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第十二章
第333話 聞き覚えのある声
しおりを挟む(えっ……。私、このまま殺される…………?)
実際は高速で振り降ろされているハズの剣が、どこかゆっくりとして見えることに気づいた咲良は、その僅かな間に自らの未来を予見してしまう。
最初こそシルヴァーノは自らの手駒に加えるべく、ロベルト以外は生きたまま異邦人たちを捕らえるつもりでいた。
無論そんなことは咲良の預かり知る所ではなかったが、捕獲するのに想定外に手間取り、それどころかそれなりのダメージを追って怒り心頭の今のシルヴァーノでは、もはやどうなるか分かったものではない。
実際に、今咲良に振り下ろされている剣には、一切の手加減が窺えない。
このまま剣が振り下ろされれば、場合によっては即死する可能性すらあった。
…………ギイイイイイィィィンッッ!
しかし、そうはならなかった。
咲良の目の前で、突破されたハズの【物理結界】が再びシルヴァーノの狂剣を止めたのだ。
「ャァ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッッッ!!」
せっかく結界を破ったと思ったのに、再び結界に阻まれてしまった事で、シルヴァーノは獣のごとく声を発し、これまで以上に苛烈に咲良――結界へと切りかかっていく。
しかし新たに構築された結界は最初の【物理結界】より強固で、シルヴァーノといえどなかなか突破する事が出来ないでいる。
攻撃を受け続けている咲良は、その間に怯みかけていた心を立て直し、状況を理解していく。
(これは……【物理結界】じゃなくて、【フォースフィールド】?)
咲良を守る強力な結界。
その正体は、先ほど陽子が使用した【フォースフィールド】の魔法だった。
最初から陽子は咲良が狙われていると睨み、自分の方へまっすぐ迫ってくるシルヴァーノに死の恐怖を感じながらも、自分にではなく咲良に対して魔法を使用していた。
【フォースフィールド】の魔法は、【物理結界】や【魔法結界】より強力な結界だが、一定方向にしか結界を張れないという欠点がある。
自分が向く方向を変えれば、結界の位置も自動的に同じ向きのまま移動するが、咲良のステータスではシルヴァーノの動きについていけない。
もしこの場で、シルヴァーノが横から回り込んで咲良に切りかかった場合、咲良は反応しきれずに素の攻撃をもらってしまうだろう。
(こいつを真正面に捉えたまま、反撃の手を……)
猛攻撃に晒されつつも、咲良は反撃の為の魔法の構築を始める。
一方シルヴァーノは、【フォースフィールド】という魔法そのものの存在を知らない上、頭に血が上っている状態なので、愚直に正面から切り崩そうと攻撃を加え続ける。
(今の状況では【轟火球】は無理ね。ここは使い慣れた【フレイムランス】で……ッ!)
この追い詰められた場面で、咲良が選択したのは攻撃魔法の中では一番使い慣れたといっても過言ではない、【フレイムランス】だった。
それを"無詠唱"で構築していく咲良。
「ラアアアァァァァッッ!! ……ッ!!」
我を忘れた状態のシルヴァーノは、咲良の魔法発動に気づくのが少し遅れてしまったが、すぐに魔法の迎撃態勢に入る。
襲い掛かってくる炎の槍を、シルヴァーノは剣でもって切り裂いていく。
これで完全に威力が失われる訳ではなく、切り裂くと同時に熱による火属性ダメージがシルヴァーノを襲うが、"火耐性"を持つシルヴァーノからすればさして痛手にはならない。
が、咲良の放った炎の槍の数は多い。
その数はなんと十。
熟練の魔術士でも、【フレイムランス】で同時に放てる数は五~六。一流の魔術士で七といったところを、更に三本多い数を咲良は展開させていた。
ほぼ同時に飛来してくるこの数の炎の槍を捌くのは、シルヴァーノといえど限度を超えていた。
更に追加で三本の炎の槍を切り払ったシルヴァーノだが、残り六本の炎の槍はすべて命中していた。
「ガ、ガガガググッ……」
【フレイムランス】が生み出した水蒸気やら何やらに包まれ一瞬姿が見えなくなるも、数舜後に風と共に姿を現したシルヴァーノ。その全身には火傷の跡が見られた。
元の世界でいえば、それは全治何か月だとかの重体にしか見えない。
しかし、この世界での生死は「生命力(HP)」という、見えない数値によって左右されてしまうため、見た目が酷くともすぐに死ぬのかといえばそうでもない。
実際これだけの深手に見えて、シルヴァーノにはまだ"ライフストック"のストック分が残されていて、それを任意のタイミング、もしくは一度に即死級のダメージを喰らった際、自動的にストック分が解放される。
そうすれば、この全身を覆う火傷も一瞬で治すことが出来る。
しかし、全身に走る痛みを怒りが打ち消しているのか、現在HPを八割がた削られたというのに、シルヴァーノはストックを解放もせず、回復手段を取ることもせず、闘技スキルの発動態勢に入る。
それは前衛二人を一瞬で地に触れさせた、シルヴァーノの持つ闘技スキルの中でも最強のスキル。
周囲の敵全てに背後から攻撃する、闘技奥義スキル"転"だった。
範囲内には咲良だけでなく、陽子や気を失った状態の芽衣まで含まれている。
斬る対象を使用者が選別できる"転"だが、シルヴァーノがこの場面でこの二人を対象から外すとも思えなかった。
戦場に一瞬の静寂が訪れる。
シルヴァーノといえど、奥義スキルを発動するには多少の時間がかかるらしく、剣を構えた状態でピタッと静止している。
それを見つめる陽子や咲良は、何かこの場面をしのぐための方法がないか必死に頭を働かすも、彼女たちには余りに時間が不足していた。
"転"については北条から全員に伝えられていたので、前方に展開されたままの【フォースフィールド】では防げないという事を、咲良も理解している。
もしラッキーで防げたとしても、範囲内にいる他のメンバーは絶望的だ。
まるで静寂が死を運んでくるかのような幻視をしてしまうほど、陽子と咲良は追い詰められていた。
緊張で唾液を呑み込む感覚が、妙に生々しい。
専門ではない後衛職の咲良と陽子でも、シルヴァーノから感じられる圧が高まっていくのが感じられる。
…………。
……………………。
……ピクッ。
彫像のように、動きを止めていたシルヴァーノの体が微かに動く。
自分たちより数段上のステータスを持っているであろうに、咲良と陽子にもその微かな動きを知覚する事が出来た。出来てしまった。
……出来てしまったが故に、その結果がもたらす惨劇を想像してしまい、頭の中を絶望が侵食し始める。
しかし、その惨劇はいつまでたっても訪れる事はなかった。
目の前で、シルヴァーノが吹き飛ばされていくのが見える。
咲良も陽子も、何が起こっているのか頭がついていっていないが、何かオレンジ色の球体に弾き飛ばされている事だけは理解できた。
(オレンジ色の…………球体?)
まるで思考回路が絹ごし豆腐に切り替わっていたかのように、真っ白になっていた咲良。
それは逆に言えば、咲良の思考回路から余計な考えなどが除外された状態だとも言える。
そこに醤油を一滴垂らすかのように、記憶の雫が弾ける。
(そう……。この光景は見たことがある…………)
咲良がそのような思考経路をたどっていく間にも、オレンジ色の球体はシルヴァーノを弾き飛ばしていく。
「ハッハッハァッ! いやぁ、どうやら間に合ったようやな」
そして聞き覚えのある声が、どこからか聞こえてきたのだった。
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