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1巻

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「ほら香、大好きなお兄ちゃんにくっつくのはそれくらいにして、早く食べて」
「はあい」

 あきれた表情で注意する母の声で、香はいかにも残念そうにしぶしぶ俺から離れた。

「パパ、これ何のニュース?」
「坂江市に住む高校生を狙った集団SNS乗っ取り事件らしい。といっても、一年半前のだけどな」
「へえ、集団SNS乗っ取り事件」

 香は俺の隣の椅子に座った途端、テレビに食いついた。母が持ってきた朝食に手もつけず、じっとニュース番組のコメンテーターの言葉に耳を傾けている。

「そんなに面白いか? そのニュース」
「……ん? まあね。多分どっかの暇人の犯行だったんだろうけど、坂江市に住む高校生だけを狙っているっていうのが、ちょっと気になるじゃない?」
「言うほど気になるか? 犯人も坂江市に住んでいる人とかじゃ?」
「違う違う。そういうんじゃなくて、乗っ取りってしばらく使われていないアカウントがクラックされるのが普通じゃん? なのに、現役バリバリの高校生のアカウントが乗っ取られるって変でしょ」
「高校生って意外と安直なパスワードとか設定してるぜ? 現に俺だって誕生日だし」
「えっ!?」

 と、まるでこの世の終わりを迎えてしまったかのような悲痛な面持おももちで俺を見る香。そんな顔になるほどまずいことなのだろうか。

「安直だと認識しているのに、クラックされやすい誕生日をパスワードにしてるお兄ちゃんって……いや、まあいいや」

 ずり落ちかけていた眼鏡を上げて、香は続ける。

「安直かそうでないかは置いといて、高校生だったら毎日SNS使ってるだろうし、すぐバレちゃうから、変な書き込みとかできないでしょってコト」
「すぐバレちゃう、ね」

 そういえば俺も、陸上部に入っていたときは、メールや電話よりもSNSを使って連絡を取ることが多かった。頻繁ひんぱんに使っているのに乗っ取られて変な書き込みをされるなんて、不思議と言えば不思議だ。

「なるほど、確かにそう言われるとそうだな」
「これは事件じゃないかもしれないね」
「事件じゃない? 事故ってことか? 管理会社の情報漏えいとか?」
「いや、これは人にあらざる者が関与している超自然現象だね。間違いない」
「……は?」

 俺は思わず呆けた声をあげてしまった。
 だが、香は気にする様子もなく、自信満々に小さな胸を張って得意げに続ける。

「人をだますとか化かすと言えば代表格なのがキツネとタヌキなんだけど、この場合はキツネが関係しているのかもしれないね。一説によると、タヌキのいたずらは人を殺すけど、キツネは殺すことがないらしいんだ。タヌキは舌の先に人の心をのせるけど、狐は尻尾に人の心をのせるんだって。だからキツネは自分の気がすめば心を返すんだけど、タヌキはさんざんだました挙句あげくに心を食べちゃうみたい。タヌキって愛嬌あいきょうがあるのに残酷だと思わない?」

 まさにキツネにつままれたような顔で香を見つめる俺。香の話に真面目に耳を傾けたことがそもそもの間違いだったと反省した。
 香は超インドア派で、漫画やアニメ、小説に映画とエンタメ系全般が大好物な中学三年生だ。
 そこまでだったら「可愛かわいい妹さんですね」で終わるのだが、香のぶっ飛びっぷりはとどまるところを知らない。一般女子であれば拒否反応を示すホラーやスプラッタ、怪談まで食指を伸ばすオカルトマニアなのだ。
 兄の俺が言うのもなんだけれど、一般的には可愛かわいい部類に属する香が男子にまったくモテない原因はそれだと思う。なんとも残念な妹だ。

「あのなあ、お前はなんでもかんでもそっちのほうに持っていくなよ」
「なんでもかんでもじゃないよ。あたしの鋭い嗅覚きゅうかくが反応したときだけ」
「鋭い嗅覚きゅうかく? お前の鼻が? ウソだろ」

 香の小さい鼻が鋭いものかとつまんでやろうかと思ったが、先日母がケーキを買ってきたとき、二階にいながらその存在に気がついたことを思い出した。
 香の嗅覚きゅうかくは好きなモノに関しては信頼できる。もしかすると香の嗅覚きゅうかくに頼れば、マシロタイムズの怪談特集に使える噂話を入手できるかもしれない。

