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第二章 レッドドラゴンの角

第12話 禁術を解かなければ

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 鳥獣キレートがものすごいスピードで僕に向かって突っ込んでくる。
『ライト』で回避ばかりしていてもいつかはやられてしまう。
 攻撃するしかないんだ。
 僕は震える心を押さえながら、迫りくるキレートへと剣を振り上げた。

 一撃で倒さないと、僕がやられる!
 怖いけど、しっかりと相手を見定めないと!
 でも、そんな上手く斬ることができるのか?
 相手は矢のような速さで飛んでくる鳥獣だぞ……。

「ヤッ!」

 まずい!
 なぜかそんな思いがよぎった。
 最後は、目をつぶり剣を振り下ろしてしまったのだ。
 これじゃあ、相手を斬ることなんてできやしない。
 キレートのくちばしに突き刺され、自分の命が尽きることを覚悟した。

 が、僕の剣に何かがぶつかる手応えを感じた。

 えっ?

 最後は見定めずに振った僕の剣が、みごとキレートを叩き斬っていたのだ。
 真っ二つになり地面に落ちたキレートは、水蒸気をあげながら魔石へと変化した。

 ラッキーだった。
 剣に当たったのは偶然だった。
 一歩間違えば、僕は死んでいた……。
「ふぅー」
 僕は冷や汗をかきながら大きなため息をついた。

「ちぇっ、せっかく手なづけたキレートを倒しやがったか!」
 向こうでクローが悔しそうな顔をしている。
「ただなマルコス、さっき俺が言ったことは本当だ。マチルダは俺が禁術マヤカシをかけている。だから、この女は何があっても俺のことを忘れられない。いつでも俺の操り人形になるんだ」

「このやろう! 今すぐ禁術を解け!」
 僕は怒りに任せ、日頃使わない激しい言葉を口にした。

「そう簡単に解けるわけないだろ。一度かかってしまったら、かけた俺でも解けないんだよ」
 クローは嫌な笑い方をしている。
「解けないから禁術に指定されているんだ」

「ゆるさない! 僕はお前をゆるさない!」
 僕は持っているハガネの剣を、クローに向ける。
 クローを消し去ればマチルダさんの禁術は解けるのだろうか?
 そうなれば僕は罪人になるが、それでも構わないではないか。
 いや、確かこんなことを聞いたことがある。かけたクローをこの世から消し去っても禁術は解けないものだと。クローがいなくなっても、マチルダさんはずっとクローのことを忘れられずに生きていくことになるんだ。
 なんということだ……。

「おっと、今はお前と闘うつもりはない」
 僕の剣先を見ながらクローは後退りをはじめる。
「マルコス、せいぜいがんばってマチルダに愛の告白でもなんでもするんだな。ただ、そんなことをしても全く意味のないことだけどな」
 そう捨て台詞を吐いたクローが体を反転させ、逃げるようにこの場から去っていった。

 残された僕はぼう然となりながらマチルダさんを見る。
 そうだったんだ。
 マチルダさんがずっとクローのことを忘れられずにいるのは、禁術であるマヤカシをかけられてしまい、その心をコントロールされてしまっているからなんだ。

「マチルダさん、あなたは禁術にかかっているんです。だからクローのことが頭から離れないんですよ」
 じっと立っている彼女にそう声をかけてみた。

「そんなことない」
 マチルダさんは答える。
「私は決して禁術なんかにはかかっていない。自分のことは自分が一番分かっているわ」

 禁術にかけられた者は、そのことを気づくことさえ難しいと言われている。
 いったいどうすればいいんだ。

 マチルダさんはスライムを倒した僕とキスをしてくれた。
 ただそれは、クローに当てつけるためにそうしたと言っていた。
 でも、禁術にかかりながら僕とキスしてくれたんだ。
 普通、術にかかった人がそんなことをするなんてありえない。
 もしかして、マチルダさんは無意識に術から逃れようとあがいているのかもしれない。
 そんな気がしてきた。
 試してみよう。
 マチルダさんにかけられている禁術の深さを知っておこう。

「ねえ、マチルダさん」

「なに?」

「僕ともう一度キスするのは嫌ですか?」

「えっ?」
 マチルダさんは少し考えている。
「……、別に嫌じゃないけど」

 嫌じゃない?
 やはりそうだ。
 深くない。
 この禁術はそれほど深いものではない。

「僕はマチルダさんのことが好きで好きでたまりません。僕とここでキスしていただけませんか?」
 欲望から出ている言葉ではなかった。
 マチルダさんの頭の中からクローの存在を消し去りたい一心で言ったのだった。

「別に……、いいけど」
 マチルダさんはそれほど乗り気ではないが拒否もしなかった。

 消し去ってやる!
 僕の力で、禁術を解いてやる!

 マチルダさんに体を近づけた僕は、ゆっくりと自分の顔を彼女に寄せていく。
 マチルダさんの目が閉じられた。
 僕はそっと、彼女の唇に自分の唇を重ねた。

 前にキスした時のやわらかい感触がよみがえってきた。
 簡単なことだ。これで彼女の禁術は簡単に解けるだろう。
 僕の愛で、クローのことなど忘れさせてやるんだ。

「嫌な気持ちはしませんでした?」
 唇を離した僕はそう彼女に聞いてみた。
 冷静に考えれば、ムードもなにもないおかしな問いかけだが、今の僕にとっては彼女にかけられている禁術の深さを知ることが何よりも重要なことだったのだ。

「別に、嫌な気持ちはしない」
 マチルダさんは答える。
「けれど、ときめくこともなかった」

「クローに悪いなとか思いませんでしたか?」

「……」

 これなら大丈夫だろう。彼女にかけられている禁術はそれほど深くない。
 そう思った時だった。

 突然マチルダさんの目から涙があふれ出てきた。

 えっ?
 どうしたのだろうか?

「私……、私、とんでもないことをしてしまったわ」
 そういうと声を震わし泣きはじめた。
「私、クローを裏切るようなことをしてしまった」

 クローを裏切るようなこと……。

「私の好きな人はクローだけ。それなのに、私はいまここでマルコスとキスなんかしてしまった」
 マチルダさんはそう声をあげると、泣き崩れながらその場に座り込んでしまった。

 僕も彼女に合わせて地面に膝をつける。

「マチルダさん、あなたがクローを好きだと思う気持ちは、偽りなんです。あなたは、クローに禁術マヤカシをかけられているだけなんです!」

 泣き続けるマチルダさんの肩を抱きながら、僕は必死になってそう伝える。

「私、マヤカシなんかにかかっていない。この心は偽りなんかじゃない。私は本当にクローを愛しているのよ」

 クローを愛している?
 だめだ……。

 マチルダさんにかけられている禁術は、そんなに簡単に解けるものではない。
 僕は、先の見えない暗闇の中に迷い込んでしまった。

 ゆるさない!
 クローのやつ、絶対にゆるさない!
 僕は心のなかでそうつぶやいたのだった。
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