク卿』と呼ぶが、それ以外の場では父上と呼んでいた。
そしてアウラの方にはすでに、騎士爵への任命と町長への就任が伝えられている。
「日が暮れるまでにはまだ時間がある。それまで村……いや、町の様子を見て回ろうかと思っている」
「でしたら私に案内役をお任せください」
「うむ。頼んだぞ」
町に着いたばかりだというのに、早速町の見学に向かうというアーガス。
この辺りが『ロディニア王国』の一般的な貴族とは異なる点だ。
娘が直々に案内してくれるとあって、アーガスは厳つい顔をしながらもどこか嬉しそうだ。
「では参りましょう」
▽△▽△
斯様にしてアウラによる町の案内が始まった。
はじめは本来の《ジャガー村》の領域であった西地区から巡り、そこから新村地区と呼ばれていた東地区へとアウラの案内が続く。
アウラも久々に父に会えて嬉しいのか、普段見せないような嬉しそうな表情を覗かせている。
アウラと共に行動しているマデリーネは、そんなアウラの姿を眩しそうに眺めていた。
案内といってもまだそれほど案内する場所というのも多くはなく、町自体もまだ発展の途上であるので、そこまで時間がかかるものではない。
最後に建築途中の町長宅へとアーガスを案内すると、アウラの町案内は終わった。
「ほおう、これが話に聞いた強化壁か」
アーガスが町長宅を囲っている壁に手を当て、感心したような声を上げる。
「はい。石壁に【アースダンス】という土魔法を使用して、より強度を高めてあります」
「どれ……」
そう小さく呟くと、アーガスは「こいつを借りるぞ」と言って護衛の騎士から槍を受け取る。
突然話しかけられ、少し緊張した様子の騎士から槍を受け取ったアーガスは、槍の石突部分でもって思いっきり壁を打ち付けた。
ゴイイイィィンッという鈍い音を響かせたその一撃は、まともに人に当てたら数メートルは吹っ飛んでいくのではなかろうかという程、重い一撃であった。
そんなアーガスの渾身の一撃でも、壁には罅一つ入る事なく無事だ。
「なるほど。たいした防御力だ」
そういってアーガスは槍を騎士へと返却する。
「アウラもこの壁を強化する魔法を取得したのだったな」
「はい。しかし、私の魔力ではこの邸宅の規模の外壁を強化するだけで、ひと月はかかるかと思われます」
「ふむ、それをかの者は二日で為したと?」
「その通りです。複数の魔法を使いこなすとは言っておりましたが、それにしても規格外の魔力かと思われます」
アーガスが村に到着する前、まだ《鉱山都市グリーク》にいた頃から、かの者――北条についての話は聞き及んでいた。
それはアウラからの知らせであったり、身近な所ではギルドマスターであるゴールドルからだったりする。
村に到着してからも、アウラより北条の話については聞かされており、グリーク家の庇護を受けたいという話も伝えてあった。
「…………」
アウラの返答を聞いて、顎に手を当てて何やら考え込むアーガス。
渋いダンディーな髭をしたアーガスは、そうしたちょっとした仕草ひとつとっても絵になる。
「そのホージョーという男は今はどこにいるのだ?」
「は……、ええと恐らくはこの時間ならば拠点にいるかと」
すでにアウラはその拠点に向けて使いの者を出しており、アーガスが到着した事と、恐らく明日か明後日にでも呼び出しがあるだろうから待機するように、という事を伝えていた。
「……よし。ではこれからその"拠点"とやらに向かうぞ」
「え? あの、父上。今これからですか?」
「そうだ」
短く言い放ったアーガス。
その目は獲物を見定めるかのようだった。
こうして到着初日から、アーガス一行は北条たちのいる拠点へと向かう事になった。
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