「なあ香、ちなみに最近だと、どんなものにその高性能嗅覚きゅうかくは反応したんだ?」
「え?」

 俺の質問に、香は目をぱちくりさせた。
 それもそのはずだ。いつもであれば、俺が香の話に食いつくことはない。今朝は特別なのだ。

「ん~、そうだね。最近はネットで噂されている『あの怪人』かな」
「あの怪人?」
「……え、ウソ。もしかして知らない? お兄ちゃん、本当にあの眞白学院新聞部なの? アンテナにぶすぎじゃない?」
「う、うるさい」

「新聞部部員たるもの、常にアンテナは張り巡らせておきなさい」とは河原崎の弁だ。
 その言葉を聞いたからというわけではないが、陸上部を辞めてから持て余した時間で、SNSやウェブのまとめサイトを頻繁ひんぱんに見るようになった。香までとはいかないものの、ネットの噂には結構敏感になったと思う。
 だが、そんな噂を耳にした記憶はない。

「それで、その怪人ってなんだよ?」

 ニュース番組が芸能コーナーになって父が席を立ち、代わりに腰を下ろした母を横目に、香にたずねた。

「ん~? お兄ちゃんどうしたの? あたしの話に食いつくの珍しいじゃん。さては何かあったな?」
「眞白学院新聞部部長様から、都市伝説とか怪談を調査しろって勅令を受けたんだよ」
「……へえ、都市伝説ね。なるほどなるほど」

 香はひょいと椅子の上に両足をのせ、体育座りのような体勢を作ると、楽しそうに口角を釣り上げた。そして──

「モンブランのショートケーキ」

 香の口から出たのは、俺もよく知る名前だった。
 モンブランというのは、坂江駅前にある小洒落こじゃれたカフェのことだ。女子中高生に人気があって、中でもケーキが絶品らしい。
 モンブランと怪人に何か関係あるのだろうかと一瞬考えたが、香の言わんとしていることがすぐにわかった。

「お前、大好きなお兄ちゃんを助けるのに、報酬を要求するなよ」
「むふふ。あたしとしては無償で教えてあげたいんだけど、甘やかすわけにもいかないじゃん? お兄ちゃんを一人前の男にしてあげるのが、あたしの使命だもの」
「いや、甘やかしてほしい。でろっでろに甘やかして」
「却下。無料で教えることができるのは『最近ネットで怪人の噂が流れている』ってところまで。そこからは課金が必要で~す」
「……ぐっ」

 にっしっしと笑う香をにらみつけながら、俺はどうするか考えた。
 今からネットでその怪人について調べてもいいが、時間がかかってしまうだろう。記事にできるレベルのものなのか吟味ぎんみしている間に、河原崎と約束した週末になってしまうかもしれない。
 今はお金よりも、時間を優先するべきか。

「仕方がない。不本意だけど課金してやるよ」
「えへへ、まいどありっ!」

 そう言って香は、ジャージのポケットから愛用のスマホを取り出すと、慣れた手つきでとあるサイトを表示させた。どうやら、ネットに散らばる都市伝説や怪談をまとめたサイトらしい。

「なんだこれ? キオククイ?」
「ちょっと違うかな。記憶喰キオクいだよ」

 そのサイトに書かれていたのは、「記憶喰い」という怪人についての噂話だった。
「記憶」を「喰らう」と書いて記憶喰い。
 まあ、名前を見ただけでどういう怪人なのかはわかったが、とりあえず視線で香に説明を求めた。

「記憶喰いは、消したい記憶がある人間の前に現れて、記憶を食べてくれる怪人なんだって」
「ふうん……記憶を食べる、ねえ」

 ありきたりな噂だと思った。そういう話は小説や映画でよく目にする。
 サングラスをかけた主人公が、他人に強烈な光を当てて宇宙人に会った記憶を消すという映画があった気がするけれど、なんだったか。

「調べたんだけど、この記憶喰いって実は昔から坂江市にある怪談なんだ。田舎のほうでは今でもうっかり物忘れしたとき『キオクイに食べられた』って言うんだって。その記憶喰いの噂が最近また出回ってて、記憶を食べてもらったひとがもう何十人もいるらしいよ」
「なんかきな臭い感じがするな。怪しいクスリでも使ってるんじゃないか?」

