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第十三章
第356話 新区画
しおりを挟むシルヴァーノの襲撃により、ダンジョンの探索を一時中断して様子を見る事にした信也達。
それでも完全に閉じこもるだけではなく、時折町の方に行ってはその後の動向を探ったりもしていた。
そうした情報収集の結果、襲撃があって数日後に、正式に冒険者ギルドからシルヴァーノの活動停止処分が発表された事が判明した。
期間が短めで、ギルドからの評価点の減算も少ない謹慎処分に比べ、活動停止処分は期間も長く、評価点にも大きく響く。
何度か停止処分をくらってしまうと、除名されてしまうので、サッカーでいう所のイエローカードのようなものだ。
活動停止中は、依頼の受注やドロップの買い取りなどが一切行えず、ギルドに関わる活動が出来なくなる。
だが、奉仕活動としてギルドに雑用などを頼まれてちょっとした仕事をする事は可能で、真面目に勤めれば期間を短縮される事もある。
しかしシルヴァーノはあれ以来屋敷に引きこもっているとみられ、目撃証言などは集まらなかった。
そして十日ほどが過ぎた頃、ブールデル準男爵が借りていた屋敷を引き払うのに合わせ、同じ屋敷に投宿していたシルヴァーノも、一緒にこの町を去っていくのが確認された。
それでも念のため、更に数日のあいだ拠点で様子を見る事にして、ようやくシルヴァーノという厄介ごとから解放された信也達。
彼らは何も、この引きこもり期間の間を無駄に過ごしてきた訳ではなかった。
例のごとく北条は、雪の降るような冬の季節だというのに、拠点の拡充工事に励んでいた。
拠点の南側。拠点と隣接する形で、アーガスより許可を受けた一キロ四方の空間を囲うように、四方に石壁が建築されていた。
元々の正方形の拠点の南部分に面する形で、もうひとつ正方形で囲まれた区画を建築した事になる。
最初の拠点の建築時よりレベルなども遥かに上昇していたので、その建築速度は恐るべき速さだった。
拠点と同じように"刻印魔法"を施された強化壁は、あっという間に完成。
新区画の北側部分にのみ門を設け、拠点の南側とを橋でつなぐ。
このアーチ型の橋の下部分は、最初に作った堀の部分に当たる。
堀の幅が十五メートルほどはあるので、橋の長さもそこそこの長さになる。
この橋の両脇部分も、防衛強化のために石壁で囲われているが、何か所か狭間が設けられていて、そこから弓矢による攻撃が可能になっていた。
まったくもって、北条が何を想定しているのかが不明な作りだ。
また橋の両端部分には、拠点南のウェディングウォーターから流れてきた水を流す水路があって、南の新区画内部へと続いている。
拠点同様に張り巡らされた新区画の水路は、最終的には新区画を囲う水堀の方へと流れていく。
北条の予定では、この新区画は農業区画にする予定であり、現在の試験的に稼働させている農業エリアを、そのまま拡大したものにするつもりだ。
まだ区画全体を温暖な気候に保つ魔法装置は設置されていないが、ロアナの連れてきた農民たちの今後のメイン職場となるだろう。
魔法装置が完成していないのは、他に取り掛かっていた作業のためであり、それは拠点の東西にある門の建築作業だった。
今までは、西門も東門も大きな門から出入りしていたのではなく、脇に設けられた通用口から出入りしていた。
その飾りだけだった大きな門を、ちゃんと稼働して開閉できるように仕上げる。
その為に巨大な落とし格子を動かすための、魔法装置を新たに設計。
これに思いのほか時間がかかってしまったため、農業区画の方はガワを作っただけで終わってしまった。
馬車が二台横並びでも通れるような幅の、巨大な落とし格子が上げ下げされる様は、なかなかに見ごたえはあるのだが、いかんせん上げ下げするのに時間がかかりすぎる。
最初は感心していたような拠点の人々も、普段は防衛のために閉じられっぱなしになるこの門の事を、徐々に記憶から薄れさせていく。
結局利便性を考慮して、今まで通り通用門しか活用されなくなっていくのだが、北条本人としては作っている最中の試行錯誤と、完成した時の達成感を味わえたので、本人はそれで満足していた。
それと最後に、この十日ちょいの間に北条が行った作業の一つに、拠点の防衛力強化というのがあった。
拠点を囲う外壁には幾つか塔状の建築物が並んでいるが、中でも四隅にある塔は高さが一段抜けている。
その四隅の塔を起点に、拠点全体を覆う結界を発生させる魔法装置を設置したのだ。
これは効果としては、"結界魔法"の【物理結界】と【魔法結界】の効果を合わせたものなのだが、流石にこれを常に張り続けるにはそれなりに魔力の負担が大きい。
そのため、普段は投げた小石をはじく程度の弱い結界を常時張り巡らせ、結界に反応があった場合に段階的に結界の強度を上げていくという、省エネ方式の結界魔法装置を作成した。
