36 / 161
第3章 ミスリルの巨大市場
第1話(5)
しおりを挟む
「なんだおまえ、炭酸もはじめてか?」
可笑しげに尋ねたシリルに、リュークはかすかに頷いた。そして、もう一度確かめるように、ゆっくりとストローを口に含んだ。
「苦手だったら無理して飲まなくていいぞ。コーヒーか紅茶に買い替えるか?」
「いえ、大丈夫です」
答えてから、リュークはカップの蓋を開け、そっと中を覗きこんだ。その行動がなんともあどけなく、すました外観とのあいだにおおいなるギャップを生んで、シリルは思わず笑いを噛み殺した。気づいたリュークが顔を上げる。どこまでも反応は薄いのだが、その微妙な変化が、シリルにもだいぶ読み取れるようになってきた。
「なぜ笑うのですか?」
「べつにバカにしたわけじゃない。可愛いなと思っただけだ」
「可愛い?」
呟いたヒューマノイドは、言葉の意味を量るように考えこんだ。それから不思議そうに、疑問に思う部分について言及した。
「『可愛い』という感覚は、大脳生理学的観点から考えた場合、大脳辺縁系の視床下部や扁桃体、あるいは――」
「リューク」
大真面目な顔で分析をはじめようとした相手の言葉を、シリルはやんわりと遮る。その意図にすぐさま気づいた賢いヒューマノイドは、ピタリと口を閉ざした。
「おまえの反応や仕種を見て、俺は好ましく思った。その思いが『笑い』という反応に繋がった。わかるな?」
「はい」
素直に頷いたリュークに、シリルは穏やかに尋ねた。
「炭酸飲料は好きか?」
「口に含んだときの感覚にまだ慣れませんが、嫌いではありません」
「それでいい」
合格点をもらって、リュークはふたたび食事を再開した。生真面目な性格であるだけに、おそらく口にせずとも食べているものの味を吟味して、それが好きか嫌いか、快か不快か、といったことを考えながら答えを探しているのだろう。
はじめて出た外の世界で、生まれたてのヒューマノイドが経験することは、普通の人間にとって他愛ないことであっても、強い刺激の連続となるに違いない。
先程、店を見て歩いている最中に、シリルにはもうひとつ気づいたことがあった。リュークは生き物にもまだ慣れておらず、物によっては恐怖を感じることもあるらしい、ということである。
魚貝程度までならかろうじて受けつけても、生きたロブスターになると腰が引けているのがわかる。生きたひよこは遠目に眺めるくらいはできるが、絞めたばかりのウサギが並べられた露台には、近づくことさえしなかった。また、ウィンナーやハムといった加工肉、調理されたチキンなどには無反応だが、まるまる1頭の豚の姿焼きが看板がわりに店先に置かれているのを見た瞬間、その場に固まり、シリルが肩を抱いてうながすまで立ち尽くしていた。興味を引かれた、あるいはデータを採取して分析してる、というより、完全に足が竦んで動けなくなっていたことは間違いない。脅威の対象が視界から消えるまで、シリルの服の裾を掴んでいたのは完全に無意識の行為だろう。
知的レベルは非常に高く、学術的な専門知識も相当量身につけている。だが、社会に出て無理なくさまざまな物事に対応し、適確に自分で処理するには、経験値が圧倒的に足りない。ひょっとすると依頼主の希望に反することになるのかもしれないが、そこそこの期間をともに過ごすことを考えると、今後の道中で起こりうる万一に備えるためにも、相応の社会性を身につけさせていくのが最善と思われた。
なおも真剣に、ひとつひとつの料理を味わっている目の前の桁外れの麗容を見やって、シリルは気づかれぬように内心でひそかに苦笑を漏らした。護衛や運搬ではなく、園児の保護者を任された気分だった。
可笑しげに尋ねたシリルに、リュークはかすかに頷いた。そして、もう一度確かめるように、ゆっくりとストローを口に含んだ。
「苦手だったら無理して飲まなくていいぞ。コーヒーか紅茶に買い替えるか?」
「いえ、大丈夫です」