 そういった話はよく聞く。先輩や同級生から「嫌なことを忘れられるよ」なんて甘い言葉をささやかれて違法薬物に手を染めてしまう、あれだ。

「ん~、少なくともそういうやつじゃなさそうなんだよね。なにせ、記憶喰いは対価を要求しないみたいだし」
「タダでやってるってことか」

 記憶喰いとかいう怪人はどれだけふところが深いのだ。家族を助ける対価として、ショートケーキを求める女子中学生がいるこのご時世に。
 しかし、タダで記憶を消すってところが怪談っぽくもある。坂江市に関係しているし、なかなか良い題材なのかもしれない。

「それで、この記憶喰いって怪人に会うためにはどうすればいいんだ?」

 こういったたぐいのものは、会うために手順を追うのが普通だ。どこそこに電話をかけるとか、ベンチで待つとか。
 だが、香はその情報を提供するどころか、俺の手からスマホをかっさらっていった。
 そして、ニヤケ顔でこうのたまう。

「ケーキひとつで教えられる情報は、ここまでで~す」

 軽く殺意がわいてしまった。この小生意気な妹は、家族にどれだけ重課金を要求するのか。

「追加課金は受けつけるけど、どうする? 今なら記憶喰いに似た俗信の情報も追加するよ?」
「お前、射幸心をあおるのは上手いのな。将来、男を食い物にするような女にならないか兄ちゃんは心配だよ」

 とはいえ、オカルトマニアで空気を読まない香がモテるわけはないのだけれど。
 と、そんなことよりも。
 ここまで教えてもらえれば、あとはインターネットの力でなんとかなるだろう。これ以上生意気な妹に課金する必要はあるまい。

「もう課金はしない。ここまでで十分だ」
「ちぇ、つまんないの。あ、支払期限は金曜までだよ。一日遅れると一個増えるから注意してね」
「ちょっと待て。一日で一〇割ってどれだけ金利高いんだよ。闇金も真っ青だぞ」

 ちくりと突っ込んでやったが、香は楽しそうに椅子の上で体育座りをしたまま、ぷらぷらとゆりかごのように椅子を揺らすばかりだ。
 まったくもって生意気な妹である。
 兄としての威厳を保つためにもここは少しきつく言ってやるべきかと思ったが、「行儀ぎょうぎが悪い!」と母に怒鳴どなられてしゅんとしたので良しとした。
 暴利をむさぼる我が家の小さな闇金王も、家庭内の警察たる母には頭が上がらないらしい。


   *


 電車での登校時間を使って、スマホでさっそく記憶喰いについて調べてみた。すると、坂江市に古くから伝わる話は見つからなかったが、坂江市の若者……特に中高生を中心に噂が広がっているようだった。
「記憶喰いは黒いコートを着た身長二メートル以上の大男だった」という話もあれば、「白い頭巾ずきんをかぶった小柄な少女だった」という話もある。
 だが、「消したい記憶がある人間の前に現れて無償で記憶を食べてくれる」ところは共通していた。
 香が言っていたとおり、記憶喰いに食べられた記憶は「なかったこと」になるらしい。
 例えば「好きなひとに告白してフラれた」という記憶を食べてもらった場合、告白したという記憶だけではなく、そのひとを好きだったという記憶も消されるのだ。
 記憶の消去。
 その言葉に魅力を感じないと言えばウソになる。
 もしこの記憶喰いが実在するなら、俺は迷わずあの事故の記憶を消してもらう。そうすれば、事故にったことだけでなく、陸上競技をやっていたこともすべて忘れることができる。
 もう走れないことを苦しむこともなくなるし、過去の栄光に気後れすることもなくなる。朝早くに目が覚めて憂鬱ゆううつになることもなくなるし、陸上部の練習風景を見ても「今日も頑張がんばってるな、あいつら。えらいなあ」程度に思うだけだろう。
 人生をやり直せるかもしれない――
 そんなことを考えているうちに、ウキウキしてしまっている自分に気がついた。
 こんな噂話を真に受けてテンションが上がるなんて、俺は小学生か。記憶喰いが実在するわけがないし、もし実在するならすでに俺の前に現れていてもおかしくない。なにせ、夢でもあの車にはねられるほどなのだから。


「おっはよう! 秀俊くん!」

 期末試験も終わって、穏やかな朝の空気が流れる教室。登校してからもずっとスマホで記憶喰いについて調べていた俺の耳に、やけに軽い女子の声が飛び込んできた。
 声のほうを見なくてもわかる。
 新聞部部長の河原崎についで苦手な女子、クラスメイトの霧島野々葉きりしまののはだ。