一時期新魔法の作成に嵌っていた北条は、こうした新しい結界魔法装置の開発にも意欲的だ。
魔法陣について調べていくと、条件分岐だの、関数だのといった要素があって、割とプログラミング的な部分があった。
まるでプログラミングをしてコードを走らせてはトライ&エラーを繰り返すかのような作業は、北条の睡眠時間を大きく奪う。
「ふうぅ……。ま、ひとまずこんなもんでいいか」
自然と"快適睡眠"やら"睡眠耐性"スキルの熟練度を稼いだ北条が、満足気に息を漏らしながら言う。
現在地は南東にある塔の内部で、最後に設置した四つ目の結界魔法装置のすぐ近くだ。
「あとは南の新区画の方にもこれと同じもんと、環境調整の魔法装置を設置せんと……」
独り言を言いながら、北条は塔内部の階段を下り、拠点の方へと戻っていく。
その途中で、拠点内部に張り巡らせた水路をチェックする北条。
「んー、前に放流した魚の姿が見えんなあ。まあ気配察知では所々に小さな反応はあるから、全滅はしてないんだろうが……」
冬も厳しくなり、水温も大分低くなってきている。
場所によっては表面部分が凍り付いている箇所もあったが、下の方まで完全に凍り付くことはなかったので、魚が全滅する事はなかった。
北条が定期的に、魚用に作った特製の餌を与えている事も理由の一つかもしれない。
「おー、ホージョーやないか。こないな所で何してん?」
「んん、ああ。拠点内を見回ってたとこだぁ。俺が前に放流した魚がどうなってるかと思ってなぁ」
「ハアァ、相変わらずよーわからん事しとるのお。ま、この辺りやと魚はあんま取れんのかもしれんけどな」
「あ、言っておくがぁ、別に食うために養殖してる訳じゃないぞぉ」
「なっ、ますます訳わからんわ」
腹が減ったら獲物を狩りに行けばいい、そんな考えを持つゼンダーソンからしたら、北条の趣味は理解の範疇にないようだ。
「しっかし、南の方に作ってた壁。あっちゅーまに完成したな。それもやっつけ仕事なんかやあらへん。十分防御力の高い防壁や」
「いや、あれは防壁じゃなくて外壁だからなぁ?」
いつものように否定する北条だが、最近は自分でも趣味の範疇を超えて、戦闘施設的な一面を強化させてる自覚はあった。
というよりも、無意識的に最初からそうした部分はあったのかもしれない。
寄る辺のなかった頃の北条は、拠点という外部から身を守る何かを求めていたのだろう。
「ハハッ、まあどっちでもえーわ。俺との立ち合いの時に見せた戦闘力といい、戦争にでも駆り出されたらごっつ活躍しそうやな」
「ハンッ、そんなもんに関わるつもりは一切ない。この拠点は弱虫な俺が、安心を得るための施設だぁ。わざわざ自分から戦争なんかに参加するつもりはないぞぉ」
「弱虫、ねえ……」
納得していない様子のゼンダーソン。
しかしこの事に関して、北条は更に何かを口にすることはなかった。
「あ、ところで、そろそろ俺の仲間がここに到着しそうなんやけど、例の約束の件。頼んだで?」
「そろそろって何時頃なんだ?」
「あー、詳しくはわからへん」
「そろそろ活動再開させようと思ってたんだがぁ、もう少し待つ、かぁ……」
「スマンなあ」
こうして更に休息期間を延ばし、拠点に残る事になった北条たち『サムライトラベラーズ』。
信也達『プラネットアース』もそれに倣い、拠点待機することに。
ダンジョンに潜らなくとも、出来る事はある。
特に"器用貧乏"スキルを得た信也は、新たなスキルの獲得に余念がない。
既存のスキル熟練度上げも行ってはいるが、メインは新スキルの獲得にある。
特に耐性スキル取得のための訓練は、見ている側がしかめっ面をするほどなのだが、信也は自らを苛め抜く。
他のメンバーも、この寒い冬の中で他にやることも特になく、余った時間を鍛錬に充てる者が多い。
その中には、拠点の管理人役を任せているツィリルや、領民共々受け入れたロアナも含まれている。
シルヴァーノの襲撃の事はロアナも聞かされており、万が一の時に備えて、農民家族たちの避難訓練なども行われていた。
拠点地下に張り巡らされた下水道の中に、万が一の場合に備えて北条が避難場所を用意していた。
中には保存食などが一応用意されているし、隠し部屋になっているので、すぐに発見される心配もない。
斯様に各々がこの休息期間を思い思いに過ごしていたので、休息期間が少し伸びる事に、特に反対はなかった。
ダンジョン大好き龍之介も、「なんっか……、掴めそうな気がする!」といって、珍しくダンジョン探索よりも剣の修行に集中していた。
しかし、結果として休息の延長はすぐに終わる事になる。
翌日になって、ゼンダーソンの仲間が《ジャガー町》に到着したのだ。
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