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第十二章
第328話 白紙撤回
しおりを挟む「彼女がその時受けていた依頼は、領外の冒険者ギルドからの依頼だった。そこで彼女は……ベネティス辺境伯領の北部にある都市、《シンガリア》へと向かったのだ」
ベネティス辺境伯領と伝える前に、一瞬だけアウラは視線をブールデル準男爵に移す。
再び押し黙っていたブールデル準男爵だが、自らが属する領地の名が出ても大きな反応は示さない。
「依頼内容はエルドール氏族のエルフに関する依頼であり、あの森出身のエスティルーナ殿が指名されたのには納得がいく。しかし、実際に彼女が《シンガリア》を尋ねたところ、そのような依頼を発注した記録は残っておらず、空依頼だったことが判明した」
「……ギルド間での連絡網があるとはいえ、冒険者ギルドでは時にそういった手違いが起こるとは聞きますな」
「アンドレオッツィ子爵の仰る通り、時にこうしたミスは起こりえる。しかしその時はタイミングが最悪だった。ちょうど悪魔が《ジャガー村》へと赴くのに合わせたように、エスティルーナ殿にグリークを離れる依頼が出された」
「ほっほ。それは単なる偶然というものでしょうな」
「……ですが、父やグリーグの冒険者ギルドマスターのゴールドル殿はそうは思わなかったようでな」
「と言いますと?」
「そこのブールデル準男爵と同じく、引っかかるものを感じたようだ。そして調査を命じられた」
そこまで言い終えたアウラに、アランが手にしていた紙束の中から一枚を取り出してアウラに手渡す。
この紙束は、先ほどの人名リストの記された紙と一緒に持ってこられたものだ。
しかしアウラはアランから手渡された紙をすぐには提示せず、先に別の話を始める。
「時にアンドレオッツィ子爵。悪魔という存在は未だ謎の多い種族ではあるが、これまで歴史の中での伝承などから、いくつかの傾向があるのをご存じか?」
「……狡猾で残忍であり、人間の恐怖や絶望を喰らう、といったような事ですかな?」
「そう。確かにそれは悪魔の特徴と言われているが、今私が言いたいのは、悪魔には表立って活動する者と、裏でこそこそと動き回るタイプがいるという点だ」
これは前者は『パノティア帝国』で暴れまわっている悪魔「ゴドウィン・ホールデム」の事であり、後者は今回のように人間に紛れて活動していた悪魔の事だ。
そう説明を受けたアンドレオッツィ子爵は、納得の声を上げる。
悪魔については知られていない事が多いが、そういった程度の事なら知れ渡っている事柄だった。
「そして後者のタイプである、グリークに潜んでいた悪魔は、長いこと裏で活動を続けていた。……これはエスティルーナ殿自らが調査に加わり、かの悪魔の住処や隠し拠点などを隅々まで洗って発見したものだ」
そこでようやっと、先ほどアランから受け取った紙をアンドレオッツィ子爵に見える位置に置く。
それは拇印の押された契約書であった。
急ぎ内容を読んだアンドレオッツィ子爵は、ハッとした表情を浮かべる。
「そこに記されているように、それはベネティスに領地を持つ男爵『ペーター・クレッチュマン』と何者かによる契約書だ。エスティルーナ殿に空依頼を発注する代わりに、金銭などを受け取るといった内容になっている」
なおペーター・クレッチュマン男爵の拇印の魔力紋は、本人のものだと確認が取れている。
しかしもう片方の拇印の持ち主については、当初解明ができなかった。
貴族・王族用のものは勿論、商人用の魔印証録書に照合をかけても該当するものが見つからなかったのだ。
「この謎の取引相手の魔力紋。この謎を解き明かしたきっかけは、悪魔の隠し拠点に残されていた、とある魔法装置だった」
それは一時的に魔力の質を変質させる魔法装置だった。
といっても大きく変化するわけではなく、この装置を使用しても、魔力紋による認証にそこまで大きな影響はない。
「しかしこの魔法装置を徹底的に解析した結果、魔力紋の中でも種族に関する情報を書き換えることが出来るという事が判明した」
魔力紋からは、個人を識別できる情報とは別に、性別、種族などといった、基本的な情報が読み取れる事が知られている。
研究が進めばさらなる情報が得られるであろうと、今なお魔力紋の研究は盛んだ。
