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第十一章
閑話 転移前 ――信也編――
しおりを挟む「なあ、俺と一緒に事業を始めないか?」
そう信也に声を掛けてきたのは、どこの誰かも知らない得体のしれない相手ではなく、子供時代に同級生だっただけの久しぶりに連絡を取ってきた相手……でもない。
そいつは高校時代に出会った親友で、大学も同じところへと進学し、互いに気心の知れた相手であった。
「また何かに影響されたのか? 恭也」
付き合いそのものは高校時代からだったので、まだ十年にも満たない関係の二人。
しかし、よくつるんでいた事もあって、信也はこの男――石崎恭也の事はよく理解していた。
これまでもソロキャンプを舞台にしたアニメを見ては、「おう、信也! 一緒にソロキャンプ行こうぜ」と言ってきたり、山登りする女子高生のアニメを見ては「おう、信也! 一緒に山に登りにいこうぜ!」と誘ってきた事があった。
そんな友人に対し「お前、二人でいったらソロキャンプじゃないだろう」などと言いつつも、信也も恭也の突飛な発言には何度も付き合わされてきた。
といっても別に嫌々という訳ではない。
信也は自分自身を退屈な男だと思っており、特に自発的に始めた趣味も持ち合わせていない。
そんな信也にとっては、次々と色々な事を提案してくる恭也は刺激にもなっていたのだ。
「いーや! 今回は別に漫画に影響されたとかじゃないぜ。いやさ、俺達も来年からは本格的に就職活動に入らんといかんし、卒論なんかもあるし、忙しくなってくだろ? そうなる前に、先に事業を立ち上げて準備しておこうって話だ。就職活動もしなくて済むようになるしな!」
「お前の言いたい事は分かった。だが、事業といっても何をするつもりなんだ? アテでもあるのか?」
「フッフッフ、信也よ。今の時代は何だ?」
「あっ、え? 何だって言われても困るが……」
「ふっ、相変らず察しの悪い男だな。知ってるか? 今は『あいてぃー』の時代なんだぞ」
ドヤ顔でいう恭也に対し、信也はハトが豆鉄砲をくらったような顔で見つめ返す。
「その顔は初めて聞いたって顔だな? いやな? 俺もそっち方面は詳しくねーんだけど、二十年前と比べると『あいてぃー』企業の数が激増してるらしいぞ。これって俺らにも参入の余地があるんじゃね?」
「……色々と突っ込みどころがあってどうしたもんやら」
親友の突拍子もない話に顔をヒクヒクとさせる信也。
しかしこの親友の提案は、後に形になっていくことになる。
初めは信也もまともに相手にしていなかったのだが、人付き合いがよく、人から好かれやすい恭也は謎の人脈の広さを持っていた。
誘っている本人は相変わらずITの事についてほとんど知らないような状態なのに、次々とメンバーだけは集めていったのだ。
話半分だった信也も、自分では止める事の出来ない大きな渦に巻き込まれたように、恭也によって大きく人生が動かされていく。
そして結局は数人の仲間と共に大学を卒業後に、合同会社を設立する事となった。
資本金については信也を初め、他の仲間もそれぞれ出していたのだが、大元である恭也が「あ、俺こないだ宝くじで五百万円当たったからよ。それを全部つぎこむぜ」と、なんでもない事のようにポンっと大金を出していた。
具体的に会社でどういった業務を取り扱うのか、だとかそういった事は信也らが四苦八苦しながら基礎を作り上げていき、恭也がその人たらしの際で取引先を開拓していく。
自転車操業というか、どこかで一つ失敗すればそのまま全体が破綻してしまうような危うい状態で始まった会社運営は、それこそ初めの頃は行き当たりばったりといってもいいような、酷い有様だった。
信也達は毎日のように頭を悩ませ、クライアントに頭を下げ、どうにかこうにか売り上げを伸ばそうと必死に努力した。
それはそれは大変な日々ではあったのだが、信也にとっては非常に充実した時間でもあった。
そうした努力は徐々に徐々に実り始めていく。
初めの頃は、どこからか恭也が引っ張り出してきた人を採用していた人事についても、その内に求人募集をして一般からも社員を募集するようになった。
信也らにも部下ができ、その部下に更に部下ができるようになった頃、いつ沈むか分からなかった泥船状態の会社は、しっかりと川を進む、小さな手漕ぎの船位にはなっていた。
信也と恭也、それから創業に関わった初期のメンバーは、忙しい仕事の合間を縫って、目標売上達成のお祝いの席を開いた。
まだ三十にも満たない、若い連中の集まりだ。
