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第十二章
第308話 父親
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「えいっ! やああぁぁ!!」
由里香の元気な声が、拠点の訓練場から聞こえてくる。
すでに雪が降るような季節の中、それでも激しく動いているせいか薄着のまま、仮想敵を想定したシャドーボクシングのような事を行っている。
その由里香の体からは、黄色いモヤのような蒸気のようなものが纏わりついていた。
これは戦闘スキル"纏気術"を使用している為で、闘気と呼ばれる、生命力を具現化したような力を身に纏う事で、身体能力の強化や防御力が向上する効果がある。
一流の戦士ともなれば、大抵はこのスキルを覚えている。それくらい戦闘において有用なスキルだ。
由里香も最近このスキルを習得する事に成功して、近頃は暇を見つけてはこのスキルの鍛錬に励んでいる。
北条が使う"纏気術"は、由里香のものと比べるとモヤモヤがほとんど出ていない。
スキルレベルを上げていくと、僅かに外に漏れていく闘気をより体に留めておけるようになるらしく、スキルの効果もより強くなると由里香は聞いていた。
その隣。
つるりとした質感の石で作られた、椅子やテーブルなどが並ぶ休憩スペースでは、芽衣がボーっと座っている。
近くにはスライムが何匹か椅子やテーブルの上でぽよんぽよんとしている。
これらのスライムは、カウントスライムまで進化したダンゴが、"分裂"スキルで増えた個体に"眷属服従"スキルを使用して、服従させているスライムだ。
芽衣ともパスは繋がっているので、命令を与えることもできるが、ダンジョンに挑む時には北条同様に拠点で守りを固めてもらっている。
レイドエリアなど数が必要な場合はともかく、元々マンジュウやダンゴ、"召喚魔法"による一時召還もあるので、余り数が多くても戦いにくくなるのだ。
ちなみにアーシアが眷属で従えているスライム同様に、芽衣の周囲にいるスライム達も、ダンゴと同ランクのカウントスライムの姿はなく、ランク的には一つ下、Cランクのバロンスライムが二匹いるだけで、残りはナイトスライムになる。
これは"分裂"を使った際に、全てのスキルや能力が分裂先の個体に継承されない為だ。
「………………」
スライム達に囲まれている芽衣は、視線的には訓練中の由里香の方を向いてはいるのだが、訓練を見ている訳でもなかった。
その証拠に、ひと汗流した由里香が芽衣の元に駆け寄ってきても、芽衣は気づいた様子がない。
「ふうぅぅーー! ……あれ、芽衣ちゃん。どうしたの?」
「……あ、由里香ちゃん。訓練はもう終わったの~」
「んーん、まだだよ。今はちょっと休憩に来たとこ!」
「そう。あ、お水飲む?」
テーブルの上に置かれていた水差しと、木製のマグカップを手に取る芽衣。
「うん、いただくね。んくんくっ……、ぷはぁあ。やっぱ運動した後の冷たいお水はたまらないね!」
今は寒い季節なので、テーブルの上に置かれた水差しの中の水も、冷えた状態で保たれている。
すぐ近くには予備の為の井戸や、水が出る魔法装置なども設置されているので、少し歩けばそちらからも水は得られるようになっている。
「ね、芽衣ちゃんどうしたの?」
「え……?」
飲み終えたマグカップを机の上に置くと、由里香は突然芽衣に質問する。
長い付き合いの由里香でなくとも、今の芽衣はどこか心あらずといった様子なのが分かる。
そうした時、躊躇なく踏み込んでいけるのが由里香だ。
時にそういった部分を鬱陶しく思う事が、親友である芽衣であっても無いとは言い切れない。
しかし今は誰かに話を聞いてもらいたい心境だった芽衣は、いつもの朗かな声ではなく、少しトーンの低い声で話し始める。
「由里香ちゃんは~、お父さんの事をどう思ってる~?」
「えっ…………。それって家の父ちゃんの事……?」
「そう。わたしのじゃなくて~、由里香ちゃんのお父さんの事~」
