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第十一章
第262話 ブラッディウルフ
しおりを挟むレイドエリア二十層で他の冒険者たちとの揉め事があってから、更に数日が経過した。
ゆっくりとしたペースで進む信也達一行は、森と草原ゾーンの終わりである二十二層に再び戻ってきていた。
彼らの目の前には石の床に描かれた魔方陣がある。領域守護者を呼び出すためのものだ。
「さーて、次はどんなお宝がでるかな?」
ボス戦の前だというのに、ワクワクした様子の龍之介。
とはいえ前回は長期戦にはなったものの、苦戦というほどでもなかった。
恐らく龍之介の中では、すでにボスを倒してお宝を開ける場面が浮かんでいるのだろう。
…………もっとも、ボスを倒しても前回のように必ずしも宝箱がドロップするとは限らない。いや、むしろ前回はたまたま出ただけで、領域守護者から宝箱がドロップする確率はそう高くはない。
「では呼び出すぞ」
そう言って信也が魔方陣に魔力を込める。
するとすぐにも魔方陣全体に光がいき渡っていき、その間に信也は仲間が控える場所へと即座にさがった。
「グルルルルルゥゥゥ……」
やがて魔方陣に魔物が呼び出されるが、その姿は前回のパトリアークホースとは違い、狼の姿をしていた。
呼び出されるなり低い唸り声を上げるその狼は、頭の部分が成人男性と同じ目線になる位の大きさをしており、このエリアに出現する属性ウルフに比べると大分大きい。
毛色は赤黒い色をしていて濃淡があり、見た感じの印象ではフサフサというよりはつやつやとしていそうだ。
「あれはブラッディウルフ! Dランクの魔物です」
姿を確認するなりカタリナが魔物の正体を知らせてくる。
そして続けて魔物の特徴について、カタリナが説明しようと口を開いたその時、ブラッディウルフは信也達の方へ猛スピードで掛けてきた。
「む、みんな下がれ!」
そう言って信也は向かってくるブラッディウルフに〈インパクトシールド〉を向けて、いつでも"シールドガード"を発動できるように待ち構える。
しかし真正面からぶつかるのはまずいと判断したのか、ブラッディウルフは進行方向を僅かに逸らし、信也の脇を抜けていこうとした。
「させるかっ!」
すかさず信也も横に大きくステップして、ブラッディウルフの行く手を遮ろうとする。
だがそうした信也の動きも想定していたのか、ブラッディウルフは勢いの着いたまま鋭い爪のついた右前脚を振り下ろしてきた。
「ぐっ」
信也はその一撃を盾で受け止めると、即座に"シールドバッシュ"を発動させて、盾を相手の頭部目掛けてたたきつける。
「グァォォ」
低く声をあげるブラッディウルフだが、領域守護者だけあって、入ったダメージは全体からするとほんの微々たるものだろう。
しかし足止めに関してはバッチリと成功し、更にそこへ楓の【影縛り】などで更に動きを封じられたブラッディウルフ。
ブラッディウルフの方へと近寄ろうとしていた前衛も、一端その場で動きを止め、続く後衛による遠距離攻撃が終わるまで様子を見守る。
こうしてまた別の領域守護者である、ブラッディウルフとの戦いの火蓋は切って落とされた。
▽△▽△
ブラッディウルフとの戦闘は、あれから小一時間程で決着した。
パトリアークホースと比べると戦闘時間は短くなったものの、戦闘に参加した者たちの大半の感想としては、「馬より厄介だった」というものだった。
まずブラッディウルフは攻撃力がパトリアークホースより高いようで、致命傷とは言わないまでもそれなりのダメージをもらい、僅かに戦線が崩れる場面が何度かあった。
それと、ブラッディウルフの使用してくる"血魔法"という魔法スキルも厄介だった。
この魔法スキル自体は、Gランクの魔物であるヴァンパイアバットも使用してくるのだが、使い手のレベルが上がることで使用してくる魔法もバリエーションが増えている。
血で出来た槍を射出する【ブラッディランス】や、血を強酸性へと変質させ霧状にしてばらまく【アシッドブラッド】。
またそうした攻撃用の"血魔法"以外にも、血液から生命力を吸収してHPを回復させる【ブラッドヒール】なども使用してきた。
ボス戦でちょこちょこボスが回復するというのは厄介な話だ。
それも領域守護者として出現しているので、MPの量も多い。
つまり、魔力切れで魔法が使えなくなる事も基本無いのだ。
とはいえそんなブラッディウルフ相手に、前回より短い時間で勝利することが出来た。
それには以下のような事情があった。
