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第十一章
第274話 タイガースマッシュ
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「あ、シンヤさん。そこでストップッス」
「分かった」
北条らと別れ、新しいエリアを探索してからこれで何度目の制止だろうか。
地下迷宮エリアの十層から分岐するこのエリアは、それまでと同じ人口的な地下迷宮タイプの様相を呈しているのだが、まったく同じという訳ではない。
このエリアには罠がとても多いのだ。
その為、冒険者の間ではこのエリアを罠エリアなどと呼んでいる。
『プラネットアース』でも、ロベルトを先頭に罠に注意しながら移動しているのだが、こうも罠の発見が多いと探索の方も進みが遅くなってしまう。
「うー、こうパパっと走り抜けちゃえば、罠にかからないでいけないかな?」
「ちょ、そんなことはしないでくださいよ!?」
どこまで本気か分からない由里香の言葉に、慌てて言い返すロベルト。
これでもこのエリアの探索を開始して数日が過ぎて、少しは慣れてきたのか探索速度は若干上がってきている。
「これで……ヨシっと。みなさん、罠は解除できました。でも、今度は魔物の方が近くにいるみたいッス」
「今度こそあたしの出番だねっ!」
腕まくりしながら、由里香やロベルトを先頭に魔物の気配の方へ向かうと、そこにはたくさんの猿の魔物の姿があった。
といっても、あの時の猿の魔物ではない。
マスモンキーというFランクの小柄な猿の魔物だ。
もっとも小柄といっても体長は七十センチほどはあるし、集団で行動して"連携"のスキルを使ってくるので油断はできない。
最初の方の階層ではマスモンキーしか出てこなかったのだが、途中から一回り大きいボスモンキーという魔物も一緒に出現するようになっていて、その集団戦闘力は更に増していた。
だが……。
「てぇい!」
「いきま~す」
「わぉぉぉん」
由里香たちのレベルも上がり、Fランクの魔物が集団で襲い掛かっても十分に対応できるようになっていた。
芽衣も微精霊のコンペイトーを出してはいるものの、魔物の方は契約しているマンジュウとダンゴしか出しておらず、限界数まで魔物を出すまでもなく、自ら槍を持って敵を蹴散らしていく。
「ウオオオオッ! かかってこい!」
大きな唸り声をあげている信也は、同時に闘技スキル"プロヴォーク"を発動しており、その効果によって何匹ものマスモンキー達が信也へと敵意を向け襲いかかってくる。
「フゥッ、ハッ!」
それらの攻撃を、主に〈インパクトシールド〉を使って巧みにしのいでいく信也。
そして攻撃を防がれ隙の出来たマスモンキーには、芽衣や由里香ら他のメンバーの攻撃が襲いかかる。
ロベルトも罠解除だけでなく、戦闘の方でも活躍を見せる。
短剣を両手に一本ずつ持って戦う、"短剣双術"を駆使し、身軽な動きで魔物の首を掻っ切っていくロベルトに、陽子もやたらと〈雷鳴の書〉を使って敵を攻撃していく。
攻撃手段を求めて始めた、"投擲術"の方もすでに結構な腕前になっている陽子であったが、やはり直接攻撃できる魔法スキルというものには未だに憧れがあるらしい。
"結界魔法"の維持に問題がないレベルで、〈雷鳴の書〉を使って"雷魔法"を覚えようとしているようだ。
「フゥ、今ので最後か」
「和泉さん。【キュア】いきますね」
優勢なまま戦闘が続き、魔物の殲滅が終わった後。
軽く攻撃をもらっていた信也に、咲良が"神聖魔法"を掛けて治癒をしていく。
戦闘としては苦戦するような相手ではなかったのだが、それでもちょっとしたダメージは喰らってしまうもので、そうしたものでも蓄積していくと動きが鈍っていってしまう。
特に信也は敵を引き付けて戦う、タンクのような戦い方をしているので、その分ちょっとしたケガも多い。
「ああ、ありがとう。いつも助かるよ」
「いえ、仲間の治癒も私の役目ですからね」
これまでの『サムライトラベラーズ』では、咲良はどちらかというと治癒よりも攻撃にMPを使っていた。
由里香は基本動きで翻弄するタイプなので攻撃をもらう事も少な目で、北条に至っては能力を明かす前から公開していた"ライフドレイン"で自前回復していたので、咲良の"神聖魔法"の出番は少なかった。
それが今のパーティーでは信也がタンクを引き受けているため、治癒魔法の使用回数が増えている。
これは咲良にとって"神聖魔法"のスキル上げの機会でもあるし、今までとは少し違った戦闘での立ち回りから学べる事も多い。
「そろそろ先進むッスよー」
「承知した。いまそちらへ行く」
咲良からの【キュア】を受けてHPを回復させた信也は、再び所定の位置――最前を進むロベルトの後ろ、由里香と横並びの位置に戻っていく。