「それ、は…………。うん、そうだね。大雑把で、そこらに服を脱ぎ散らかしてだらしない所もあるけど、あたしの事を愛してくれる、立派な父ちゃんだよっ」
「あっ、その……。ごめん、なさい」
芽衣自身が普段とは違っていたせいか、すぐに由里香の反応がおかしいのに気づく事は出来なかった。
しかし父親の事を話している由里香を見て、ようやく芽衣は由里香の様子に気づく。
「う、ううん。いいよ! なんか久々に父ちゃんの事思い出せたし!」
そうは言うものの、今では会う事も出来なくなってしまった父親の事を思い出してしまい、由里香の声に少し元気がなかった事は隠しきれていない。
「そう……。由里香ちゃんのお父さんはそんな感じだったのね」
「うん! …………それで、どうして突然そんな質問したの?」
「あ、えっとね~。その~……」
由里香のようにビシッバシッとした物言いこそしないが、普段は言いたいことを間延びした口調ながらきっちり言う芽衣。
そんな芽衣にしては、珍しく言い淀んでいた
「ん? どしたの?」
「う~ん、じゃあ北条さんって、お父さんっぽい……かな?」
「えっ? 北条さんが? うううぅぅーーーーん…………」
想定外の芽衣の質問に、腕を組んで考え込む由里香。
頭の中で何を考えているのかは分からないが、ころころと表情を変えている。
「んーーーーーーッ! 分かんないッッ!!」
結局由里香から出た答えはそのようなものだった。
「そう……」
「あ、でもあたしにはそういう人いないんだけど、親戚の……少し年の離れたお兄さんって感じは少しあるかも?」
「親戚の……お兄さん…………」
「ま、それもあたしの理想のイメージなんだけどね。あんな風に頼りになる人がいたらなーって」
「そっか~。でも、北条さんだと親戚のお兄さんじゃなくて、親戚のおじさんって感じじゃな~い?」
「そ、それは確かにそうかもしんないけど、北条さんが聞いたらショック受けるかも!?」
「そうかな~。確かギルド証で見た年齢が三十三歳だったから~、十分おじさんだと思うけど~」
「ダメだよ芽衣ちゃん。大人の女の人もそうだけど、男の人だってじぶんがおじさんって呼ばれるのはショックなんだよ!」
一時は深刻なムードに入りかけた二人だが、それもすぐに元通りになって、楽しそうに雑談モードに突入する。
そんな二人の下に、一人の男が駆け寄っていく。
拠点内に設けられた農業エリアからやってきたその男は、年齢的には丁度先ほど話に出ていた北条と同じくらいに見える。
しかし、北条とこの男のどちらがよりオッサンっぽいかと言えば、残念なことに北条の方に軍配が上がるだろう。
「ユリカ様、メイ様。あの、一つお聞きしたい事があるのですが」
「なんですか~? バハマルさん」
声を掛けて来たバハマルという男は、ロアナの生まれ故郷で農民をしていた一人で、ロアナを雇う条件として迎え入れた、彼女のかつての領民の一人だ。
このバハマル一家と、もうひとつのドルトン一家。
彼らの住居を用意し、拠点に迎え入れてからもう一か月以上が経過している。
その一か月の間、戦闘などのスキルもないただの農民である彼らは、北条に指示されて農業エリアでの農作業を主に行っていた。
元となる作物は、ダンジョンから収穫して来た植物や樹木の種子で、北条が何やら手を加えた土壌で畑を耕し、作物を育てていた。
「えーとですねえ。育てていた作物のうち、〈ウージャ〉という奴がそろそろ収穫できそうなので、ホージョー様にお伝えしようと思ったんですが……」
「……北条さんなら、咲良さんと一緒に町の方に行ったから、しばらくは帰ってこないと思いますよ~」
「そ、そうですか……。で、ではまた後で探してみる事にします」
どこかビクッとした様子で、バハマルは元いた農業エリアへと帰っていく。
「芽衣ちゃん。バハマルさんの事嫌いなの?」
「え~? そんな事ないよ~」
「そーお? ん~~、まいっか!」
芽衣の言った通り、北条と咲良が町から帰ってきた頃にはすでに日が暮れてきていて、バハマルからの報告を受け取るのは数時間後になるのだった。
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