まず、パトリアークホースよりブラッディウルフのHPが単純に低いという点。
次に前回と比べるとレベルアップで強くなっているし、芽衣の〈フレイムランス〉など、装備も若干変わっている点。
そして最後に、信也達のパーティー構成が良かった点だろう。
普通の冒険者たちがフルレイドパーティーでブラッディウルフに挑めば、その分ダメージを負う人数も増えてしまう。
【ブラッドヒール】の魔法は、血に含まれる生命力を吸収するので、自分の血液にかけても術者自身の中で生命力が移動するだけで、回復効果はない。
むしろ生命力を吸収する際にロスが生じてしまうので、自分の血に【ブラッドヒール】を掛けても、逆にHPが減ってしまう事になる。
つまり自分以外の血が必要になる訳だが、"付与魔法"や北条の"同族強化"スキルで強化された信也達は、大きな出血を伴うダメージがほとんどなかった。
更に言えば、相手が"血魔法"を使ってくるという事で、途中から召喚した魔物をジャイアントアーミーアントなどの昆虫系メインへと入れ替えていた。
昆虫系の魔物も体液のようなものはあるが、これは血には分類されないらしく、これで【ブラッドヒール】を発動させる事はできない。
こうして回復の手段を封じたことで、無事に短時間でボスを撃破する事に成功したのだった。
「ちっ、今回は宝箱なしかよっ」
「まあ領域守護者といっても、宝箱なんてそうそうでないッスからね。守護者クラスになると大分期待出来るんッスけど」
「ふーん、守護者ねえ……」
「まあなんにせよ無事倒せたのは何よりだ。最初は馬が出てこなくて驚いたが」
「領域守護者は必ずしも出現する魔物が決まってる訳じゃないのよ。もちろん固定で同じ魔物が出るところもあるけどね」
戦闘を終えて気が抜けた信也達は、軽い雑談をしながら休憩を取っていた。
龍之介の言うように今回はドロップに宝箱が含まれておらず、成果としては〈ゼラゴダスクロール〉などの定番の品や、本来のブラッディウルフのドロップだけだった。
「まあボスを周回するなら、同じ魔物が出続けるよりはドロップの種類も増えるから悪くなさそうね。馬と血狼以外にも出るのかしら?」
「ボスの周回ねえ……」
陽子の言葉にカタリナは若干眉を顰める。
「ロベルトの話だと守護者ともなれば、宝箱ドロップにも期待できるのよね? あ、それとも守護者ともなると再びボスが沸くまで時間かかるとか?」
「いえ、ええと……そうね。守護者ともなると、一度倒したら数日は守護者の間へと入れなくなる事もあるわ。けど、問題はそれだけじゃないわ」
「問題?」
「そう。守護者や領域守護者などの、特定の場所を守っている魔物たちは、再沸きしてからすぐに倒すのを繰り返していくと、段々強さが増していくのよ」
「う、それは厄介な性質ね」
「うん。だから迷宮都市によってはボスの周回を禁じている所もあるわ」
これは冒険者ギルドとして明記された規則ではなく、あくまで迷宮を抱える都市が独自に定めたものだ。
ボス周回によって鬼強化され、周回してた冒険者ですら倒せなくなってしまうと、しばらくの間その強化ボスは居座り続ける事になってしまう。
しかもドロップなどは別に変化がないので、それだけ強化されてしまうとドロップとボスの強さが釣り合わなくなる。
こうなると一時的にダンジョンの一部が閉鎖されたも同然だ。
サルカディアはまだ発見されて間もなく、最寄の町もまだまだ発展途上で規模はそれほどでもない。
しかしダンジョンの規模自体は最大規模であるので、〈ジャガー町〉でも後々そうした決まりは出来てくだろう。
「それじゃあ、もう一周してここのボス倒すのはよした方が良さそうですね」
「んー、別に数回狩る程度ならそこまで問題はないと思うけど、待ち時間はかかるわよ?」
「まあそれは周辺の魔物狩りでもしてればいいと思うがぁ、今回はひとまずこれ位でいいだろう。あとはこの先の山岳エリアをちょっと探索して帰ろう。それで芽衣も丁度良い感じになりそうだぁ」
「ちょうどいい感じ、ですか~?」
北条の言った事に対して、本人である芽衣自身に心当たりがないようで、間延びした声で尋ねる。
「あぁ。双子兄妹を除いて、和泉や他の奴らはもう最大まで上がっているがぁ、芽衣もあと少しでマックスになりそうだぞぉ。『職業レベル』の方がなぁ」
ぽんと飛び出た『職業レベル』という言葉に、芽衣以外の者も北条へと注目の視線を送る。
幾人もの視線を受けた北条は、軽く『職業レベル』について話し始めるのだった。
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