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第十二章
第334話 シルヴァーノは逃げ出した!
しおりを挟む一度聴いたら忘れられない声を聞き、陽子は辺りをきょろきょろと見回す。
最初は近くを探していたのだが、少しすると大きな足音と砂埃を立てて、遠くから走ってくる男の姿が見えた。
どうやらあのオレンジ色の球体――"剛塊気弾"は大分距離が離れた状態から放たれたものらしい。
「いやぁ、駆け付けるんが間に合わへんかったから、気弾をぶちかましたんやが、間に合うてよかったわ」
「ハァッ、ハァッ……。ゼンダーソン、さん」
死の気配を間際に感じ、呼吸が大きく乱れた咲良が息を整えつつゼンダーソンに話しかける。
陽子もとっておきの援軍に、九死に一生を得たといった表情だ。
ゼンダーソンが遠距離から放った"剛塊気弾"は、最初の方はシルヴァーノも抵抗していたのか、オレンジ色の球体に吹き飛ばされるだけであったが、飛ばされ始めてすぐに、抵抗に失敗したらしい。
すぐにオレンジ色の球体は弾けるようにして消え、その際にシルヴァーノに甚大なるダメージをもたらした。
シルヴァーノが吹き飛ばされていった先は、信也らが倒れている場所とは角度的にずれた場所で、距離としてはそう離れてはいなかった。
かろうじて意識を保っていた信也は、吹っ飛ばされてきたシルヴァーノに警戒の視線を向けるが、意識を失った状態の由里香はそうもいかない。
しかも都合の悪いことに、シルヴァーノの位置は信也よりも由里香の位置に近かった。
「たけ……だ、起きろッ……」
油断すると、意識をそのまま持っていかれそうな状態の信也が、必死に由里香に呼びかけるも、目を覚ます気配がない。
このままではマズイ、と信也が思った直後。いや、そういった判断を信也が下すより早かったかもしれない。
ゼンダーソンの一撃によって、大ダメージを喰らって吹っ飛ばされたシルヴァーノは、一瞬で周囲を見回し状況を把握すると、一目散に背中を向けて走り出した。
「ッッッ!!」
それは考えての行動などではなかった。
本能が体を動かした結果であり、シルヴァーノ自身にも体を自由に動かすことが出来ない。というより、目前に迫った死の恐怖によって、まともに思考すら出来る状態ではなかった。
残っていた生命力のストックを消耗し、それでも不足だったダメージ分を引かれたシルヴァーノの現在HPは、五分の一を切っている。
シルヴァーノが力をつけ始めて以来、ここまで追い込まれた事はこれまでない。
シルヴァーノは格上の相手との戦闘経験が少ない事と、先に"威圧耐性"や"精神耐性"を取得していた事もあって、"恐怖耐性"を取得出来ていなかった。
"精神耐性"などでも恐怖に対する多少の抵抗はつくが、こうした耐性をも吹き飛ばして迫る強烈な"恐怖"に対し、シルヴァーノに抗う術はなかった。
目からは涙を流し、鼻からは鼻水が垂れ、口からは涎が零れ落ちる。
失禁したズボン周りの不愉快さも全く気にした様子はなく、ひたすらに全力でこの場を離れていくシルヴァーノ。
流石というべきか、このような状態になっても体が固くなったり、動けなくなるということもなく、もの凄いスピードで逃げ出している。
「うあ、あかんたれやなあ」
そんなシルヴァーノを見て、ゼンダーソンが呆れたような様子で言った。
「ゼンダーソンさん……。ありがとうございます」
「ん? ああ、気にせんでええて。一度会っただけやが、あの男にはむかっ腹立っとったからなぁ。ところでケガはどないや?」
「あ、はい。…………【キュアオール】」
信也、由里香と咲良は距離が離れていたが、パーティー全員に効果のある"神聖魔法"は、問題なく効果を発揮する。
更にもう一度咲良が使用した【キュアオール】によって、動くことも出来なかった信也が復活。
気を失っている由里香を、お姫様抱っこのまま抱えて咲良たち後衛のいる場所まで歩いていく。
ついでにシルヴァーノに切り伏せられたロベルトも回復したようで、頭を横に振りながらふらふらっと立ち上がる。
「助かった……みたいッスね」
「襲ってきたんは奴一人か?」
「はい……。冒険者ギルドを出た辺りから、誰かに跡をつけられてる気配を感じて……」
「それが奴だったと?」
「恐らくは……。尾行は町はずれで一旦止まったんですけど、私たちが町を出て数分すると、急に高速でこちらに迫ってきて……」
「そらあ、完全に狙いに行っとるな。性質がアカン」
「あの最後の追い込みの速さは、多分"機敏"を使ってたと思うッス」
「一体何を考えとるんだあやつは」
「今回の襲撃ってどう処理されるんでしょうか?」
「死者が出とらんとはいえ、最低でも謹慎処分は間違いないやろな」
「あれだけの事をしておいて謹慎だけ、ですか?」
「あんなんでもAランク冒険者やからな。奴を利用しようとしてる奴らやバックにいる奴らが、何か手を回すと思うで」
「そんっな……」
「まあ、その前にも奴はギルドでももめ事を起こしとるし、散々周囲の冒険者にヘイトを買うてたからな。実際はもう少し重い処罰になるやろ」