「そこで謎の魔力紋に対し、余計な魔法効果を取り除く特殊な魔法装置にかけた所、偽造されていた種族情報が明らかにされた。……そこで判明した元の種族とは、悪魔の特徴を示すものだったのだ」
この特殊な魔法装置というのは、大きな町の冒険者ギルドにも配備されているもので、主にギルド証の偽造を暴く目的に利用されている。
「それ……は…………」
「つまり、悪魔は自身の目的の障害となるであろうエスティルーナ殿を、ペーター・クレッチュマン男爵に頼んで遠ざけるよう仕向けたという事だ」
アウラの発言に、同じベネティス領のブールデル準男爵は反論をしてこない。先ほどから激高しては無理矢理に諫められて、の繰り返しで体力を消耗したらしい。
しかし表情には「何を言ってるんだ、この女は」といった感じのものが浮かんでいた。
「それだけではない。こちらもご覧いただこう」
アウラがそう言うと、待ってました! とばかりにアランが手にしていた紙束の中から再び何枚かをアウラに手渡す。
それら手渡された紙をそのままテーブルの上に並べていくアウラ。
堂々としたそのアウラの振る舞いとは逆に、アンドレオッツィ子爵の方は次第に体が震えるのを抑えるのに必死になっていく。
なぜなら、そこには最初に提示された人名リストに載っていた人物の名前が、あちらこちらに散見されたからだ。
幸いというべきか、そこにはアンドレオッツィ子爵の名前は見受けられなかったが、これらの紙に押された拇印のうち片方は、すべて同じものであった。
「御覧の通りだ。先ほどの命令書に記名されていた、侯爵やら伯爵やら、スラヴォミール王子へと連名で上申していた貴族たちは、軒並み悪魔との闇取引を行っていた。ここにあるだけでなく、父のもとには押収されたこれら闇取引の証拠がまだまだたくさんあるのだ」
「なっ、こんな……馬鹿な!?」
どうやらこの辺りの事についてブールデル準男爵は何も知らないようで、驚きすぎて口をぽかんと開けたままになっている。
「先ほど言ったように、グリークにいた悪魔は人間社会に溶け込んで何かを企むタイプだった。こうした書類も、悪魔にしてみればくだらないものなのかもしれぬが、人間相手には有効だという事を知っているのだろう」
アウラの言ったことは推測ではあったが、ほぼ事実に即しているものであった。
実際にかの悪魔は人間との取引の時に、こうした証拠となるものをわざわざ用意させていた。
恐怖や力の誇示、特殊なスキルなどを使うより、人間はこういったものの方が、時により容易く操ることが出来る事を知っていたのだ。
「そこにいるアランが、家宰として私の元に仕える際に、これらの証拠と共に魔印証録書の方も持ってきてくれていてな。先ほどの命令書にあった魔力紋の照合も、それで行ったのだ。そしてその命令書の魔力紋と、そこにある闇取引に押された魔力紋も一致している」
「ぬ、ぬうう…………」
「そのような、悪魔と闇取引をしていた貴族らの上申によって出された命令書に、この地を預かる私としては従う訳に行かぬ。これが先ほどの答えの真意である。それよりもまず、これら悪魔との繋がりがあった貴族を調べるほうが優先だと思うのだが?」
この件については、調査を命じたアーガスも驚きを禁じえなかった。
アーガスの想像以上に幅広く、かの悪魔は『ロディニア王国』に根を生やしていたらしい。
公爵クラスの貴族から大商会の関係者、さらには宗教関係者まで。王国のあちらこちらに悪魔の手は伸びていたのだ。
「し、承知した。確かに今この命令書に従うようにとは、言えぬ状況であるようだ……」
「ア、アンドレオッツィ子爵ッ!?」
一応状況の流れを理解しているのか、恨むような目ではなく、縋るような目でアンドレオッツィ子爵に呼びかけるブールデル準男爵。
しかしアンドレオッツィ子爵は首を横に振るだけで、ブールデル準男爵の期待するような言葉を発することはない。
結局、ブールデル準男爵の持ち込んだ「命令書」は白紙撤回となり、アンドレオッツィ子爵が持ち帰る事となった。
そして最後に、シルヴァーノの発した空気で剣呑となりつつも、アンドレオッツィ子爵らは町長屋敷を後にするのだった。
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