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第十二章
第332話 倒れ行くプラネットアース
しおりを挟む「グウゥッッ……!」
信也は自分の身に何があったのかも理解できず、苦し気な声を上げる。
少し遅れて体から伝わる痛みと熱い熱のようなものが、信也に襲い掛かった。
(何だっ!? 一体何が起きた?)
現在の自分の状況が掴めず混乱している信也は、必死に体を動かして状況を確認しようとするが、どうにも体が動かない。
ひとつ分かったのは、自分が地面にうつ伏せ寝ている状態だという事だ。
それと、熱と痛みの元は背中辺りから来ているようで、恐らくは剣によって斬られたものだというのも理解できた。
ルカナルがこさえた鎧もあっさりと貫通してしまっているようだ。
ただし、うつ伏せ状態で体を動かすことも出来ない上、背中にある傷なので、目視で確認することはできない。
次に信也が周囲に視線を這わすと、少し離れた所に由里香が倒れている姿が見えた。
こちらは仰向けに倒れているようで、信也と同じくろくに体を動かせる状態にない点も同じようだ。
そして一番肝心な、二人をこのような事態に追い込んだ人物……シルヴァーノの姿を、信也は視界に捉えることが出来なかった。
それもそのはず。
すでにシルヴァーノは、次なる目標に向かって攻撃を開始していたからだ。
(ぐぐぐっ……。これがもしや"転"か)
北条がシルヴァーノの能力について語った際に、最も注意するべき点として四つ挙げていた事を思い出す。
"最も注意"だというのに、それが四つもある時点で厄介極まりない事が分かるが、その四つのうちの一つは上級に達している"雷魔法"と、その上位魔法である"轟雷魔法"だった。
ただし、これに関しては万全に対策していれば、大部分防ぐことはできるだろうと北条は語っていた。
実際、今回しょっぱなから撃たれた"轟雷魔法"では、信也達に深刻なダメージをもたらすことはなかった。
だがそれも、二つ目の注意点である特殊能力系スキルの"バフクリア"によって、【レジストサンダー】などの対策が無効化される危険性も指摘されていた。
この雷系魔法と"バフクリア"に関しては、二つセットで使われるとマズイと言える。
そして次。
今まさに、信也と由里香が一瞬にして戦闘不能にまで追い込まれた大元。
地面に倒れる直前の信也の最後の記憶は、由里香と二人で左右から距離を詰めていた場面だった。
シルヴァーノはその直前に喰らった咲良の【轟火球】によって、全身に火傷を負ったまま、表情の一切を消した不気味な佇まいで立ちずさんでいた。
そのようなシルヴァーノの様子であっても、信也は決して気を抜かず、慎重に距離を詰めていったハズだった。それは反対側から迫っていた由里香も同じだろう。
それでも、瞬きする間に自体が一瞬で推移してしまった。
最初混乱していた信也は、何が起こったのかさっぱり理解できなかったが、今こうして落ち着きを取り戻してくると、その原因にも予想がついてくる。
身に覚えのない、剣で斬られた傷が背中に走っている事から、恐らくこれが三つめの注意点。剣系の闘技スキルの中でも、秘技を超えるとされるスキル。
その名は"転"。
この"転"という闘技スキルは、秘技スキル以上の威力を持つ奥義スキルに分類されている。
効果としては、自分を中心とした半径十メートル程の範囲内にいる斬りたい相手すべてを、背後から同時に切りつける、という範囲攻撃が出来るスキルだ。
範囲攻撃というと威力が分散されがちなイメージはあるが、そこは奥義スキルなだけあって、背後から一度斬られるだけで甚大なダメージを相手にもたらす。
一度喰らっただけで、信也と咲良が体を動かすことが出来なくなるダメージをもらっているので、いかに強力なのかは分かるだろう。
この奥義スキルというものは、Aランクの冒険者ならば一つ位覚えていてもおかしくはないもので、シルヴァーノが使えること自体は、然程特筆する事ではない。
一つ気を付けるならば、Aランクなり立ての冒険者などではなく、シルヴァーノはAランクの中でも上位の方に位置する実力者だという事だ。
Aランクなりたての者では、奥義クラスのスキルを発動させるのには、それなりに反動や発動後の硬直などが発生してしまいがちだ。
だが、シルヴァーノはこのスキルを何度も使用した経験があり、そうした大技特有のデメリットを余り見せなかった。
それはつまり、必殺の一撃で信也と由里香。それからギリギリ範囲内に入っていたトロールウォリアーの一体を切り伏せた後、間を開けずに後衛の元に攻め入る事が可能であると示している。
残っていたトロールウォリアーも、後衛へと迫るシルヴァーノの前に立ちはだかるが、ほどんと時間もかけずに次々突破されていく。