「それじゃあ捕まえて牢に入れるとかはないって事ですか?」
「んー。狙ったんが貴族とかやったらそれもあるやろけどな。冒険者同士のいざこざなんちゅうもんはどこにでもある。そいつらを全部牢にぶち込んでたらすぐに牢が一杯になってまうわ」
例え貴族相手ではなくても、死者が複数出れば対処もまた変わっていたかもしれない。
「……仕方ないわ。とりあえず拠点に帰りましょ」
いつまでもこの場所でくっちゃべっている訳にもいかない。
陽子が声をかけると、意識を失ったままの由里香と芽衣を信也とロベルトが背負い、拠点へと戻る事となった。
▽△▽
タッタッタッ……。
ゼンダーソンと共に拠点の西門をくぐると、右手側にある農業エリアから誰かの駆けよる足音が聞こえてくる。
それは『獣の爪』から保護を頼まれていた、樹人族のジャドゥジェムの立てた音だった。
ジャドゥジェムは農業エリア内にテントを張って暮らしている。
最初は空きのある他の誰かの家に住むように薦めていたのだが、本人がここがいいと強く主張するので、テントを貸し出してここに住み始めた。
冬真っ盛りとはいえ、魔法装置の影響で暖かい気候が保たれている農業エリア内は、ジャドゥジェムにとって快適空間らしい。
「ユリカ、メイ。ダイジョブか?」
どうやら意識がない二人の様子を見て、心配して駆けつけてきてくれたらしい。
最近は、魔族の言葉を覚えた北条による指導で、ジャドゥジェムの"ヌーナ語"も少し上達してきている。
「心配ありがとう。二人ともダイジョブよ」
「ソウカ」
短く答えたジャドゥジェムは、再び農業エリアに駆けながら戻っていく。
しかし、テントの中に入るとすぐに外に出て、再び信也の方へど戻ってきた。
「コレ、クウ。ゲンキ、デル」
そう言ってお気に入りの〈ウージャ〉を数本手渡す。
「ふふっ、ありがとね」
その健気なジャドゥジェムの態度に、先ほどまでの重かった気持ちも一瞬忘れ、咲良は礼の言葉を返す。
すると小さくコクンと頷いたジャドゥジェムは、今度こそテントの中へと戻っていく。
「ええこやなあ」
「そうね。ひとつ前に正反対の醜悪な人間を見たから、余計そう感じるわ」
「流石姐さん。言葉に含まれる毒味がヤバイッス」
「ああん? ちょっと、姐さん呼びはやめてって言ってるでしょ」
「う、わわわっ。藪をつついてオーガを出してしまったッス!」
「なっ! オーガって何よ、オーガって!」
ロベルトの言葉に即座に反応する陽子。
だが別に陽子は本気で怒っている訳でもなく、沈んでいた空気を少しでもどうにかしたいと思っていただけだった。
……若干はロベルトに対する苛立ちもあったが。
みんなで中央館に行く途中、拠点内の見回りをしているゴーレムのアルファとすれ違いつつ、館に着いた一行はまず芽衣と由里香の二人をソファに移した。
二人にはすでに咲良の念入りな"神聖魔法"が掛けられていて、意識を失っている事以外、問題はなかった。
その意識の方も、三十分もしないうちに二人とも意識を取り戻し、今は話し合いが行われている。
その話し合いの中で、
「すぐにここを発つつもりはないんやけど、それまでの間は俺が目を光らしといたるわ」
このゼンダーソンの一言で、信也達も大分不安が払拭されていた。
「ゼンダーソンさん、ありがとうございます」
「ま、あと何日かすれば、ホージョーも帰ってくるやろ。したらここも安全や」
「ううん、それはいいんだけど、今後どうするかよね。何時までも拠点に引きこもってる訳にもいかないし」
「その辺は北条さん達が戻ってきてから、改めて話をしよう。その頃には状況も変わっているかもしれないしな」
信也がそう締めると、シルヴァーノに関する話し合いは終了する。
とりあえずは『サムライトラベラーズ』が戻るまでは、拠点に引きこもって様子をみる、という事になった。
ただし、今回のシルヴァーノの襲撃に関してはギルドに報告する必要があり、翌日にゼンダーソンと共にギルドへ向かい報告をする。
すでにシルヴァーノの素行の悪さは、《ジャガー町》のギルド職員にも伝わっている。
ナイルズからは、シルヴァーノをAランクにまで押し上げたベネティス領のギルマスに、抗議を伝えると憤慨していた。
向こうも何か言い返してくるかもしれないが、実際にシルヴァーノが襲撃した事の証人として、Sランクのゼンダーソンがいるのだ。
単なるいちゃもんなどではない事は、相手にも伝わる事だろう。
この時ついでに情報収集も行ったのだが、昨日の襲撃以降、シルヴァーノはギルドに顔を見せていないようだった。
シルヴァーノは、現在ブールデル準男爵が借りた邸宅に宿泊していたが、帰り際にそちらの様子を見た所、どこかあわただしい様子だった。
結局シルヴァーノのその後に関する情報はつかめず、拠点に戻った信也達は、『サムライトラベラーズ』が戻るまでの数日間。拠点でゆっくりと過ごすことになった。
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