しかし彼らの顔は、これまでの数年間の苦労のせいか、一様に学生時代だった頃とは顔つきが変わっている。
「ふう、おつかれさまー! なんか、こうしてみんなで飲んでるのも妙なもんよね。あの頃の私が今のこの状況知ったら驚きそう」
「ああ。俺も家業を継ぐはずだったのに、未だに何でこんな事をしてるのか分からん」
「まあ、それもこれも全ては……」
「アイつのせいね!」
みんなの視線が一斉に恭也に集まる。
「な、なんだよ? お前らだってなんだかんだで自分で選んだ道だろう!?」
どこか憎めない恭也によって形成されたこの関係性は、なんだかんだで全員が今の状態を悪くないものと思っていた。
若さに任せて仕事をガンガンに詰め込んだきつい時期もあった。
自分たちの未熟さ故に、ろくに仕事もみつけてこれないような事もあった。
楽しかった事だけではない。
いや、むしろ辛かった事の方が多かったかもしれない。
でもそうした苦労も、仲間がいたからこそ乗り切れたという部分が大きかった。
今もみんなして恭也をいじり倒してはいるが、全員が全員、恭也には感謝の念を抱いていた。
会社の社長は信也ではあるのだが、彼らの中心は誰あろう恭也だったのだ。
それはこの打ち上げの席でも明らかだった。
話の中心には大抵恭也が入ってくる。そんな光景を、信也はどこか眩しいものを見るような目で見ていた。
(俺は……こいつとならこの先ずっとやっていける)
そう、思っていた。
その日の帰り道。
恭也は車に跳ねられて即死し、その短い生涯に幕を閉じた。
▽△▽△▽△▽△▽
それから一年の月日が経過した。
信也を含め、初期メンバーの仲間たちは未だに恭也の死をひきずってはいたが、仕事の方は彼らに休む暇を与えてくれなかった。
あの日を境に、どこかこのメンバーの関係性も変容していっているように、信也は感じている。
それでも前と同じように、いや前よりも一層仕事にのめりこむようになった信也は、自分がこの会社を発展させる事で、ある種恭也に対して報いようという思いを抱いていた。
「お前の作った会社はこんな見事に成長していってるんだぞ」、と。
それを天国にいる恭也が望んでいるかは分からない。
いや、アイツなら「そんな事気にするな!」と肩を叩きながら笑って言いそうだ。
そうは思う信也だったが、仕事をする以外に自分の気持ちの整理をつける術を見出すことが出来ていなかった。
仕事に逃げていた、そう言えたかもしれない。
その仕事の方だが、新人社員がポカミスをしてしまい、信也自らが尻拭いをする事態に発展した事があった。
「社長……、申し訳ありませんでした」
「君が反省している事は俺もよく理解している。ミスを取り戻そうと躍起になっている事もな。だが君は大事な事が見えていないようだ」
「大事な事……ですか?」
「そうだ。人に頼るという事だ。自分ひとりで悩んでいる事も、人に相談してみると一笑されるなんて事はよくある……、そう、よくある事なんだ。問題に直面して視野が狭まった状態では、解決の糸口も見逃す事があるんだよ」
そう語る信也の瞳は、ここにはいない誰かを追っているようだった。
「だから、失敗した事に恐れおののくだけではなく、どうしたらいいのかを回りの者に相談して聞いてくれ。俺達はそうやってこの会社を築いていったんだ」
「わかり……ました」
そうはいってもまだ暗い影を引きずっている新人社員。
彼と共に信也は問題の解決に乗り出していく。
それは簡単な事ではなく、どう対処した所で損害が出る事は確定していた。
それでも出来るだけ損害を抑えるべく、他の社員も一致団結し、見事被害を最小限に抑える事が出来た。
(これは……そうか。お前がいなくなっても、俺達はやっていけるんだな。お前がいなくなったのは寂しい事だけど、悲しみに暮れるだけの俺は今日で卒業だ。……今度お前の墓に、お前の好物だった、あのマズイ炭酸飲料を供えておこう)
恭也の死以降、どこか人との距離を取るようになっていた信也は、今回の新人社員のミスをきっかけに、社員一丸となって問題に対処した事で、再びあの頃の熱を取り戻す事が出来た。
それからは、半ば恭也について考えたくないために仕事に打ち込んでいたようなあの頃とは違い、前向きに仕事に取り組むことが出来るようになった信也。
しかし運命の女神はそんな信也に微笑む事はなかった。
ある、蒸し暑い梅雨の明け間の日。
何の前触れもなく、そして唐突に、信也はこの世界から姿を消してしまう事になる。
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