▽△▽
こうして歩みは少し遅いながらも、着実に先へと進んでいく『プラネットアース」。
そんな彼らの前に、冒険者にとっては無視できない存在が待ち構えていた。
「あっ、宝箱だー!」
「ユリカさん、ちょっと待つッス!」
通路の奥に見えた宝箱に、一目散で駆け寄ろうとする由里香を慌てて止めるロベルト。
由里香の性格にも少しずつ慣れてきたようで、ロベルトは宝箱を発見した時からそうなるのではないかと身構えていたおかげで、すぐに対処が出来た。
「えー、でも宝箱だよ?」
「由里香ちゃん。ここは罠が多いから危険なのよ~」
「うー、そっかあ」
由里香と芽衣が二人で話してる間にも、ロベルトは罠の存在を探していく。
だが結局この通路には罠が仕掛けられている事はなかったようで、それを告げると由里香は一目散に宝箱へと向けて駆けていく。
「たっからばこー♪ 何が入ってるっのかなー!」
今にも小躍りしそうなウキウキのテンションで、宝箱に手を掛ける由里香。
しかし宝箱は由里香が開けるまでもなく、自らその口を開いていた。
「ほへっ……? にゃああああああぁぁっ!!」
慌てて出していた手を引っ込める由里香。
その一瞬後には、先ほどまで由里香の手があった位置に噛みついている、宝箱の姿があった。
「そ、そいつは『イーターボックス』ッス! 気を付けてっ!」
ロベルトの警告の声を聞く前に、すでに反射的に後ろに距離を取って戦闘態勢に入っている由里香。
その動きと態度の切り替えは、いっぱしの冒険者といっても過言ではないだろう。
「イーターボックス……。ミミックのようなものね」
そう独り言ちながらも、〈雷鳴の書〉を使って先制の一撃を加える陽子。
ロベルトによって、イーターボックスという名前だと判明したソイツは、見かけは箱の形をしているものの、中にはナニカが潜んでいるようで、微かに箱の隙間からは黒い影を覗かせている。
箱の開閉部分にはギザギザとした歯が生えそろっていて、しきりに箱を開け閉めさせて示威行為をしているようだ。
これだけならどこかで見た事あるような魔物であるのだが、この魔物は更に箱の中から触手が何本か伸びていた。
開け閉めしている開閉部分だけでなく、箱の底部など何か所かにも穴が開いていて、そこからも触手が伸びたり引っ込んだりしている。
それらの触手を器用に動かして自身の体を持ち上げ、意外と機敏な動きで移動するイーターボックス。
狙いは一番近くにいる由里香のようだ。
「うわぁ……」
大口を開けて丸齧りしてやるとばかりに接近してくるイーターボックスに、若干引いたような声を上げつつも、由里香の体はきちんと対応していた。
ただ流石に少し慌ててしまっていたのか。
本来使うつもりもなかった大技を繰り出してしまう。
「えいっ、えいっ、やぁー、やぁー! ぐうぅっとストレートぉ!」
息もつかせぬ由里香の連続攻撃は、まるで一連の動きそのものがまとまった一つの流れのように、相手の反撃を許すこともなくひたすら攻撃を連打し続ける。
そして最後に腰の入ったストレートを撃ち放つと、イーターボックスの胴体部分に大きな穴が開き、通路の奥にある壁へと吹っ飛んでいく。
これは"タイガースマッシュ"という、一連の動きそのものが一つのスキルとなっている技だった。
闘技スキルの中でも秘技に位置する、これまでの由里香の必殺技である"炎拳"と同レベルの強力なスキルだ。
このスキルは「芽衣もそれっぽいスキル覚えたし、由里香もこれ覚えてみるかぁ?」と北条に言われ、最近練習をしていたスキルだった。
難度の高い秘技クラスの闘技スキルだというのに、妙に取得までの期間が短かったのは、北条の持つ称号の効果だけでなく、由里香にはこの技が合っていたのだろう。
なお、結局最後まで由里香は、北条が言っていた「芽衣のそれっぽいスキル」発言の意味は汲み取れなかったようだ。
「うあ、これまたすごい乱舞ね」
「え、乱舞ッスか?」
ロベルトの問いかけには答えず、イーターボックスの吹っ飛んでいった方へと歩いていく陽子。
途中で由里香とも合流し、通路の奥――すでに光の粒子となってドロップへと変化しているイーターボックスの下に向かう二人。
そこには触手などの中身だけ抜けた、箱のガワの一部だけが残されていた。
どうやらこの箱の部分がドロップアイテムという事らしい。
「はぁ……。小さなメダルは出ないのね」
「え? 小さなメダルって何ッスか?」
再び訪ねてくるロベルトを無視し、"アイテムボックス"に箱の残骸を収納した陽子は、信也らの下へと引き返すのだった。
「な、何なんッスかああああ!!」
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