「あれ、朝からどうしたの? 難しい顔で携帯なんか見て」

 腰まである長い黒髪を小指でかきあげながら、霧島は俺のスマホをひょいとのぞき込んだ。
 気がつけば、息がかかるくらいの距離まで霧島の顔が近づいていた。驚いた俺は思いっきりのけぞってしまった。

「顔が近いよ。それに、勝手に携帯見るな」
「ん、見ていい?」
「見てから聞くな」

 霧島は中学時代から知る女子だが、幼馴染おさななじみというわけでも友達というわけでもない。中学三年のときに同じクラスになり、その後偶然にも同じ眞白学院に進学しただけの関係だ。
 だが、同じ中学の出身だからという理由で、クラスメイトの男子から霧島についてあれこれと聞かれることがある。眞白学院の霧島野々葉は、他校にまでその存在が知れ渡っているほどの美少女だからだ。
 霧島のことを端的に言うと「高校生離れした女子」とでも言うのだろうか。
 こんな田舎に生まれていなければ、芸能事務所に所属していてもおかしくないほどの、花が咲いたような可憐かれんさを持ち合わせている。
 さらに彼女は、ずば抜けて頭がいい。テストの学年順位トップ一〇では毎回名前を見るし、この前の期末試験では学年一位になっていた。
 頭脳明晰めいせきで容姿端麗。一見、非の打ちどころがない完璧な女子だった。
 だが、霧島野々葉という人間を作るにあたって、神さまは大切なものを入れ忘れてしまったらしい。
 霧島は普通の女子が持ち合わせているはずの、基本的なデリカシーが欠落しているのだ。
 例えるなら、断りもなく他人の部屋に土足で上がってくる、とでも言おうか。彼女は、はじめて会う男子に対しても妙に親しく接する鬱陶うっとうしい性格なのだ。
 そのため「もしかして俺のこと好きなんじゃないか」と勘違いする男子生徒は多いと聞く。
 気持ちはとてもわかる。他校で噂されるほどの美少女が気さくに話しかけてくるのだ。経験が豊富な男子であっても勘違いしてしまうのは当然だろう。
 しかし、俺は勘違いを起こすことはなかった。
 なぜ、女子経験が浅いはずの俺が勘違いを起こさなかったのか。それは、香という霧島に似た性格の女子が身近にいるからだ。
 こればっかりは素直に香に感謝しなければならない。妙に親しく接してくる女子が大の苦手になったのは、香のおかげだ。我が妹よ、鬱陶うっとうしい性格で生まれてきてくれてありがとう。

「ねえねえ秀俊くん、外を見てよ」
「え? 外?」

 素直な俺は霧島に促されるまま、窓の外を眺める。
 からっと晴れ渡った空が校舎の向こうに見えた。入道雲がいかにも夏らしさを演出している、なんの変哲もない夏の空だ。

「外がどうかしたのか?」
「世界はこんなに晴れ渡っているのに、秀俊くんだけジメジメとした空気で雨季まっさかりだね」
「よしわかった。お前は俺に喧嘩けんかを売っているんだな」

 霧島は本当に香そっくりだ。こいつも将来、悪い女になるに違いない。

「というか、慣れ慣れしく下の名前で呼ぶなって言っているだろ」
「いいじゃん。秀俊くんは秀俊くんだし。それとも、秀ちゃんとか秀っちとか、そういう可愛かわいい愛称で呼ばれたい?」
「そんな愛称で呼ばれたことないし、呼ばれたくもない」
「あ、秀ちゃんが怒った」

 霧島はくすくすとくすぐったそうに笑う。
 何がおかしいのかわからないけれど、霧島はとても楽しそうだ。
 そんな姿を見るたびに、霧島は人生が楽しくて仕方がないのだろうなと思う。性格が残念でも可愛かわいくて頭が良いという二本柱があるだけで高校生活は順風満帆だろうし、卒業してからの人生も自由に選び放題だ。

「もういいから、あっちいけよ。俺は新聞部の取材で忙しいんだよ」
「新聞部の取材? あ、そっか。マシロタイムズ、夏休み明けに刊行だもんね」
「よく覚えているな。うちの生徒で刊行スケジュール熟知しているのって、霧島くらいだと思うぞ」