答えてから、リュークはカップの蓋を開け、そっと中を覗きこんだ。その行動がなんともあどけなく、すました外観とのあいだにおおいなるギャップを生んで、シリルは思わず笑いを噛み殺した。気づいたリュークが顔を上げる。どこまでも反応は薄いのだが、その微妙な変化が、シリルにもだいぶ読み取れるようになってきた。
「なぜ笑うのですか?」
「べつにバカにしたわけじゃない。可愛いなと思っただけだ」
「可愛い?」
呟いたヒューマノイドは、言葉の意味を量るように考えこんだ。それから不思議そうに、疑問に思う部分について言及した。
「『可愛い』という感覚は、大脳生理学的観点から考えた場合、大脳辺縁系の視床下部や扁桃体、あるいは――」
「リューク」
大真面目な顔で分析をはじめようとした相手の言葉を、シリルはやんわりと遮る。その意図にすぐさま気づいた賢いヒューマノイドは、ピタリと口を閉ざした。
「おまえの反応や仕種を見て、俺は好ましく思った。その思いが『笑い』という反応に繋がった。わかるな?」
「はい」
素直に頷いたリュークに、シリルは穏やかに尋ねた。
「炭酸飲料は好きか?」
「口に含んだときの感覚にまだ慣れませんが、嫌いではありません」
「それでいい」
合格点をもらって、リュークはふたたび食事を再開した。生真面目な性格であるだけに、おそらく口にせずとも食べているものの味を吟味して、それが好きか嫌いか、快か不快か、といったことを考えながら答えを探しているのだろう。
はじめて出た外の世界で、生まれたてのヒューマノイドが経験することは、普通の人間にとって他愛ないことであっても、強い刺激の連続となるに違いない。
先程、店を見て歩いている最中に、シリルにはもうひとつ気づいたことがあった。リュークは生き物にもまだ慣れておらず、物によっては恐怖を感じることもあるらしい、ということである。
魚貝程度までならかろうじて受けつけても、生きたロブスターになると腰が引けているのがわかる。生きたひよこは遠目に眺めるくらいはできるが、絞めたばかりのウサギが並べられた露台には、近づくことさえしなかった。また、ウィンナーやハムといった加工肉、調理されたチキンなどには無反応だが、まるまる1頭の豚の姿焼きが看板がわりに店先に置かれているのを見た瞬間、その場に固まり、シリルが肩を抱いてうながすまで立ち尽くしていた。興味を引かれた、あるいはデータを採取して分析してる、というより、完全に足が竦んで動けなくなっていたことは間違いない。脅威の対象が視界から消えるまで、シリルの服の裾を掴んでいたのは完全に無意識の行為だろう。
知的レベルは非常に高く、学術的な専門知識も相当量身につけている。だが、社会に出て無理なくさまざまな物事に対応し、適確に自分で処理するには、経験値が圧倒的に足りない。ひょっとすると依頼主の希望に反することになるのかもしれないが、そこそこの期間をともに過ごすことを考えると、今後の道中で起こりうる万一に備えるためにも、相応の社会性を身につけさせていくのが最善と思われた。
なおも真剣に、ひとつひとつの料理を味わっている目の前の桁外れの麗容を見やって、シリルは気づかれぬように内心でひそかに苦笑を漏らした。護衛や運搬ではなく、園児の保護者を任された気分だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
婚約者はこの世界のヒロインで、どうやら僕は悪役で追放される運命らしい
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
僕の前世は日本人で25歳の営業マン。社畜のように働き、過労死。目が覚めれば妹が大好きだった少女漫画のヒロインを苦しめる悪役令息アドルフ・ヴァレンシュタインとして転生していた。しかも彼はヒロインの婚約者で、最終的にメインヒーローによって国を追放されてしまう運命。そこで僕は運命を回避する為に近い将来彼女に婚約解消を告げ、ヒロインとヒーローの仲を取り持つことに決めた――。
※他サイトでも投稿中
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる