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第1話 異世界へ
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目が覚めると俺は草原の中で一人立ち尽くしていた。
広がる緑の大地に、舗装されていない道が続いている。
道の両脇には、木材が杭のように打ち込まれており、年季の入った板が杭と杭とを繋いでいた。みすぼらしいガードレールといったところか。
ここはどこだ。
俺はすぐに自分に起こっている異変に気づいた。
下を向くと、手と足が自分の視界に入り込んでくる。
どういうことだ。
すぐに手のひらを自分の眼前に持ってくる。
細い指の先の爪は、異様に伸びて尖っていた。
そればかりではない。手首には茶色い布が巻かれており、細くて筋肉質な両腕は、爬虫類を思わせるような緑色をしている。
足もそうだ。こちらも同じく緑色。
鏡がないので自分の顔を確認することは出来なかったが、手でなぞってみるとボサボサの髪の毛から大きな尖った耳が出っぱっているのが分かった。
何度も指で確認したが、尖った耳は間違いなく存在している。
「おーい、ゴブマール」
不意に後ろから声が聞こえてきた。
体を反転させ、声のする側を向いたとき、びっくりする生き物が目に飛び込んできた。
鋭く凶暴そうな目に、牙を思わせる鋭利な歯、そして特徴的な尖った耳。
間違いなかった。
俺の目の前にいる生き物は、一匹のゴブリンに違いなかった。
「おい、どうしたんだゴブマール」
ゴブリンは腰に短剣を身につけ、左手には盾を持っている。
「ゴブマールって何だ?」
俺は、なんとか言葉を絞り出した。
「何言っているんだ、お前は自分の名前も忘れてしまったのか?」
俺の、名前、ゴブマール?
「さあ、行くぞ、ゴブキング様がお待ちかねだ」
ゴブキング、どこかで聞いたことのある名前だ。
どこだ? どこでこの名前を聞いたんだ?
「おい、ゴブマール、分かっているのか? 今日はオリバー伯爵の荷馬車を襲撃する日だろうが。さっさと、みんなのところに行かないと、ゴブキング様がご立腹だぞ」
オリバー伯爵の荷馬車、この言葉で俺の記憶はよみがえった。
間違いない。
ゴブキングとは、ゴブリン盗賊団の長の名前だ。
俺がやり込んでいるシミュレーションRPGに出てくるモブキャラだ。
ゲームの序盤、ゴブキングとその一味がオリバー伯爵の荷馬車を襲う。
そこに主人公のアークが偶然に出くわし、盗賊団から伯爵の荷馬車を守るというストーリー展開だった。
そして、ここが肝心なところなのだが……。
ゲーム序盤、経験値を積まなければならない主人公のアークは、その場でゴブリンの盗賊団を皆殺しにするのだ。
どういうことだ? これは夢なのか?
いや、夢にしては、あまりにもリアルすぎる。
草原の向こうに見える背の高い木々、頬に当たる生やわらかい風、それに目の前にいるゴブリンから発せられる生き物特有の生命力。
これほどまでに詳細な世界観が、夢であるわけがない。
「おい、急ぐぞ。ゴブキング様を怒らせると厄介だぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は思わず、目の前のゴブリンに声をかける。
「荷馬車を襲っては駄目だ。襲うと皆殺しにされるぞ」
「何を言っている、俺たちは今まで何度も襲撃を繰り返してきたんだ。すべて成功している。人間の荷馬車など、スライムを踏み潰すより簡単なことだ」
「いや、俺にはわかるんだ。荷馬車を襲っては駄目だ。ゲーム序盤の出来事は、シミュレーションといっても固定イベントになってしまっているんだ」
「訳の分からないことを言って、ゴブマール、まさかお前、怖気づいているんじゃないだろうな」
「そうじゃない。俺は行かない。お前も絶対に行っては駄目だ」
「裏切るつもりか、ゴブマール。もしそうなら、盗賊団の決まり通り、俺はお前をここで殺さなければならないが」
そう言うと、目の前のゴブリンは、腰につけた短剣をさっと抜いた。
迫力のある目を見れば分かった。
相手は本当に俺を殺す気でいる。
もう迷っている場合ではなかった。一か八かだが、こうするしか選択肢はない。
なぜなら、経験値目的のアークは、この先一匹残らずゴブリンを叩き切ってしまうのだから。
「わかった、ちょっと待ってくれ」
俺は目の前のゴブリンに微笑みかけ、争うつもりがないことを精一杯アピールした。
ゴブリンの顔から険しさが消えた。
その瞬間だった。
俺は、剣と盾を持ったゴブリンに背を向けると、全速力で走り出した。
「くそ、逃げるのか」
走りながら後ろを振り向く。
剣を振り回しながら、ゴブリンが険しい表情で追いかけてきた。
追いつかれれば、間違いなく殺される。
俺は、必死で、命の危機を感じながら走り続けた。
運の良いことに、剣も盾も持っていない身軽な俺は、相手との距離を引き離している。
もう一度後ろを振り向く。
相手はもう、走るのを止めている。
そして俺に向かい、こう叫んだ。
「このまま、逃げられると思うなよ!」
俺はその言葉を背に、立ち並ぶ木の向こうに見える町に向かい走り続けた。
走りながら考えた。
間違いない。
ここは、シミュレーションRPG『ハッピーロード』の世界だ。
そして俺は。
なぜか、ゴブリンになってしまっている。
名前はゴブマールというらしい。
しかし、この名前は、ハッピーロードでは出てこない。
つまり、名前を出す必要のない、モブ中のモブキャラなのだ。
どのくらい走り続けただろうか。
後ろを振り向いても、もうあのゴブリンの姿はない。
俺は、ゼイゼイと野獣のように息を切らしながら、目の前にある町へと足を進めたのだった。
広がる緑の大地に、舗装されていない道が続いている。
道の両脇には、木材が杭のように打ち込まれており、年季の入った板が杭と杭とを繋いでいた。みすぼらしいガードレールといったところか。
ここはどこだ。
俺はすぐに自分に起こっている異変に気づいた。
下を向くと、手と足が自分の視界に入り込んでくる。
どういうことだ。
すぐに手のひらを自分の眼前に持ってくる。
細い指の先の爪は、異様に伸びて尖っていた。
そればかりではない。手首には茶色い布が巻かれており、細くて筋肉質な両腕は、爬虫類を思わせるような緑色をしている。
足もそうだ。こちらも同じく緑色。
鏡がないので自分の顔を確認することは出来なかったが、手でなぞってみるとボサボサの髪の毛から大きな尖った耳が出っぱっているのが分かった。
何度も指で確認したが、尖った耳は間違いなく存在している。
「おーい、ゴブマール」
不意に後ろから声が聞こえてきた。
体を反転させ、声のする側を向いたとき、びっくりする生き物が目に飛び込んできた。
鋭く凶暴そうな目に、牙を思わせる鋭利な歯、そして特徴的な尖った耳。
間違いなかった。
俺の目の前にいる生き物は、一匹のゴブリンに違いなかった。
「おい、どうしたんだゴブマール」
ゴブリンは腰に短剣を身につけ、左手には盾を持っている。
「ゴブマールって何だ?」
俺は、なんとか言葉を絞り出した。
「何言っているんだ、お前は自分の名前も忘れてしまったのか?」
俺の、名前、ゴブマール?