 地域で有名な校内新聞だと言っても、生徒に望まれているかどうかは別問題だ。河原崎が持つ情報を欲する生徒は多いけれど、マシロタイムズを楽しみにしている生徒なんて、一体どれくらいいるのだろう。

「結構楽しみにしているからね。秀俊くんも、前に書いたようなやつ、また書いてよ」
「前の記事? なんか書いたことあったっけ?」
「ほら、陸上部の夏季合宿密着記事」
「……ああ、あれか」

 思い出してひどく憂鬱ゆううつになってしまった。
 そういえば、あれが新聞部で最初に書いた記事だった。
 顧問の後藤先生から「新聞部の最初の活動として、陸上部を題材に書いてみてはどうか」と言われて書いたものだ。合宿での一日のトレーニング内容をわかりやすく書き起こし、夢や目標について部員にインタビューもした。

「あの記事、すごくわかりやすくて面白かった。なんか、キラキラしていて熱があるっていうか」
「あ、そう」

 あの頃は膝が完治してまた走れるようになると信じていたから、色々なことに熱が入っていたのだと思う。 
 だが、半年たって一生まともに走ることができないとわかったとき、その熱は一瞬で冷めてしまった。
 今思えば、とても滑稽こっけいだ。未来は輝かしいものだと信じていたから、キラキラしていたのかもしれない。今の俺に書けるのは、霧島に「逼迫ひっぱくしてて、なんかこの世の終わりみたい」なんて、からかわれてしまうような記事くらいだろう。

「あのさ、霧島。新聞楽しみにしているなら、そろそろ取材に集中させてくれないかな。これから企画をまとめて、部長の河原崎に連絡する必要もあるし」
「ねえねえ、今回ってどんな企画なの?」
「うるさい。河原崎に聞けよ」
「む。なによ。教えてくれてもいいじゃない。ケチ」

 さすがにカチンときたのか、霧島はべっと舌を出してしかめっつらを見せる。
 だが気を害した様子もなく「楽しみにしているからね」と笑顔で言い残して、女子生徒たちの輪へと入っていった。
 霧島は本当に不思議なやつだ。いつも邪険にしているのに、心折れずに絡んでくる。「タフ」という言葉は、霧島のためにある言葉なのかもしれない。
 ……などと考えていた矢先、ぽんと肩を叩かれた。
 振り返ってみれば、丸顔キツネ目の男子生徒が無表情で立っていた。怪談記事でパートナーを組むことになった刈島だ。

「よ、よう、刈島」

 無言でじっと俺を見る刈島に気圧けおされてしまった。物静かで一見何を考えているのかわからない刈島は、色々な意味で怖い。

「河原崎さんから聞いているよな? 企画の件」
「聞いてるよ。俺とお前で怪談を調べることになった」
「一応聞いとくけど、記事になりそうな題材、ある?」

 そうたずねる刈島の目は、「どうせ考えもしていないのだろうけど」という内心をはっきり物語っていた。俺を甘く見るなと返したかったが、これまでの俺を見ていればそう思われても仕方がない。

「実はちょうどいい感じの噂話がある。記憶喰いって怪人の話なんだけど」
「記憶喰い……ああ、あれか」

 刈島はふふんと鼻で笑う。

「あ、やっぱり知ってたか」 
「最近ネットで噂になっているやつだろ? 記憶を消すとかなんとか」
「そう。中高生の間で広がっているから、記事として良いんじゃないかと思ってさ」
「……あのさ、ひとついい?」

 刈島は心底あきれた、とでも言いたげな表情で続ける。

「僕の企画書はちゃんと読んだ? 地域に根づいた昔からの怪談や都市伝説を記事にするって書いてなかったっけ?」
「いや、この記憶喰いって、実は昔から坂江市にある怪談らしいんだよ。田舎のほうでは今でも昔の記憶喰いの話を知ってる人間がいるんだと」

 瞬間、刈島の顔がゆがんだ。どうやら記憶喰いが坂江市ゆかりの怪談だということを知らなかったようだ。まあ、ネットにその情報はなかったし、知らなくて当然なのだが。というか、香はすごいな。この刈島を超えてくるなんて、将来が心配だ。

「そっ、そんな都合のいい話があるか。それに、たとえそうだとしても、記憶喰いなんて僕から言わせれば低俗なくだらない作り話だ。マシロタイムズにふさわしくない」

 そんなことを言われて、さすがに俺もムッとしてしまった。


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