召喚主の芽衣が意識を失った事で、"従属強化"と"従属指揮"のスキル効果が解除され、トロールウォリアーのレベルがワンランク下がった事が響いていた。
効果時間が切れるか殺されるまでは、例え術者が意識を失っていても、召喚された魔物は消えはしない。
その場合、直前の命令に従い続けたり、召喚主を守るような行動を取るのだが、この場面ではたいした時間稼ぎにもならなかった。
障害を切り伏せたシルヴァーノは、無言のまま後衛の下にまで迫る。
その進路上まっすぐ先には、後衛守護の要。陽子の姿があった。
「……間に合って! 【フォースフィールド】」
目前に迫る脅威に対し、陽子は上級"結界魔法"の【フォースフィールド】を発動させる。
これは対象の前方や後方などにに三メートル四方の力場を作り出し、物理・魔法双方のダメージを防ぐ魔法だ。
力場を貼る距離や、力場の大きさなどは若干調節が可能で、なおかつこの力場は常に同じ位置関係をキープし続ける。
前方に貼れば、左に九十度体の向きを変えても前方に貼られた状態を維持できる。
後方に貼っておけば、背後からの不意打ちにも対応できるという訳だ。
そして上級魔法なだけあって、【物理結界】などとは結界の強度が段違いだ。
周囲を完全に覆う事が出来ない分、一面における防御力は大分高まっているためだ。
発動に時間がかかる上級魔法。
それを本当にギリギリの所で陽子の【フォースフィールド】は発動し、強力な結界壁を生み出す。
しかし、ここでシルヴァーノは進路を急激に変える。
それは陽子の魔法の発動を見たからではなく、初めから目的を別に見出していた動きだ。
進路を変えた先。そこにいたのは、信也と由里香が倒れている様子を見て、"神聖魔法"を発動させようとしていた咲良だった。
「キ"イ"サ"ア"ア"ア"ア"ァァァマ"ア"ア"ア"ア"ァァァァ…………ッ!!」
咲良の【轟火球】によって、特に顔の左半分に大きな火傷を負い、呼吸で吸い込んだのか、喉が焼けたような声を発しながら迫るシルヴァーノ。
そこにはさっきまでの無我の境地のような無表情な能面ではなく、般若のごとく顔の表情筋ををぶち切れさせたシルヴァーノがいた。
「ヒィッ!」
その余りの形相に、"恐怖耐性"を持つ咲良ですら、全身に怖気が走った。
そんな怯えた様子の咲良を見ても、シルヴァーノは愉悦の表情を浮かべる事もなく、ただ憤怒という感情に取りつかれた鬼のごとく、手にしていた剣で咲良へと切りかかる。
しかし後衛の咲良や陽子の周辺には、【物理結界】が最初から展開されている。
この結界によって最初の数撃はどうにか持ちこたえる事に成功する。
しかし、一連のシルヴァーノの行動によって、咲良は発動途中だった"神聖魔法"がキャンセルされてしまう。
魔法を発動するには本人の精神状態も大きく作用してしまう。
薄皮一枚で繋がっている今の状況で、咲良は冷静に魔法を使う事が出来ずにいた。
そんな状態の咲良を救おうと、こっそり結界から出してもらい、シルヴァーノの背後から両手に短剣を持つロベルトが襲い掛かる。
しかし背後を見てもいないのに、シルヴァーノは前方の結界を斬るついでといった様子で、背後から迫るロベルトを一振りで切り捨てる。
怒り狂い、前方の咲良しか見えてなさそうな見た目とは違い、この状況でもきっちり背後まで隙はないようだ。
ロベルトの処理を終えると、引き続きシルヴァーノは結界の破壊に戻る。
亜人と見下していたロベルトよりも、今は咲良の方が優先度が高いらしい。
とんでもない勢いで結界の強度が削られていく中、陽子は結界に魔力を送って必死に修復を試みるが、到底追いつきそうにはなかった。
(クウウゥゥゥッ! そろそろ、限界、ね……)
そしてついにその時が訪れる。
といっても、それほど時間がかかった訳ではない。
途中ロベルトの横やりがあったので、少し時間を取られてはいたが、実際には二分かそこらしか経っていないだろう。
その短時間の間に、陽子の結界修復の魔力を大幅に上回るダメージが加えられた事によって、ついに陽子の【物理結界】は破られてしまう。
それはシルヴァーノにも理解できたはずだが、特にその事に反応は示さなかった。
未だ収まらぬ怒りの業火に委ねるままに、【物理結界】を強引に破ったシルヴァーノの剣が、咲良に迫ろうとしていた。
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この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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