「さあ、行くぞ、ゴブキング様がお待ちかねだ」
ゴブキング、どこかで聞いたことのある名前だ。
どこだ? どこでこの名前を聞いたんだ?
「おい、ゴブマール、分かっているのか? 今日はオリバー伯爵の荷馬車を襲撃する日だろうが。さっさと、みんなのところに行かないと、ゴブキング様がご立腹だぞ」
オリバー伯爵の荷馬車、この言葉で俺の記憶はよみがえった。
間違いない。
ゴブキングとは、ゴブリン盗賊団の長の名前だ。
俺がやり込んでいるシミュレーションRPGに出てくるモブキャラだ。
ゲームの序盤、ゴブキングとその一味がオリバー伯爵の荷馬車を襲う。
そこに主人公のアークが偶然に出くわし、盗賊団から伯爵の荷馬車を守るというストーリー展開だった。
そして、ここが肝心なところなのだが……。
ゲーム序盤、経験値を積まなければならない主人公のアークは、その場でゴブリンの盗賊団を皆殺しにするのだ。
どういうことだ? これは夢なのか?
いや、夢にしては、あまりにもリアルすぎる。
草原の向こうに見える背の高い木々、頬に当たる生やわらかい風、それに目の前にいるゴブリンから発せられる生き物特有の生命力。
これほどまでに詳細な世界観が、夢であるわけがない。
「おい、急ぐぞ。ゴブキング様を怒らせると厄介だぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は思わず、目の前のゴブリンに声をかける。
「荷馬車を襲っては駄目だ。襲うと皆殺しにされるぞ」
「何を言っている、俺たちは今まで何度も襲撃を繰り返してきたんだ。すべて成功している。人間の荷馬車など、スライムを踏み潰すより簡単なことだ」
「いや、俺にはわかるんだ。荷馬車を襲っては駄目だ。ゲーム序盤の出来事は、シミュレーションといっても固定イベントになってしまっているんだ」
「訳の分からないことを言って、ゴブマール、まさかお前、怖気づいているんじゃないだろうな」
「そうじゃない。俺は行かない。お前も絶対に行っては駄目だ」
「裏切るつもりか、ゴブマール。もしそうなら、盗賊団の決まり通り、俺はお前をここで殺さなければならないが」
そう言うと、目の前のゴブリンは、腰につけた短剣をさっと抜いた。
迫力のある目を見れば分かった。
相手は本当に俺を殺す気でいる。
もう迷っている場合ではなかった。一か八かだが、こうするしか選択肢はない。
なぜなら、経験値目的のアークは、この先一匹残らずゴブリンを叩き切ってしまうのだから。
「わかった、ちょっと待ってくれ」
俺は目の前のゴブリンに微笑みかけ、争うつもりがないことを精一杯アピールした。
ゴブリンの顔から険しさが消えた。
その瞬間だった。
俺は、剣と盾を持ったゴブリンに背を向けると、全速力で走り出した。
「くそ、逃げるのか」
走りながら後ろを振り向く。
剣を振り回しながら、ゴブリンが険しい表情で追いかけてきた。
追いつかれれば、間違いなく殺される。
俺は、必死で、命の危機を感じながら走り続けた。
運の良いことに、剣も盾も持っていない身軽な俺は、相手との距離を引き離している。
もう一度後ろを振り向く。
相手はもう、走るのを止めている。
そして俺に向かい、こう叫んだ。
「このまま、逃げられると思うなよ!」
俺はその言葉を背に、立ち並ぶ木の向こうに見える町に向かい走り続けた。
走りながら考えた。
間違いない。
ここは、シミュレーションRPG『ハッピーロード』の世界だ。
そして俺は。
なぜか、ゴブリンになってしまっている。
名前はゴブマールというらしい。
しかし、この名前は、ハッピーロードでは出てこない。
つまり、名前を出す必要のない、モブ中のモブキャラなのだ。
どのくらい走り続けただろうか。
後ろを振り向いても、もうあのゴブリンの姿はない。
俺は、ゼイゼイと野獣のように息を切らしながら、目の前にある町へと足を進めたのだった。
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