セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~

西崎 仁

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第3章 ミスリルの巨大市場

第1話(5)

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「なんだおまえ、炭酸もはじめてか?」

 可笑しげに尋ねたシリルに、リュークはかすかに頷いた。そして、もう一度確かめるように、ゆっくりとストローを口に含んだ。

「苦手だったら無理して飲まなくていいぞ。コーヒーか紅茶に買い替えるか?」
「いえ、大丈夫です」
 答えてから、リュークはカップの蓋を開け、そっと中を覗きこんだ。その行動がなんともあどけなく、すました外観とのあいだにおおいなるギャップを生んで、シリルは思わず笑いを噛み殺した。気づいたリュークが顔を上げる。どこまでも反応は薄いのだが、その微妙な変化が、シリルにもだいぶ読み取れるようになってきた。

「なぜ笑うのですか?」
「べつにバカにしたわけじゃない。可愛いなと思っただけだ」
「可愛い?」

 呟いたヒューマノイドは、言葉の意味を量るように考えこんだ。それから不思議そうに、疑問に思う部分について言及した。

「『可愛い』という感覚は、大脳生理学的観点から考えた場合、大脳辺縁系の視床下部や扁桃体、あるいは――」
「リューク」

 大真面目な顔で分析をはじめようとした相手の言葉を、シリルはやんわりと遮る。その意図にすぐさま気づいた賢いヒューマノイドは、ピタリと口を閉ざした。

「おまえの反応や仕種しぐさを見て、俺は好ましく思った。その思いが『笑い』という反応に繋がった。わかるな?」
「はい」

 素直に頷いたリュークに、シリルは穏やかに尋ねた。

「炭酸飲料は好きか?」
「口に含んだときの感覚にまだ慣れませんが、嫌いではありません」
「それでいい」

 合格点をもらって、リュークはふたたび食事を再開した。生真面目な性格であるだけに、おそらく口にせずとも食べているものの味を吟味して、それが好きか嫌いか、快か不快か、といったことを考えながら答えを探しているのだろう。
 はじめて出た外の世界で、生まれたてのヒューマノイドが経験することは、普通の人間にとって他愛ないことであっても、強い刺激の連続となるに違いない。

 先程、店を見て歩いている最中に、シリルにはもうひとつ気づいたことがあった。リュークは生き物にもまだ慣れておらず、物によっては恐怖を感じることもあるらしい、ということである。
 魚貝程度までならかろうじて受けつけても、生きたロブスターになると腰が引けているのがわかる。生きたひよこは遠目に眺めるくらいはできるが、絞めたばかりのウサギが並べられた露台には、近づくことさえしなかった。また、ウィンナーやハムといった加工肉、調理されたチキンなどには無反応だが、まるまる1頭の豚の姿焼きが看板がわりに店先に置かれているのを見た瞬間、その場に固まり、シリルが肩を抱いてうながすまで立ち尽くしていた。興味を引かれた、あるいはデータを採取して分析してる、というより、完全に足が竦んで動けなくなっていたことは間違いない。脅威の対象が視界から消えるまで、シリルの服の裾を掴んでいたのは完全に無意識の行為だろう。

 知的レベルは非常に高く、学術的な専門知識も相当量身につけている。だが、社会に出て無理なくさまざまな物事に対応し、適確に自分で処理するには、経験値が圧倒的に足りない。ひょっとすると依頼主の希望に反することになるのかもしれないが、そこそこの期間をともに過ごすことを考えると、今後の道中で起こりうる万一に備えるためにも、相応の社会性を身につけさせていくのが最善と思われた。

 なおも真剣に、ひとつひとつの料理を味わっている目の前の桁外れの麗容を見やって、シリルは気づかれぬように内心でひそかに苦笑を漏らした。護衛や運搬ではなく、園児の保護者を任された気分だった。
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